≪横島≫
人外のスピードで接近してきた二人の侍、人狼がシロを背負った俺に刀を突きつける。
「動くな人間。結界に近づいた時から監視していた」
知ってたよ。
「何者だ。シロに何をした」
「犬飼ポチのことで人狼の長老に会いに来た。案内してくれないか?」
「貴様、状況がわかっているのか?」
「何もできないだろう? 根っから侍のあんた達の場合俺が下手に逃げたり抵抗しようとしない限りは。無抵抗な相手を斬るのは武士の誇りが傷つくんじゃないか?」
「グ……」
「本当に話を聞きに来ただけなんだ。会わせて頂けないだろうか? それとシロは犬飼を追って人里まで出てきたところを保護した。今は眠っているだけだ」
「……わかった。案内しよう」
「おい!」
「礼には礼をだ。シロが世話になったのならその礼をするのが筋というもの。あのまま犬飼を追っていたなら間違いなくシロは犬飼に殺されていただろうからな」
「狼にとって仲間は家族。家族の絆は何よりも大事……だな。いいだろう人間。いや、客人。シロが世話になった礼だ。この里の中でおかしなまねをしない限り客人として迎え入れよう」
二人はあっさりと刀を引いた。
純朴というのか、駆け引きが得意なタイプではないな。
だからこそ信用できる。
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「シロが世話になり申したわしがこの里の長で犬川チャッピーと申します」
「横島忠夫です」
俺はシロと出会った後のことを長老に説明した。
「なるほどのう」
「申し訳ござらん長老。ですが拙者はどうしても父の仇を」
「みなまで言うな。わしも村の皆も気持ちはお前と一緒じゃ。故にお前を罰しようとは思わん。しかし村一番の剣の使い手だったお前の父、犬塚ジロウまでポチの凶刃に倒れ姿を消したのだ。……死体は見つからなかったがいかに人狼とはいえあの出血では生きてはいまい。己の屍を隠すために最後の力を振り絞ったのだろう。今となっては村の誰であれ八房を持つ犬飼には勝てん」
「先生なら勝てるでござる。拙者は先生が犬飼を相手取るのをしっかとこの目でみたでござるからな」
「何と!?」
「拙者は先生に修業をつけてもらい必ずや父の仇をとるでござる!」
「期限は来月までだ。それまでにものにならなければ俺がケリをつけるよ。……被害が出ないようにな」
「……わかったでござる。必ずや次の満月までに!」
「……しかしどうやって人間が八房を持った犬飼を?」
「人間には、いや。侍にはできないことも俺にはできるんですよ」
長老の許可をもらい早速シロの修行に入る。
最も、最初は座学なのだが。
興味があるのか長老(以前は名前を聞かなかったが流石にチャッピーとは呼びづらい)や人狼の若者達もやってくる。
「最初に確認しておきたいのだが……そんなに犬飼に復讐したいのか?」
「復讐なんかではないでござる。拙者は父の仇を、」
「変わらんよ。言葉でどう言い繕おうとやることは一緒だ」
「……先生も、止めるんでござるか?」
シロは裏切られたような顔をするが俺は首を横に振ることで応えた。
「復讐を止める権利など最早俺には無いし、復讐せずにはいられない気持ちというのも知っているしな」
俺にそんな権利は無いわな。
復讐のために世界を丸ごと巻き込んだ俺には……。
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≪チャッピー≫
「復讐を止める権利など最早俺には無いし、復讐せずにはいられない気持ちというのも知っているしな」
この人間も何かに復讐した経験があるのか?
不思議な人間、横島殿はなおも言葉を続ける。
「だが、覚悟しておけ。……その先には、な~んも無いぞ?」
空虚だった。
「復讐を果たしたところで達成感もなければ、希望も無い。な~んにも無い。残らない。それだけは覚悟しておけ」
わしが、若衆が、シロが、横島殿の瞳のあまりの空虚さに言葉を失う。
「……年寄りの忠告だ。聞いておいて損は無い」
そう言う横島殿は人間の数倍の寿命を誇る人狼の長老のわしよりも更に老人のようだった。
「……まぁ頭の片隅にでも覚えておいてくれ。さて、八房についてだが」
空気が元に戻る。
「秘宝として奉ってきた人狼族には申し訳ないが……八房の霊剣、妖刀としての力は無敵とは程遠い。珍しく、極めて強力ではあるが最強とか無敵とかそういう形容できるほどの剣ではないというのが俺の感想だ」
一部の若衆が膝を立てるがわしはそれを押し留めた。
「『狼王』とはどんな存在であるか。これが俺の予想の範囲外を超えたのであれば今の言葉を撤回せざるをえないが。……神話上最強の狼といえば北欧のフェンリル。『狼王』とはフェンリルのことじゃないのか?」
「左様。ごぞんじでしたか」
「知り合いがあっち方面なんでね。……フェンリルは怪物だが一度は倒されている存在だ……まぁ今は八房の攻略法だからこの際フェンリルのことは考えなくともいいな。見たところ八房の霊剣としての格は蜘蛛切や鬼切丸、鬼丸国綱、童子切安綱、九字兼定、小烏丸太刀、小狐丸、雷切、数珠丸恒次、妙法村正、無銘月山、祢々切丸。人の世に伝わる霊剣、妖刀と比べて明らかに格上とは思えなかった。特殊な能力を備わっていたがそれについては攻略法はいくつか考え付いている」
「あの霊波刀でござるか?」
「ま、それも一つだな。八房が一度振るえば八度斬るというなら八振りを超える太刀で相手取ればいい」
驚いたことに横島殿の手から十三本の霊波刀が発生した。
しかもそれは伸びたり縮んだり更に分裂したり自在に動き回る上に一本一本が極めて強力であるのが見て取れる。
「だが、これはシロ、お前が扱うのは無理だ」
「何ででござるか!」
「お前にとって霊波刀、刀は何だ?」
「武士の魂でござる!」
わしらからすれば模範的な解答で即答するシロ。
しかし横島殿はくびを横に振るう。
「俺にとっては霊波刀は武器だし道具だよ。だからこういうマネもできるが、刀を魂と言い切る侍がこういう刀を強くイメージできるか? ……出せても良いところ二刀流が限界だと思うし、それでは八房には追いつかない」
確かに。わしらにはあの霊波刀はつくれんな。
侍としての矜持が邪魔をしよう。
そしてあれを作れる横島殿は八房を相手取ることも可能なのであろう。
「ではどうすればいいんでござるか?」
「少しは考えてみろ」
「……一太刀で八度同時に斬る」
「それは正解のようで大外れだ。それでは八房には勝てない」
「何故でござるか?」
「いいか? 犬飼も人狼だぞ? お前が八度同時に斬るのなら犬飼だって同じことができるだろう? だとすれば結局手数の差はどうしたって埋まらない。よしんば埋められたとしても今度は疲労の度合いが全然違う。長期戦になって負けるのはお前だよ」
道理じゃな。
「ではどうすればいいでござるか?」
「お前が八房に勝てる可能性があるとすれば最速の一撃か、最高の一振りかしかないだろうな……」
……なるほど。
ソレならば或いは八房に届くやもしれん。
感服するばかりよ。