≪横島≫
夢というのは起きているときの経験を睡眠中に脳が記憶するためにフラッシュバックさせて起こるという。
一説に寄れば毎回これは行われていることで、何も夢を見たと記憶している時だけではないらしい。
つまりは夢を覚えているということはその分だけ印象深い経験を脳が再構成して作り上げた幻影だということだ。
最もこんなことを証明することはできない。
いや、カオスがその気になれば夢という一つの神秘は完全に解明されるのかもな。
そんなことはどうでもいいか。
俺は夢を毎日覚えている。
否。毎回代わり映えのない夢を見ていたということか。
睡眠をとれば毎回毎回前回の記憶をリフレインさせて夢に見ている。
そして毎回毎回大量の汗と共に、時として流れる血液と共に飛び起きて覚醒する。
覚醒していた。
もう10年以上続いていた毎朝の儀式。
最近になってその結末だけが変化していった。
夢の終わりに決まって毎回同じ、毎回違う誰かが現れる夢を見るのだ。
今日も同じ。
今日夢に現れたのはルシオラで、ルシオラが前回の記憶をかき消し塗りつぶす。
「横島!」
「ルシオラ……」
「違うでしょ! 貴方は苦しむために時を遡ったんじゃないんでしょう?」
ルシオラは俺に応えずに言葉を紡ぐ。
「神魔の最高指導者も貴方を苦しませるためにこの世界に送り出したんじゃないわ。貴方に幸せになってもらいたいから……。誰も貴方が苦しむことなんか望んでない。貴方は幸せにならなければいけないの。貴方に幸せになって欲しいの……」
意識が急激に浮上する。
「幸せになって……横島」
覚醒。
大量の寝汗も、時として残る血痕も変わらない。
変わったのは飛び起きることがなくなったのと、寝覚めが不快でなくなったこと。
いつも変わらない。
今日はルシオラだったが、毎日違う、前回の皆が誰か一人現れ言葉は違えど同じ内容の言葉を紡いでいく。
この夢は俺の記憶の再構成ではない。
俺の願望を脳が構成して作った夢でもない。
なぜならば、
「……ルシオラ、それは違うんだ。……俺は幸せなんだよ? 俺はもう、幸せなんだ」
誰に聞かせるわけでもなく言葉を紡ぐ。
それが最近の毎朝の日課。
・
・
「ふむ。大丈夫だろう」
カオスがそう言葉を紡いだ時には皆が安堵のため息をついた。
盛り上がったおキヌちゃんの帰還パーティー(ご近所浮遊霊親ぼく会主催……映画の出演料をここで使い果たす勢いだった。ジェームス伝次郎協賛。会場は横島除霊事務所)の翌日より、おキヌちゃんの精神鑑定をカオスが行った。
綻びを放っておいて後々それが傷口として開かないように。
おキヌちゃんは300年という幽霊としての時間と生前の十余年という長い時間で人格構成されており、それが今の人格のベースになっている。だけど今回は氷室キヌとして生きてきた時間も一年以上あり、すでに人格形成がなされていた。
同じものがベースになっていても環境が違えば得られる結果は当然違ってくる。
おキヌちゃんと氷室キヌは別人格といっても過言ではなかったのだ。
おキヌちゃんの人格基盤の方が強かったといえすでに存在している氷室キヌという人格を押し潰し続けていればやがてほころびが生まれるのがどうり。
精神分裂症はもとより、それ以外の精神疾患の温床になる可能性があった。
そこで後顧の憂いを払うためにカオスに頼んだわけだが。
「どうも人格形成の際に思い出そうとするおキヌの人格が端々で影響を与えていたらしいな。恐ろしいほど二つの人格の親和性が高い。お互いの存在を認め合っている今、それが分離を起こす可能性は低いだろう」
とりあえず一安心か。
「……とはいえ少し様子を見たほうがいいのは間違いないな。いかんせん身体の方と違って何処を切り取ればいいか、何処を補えばいいかなどというものではないから仕方あるまい。カウンセリングを続けることをお勧めするよ」
氷室夫妻もとりあえずは納得したようだ。……縁があるとはいえ血のつながりもない、300年も前の人間をこの夫婦は実の娘と同じように考えているのか。
「横島さん。少しよろしいでしょうか?」
宮司さん……道志さんが俺を呼ぶ。
道志さんに誘われるがまま廊下に出る俺。
「横島さん。このままキヌをここに置いてはもらえないでしょうか?」
意外なことを言い出す。
「キヌは私たちにとってすでに大事な家族です。……だからこそキヌは私たちに遠慮をしているのでしょう。キヌは本当はこの場所に帰りたいんですよ」
確かにそのそぶりはあった。
「いいんですか?」
「ええ。離れていても家族である自信はありますから」
そういう道志さんの顔は何の気負いもなく泰然としていた。
強いな。
「カウンセリングを理由にすればあの子に余計な気を使わせずにこの場所においておける。キヌをよろしく頼みます」
頭を下げる道志さんに俺も頭を下げた。
「お嬢さんをお預かりします」
話し合いの結果、暫くはカオスがカウンセリングを続けながら俺の下で死霊術師としての修行を行い、来年の4月(と、いっても後4ヶ月だが)から六道女学園の霊能科に通うことが決まった。
俺の弟子入り条件、チャクラに関しても元幽霊だったせいか微かにだが開きかけていた。
これはどちらかといえば肉体と幽体の結びつきが弱いことが原因で歓迎すべきことではないのでゆっくりと肉体と幽体の結びつきの方も改善していかねばならない。
「よろしくお願いします。横島さん」
この日、リレイションハイツの住人が一人増えた。
・
・
・
≪???≫
「……ぐ……不覚」
死角をつかれたか。修業不足が悔やまれる。
右側に三度の深い傷。
とめどなく血が流れ、体温がみるみる下がっていくのがわかる。
いくらなんでもここからの回復は無理だ。
ジャリ
足音。
止めを刺しに来たか。
最早見ることも敵わぬ。
「間に合わなかった。……いや、ギリギリ間に合ったのか? いずれにしても凄い生命力だが……ここまで酷いと俺だけでは治せないな。生き残れるかどうかは半々、いや八割方は無理だ。生命力の強さにかけるしかないか……」
だれだ?
止めを刺しに来たのではないのか?
いかん。意識が途切れ……。