≪横島≫
物語は移りゆく。
苅田神父との邂逅でほんの少しだけ気力を取り戻した横山は苅田神父の下に向かう途中逃げ惑う浮遊霊の少女達とそれを追うゴーストスイーパーの女性(エミ)。
「誰か、誰か助けて」
霊能力のない人間には幽霊の少女(おキヌちゃん)の声も姿も霊能力を持たない人間には届かない。
……霊能力を持たない人間には。
横山は少女達が無害そうなのと、あまりの真剣さ、そしてここ数週間の事件が頭をよぎり割って入る形になった。
「おたく、邪魔しないで!」
しかし横山が間に入ったことで追撃の足が止まり、浮遊霊の少女達はその間に逃げ去っていた。
歯噛みする女性。
しかしその顔にはわずかな安堵感が漂っている。
「彼女達は害のない浮遊霊のようだったが?」
「でも人外よ!……おたく、和玖除霊事務所の横山ね。G・Sのあんたが何で邪魔をするワケ?」
横山には答えられない。
それは横山の中ですら答えにならない感情だから。
「同業者が人の仕事を邪魔してだんまりなワケ?……まぁいいわ」
女性は名刺を差し出した。
「私はMurai Ghost Sweeper Officeの群井由美よ」
「あの、人外への攻撃性で有名な」
「そうよ。……興味があるなら訪ねていらっしゃい。力のある霊能力者は歓迎するわ」
「……一つ聞かせてくれ。何で無害なあの霊たちを除霊しようとした?」
「……人間と人外は分かり合えないわ。分かり合えないものは滅ぼしあうしかないでしょう? 自分が滅ぼされないために」
そういい残して由美はその場を去っていった。
横山に由美の言葉が突き刺さる。
そして立ち去る由美の右肩に小さな少女(心見)が立っていて、こちらに向かって頭を下げるのが見えた。
眼をこする横山。次の瞬間、その少女は消えていた。
「幽霊? いや、霊力は感じられなかった」
・
・
『人間と人外は分かり合えないわ。分かり合えないものは滅ぼしあうしかないでしょう? 自分が滅ぼされないために』
頭に浮かぶのは由美の残した言葉。
心はまた千々に乱れる。
横山は心の平穏を求め、苅田神父の教会を訪ねる。
「やぁ、よく来たね」
横山を温かく迎え入れる苅田神父。
「……神父、今日は神父に話を聞いてもらいに来たんです」
「もちろんかまわないよ。それは私の仕事だからね。よければ懺悔のための部屋も用意するが?」
「いえ、何処でもかまいません」
「そうかい? ではお茶を用意しよう」
神父は庭先の小さなテーブルに横山を座らせると自分は一度部屋に戻って温かな紅茶を用意してきた。
「ちょうど近所の親切な方からクッキーをいただいてね。お茶請けにしよう」
神父はゆっくりと紅茶を淹れながら横山が話をし始めるのを待つ。
「……俺はゴーストスイーパーの資格を持っています」
横山はポツリと語りだした。
「先日俺は悪意も害意もない幽霊を除霊し、それが原因で一人の少女が自ら命を絶ち、悪霊にまでその身を堕としてしまいました。俺にその気がなかったとしても、一人の人間を破滅に導いたのは俺です。いえ、もしかしたら俺は気がついてないだけで今までにも同じようなことをしていたのかもしれない……」
「……」
「そのことで俺が追い詰められているときに、一人の女性と出会いました。彼女の名は舞夜。心優しく純真な女性でした。……ですが彼女は吸血鬼でした。……ゴーストスイーパーが命がけで戦い、除霊する対象です。……ですが、彼女は全てを知った上で俺を守るために正体を現し、俺を守ってくれました。……俺は今でも彼女に好意を抱いています。しかし、最近であったゴーストスイーパーがこう言っていました。『人間と人外は分かり合えないわ。分かり合えないものは滅ぼしあうしかないでしょう? 自分が滅ぼされないために』と」
「そうか。……少し落ち着きたまえ。君はいっぺんに色々なことがあって自分を見失ってしまっているようだ。だからこそ、他人の言葉に簡単に心を乱されてしまっている。そんな状態では私の言葉ですら毒にしかならないだろう。言ってみれば、憑き物にでも憑かれているようなものだ。君の心は君が思っている以上に繊細なようだからね」
淹れたお茶を横山に勧める神父。
そのお茶を見つめるだけで手をつけようとしない横山。
「そんな顔をしていちゃ駄目なのだ!」
急に横から声がかけられる。
横山が驚いてそちらを見ると座っている横山とほぼ同じ視線の位置に顔のある小さな金髪の女の子(ジル。翼なし)がそこに立っていた。
「やぁ、ジリエラ。よく来たね」
「おい~っす。苅田神父」
シュタッと右手を上げて元気に挨拶をするジリエラとそれを好々爺のような笑みで迎え入れる神父。
面を食らっている横山にジリエラが更に言葉を浴びせる。
「あんま思いつめた顔をしてもいいことなんて何もないのだ。いいことっていうのは笑っている人にやってくるのだからな~」
そういって顔をウニっと伸ばして見せるジリエラ。
そのあまりにも幼い仕種に思わず笑みを浮かべる横山。
「その調子なのだ。それじゃあ神父、今度は暇な時に遊びに来るのだ~。」
満足したような笑みを浮かべるとジリエラは来た時のように唐突に教会から走り去っていった。
「なんなんですか? 今の子は」
「あぁ、私の茶飲み友達だよ。時々教会に遊びに来るんだ。何処の子なのかは私も知らないがね。……しかし、女性と子供というのは実に偉大だな。そうは思わないかい?横山君」
「え!?」
「私がどれだけ言葉を尽くそうとも、君にその表情をさせるには長い時間を要しただろう。それをほんの二言三言で成し遂げてしまうのだからな。……今の君はいい表情をしているよ」
横山の表情から先ほどまでの思いつめたようなものが消えている。
「少し、私の話をしてもいいかな? 私もね、ゴーストスイーパーなんだ。そして私は正確に言えば神父ではない。すでに教会から破門されている身でね」
この辺のエピソードは唐巣神父から使用許可を得ている。
「昔除霊をしたときにローマカソリックの許可なく土着の宗教の術法を使ってしまってね。……未練がないかといえば嘘になるが、当時はあの方法しか私にはとれる手段がなかった。許可を求めている時間もなかった。そして教会が下した判断は妥当なものであったと思うし、私は自分がやったことには後悔はないよ。でも、それが絶対に正しかったかどうかと問われると答えはわからない。……神ならぬこの身だ。何が正しくて、何が悪いかなんて正確なところは結果が出た後だってわからないよ。でも、私たちはその限られた条件の中で精一杯生きていかなければならないんだ。君も、自分の後悔のないように生きるための答えを探すべきだ。もしそれが正しければいつか報われる日も来るだろうし、間違っていれば罰も受けるだろう。自分の思うように行動してみたまえ。……君が今まで除霊を行ったがために守られてきた笑顔も必ずあるはずだ。……もし、その吸血鬼のお嬢さんを愛しているというのなら探してみるのもいいだろう。いざとなったら結婚式だって取り持ってあげるよ? 神父であるならそれは許されないかもしれないが、私はすでに神父ではないのだからね」
不器用にウインクをしてみせる神父。
「……は、はい。……ありがとう……ございます」
横山が抱えるティーカップに波紋が生まれる。
横山は涙を流していた。
場面はMurai Ghost Sweeper Officeに移る。