≪美智恵≫
「美智恵さん。司法取引しませんか?」
いきなり、それもあっけらかんと横島君が言ってきた。
「どうしたのいきなり?」
「今から俺がオカルト犯罪しますけど見逃してもらえません? その代わり同じ方法で三件までなら捜査協力しますから」
確かに横島君の捜査協力はありがたい。
文珠を自在に使う横島君を相手に迷宮入りする事件などまずない。
そしてそれを知っているからこそ横島君はオカルトGメンの逮捕に協力することはあっても捜査に協力をすることはほとんどしないのだ。
そして現在怒り心頭の横島君をあまり刺激しない方が良い。
……これは誤魔化しね。
「わかりました。ただしあまりにもその内容がひどすぎると判断した場合はすぐに止め、場合によっては逮捕しますからそのつもりで」
「先生!?」
「私たちに知らせずとも横島君はそれをできたはずよ。それを教えてくれたということは少なくともそれに答える必要があるわ」
詭弁ね。
「ありがとうございます。カオス」
「ほれ、用意はできておるぞご所望のエクトプラズム粘土だ」
カオスさんが青白い粘土のような物質を取り出す。
「こいつはエクトプラズムを用いた簡易式神生成道具だ。まぁ、式神ケント紙のようなものだな。最もあれより大分強力であるし、再利用も可能だから使い勝手は良いがな」
横島君はそれを人型に造ると手にした文珠を埋め込んだ。
それは【模】の文珠。
見る見るうちに人型はあの今井という男の姿に代わった。
「俺の質問に答えてもらおう」
「了解です。主」
式神が人語をしゃべっている!? 文珠の作用かエクトプラズム粘土の効果は知らないが簡易式神としての範疇を軽く超えている。
しかもこれは……。
「この後お前はどういう行動に出る?」
やはり。文珠によって相手の思考パターンや記憶を完全に汲み取り、霊力が支払われる限り主人に対して絶対忠誠の式神(本来式神は主人が弱みを見せればそれに付込み主人を殺そうとする場合もあるが、横島君や六道家ほどの能力を持てばその可能性は限りなく0に近い。少なくとも簡易式神がどうこうすることはないはず)のあり方と、主観の入らない客観的な意見として出てくる以上その情報は法的証拠にはならないがどこまでも真実に近いはず。
「九尾の狐は中国とインドの国を滅ぼした経緯がある。人脈を駆使してこの情報を歪めて伝えれば国に圧力をかけてくるだろう。そうすれば九尾の狐を殺すことなど容易いはずだ。フリーのG・Sを雇って調伏するのも良い。それで人間を傷つければそれを理由に殺すことができる」
確かに。少なくともインド、中国のG・S協会やオカルトGメン支部が圧力をかけてくるだけでも妖怪保護法案をひっくり返すことができる。
それに理由はどうあれ人間に手を出した妖怪をそれ以上保護することは難しい。
「何故九尾の狐を調伏することにこだわる?」
「私は国土開発に関して妖怪を除霊し、頓挫しそうになった計画を推し進めることで局長にまでなった。現在推し進めている那須の開発計画には殺生石の存在、九尾の狐の存在が邪魔だからだ」
なんて傲慢。
「……では、お前がこれまで行った妖怪が関係する開発計画について洗いざらい教えてくれ」
……式神の語る内容は正直気分が悪くなるものだった。
これはもう完全にオカルト犯罪じゃないの。
南部グループのときも胸が悪くなる内容だったけど質こそ違えたちの悪さでは同じようなものよ。
でも、眉一つ動かさずにその内容を聞く横島君のあまりの静かさに恐怖を感じる。
どれだけ怒っているのか想像もつかないわ。
ただでさえ横島君の逆鱗に触れるような内容なのに同様のことの矛先にすでに横島君の身内であるタマモちゃんに向けられていたんだもの。
「……最後に、不正でも犯罪でも何でも良い。今井が破滅するに十分な内容の悪事を洗いざらいしゃべってくれ」
……最悪ね。この国の官僚が腐っているのは知っていたけど今井はその中でも最悪の部類だわ。
しかしこの能力、法的根拠は皆無とはいえ犯罪捜査には便利すぎる能力だわ。
協力してもらうにしろこの方法が外部に漏れないようにしなくてはならないわね。
「……ご苦労だったな」
横島君が人型から文珠を抜き出すと人型はもとの粘土の人形に変わっていった。
途中で泣き始めていた冥子ちゃんの頭を撫でながら話を進める。
「俺はこれから中国とインドに対する対策をうってくるから。美智恵さんたちで今井を失脚させる手段を練っておいてもらえませんか? 注文をつけさせてもらうなら今井を周囲から孤立させた後失脚させるような」
怒っていても頭は冷静か。本当に敵に回せない子だわ。
「わかっているわ。政治家や官僚の敵意を買って横島君が保護している妖怪たちに累が及ばないようにでしょう? そちらは任せてもらってもかまわないわ。でも、はっきり言って中国やインドへの対策の方が厄介よ?」
「とっておきの伝がいるんで大丈夫ですよ。それではお任せします」
横島君が言うのだから大丈夫だと思うけど中国やインドのオカルト界に対するとっておきの伝?
横島君は泣き止まない冥子ちゃんの頭を抱きしめるように撫でると部屋を出て行った。
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≪横島≫
「ほう、つまり儂に九尾の狐の転生体の娘に手を出さぬよう意見を出して欲しいと」
「はい。老師であれば可能でしょう? インドにおいては風神ヴァーユの子にして猿王スグリーヴァの大臣。インドの三柱神(トリムルーティ)が一柱、豊穣神ヴィシュヌが化身、ラーマチャンドラの部下として羅刹王ラーヴァナに囚われたラクシュミーが化身、シータ姫を奪還せんと単身ラーヴァナの本拠、ランカー島(スリランカ)に潜入してラーヴァナと死闘をくる広げ、ラーマの弟ラクシュマナが怪我で倒れればカイラース山ごと薬草を運んできた英雄神。中国においては軍神、中壇元帥(那咤三太子)を退け、最強神、顕聖二郎真君(陽ゼン)と引き分け釈迦に封ぜられた後三蔵玄奘の弟子として天竺に渡り経文を得て闘戦勝仏となった貴方なら。インドと中国で人気のきわめて高い貴方の言葉を向こうのオカルト界も無視できるはずがない」
「ふむ。まぁ何処までいけるかはわからんがその件については引き受けよう。おぬしの大切な身内でもあることだしな」
「感謝します」
「なに、かまわんよ。それより小竜姫達にでもあってきてやれ。白娘姫も脱皮を繰り返して大分大きくなったぞ。人型に変われるようになるのも近いやも知れぬ」
「そうですか。帰る前に会っていきますよ。それでは老師」
老師に礼をして場を辞した。
その後小竜姫様たちにあって家路につく。
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「お帰りなさい横島君。方針は決まったわよ」
美智恵さんの立てたプランを見る。
これなら高級官僚とはいえ失脚させることはたやすかろうし、官房長官などの名前に泥をつけずにタマモに関してのことを一時保留にするくらいのことはできる。
流石美智恵さんだ。
ユリンの監視もあるし今井の手足はもいだようなものだ。
「流石ですね」
素直にそういった。
「内容が内容だから素直には喜べないけどアリガト」
確かに女性が褒められても喜べる内容ではないな。
「後は子供達に知られないようにしなくてはね。そのために皆をデジャブーランドに行かせたんでしょう?」
「ええ。子供のうちからあまり大人同士の汚い駆け引きを見せるものではないですしね。そんなものばかり見せてしまって俺みたいな歪んだ性格に育ってはいけませんし」
俺の台詞に一斉につっこみが入る。
「……しかし、南部グループのことといい、嫌な事件が続く。正直人間不信になりそうだよ」
西条が珍しく弱音のようなことを漏らす。
確かに令子ちゃんたちにも知らせなかった裏のことも西条は知っているからな。
「君は……嫌になったりはしないのかい?」
西条が俺を気遣うように聞いてくる。
「俺は……嫌になったりしないな」
「なぜだい?」
「どんなに汚く見えても世界は綺麗なんだよ」
カーテンを開けて外を眺める。
そこは見慣れた風景。
なんでもない日常。
だけど綺麗だ。
「世界は綺麗なんだよ。でも皆それに慣れてしまって気がつかなくなっているだけで」
「断言するね」
「知っているからな」
なくしてから初めて気がついた。
この世界が、あの世界がとても綺麗だったということを。
「それを知っていれば嫌になんてならないさ」
そんな暇はないからな。
窓の外に人影。
タマモ達が帰って来たようだ。
程なく事務所のドアが開かれかえってくるタマモ達。
「おかえり、どうだった?」
「もう最っ高! 人間ってこういう下らないことに関してはすごいわ」
満面の笑みのタマモ達。
俺は後ろの連中に振り返り笑って言った。
「な。世界はことのほか綺麗だろ?」
タマモ達は何のことかわからずきょとんとしているが大人達は彼女達の笑顔を見て頷いている。
もう二度と無くさない。
この美しい世界を。
そして願わくばこの綺麗な笑顔の子供達から綺麗な笑顔が奪われないように。
奪わせない。