≪令子≫
横島さんが倒れるとすぐにゼクウさま、ユリン、心見が現れる。
しかしゼクウさまは横島さんに対して神剣を構え、ユリンは横島さんに対して威嚇をし、心見は横島さんを封じ込めるように文珠による結界を張った。
私たちも、ヌル達も咄嗟のことで反応ができていないうちに心見が私たちに向かって双文珠を投げた。
【防/御】【防/衛】【防/壁】【防/護】【守/備】【守/護】【結/界】【抵/抗】
およそ考えられる限りの強力な文珠による守護壁が作り上げられ私たちと、ついでとばかり茂流田達が包み込まれた。
「気をしっかりもたれよ! マスターの頚木が外れてしまう!」
ゼクウさまは何を言っているんだ?
いつもの様な余裕が声にない。
それどころか追い詰められたような緊迫感が漂っている。
私がそれを理解する前にその声は聞こえてきた。
『 愛した女性を殺した。 (彼女が消え)
大切な仲間を巻き添えにした。 (彼らも消え)
そして世界を滅ぼした。 (皆が消え)
この手は何一つ守りきれず。 (誰をも救えぬ手が生まれ)
この手は救われることを望まない。 (誰もが救えぬ手に育ち)
もう誰一人、殺したくない。 (怯えるその手は拒絶する)
俺に関わって、死なないでくれ。 (我は汝を拒絶する) 』
『我は汝を拒絶する』
その声が聞こえた瞬間にグーラーに食われて欠損した横島さんの右肩から黒い影が湧き出てきた。
それは【恐怖の腕】と同じ、黒い爬虫類の手の姿をしている。
だがそれは根本的に何かが違った。
いや、本質は同じなのかもしれないが何かが違う。
だって、これほど強力な結界の中にいるのに初めて【狂気の顎】を前にした時以上の衝撃が私の心に襲い掛かってきているのだから。
頭の中はクリアなのだがその分襲いくる【恐怖】は気が狂ってしまいそうになるほどだ。
私自身があの時のままなら間違いなく壊れていただろう。
それほどに怖い。
体は正直で指一つ動かせない。
人間は恐怖を前にすると体が動かなくなるって本当だったのね。
呼吸すらままならない。
「あぁあああぁあ!」
ゼクウさまが神剣を携え、ユリンが嘴をつきたてんと腕に襲い掛かるがその動きが止まった。
ゼクウさまたちは前に進もうとしているのに押し戻されているようだ。
『我は汝を拒絶する』
「グフッ!」
ゼクウさまも、ユリンも、心見もまるで玩具のように吹き飛ばされた。
壁を突き破る威力で、それでもゼクウさまは辛うじて立とうとするが剣を杖にして踏ん張るのがやっとだ。
「うわぁあぁ!」
恐慌したヌルが腕に魔法を放つがそれすら捻じ曲げられて腕に当たることはない。
腕が恐ろしい勢いでヌルに向かい、ヌルを掴んだ。
「はなせぇぇ!」
『我は 汝を 拒絶する』
腕の中でヌルが四散した。
腕がまるで次の獲物を探すようにその指先をあちこちに向ける。
……眼が合ってしまった。
腕にあるはずのない眼が私の眼とあってしまったのを感じた。
私は漠然と理解する。
私はこのまま身動きすらとれずに潰されてしまうのだと。
死にたくないのに指先一つ恐怖によって動かすことができない。
死を覚悟させられた私を守るように淡く光る剣が格子状に腕を取り囲む。
「……霊波刀、無型式、……賽の……監獄」
生きも絶え絶えに、それでも視線は力強いままで腕を睨みつける横島さん。
腕が恐怖するのを私は感じた。
私を怯えさせているあの腕は、紛れもなく横島さんに恐怖を感じている。
そして敵意を持っている。
突風。
それと共に格子状の霊波刀が細切れになって吹き飛ばされた。
先ほどから攻撃をそらしている力が霊波刀と一緒に空気を外側に押し出したのだろう。
そしてヌルのとき以上のスピードで横島さんに迫り横島さんを同じようにつぶさんとする。
「文珠奥の型、太極文珠」
それは双文珠と同じ姿をしているが中に【光/闇】と刻まれていた。
横島さんを捕らえていた腕は逆にその文珠の中に捕らえられてしまう。
その中でどれほど腕が暴れようと文珠は腕を離さない。
そして文珠は突然腕ごと消滅した。
腕は黒い影になり再び横島さんの中に入り込むと横島さんは再び意識を手放したらしく地面に崩れ落ちた。
「……あれは、何だったんだ?」
いち早く体が動くようになった雪之丞が呟く。
それはおそらくエミも、当然私も持った疑問。
そしておそらくその答えはゼクウさま達が知っているのだろう。
「兄者、しっかりしろ!」
心見が文珠で欠損した腕と焼け爛れた全身を癒す間に私はゼクウさまの元に歩み寄る。
ゼクウさまも文珠で己の身を回復させたところのようだ。
「……【恐怖】で、まだよろしゅうございましたな。もしあれが、それ以外でしたら抵抗することすらできずに、マスターが目覚める時間すら稼げずに殺されていたでしょう……」
「クワァアー」
ユリンと会話を交わすゼクウさまにエミが詰め寄る。
「ゼクウさま、あれはいったいなんなの!? 忠にぃの身に何が起こっているワケ!」
ゼクウさまはどうした物かと思案していたが私達の真剣な視線の中で仕方なくといった感じで口を開いた。
「……知られたからには、黙っているわけには参りませぬな……アレがマスターの七種の霊波刀の力の根源の一つの一部。マスターの自失と、腕の欠損と、皆様が人質にとられたこと。いくつかの要因が重なり合って漏れ出してしまったものですが、アレはマスターがそのうちに抱え込んでいる恐怖そのものです」
あんなものが七つも横島さんの内にはあるの?
「……忠にぃはどうして何も教えてくれないの? 私はそんなに頼りない?」
「アレ、に関してはマスターは余人に相談のしようもないことでございます。なぜならばアレに耐えられるのは人間はおろか、神族、魔族のなかでもおりますまい。かく言う某も、マスターの眷属であるが故に壊れずに済んでいるというだけですからな。同様に使い魔のユリン殿も、式神の心見殿も壊れずに済みますが、そうでない方が触れれば容易く壊れてしまうでしょう。故にマスターは誰に相談もできずにいるのです。……それと皆様、申し訳ございませぬ」
えっ! という間もなかった。
ゼクウ様の手に握られていたのは【忘/却】と刻まれた双文珠。
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≪ゼクウ≫
「マスター」
「……ゼクウか。すまない、俺はどれだけ眠っていた?」
「5分少々といったところですかな。……気は進まなかったのですが、皆様には忘れていただきました。皆様は一見まともそうでしたが明らかに恐怖症の兆候が見受けられましたし、あちらの五人は完全に壊れていましたからな。……皆様はともかく、彼らが社会復帰できるようになるのにはまだ時間がかかるでしょう。それと今、心見殿が監視装置を調べて文珠や恐怖の記録を改ざんしております。南部グループを潰すのに必要な記録集めもて発見されやすくしておく作業も平行に行っているのでもう暫くはオカルトGメンに通報できませぬな」
「かまわない。……俺はいろんなことにケリをつけてくるよ。……ゼクウ、ありがとう」
「この身はマスターの従僕でありますれば」
「従僕なんかじゃない。心強い戦友だよ」
主の力にすらなれぬこの身にはもったいなすぎる言葉ですな。
……しかし自虐の台詞が出てこなかったのはよい兆候です。
後はもう少し、マスターが未練を残してくれさえすれば。
この身はマスターの従僕。それ以外にこの身の在処はない。
そう思うのは某のエゴでございましょうか?