≪ヌル≫
あの女、カオスと共にいた女。
何故ここにいる?
生まれ変わりだろうか?
人形を貸し出しはしましたが、カオスに復讐を果たすまではと魔界に直接連絡を取らなかったことが仇になりましたね。
……まぁいいでしょう。そうであろうとなかろうとあの顔が不快であることには変わりない。
ならば殺してしまえば……いえ、カオスを倒すために兵器の材料になってもらいましょうか。
私の人形をぶつければ問題ないでしょう。
「どうされましたかな? 協力者殿」
フン。人間風情が心霊兵器の完成が己の力と思い過信しおって。
所詮貴様が歩いている道などこの私が700年前歩いていた道にすぎんと言うのに。
「なに。あちらの三人をサンプルにしないと言うのであれば私の材料にしたいと思っただけですよ。ただの人間よりも優秀な霊能力者のほうが実験台としては面白いですからね」
「なるほど。確かに貴方の成功例から見ればそれは良くわかりますよ。いいでしょう、あの三体は好きに使ってください。……いえ、まずは横島君をおびき寄せるための人質になってもらいましょう。そのあとでご自由にお使いください」
「ではそうさせてもらうとしましょう。なに、私の人形を差し向ければ問題ないでしょう」
「プロフェッサーご自慢の人形ですか。何れわが社の英雄とテストをしていただきたいものですね」
フンッ……。
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≪雪之丞≫
「大丈夫か? ミカ姉、エミ姉」
「大丈夫よ。ありがとう雪之丞」
「ええ、結構な高さがあったからあんたが捕まえてくれなかったら危なかったワケ」
「しかしコリャ完全に嵌められたな」
「そうね。電気仕掛けの幽霊屋敷なんてあるはずないもの」
「……何か来る」
アモンと契約してからこの方鋭くなった耳に重いものを持った大勢が足音を忍ばせている。
隠し扉が開いて武装した人間、手に持っているのはMP5。
「二人とも、俺の後ろに。俺の魔装術なら9mmパラくらいならかなり凌げる」
魔装術を一気に展開。
「あら、凄いのねえ。銃弾を防げるなんて羨ましいわ。いったいどれほど高位の魔族と契約したのかしら?」
「勘九郎!!」
「ハ~イ♪ 雪之丞。ご機嫌いかが?」
チッ! 足音の方に気をとられて気配を消していた勘九郎に気がつけなかっただと!
「でも、アタシを相手にしながら後ろのお姉さん方を守れるなんて思い上がっているわけじゃないでしょう? 今すぐ命をとろうなんて考えていないから投降してくれないかしら?」
俺は何も言わず魔装術を解いた。
その俺たちを武装した連中が縛り上げる。
霊力のこもったロープで霊能力で切るのは難しい。
「あら、頭の方も少しは成長しているのね。てっきり頭に血を上らせて襲い掛かってくるかと思ったのに」
俺は無言で勘九郎を睨みつけた。
「ごめん、雪之丞。私たちが足手まといになっちゃって」
「気にしないでくれミカ姉。勘九郎が出てきた時点で俺一人でも対処は難しかった」
「あら、本当に成長しちゃって。……まぁいいわ。ヘンリー、ボビー、ジョー。連行して頂戴」
俺たちは地下に作られた塔の頂上付近の一室、茂流田と須狩、それから名前も知らない禿のいる部屋に案内される。
「プロフェッサー・ヌル!」
「ほう、私の名前を知っているところを見ると本当にあの時あったお嬢さんのようですね」
「くっ!」
「まぁその件については後でゆっくりと聞くことにしましょう」
「ちょっとあんたら! 魔族なんかと手を組んでどういうつもり!?」
「決まっているでしょう? 会社の利益と科学の発展のためですよ。ファウスト博士の例をとるわけではありませんがそのためなら悪魔と契約することなんてたいしたことではないでしょう?」
欲望丸出しの顔しやがって!
「君たちはわが社の新製品、心霊兵器の実験に横島君に付き合ってもらうための人質になってもらいますからおとなしくしていなさいね」
「心霊兵器なんて作ってどうするつもり?」
「この世界には核兵器が使えない場所というものがあるんですよ」
「……中近東ね?」
「その通り。今の世界ではあそこの石油の発掘ができなくなっては文明は停滞してしまいますからね。ですが周辺に環境破壊を起こさず、人間だけを殺せる心霊兵器が作れれば……どうなるかわかりますね?」
「……手前らみたいな屑にしてやる義理はねえが一つ忠告しといてやる。実験対称に師匠を選んだのが貴様らの敗因だぜ」
「そうね。その上人質なんて手段をとるなんて、最悪なワケ」
「ずいぶん余裕なのね。それとも開き直りなのかしら? 私たちはいつでもあなたたちを殺すことができるというのに」
「別に殺されたいわけじゃないけど。……でも、私たちがいなくなれば横島さんに枷はなくなるわ」
「おやおや、横島君はずいぶんとお弟子さんに信頼されているようだね」
「ですが横島は分身体とは言えアタシを殺しています」
「ほう、プロフェッサーご自慢の人形を。それはますます我らが英雄の相手として相応しい」
茂流田のやつが面白そうに笑い出す。
今のうちにせいぜい余裕ブッコイテロ!
ミカ姉達も文珠の用意をしているようだし、俺もいつでも魔装術が展開できるように準備しておく。
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≪横島≫
以前は囚われた塔に挑むことになる。
『横島君。君にはわが社で開発した心霊兵器、人造英雄のテストをしてもらおう』
スピーカーから茂流田の声が響く。
俺の知っているものではないな。
「人造英雄?」
『霊体片を人工培養して人間の死体に植え付けたのさ。元は人造魔族を作ろうとしていたのだが優秀な協力者のお陰でより、商品にしやすい形に改良したのさ。ちなみに君に拒否権はない。君を信頼するお弟子さんたちを人質にとっているからね』
「……1階から順に上がっていけばいいのだな?」
「賢明な判断だね。それでは幸運を祈るよ」
ゼクウやユリンに協力を頼めば変な横槍が入りそうだな。
かといって人工的に作られたこの場所ではユリンの隠れ場所が少なすぎる。
俺自身の能力、特に文珠が記録に残るのも困る。
俺はアロンダイトだけで戦い抜くことにする。
『さて、1階を守る人工英雄はゲルマン神話から竜殺しの英雄、ジークフリートだ。竜の血を浴びて無敵の体を得た英雄。しかも彼には背中に弱点などない。さぁ、がんばりたまえ』
剣を構えた虚ろな人形。
それが人間以上のスピードで低い位置から切りかかってきた。
その肌はかなり硬質なようである。
一閃。
すれ違いざまに振るったアロンダイトは頭頂部から股間まで一気に切り裂き人工英雄ジークフリードは血のような体液を撒き散らしながら左右に分断された。
おそらく銃弾程度、あるいは戦車砲すら防ぎきる肌だったのかもしれない。
その体液を浴びながらも汚れることなく(霊力のシールドを体全体に極薄く張った)隠しているであろう監視カメラに向かってまっすぐに言い放つ。
「一つ忠告しておこう。本物のジークフリードはこんなにトロくも脆くもない」
それだけ言うと上階への階段を上っていく。