≪おキヌ≫
今日は魔鈴さんのお店を借り切ってパーティーをしました。
参加者は事務所のメンバーやリレイションハイツの皆さんにご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんや石神さま。それから唐巣神父やピートさん、鬼道さん。忙しいはずの美智恵さんや西条さん、銀一さんまで集まってくださいました。
それから氷室神社の宮司さん一家。
皆私なんかのために集まってくださったんです。
山の神様のワンダーホーゲル部さんが地脈を多少なりとも制御できる一人前の土地神に成長されたのでとうとう私が反魂の法を受ける時が来たのでそのお祝いと言うことでのパーティーです。
皆さんが私なんかのために集まってくれています。
でも、私は・・・・・・。
「浮かぬ顔をしているな」
「カオスさん」
酒宴になってレストランをこっそり抜け出した私の後をカオスさんがついてきました。
「前にも……こんなこと、ありましたね」
「そうだな。そしてそういうときには君は他人にあまり話せない類の悩みを抱えている時だ。……優しいのはかまわんが余り一人で抱え込みすぎるのはよくないな。横島ではあるまいし」
「優しく、なんかありませんよ。私は。いつだって自分のことだけで手一杯で、今だって自分のために悩んでいるんですから」
「また、話してみるかね?」
「聞いてもらえますか?」
「うむ」
「……私、生前は戦災孤児でお寺のお世話になっていたんです。私も忘れていたことなんですけどね。和尚様、女華姫様、弟や妹達、大切な人たちのことなのに忘れてしまっていたんです」
「そのことは以前に説明したと思ったが?」
「……怖いんです」
「何がだね?」
「皆と死に別れてからの300年間ずっと孤独でした。体は氷の中に閉ざされて、魂は人気もない山の中に括られて。でも、横島さんが死津喪比女を除霊してくれてからは違いました。私の周りには横島さんや皆さんがいてくれました。傍にいなくても心がそばにあることを感じることができました。一人でいても寂しくはありませんでした。心が孤独ではありませんでしかたら。……皆さんのことを忘れてしまったとしても絶対に思い出します。でも、ひと時でも皆さんのことを忘れてしまうと考えたら、心が孤独になってしまうと考えたら、それが怖いんです」
「その気持ち、正確に君の思いを理解できているかはともかくとして推察はできるな。私とてマリア姫に出会う300年間は精神的孤独の中にいたのだから。基本的に負けず嫌いだった私は当時そんなことを考えもしなかったが……今なら理解もできるよ。ただ一人周囲と違っていた私は孤高を気取っているだけの孤独な小僧に過ぎなかったのだと言うことをね」
「……カオスさんも、横島さんも、皆さんも何で私なんかにこんなによくしてくれるんですか? 私なんか何のとりえもない幽霊なのに」
「とりえ……ねぇ。君の価値はおそらく君には理解できないのかもしれないな。まぁ、価値があるから、ないからという話でもないのだが」
私の価値?
「よく自分の周囲を見回すことだ。それとあまり自分を貶めるようなことは言わないほうがいい。君のことを大切に思っているものの心まで貶めることになるぞ? 何より私の周りにそういう馬鹿は一人でたくさんだ」
? 誰のことでしょうか?
「もう一度言うぞ。もう少し、自分の周りを見回してみるといい」
・
・
・
≪???≫
人間に気を許してはいけない。
人間を信用してはいけない。
いつか必ず裏切られるのだから。
……でも、ここは心地いい。
今日はおキヌちゃんのお別れ、……反魂の法を行うようだ。
私には関係ない。
確かに横島の次に私が世話になったのはおキヌちゃんかもしれないが、それでも私には関係ない。
私の本質とは本来孤高。
群れの中に紛れ込みこそすれ馴れ合うことは絶対にしない……はずだ。
「今日、おキヌちゃんが反魂の法を行い生き返る」
ここの中心にいる人間。
人間ばかりでなく妖怪や幽霊、神や悪魔でさえもその懐のうちに拒まない横島忠夫が私に話しかけてきた。
彼にとってはわたしもそのうちのひとつにすぎないのか?
だが確かにこいつの傍は心地よい。
「反魂の法は必ず成功する。……成功させる。だけど、おキヌちゃんがここに戻ってくるかどうかはわからない」
ピクリと体が反応してしまった。
私を上に乗せている横島にもそのことはわかったはずだがそのことには言及せずに言の葉を紡ぐ。
「記憶が蘇るかどうかは確証がないからな。無理やり呼び起こそうとしてもそれは300年間と言う一人の人間が本来許容することのない時間の情報だ。精神に何か障害が残らないとも限らないし、300年の孤独なんていう記憶など持たないほうがいいのかもしれない。……この考え方事態が俺のエゴだな。おキヌちゃんの心はおキヌちゃんだけのものなのだから。はっきりいえることはおキヌちゃんの記憶に関しては俺は干渉することはしないし、その結果おキヌちゃんがここに帰ってこなくなる可能性もあるということだ」
それがどうしたと言うのだ?
生まれて、育ったからには一人で生きていく。
それをしないのは独りで生きていくことができない時期と、子孫を残す時くらいのもの。
そんなことは当然ではないか。
当然だと言うのに何故私はこんなに苛立っている!?
「……どうするかはお前に任せるよ。……でも、何もせずに後々後悔することもあるかも知れん。やり直しのきかないことはこの世の中に案外少ないが、全てが元通りになる可能性は0だからな」
何が言いたい!
「もし、お前が気持ちをおキヌちゃんに伝えたいことがあるのなら、その機会は今日で永遠に失われるかもしれないと言うことだ」
体に衝撃が走る。
横島は泰然としている。
少なくとも口からでまかせを言っているとかそういうレベルじゃない。
こいつはもう知っているんだ。
ばれているとわかっているのに欺こうとするのは愚の骨頂か。
私は観念して人間に近い姿をとった。
「その姿で合うのも言葉を交わすのも初めてだな。今更なきもするが横島忠夫だ。よろしくな、金毛白面九尾の狐」
「私がすでに妖怪として目覚めているのにいつから気がついていた?」
こちらに握手を求めてくる……解せない。私はこいつが言うとおり金毛白面九尾の狐なのだというのに。
その手を無視するが横島はそのことを気にした様子もなかった。手も引っ込める様子もない。
「強いて言えば最初からだ。生き物は生れ落ちた瞬間から力の強弱はあるにせよ一人前に生きていくことができるように生まれてくる。まして個体としての絶対数の少ない妖怪であれば尚更だ。そうでないのは超未熟児状態でないと出産することができない人間くらいのものさ。そう疑って掛かれば君が妖気を隠していたのはすぐにわかった」
そう簡単にわかるものか!
私は幼いとはいえ化かす妖怪の極の一つたる妖弧の、その極である金毛白面九尾の狐なのよ!?
確かに前世の記憶は戻っておらず力も最盛期には程遠いがそれでも私が金毛白面九尾の狐であることは間違いない。
……だが、同時にこいつならやってのけるだろうと言う気もする。
「なら何で今まで何も言わなかったの? 今になってそんなことを言うの?」
「教えてくれないのは君がまだ俺たちを信頼してくれていないからだと思っていた。どれだけ言葉で信頼を勝ち得ようとしてもそれに意味はない。信頼は行動で示してはじめて得られるものだからな。……だけど、おキヌちゃんと永遠に会話を交わす機会が失われるかもしれないなら、そのことを教えないのはよくないと考えた。君はおキヌちゃんには多少心を開いていたようだから」
……認めよう。
私はおキヌちゃんに心を開きかけていた。
すでに人間でなかったと言うこともあるが、横島が仕事でいないときに私の世話をやいてくれていたのはおキヌちゃんだし、彼女は打算かれでも義務感からでもなくそれをやっていたために心地よかったからだ。
おそらく、横島忠夫の傍の次くらいに。
「私は、金毛白面九尾の狐なのだぞ!」
言外に三つの国を滅ぼしかけたものだと言ってのける。
私が望むと望まざると限らずそれは事実。
同時にいつでも逃げられる用意をしていた。
逃げ切れるとは思わないがおとなしく除霊されたくはない。
しかし横島は自嘲するように笑って見せただけだ。
「俺は、横島忠夫だよ」
ある種傲岸とも聞こえるその台詞にどんな思いが込められたかはわからない。
数瞬見つめあう。
そして私は自らの敗北を認め差し出され続けた横島の手を握り返した。
今の私ではこいつには敵わない。
それは強いものに庇護を求める妖孤としての性から導き出された結論なのかもしれないし、心地よさから離れたくなかったからかもしれない。
ただ、私は孤高を捨て庇護を求めてしまった事実に変わりはない。
横島は嬉しそうに笑って見せた。
邪気もなく、打算もない。
嬉しいから笑った。ただそれだけの微笑。
「おキヌちゃんのところにいくかい? 金毛白面九尾の狐?」
「タマモ」
私は言葉を放つ。
「封印される前にはそう呼ばれていた」
「よろしくな。タマモ」
私はそのまま横島に手をひかれる形で岩宿の中に入っていった。
横島の頭の上で寝そべっているのも気持ちがよかったが、手を繋いでいるのも気持ちがいい。
場違いにもそんなことを考えてしまった。
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≪おキヌ≫
私が死んだ岩屋の奥に横島さんが手を引いて中学生くらいの少女を連れてきた。
見たことのない、少なくとも見たことがあれば忘れないような綺麗な顔立ちに特徴ある金髪のナインテールの髪形をした少女。
女の子は何か羞恥に耐えるように顔を真っ赤にしている。
この場にいる皆でそれを見守った。
「……ありがとう」
女の子は聞き取れるか聞き取れないかと言う小さな声でそう言った。
「おキヌちゃんが作ってくれたお稲荷さんは美味しかった。……おキヌちゃんが忘れても私は忘れないから」
「この子はあの子狐だよ。金毛白面九尾の狐。名前はタマモだ。おキヌちゃんにお礼が言いたくてこの姿になってくれたんだ」
横島さんがそういうとタマモちゃんは更に顔を赤くして俯いています。
私なんかのために……。
私は思わずタマモちゃんを抱きしめてしまいました。
ひとしきり抱きしめた後、月の配置が定まり、地脈が最高に高まり、山の神様の準備が整いました。
ひと時とはいえお別れのときです。
「忘れませんから! 絶対に思い出しますから!」
幽霊の私も涙を流せるのでしょうか?
頬に何かが伝う感触と共に私の意識は混濁していきます。
絶対に、絶対に忘れませんから。
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≪タマモ≫
おキヌちゃんの反魂の法が成功して2ヶ月の時間がすぎた。
おキヌちゃんは300年という仮死状態のために衰弱していた体がようやく回復し、今日養い親になる氷室神社の両親の元に帰るらしい。
おキヌちゃんが病院から父親が運転する車に乗り込む様子を病院の喫茶室の窓際に陣取った皆が暖かく見守っている。
おキヌちゃんは私達のことを無意識に覚えているらしい。
私たちがいるときと同じ行動をとろうとして自分が何故そんなことをしようとしたのかを必死に考えようとしているとのことだ。
いずれ、おキヌちゃんは事務所に戻ってきてくれるのだろうか?
私のほうは驚くほど変わらなかった。
いや、ケイやジル、ヒノメが今まで以上に私にかまうようになってきたことくらいか。
私が金毛白面九尾の狐だとカミングアウトしても何も変わらない。
ただここにある空間は心地いい。
感謝すべきなのだろう。
私が目覚めるのに力を貸してくれた人物が、目覚めた時に自分の眼前にいたのが横島だったということに。
ここでは追われる事もないから私はタマモでいられる。
横島は私に何も押し付けず自分の意思を尊重してくれるから私はタマモを保ち続けられる。
ここが、そしておそらくここだけが私がタマモでいられる場所なのだろう。
今日は横島は事務所で事務仕事をしている。
その右膝にはケイが、左膝にはヒノメが座り、左肩の上にはジルが座り、右肩にはユリンが止まり、首の周りには小竜姫が連れて来た白娘姫が巻きつき、私は頭の上に丸くなり温かな日差しの中でまどろんでいた。
ここは恨みにとらわれることなく私がタマモでいられる場所。
願わくばこの場でまた、おキヌちゃんの作ったお稲荷さんが食べられますように。