≪横島≫
理想と現実のギャップに思い悩んだ横山は慣れない酒を飲み、フラフラになりながら道端で気を失うように眠りについた。
翌朝、気がつけば見知らぬ天井だった。
「眼が覚めましたか?」
心配そうに横山を覗きこむ美女(白麗)。
「え、君は? それに俺は……ここはどこなんだ?」
「はじめまして。私は月野舞夜といいます。ここは私の家であなたはうちの傍で倒れていたので部屋まで運ばせていただいたんです。救急車を呼ぼうかとも思ったのですが、泥酔しているだけだったようですから。あ、私は夜間病院の看護士で少し医療の心得があるものですから」
「すいません。ご迷惑をおかけしました。でも、舞夜さんが運んだって大の男一人重くはなかったんですか?」
「こう見えても力持ちなんですよ。看護士ってけっこう体力勝負なんですから」
力こぶを作る動作をしながら明るく微笑む。
横山はその笑みにひきよせられたかのように呆けるのだった。
「あ、俺は横山駿作と言います。ゴ、」
横山はゴーストスイーパーと言いかけて躊躇した。
「ご?」
「いや、何でもない。とにかく助けてくれてありがとう。……痛っ」
「二日酔いですね。お水を飲んで安静にしていてください」
舞夜は横山にレモンを浮かべた水を差し出した。
「すいません。これ飲んだら出て行きます。改めて御礼に来ますんで」
「御気になさらずにけっこうですよ。困っている時はお互い様ですから」
その場は別れた二人。
しかしそれまで少なからず心のよりどころとしていたゴーストスイーパーという職業に疑問を抱いてしまった横山にとって舞夜の笑顔は砂漠に水が吸い込まれていくように心の中に進入していた。
舞夜に惹かれていった横山。
舞夜も横山の純粋さ、幼さ、強さ、弱さ、(長い生命活動を続けてきた)彼女にはそういった姿が眩しく映り、横山が何か隠していること(と、一般人にしては強すぎる霊力)に気になりながらも徐々に彼に惹かれていった。
時間にすれば数日間。
東京のあちこちに二人で出かけた。
優しく、温かく、柔らかな交流が続く。
しかし二人の距離は一定以上に縮まらず、かといって離れない。
優しい時間がすぎていた。
ちなみに、白麗の名前が違っているのは撮影直前に知り合い(教え子)に同姓同名がいたことに気がついたからだったりする。
そして破局は突然訪れる。
「私たちを引き裂いたお前が! お前だけが幸せになれると思うな!」
海原美鈴が悪霊と化し、舞夜を人質にとって横山に美鈴が引きつれた悪霊(実際には見た目の柄の悪い低級霊)たちの攻撃が加わる。
「横山さん。私のことは良いから逃げて!」
しかし横山は人質と罪悪感のために抵抗すらできずに打ちのめされ、半ば失神状態になる。
そしてそれを見て覚悟を決める舞夜。
「……それ以上、それ以上横山さんを傷つけるな!」
舞夜の姿が変化し、(令子ちゃんと交代し)ほとばしる魔力(実際には霊力)が己を拘束していた悪霊を吹き飛ばした。
舞夜は漆黒のマント(カオスの発明品で簡単な飛行能力がある)に身を包んだ女吸血鬼、マイヤ=アルリシアとしての姿を現した。
「我が名はマイヤ。マイヤ=アルリシア。夜の眷属が王たる吸血鬼の私に悪霊風情が!」
怒りに燃えるマイヤの魔力は雷となりて(サンチラの能力)悪霊と美鈴を退けた。
「……ごめんなさい、横山。あなたがゴーストスイーパーだということには薄々気がついていました」
マイヤ(白麗)は動くことすらかなわぬ横山の体抱きしめいとおしげに頬を撫でる。
「それでも、それでも貴方と離れたくはなかった。……でももうお終いですね。ありがとう、横山。貴方と一緒にいられた時間は瞬くような間でしたが、私のこれまでの人の子の一生よりも遥かに長い生涯と比べても、はるかに貴い時間でした。さようなら、横山。ごめんなさい。」
マイヤは横山に唇を重ねると身体を蝙蝠に変えてその場を去っていった。
「……マイヤ、なんで?」
誰もいない深夜の公園で、横山の呟きだけが闇と雨に溶けていった。
・
・
マイヤが吸血鬼だったことを知り、前以上に塞ぎこむ横山。
気になっていた、否。恋心を抱いた相手が、自分がかつて日常的に命のやり取りをしているものと同じ存在であったからだ。
マイヤと別れた公園のベンチに座りながら苦悩し続ける横山。
「何か悩み事かね?」
かけられた声に顔を上げるとそこには人のよい笑みを浮かべた神父(唐巣神父)が立っていた。
「いきなり声をかけてすまなかったね。ただ、仕事柄悩んでいると声をかけずに入られない性分なんだよ。隣、いいかね?」
横山の了解を得て隣に座る神父。
「私の名前は苅田と言うんだ。よろしく」
「あ、俺は横山です」
神父は公園で遊んでいる子供達の姿に微笑みながら静かに横山が口を開くのを待った。
「……神父。神父は自分のあり方に、例えば自分が神父であると言うこと、神職に疑問を抱いたことはありますか?」
「私かい? あるよ」
こともなげに言い放つ神父。
それに驚いたような表情をする横山。
「目の前に苦しんでいる人がいるのに私は何もできずただ祈りを捧げることしかできなかったとき、そしてその祈りが無駄に終わった時、神父というあり方が己の行動を束縛する時、私だって己のあり方に疑問を抱いたさ。信仰に疑問を抱いたこともあった」
どこか遠くを見つめるような瞳で淡々とそう語る苅田。
「だったら何で! ……どうして神父を続けているんです?」
「神父という仕事がいいことだからかな?」
横山の方に向いて微笑む。
「子羊のすむこの世界に絶対善なんてものは存在しない。残念ながらね。私が信じる神だとて異教の徒から見れば絶対善の存在ではないでしょう。そしてはるか昔から人は信仰の名の下に多くの人の命を奪い合ってきた。そしてそれは悲しいことに今なお続いている。……でもね、神様を信じて、清く正しく生きることはきっといいことだよ。今ある世界の幸福に感謝し、悲しみに祈りを捧げ、そしてほんの少しでも誰かの力になれたとしたら、それはきっといいことなのだと私は信じている。だから私は神父なんだよ。……まぁ、少々おせっかいな性格ではあるがね」
そういって苦笑する神父。
「……私はこの公園を散歩のコースにしているし、すぐ傍の教会が私の教会だ。もし何か、私の力になれることがあったらいつでも訪ねてきてくれ」
神父はそういい残すとヨッコラセと立ち上がって散歩に戻っていった。
この辺の台詞は唐巣神父と相談をして作った台詞だ。
正直俺には聖職者の言う言葉はかけないからな。
そして場面は新しい人物を迎えて本筋に流れていく。