≪おキヌ≫
私は寂しさや苦しさに負けて殺そうとしてしまった横島さんに導かれて氷室神社に向かいます。
横島さんはとても優しく、私のことも許してくれました。
それどころか私のためにわざわざここまでやってきてくれました。
一時の苦しさに負けて自分が何をしようとしていたのか、いまさらながらに後悔の念がよぎります。
ごめんなさい。
「ここらしいな。」
そこは山の中腹にあるとは思えないくらい立派な神社です。
「ん?おめら何もんだ?」
巫女服に襷がけの女の子が竹箒で境内をはいています。
「・・・おキヌちゃんに似ている。」
そうなのでしょうか?この300年、自分の顔なんて水鏡くらいでしか確認できませんでしたけど。
「関係があると見ていいだろうな。・・・失礼。俺たちは東京のG・Sで除霊の最中この地方の古い文献を拝見させていただきたいと思いよらせていただきました。宮司の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「ふ~ん。わたすは氷室早苗。で、うちの父っちゃがそうだ。父っちゃ~!」
神社の中から温厚そうな宮司さんが出てきます。
「父っちゃ、この人たちが父っちゃに聞きたいことがあるんだと。」
「そうですか。それでは奥にどうぞ・・・そちらの幽霊は?」
「この娘のことでお話を伺おうと思ってよらせていただきました。」
「あ、おキヌと申します。」
「・・・まぁ詳しいことは奥で話しましょうか。」
私たちは奥に案内されます。
何ででしょう?ここは懐かしいような雰囲気があります。
いえ、懐かしいと感じているのは宮司さん?
「はじめまして。俺は東京でG・S事務所を開いている横島忠夫といいます。」
「横島さんとこの所員の美神令子です。」
「ほう、あなた達が。」
「父っちゃ、知ってるだか?」
「G・Sの世界では有名だよ。幽霊や妖怪を極力払わないG・S事務所って。」
「何だそれ。ろくに霊も払えないんだか?」
「とんでもない。横島さんはG・S資格試験最年少主席所得者。最年少S級ライセンス所得者。最短S級ライセンス所得者、高校生でS級ライセンス所得して、A級、B級ライセンスでも同種の記録を持っている。それに所属しているG・Sも3年前のG・S資格試験で女性としての最年少主席所得者を含む現役女子高生で1,2,3フィニッシュを飾った逸材と聞いている。それに横島さんは単独で平家の落ち武者の霊団や、国連が懸賞金をかけている魔族を何体も払っている。恐らく現役最高のG・Sだ。」
「おったまげた~。人は見かけによんねえもんだな。」
横島さんって凄い人だったんですね。
「俺たちのことはとりあえずいいでしょう。実はおキヌちゃんのことで伺いたいことがあってきました。」
横島さんが事情を説明します。
「・・・釈迦に説法するような話ですが彼女が神にもならず成仏もできないのは何かしら理由があるのではないかと思い、この神社を訪ねてきた次第です。」
「成るほど。・・・じつはおキヌという娘の話はこの神社の縁起を書き記した古文書と符合しています。しばしお待ちを。」
宮司さんはいったん奥に引っ込みますがすぐに出てきました。
「ありました。・・・今から300年ほど昔、元禄のころですな。この土地には他に例を見ないほどに強力な地霊が棲みつき、地震や噴火を引き起こしていました。その名を【死津喪比女】といいます。土地は荒れ、困った藩主は高名な道士を招いて死津喪比女の退治を依頼したのです。しかし・・・退治は不可能ではありませんでしたが死津喪比女の強力な力を前に退けるには大きな代償が必要だったと記されています。」
「人身御供ってやつね。それがおキヌちゃんだったわけか。」
「はい。道士は怪物を封じる装置を作り、それに命をふきこむために一人の巫女を地脈の要にささげました。その巫女の名前は伝わってはおりませんが恐らくは。その装置は巫女の意思と霊力で永久的に作動し、いずれ娘は地脈と一つになり山の神となる。そうすれば邪悪な地霊は封じられると・・・。」
私はそんな大切な役目のために死んだのに山の神様になれなかったなんて。
ふわりと暖かな感触で包まれます。
横島さんが私の頭を撫でてくれています。
「・・・成るほど。おキヌちゃんが山の神にも成仏もできない理由がわかった。成仏できないのはこの地の呪的メカニズムの一部として括られてしまっているからだし。道士はメカニズムを構成するための前提条件を誤ってしまったんだ。だからおキヌちゃんは山の神になることもできずに幽霊として300年間も彷徨う羽目になった。」
「道士の過ち?」
「大賀蓮は知っていますか?」
「成るほど!」
「宮司。申し訳ないですが当時を記した古文書を俺にも見せてくれないでしょうか?死津喪比女を復活させないようにおれはおキヌちゃんをこの地の括りから解放してあげたい。」
「無論です。こちらへどうぞ。解決するまでは当家に逗留してください。大しておもてなしはできませんが当神社に縁のある話ですからな。」
「すいませんがお言葉に甘えさせていただきます。・・・令子ちゃんは東京の方に連絡を入れてくれないか?こっちは俺と心眼とゼクウで何とかするから。」
「私も手伝いましょうか?」
「俺たちだけで十分だよ。山歩きばかりで疲れたろう?時間はそうかけないつもりだから体を休めといて。」
馬の顔をした方が横島さんの影から突如現れました。
緊那羅という神様だと紹介されて宮司さんも早苗さんもものすごく驚いていました。
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≪令子≫
「へ~。家の裏にこんな温泉があったんだ。いいな~。」
「わたすらが出たらあの横島さんにも教えてやるといいだ。東京の男はみんなスケベだ頼りないと思ったどもああいう人もおっただな。」
「う~ん。横島さんは東京でもかなり特殊な部類に入るんだけどね~。」
あんな人がいっぱいいたらいろいろな意味でとんでもないわ。
「それもそうだな。神様従えてるG・Sなんて聞いたことないべ。」
「神族にも魔族にも知り合い多いからね。」
「魔族もだか?」
「敵対する意思がなければ魔族も妖怪も悪霊も払わずに説得を試みるっていう人だから。もちろん倒すことよりもずっと難しいし、半端な実力じゃ危なくてとてもじゃないけどできないことよ。」
倒すより救う方が難しいからね。
「とんでもないだな。」
「そうね。・・・とにかく横島さんやゼクウさまが徹底的に調べ上げて、呪的メカニズムの解明をしてくれるからおキヌちゃんも安心して待っててちょうだい。」
「はい。ありがとうございます。」
「でも本当におキヌちゃんと早苗ちゃんてにてるわね。」
「んだな。もしかしておキヌちゃんがご先祖様だべか?」
「ううん。私は結婚しないうちに死んじゃったから。」
「そっか。」
「ま、事が終わるまでうちに泊まるといいべ。父っちゃもそういっとったし、母っちゃも遠慮はいらねっていってるがら。」
ふいに大地が揺れた。
決して小さくはない地震だ。
「早苗ちゃん大丈夫?」
揺れはすぐに収まった。
「大丈夫だったども、いきなりだったべな。」
突然大きくなったユリンが飛んできた。
嘴に神通棍とガウンを咥えて持ってきた。
何かあったの?
「早苗ちゃんすぐにそのガウンを着て。何か来るわよ!」
横島さんが何かの接近を感じてユリンを飛ばして来たに違いない。
すぐに地面からオケラが人間化したような奴らが数体、その真ん中に女性型の妖怪が現れた。
「匂うな。あの巫女の匂いがする。300年間わしを封じたあの小娘・・・。」
「こ・・・こいつが・・・死津喪比女!?」
「わしを知っておいでかい?・・・なんだ、そこにいるじゃないか。」
死津喪比女はまっすぐおキヌちゃんの方を見つめる。
「さぁ、その小娘を渡しておくれでないかえ。もはや堰があろうとも行動することに支障はないが、地脈の流れが戻れば今よりもっと早く力を取り戻せるからね。」
死津喪比女の右手がぴくりと動いた。
感に任せて早苗ちゃんを抱え込みつつ飛ぶ。
私がいた場所を間一髪、伸びた死津喪比女の腕が・・・あれは蔓か?とにかくよけることに成功した。
小竜姫さまとの訓練が役に立ったようね。
あんなのまともに受けたら神通棍が折られていたわ。
「ユリン。あなたはおキヌちゃんの護衛をお願い。こっちはこっちで何とかするから。」
「クワァアア!」
大きく威嚇の声を上げつつユリンがうなづく。
「ほう、避けたか。ククク、そなたはなかなか美しいなぁ。まるで花のようじゃ。わしもうまいこと結界の隙間から這い出し、堰があろうとも再び咲くことができたのじゃ。いまさら枯れとうない。そなたもこの気持ち、わかるであろう?」
「調子に乗るんじゃないわよこの腐れ妖怪!」
神通棍を神通鞭にしてなぎ払う。
女性型の奴には避けられたものの、オケラみたいな奴はそれで退治することに成功する。
「ほう、6体の葉虫を一撃か。人間も少しは進歩したと見える。」
「す、すごいだ。」
「あんたも!」
神通鞭を伸ばして死津喪比女に向かって飛ばす。
しとめた!
死津喪比女の半身を切り裂いた。
が、
「せっかく伸びたわしの体をこんなにしおって。・・・殺すか。」
触角みたいなものに捕らえられた。まずい。
精霊石。
その前に触手が切り払われる。
「お前なんぞにそのこはやれないよ。」
横島さん。
「令子殿、早苗殿、おキヌ殿。ここはマスターに任せてこちらへ。やつめは神社の結界内には入ってこれませんゆえ。」
横島さんは眼にもとまらない速さでアロンダイトを振るうと死津喪比女はまるでサイコロかなにかのようになるまで細切れにされてしまった。
「美神さんも凄かったけんども、横島さんのは全然見えねえべ。」
私も辛うじて目で終えただけ。
やっぱ格が違うわ。