≪令子≫
横島さんはかわいい幽霊の女の子を連れてやってきた。
「それで、温泉に出るって言う幽霊はこの娘なの?」
「うんにゃー。ウチに出るのはむさ苦しい男ですわ。こったらめんこいお化けならかえって客寄せになるで。」
ホテルの支配人はかぶりを振るう。
「ふむ。・・・とりあえず事情を話してくれるかな?」
横島さんは落ち着けるように彼女の頭を撫でてやる。
・・・少し悔しかったりして。
「はい。私はおキヌといって、300年ほど昔に死んだ娘です。山の噴火を沈めるために人柱になったんですが、普通そういう霊は地方の神様になるんです。でも私、才能なくて成仏できないし、神様にもなれないし・・・。」
シクシク泣きはじめるおキヌちゃん。
「誰かに入れ替わってもらえば地縛は解けるからね。それで横島さんに入れ替わってもらおうとしたわけか。・・・でもなんで横島さんだったの?」
「はい。遠くから見ていたんですけどとても優しそうな人でしたからこの人なら変わってくれるかと思ったんです。でも私が間違ってました。ごめんなさい横島さん。」
泣き出したおキヌちゃんを横島さんがなだめる。
「どうする?横島さん。」
「・・・今の話を聞いて少し解せないところがあるんだ。少し後回しにして依頼の方を先にかたをつけようかと思うんだけどいいかな?」
「はい。」
「それじゃあ支配人さん。幽霊の出る現場を案内してもらえないでしょうか?」
除霊現場は露天風呂だった。しかし見鬼君を使っても反応はない。
「少なくともここに括られている霊じゃないみたいね。・・・やっぱり誰かが入ってないと駄目なのかしら?」
よし。これで私が入って悩殺すれば。
「・・・いや、出てくるみたいだ。」
チッ
突然ひげもじゃの如何にも山男然とした幽霊が現れる。
しかし心眼、ユリンを従えた横島さんの霊視能力は見鬼君を超えているのか・・・。
「じっ、自分は明痔大学ワンダーホーゲル部員であります。寒いであります!助けて欲しいであります!」
「・・・とりあえず話を聞いてあげるわ。どうして現世を彷徨っているのかしら?」
この辺は横島さん譲りの除霊方ね。いきなり攻撃かましてくるような奴でもなければ説得の方が気分がいいもの。
横島さんはそういう奴でも会話が可能な限り説得を試みるけど。
「自分は遭難してしまい、仲間ともはぐれ雪に埋もれて死んだであります。しかしいまだに死体は発見されずに雪山に放置されているんであります。」
「支配人さん。そういう話を聞いていますか?」
「んだ。もう3年位前になっけども当時は結構有名になったな。」
「ふむ。・・・そうだ、ワンダーホーゲル部。あんた成仏をあきらめて山の神になりなさい。」
「え、・・・山の神様。・・・やるっス。やらせてほしいっス。俺たちゃまちにはすめないっス。遠き山にも日はおちるっス!」
「おキヌちゃんもそれでいいでしょう?」
「はいっ!」
「それじゃあ早速。」
「待った!」
私が地脈の流れを変えようとした時横島さんが待ったをかける。
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≪横島≫
「・・・どうしても解せないことがある。そいつを山の神にするのは少し待ったほうがいい。」
「な、何ででありますか!ひどいっス。あんまりっス。」
「少し落ち着け。・・・いいか、ここは日本だ。イロイロな宗教が流れてきているが根幹にはどうしても日本国神道の流れが息づいている。神道にとって死は穢れだ。ゆえに正しい作法で送られた人間や特定の条件を満たした死したる人間の魂は八百万の神の一柱となるように流れが確立している。それがどんなに邪悪で、世界をうらんでいた魂であってもな。」
・・・例えば俺のように。
「話を聞く限りおキヌちゃんが神になれなかったのははっきり言って解せない。その流れの中に才能が入る余地などないからな。よしんば、送る儀式に不手際があったのだとしてもおキヌちゃんくらい善良な魂が成仏できなかったのはやっぱり解せない。何か理由があるはずだ。それを調べないうちに地脈の流れを変えてしまっては何が起こるかわからないぞ?やるとしたなら少なくとも可能な限り調べてから行った方がいいと思う。」
「・・・ふう。私もまだまだね。」
令子ちゃんの頭をポンポンと軽くたたいてやる。
顔が赤い。
子供扱いをしたと怒っているのだろうか?
「いや、普通ならあれでもいいんだ。むしろ上等な部類に入る。でも今回は俺の霊感が妙にうずいてな。」
実際には知っていただけだけどな。
「支配人。このあたりで古い神社かお寺はありますか?少なくとも300年以上たっているものであれば。」
「んだなぁ。そんだと山の奥まった方、御呂地岳の中腹にある氷室神社くらいだな。」
「ではそこへ行きましょう。令子ちゃんもおキヌちゃんもワンダーホーゲル部もそれでいいね?」
「ええ。私はいいわよ。」
「はい。私のほうも横島さんにお任せします。」
「うっス。」
「あ、・・・ワンダーホーゲル部はおキヌちゃんと違って霊体として安定していないから神社に入るのは無理かもな。・・・選んでくれ。このまま俺がお前の体を見つけ出して成仏するか?それとももう少しここでと、いってもホテル内だと問題あるから山の中になるけどとにかく待っていて山の神なるのを待つか?」
「自分は山の神になりたいっス。」
「そうか。ユリン、ドラウプニール。」
ユリンを影から呼び出して分身を作るとワンダーホーゲル部の方に飛ばした。
「終わったらその鴉が知らせてくれるから道案内してもらってこっちに来てくれ。」
「わかったっス。」
さてと。
『心眼。聞こえているか?』
『無論だ。どうした?』
『死津喪比女のことだ。知っているだろう?』
『無論だ。・・・成るほど。地脈が止められたままとはいえおキヌが近づいたら何らかの反応を示す可能性があるな。いいだろう。わしが周囲の霊視を常に行っておく。』
『すまない。』
『なに、わしはお主の手助けをするために存在するのだぞ?』
『・・・せっかく生まれてきたのにそれだけって言うのは寂しいだろう?お前もお前の生きたいように生きろ。』
『まったくおぬしという奴は。・・・感謝するぞ。』
『よろしく頼む。』
『任せておけ。』
「それじゃあいこうか。」
うまくいったならばこのまま休眠中の死津喪比女を倒し、おキヌちゃんを復活させてそれでおしまい。
その場合おキヌちゃんと強い縁は結べないだろうから、彼女が復活しても俺たちの下に来てくれないかもしれない。
でもそれも仕方がない。
カオスに頼んで霊団を寄せ付けないように肉体と魂の結びつきを強くするものを作って彼女に送ろう。
・・・心優しい彼女に今回もあれほどの業を被せるわけにもいかないからな。
死者約12000人。
損傷した家屋約40万戸。
被害総額は数兆円単位だし、壊れた国宝、重要文化財も多い。
人質にとられて直接的な被害こそ少なかったものの、大都市でいきなり全てが麻痺をすれば被害は大きい。
直接的にいえば体の弱い人間や、人工的な機械で生かされている人間はあの花粉のせいで死んでしまった。
死津喪比女が直接殺した人間も少なからず存在する。
間接的には車がいきなり制御できなくなって起きた交通事故。
工場地帯で起きた爆発事故。
火災が起きても誰も火を食い止められるものがいない。(これは火を嫌う死津喪比女のお陰でそれほど燃え広がったりはしなかったのだが。)
それでも二次災害の数は尋常ではなかった。
幸い、あちらの場合その部分の記憶がおキヌちゃんから抜け落ちていたため彼女が心を痛めずにすんだものの、こちらでもそうなるかはわからない。
起こるとわかっている被害を黙認するわけにも行かない。
ならばおキヌちゃんと縁が切れることを覚悟で、死津喪比女とここで決着をつける。