≪???≫
「遊びに来たのだ~。」
横島さん達が来て3週間を過ぎたころ、彼女はそう言ってやってきた。
そのまま数日間横島さん達の修業風景を眺めていた。
そして神界に帰るさい、横島さんは一人彼女を送って行った。
「そうだ~。横島さん。横島さんは何であんなにがんばるのだ?」
「ん?」
「どうして~、あんなに苦しい思いをい~っぱいしてがんばって、人間さんの限界を超えてまで強くなろうとしているのだ?」
「そうだな。・・・もう泣きたくないからかもな。力を持たないがゆえに誰も助けられないのを嘆くのはもういやだ。強い力を持った連中の、勝手な都合で踏みにじられるのはもういやだ。俺が俺の望みのために誰かを踏みにじらないと望みを達せられないのも、踏みにじるのももういやなんだ。」
え?
「無論、全てを救うことなんかできるわけもない。俺はあまりにも無力だ。俺は全知ではない。全能でもない。また、全てを救ってはいけない。全知でないからどこかで誰が苦しんでいたとしても俺はそれに気がつくことすらできず、全能でないから全てのものを救うことなんてできるはずもない。そして仮に全てのものを救うことができたとしても、それをやっては相手を弱くする。生きている意味をうしなわさせる。」
「で、でも神様だっているのだ?」
「・・・俺は神様を驚くほどに信用できていない。神族も魔族も好きになれない。」
「何でなのだ!?神様はいつでもみんなを!」
「・・・1000人の罪のない人間を殺せば1001人の罪のない人間が助けられるとしたらどうだ?100人の人間を見捨てれば10000人の人間が救えるとしたら?10人の命が100000人の代わりになるとしたら?」
横島さんの瞳はとても真剣。
「世界を滅ぼすかもしれない力を持った、たった一人の人間を君はどうする?」
意地の悪い質問だ。
「悩むことじゃないだろう?たった一人と世界だ。比べるまでもない。一人を殺せば世界の全ての安全が確保できるできるんだから。」
優しい微笑。でもこれはきっと・・・。
「・・・嫌です。」
そう。さっきのはきっと悪魔の微笑。
「嫌です。私はそんなことで誰かを見捨てたくなんてありません!」
横島さんの微笑みの質が変わった。優しい、そして暖かい。
「俺も嫌だ。どちらかなんて選びたくはない。だから俺は歩みを止めたくない。俺が歩みを止めたせいでどちらかを選ばなくてはいけなくなったら俺は永遠に後悔し続ける。それでもどちらかを選ばなくてはならないときも俺はどちらかを選んだりはしない。俺の両手が届く限り全部を救いたい。・・・俺の両手が届かなかったら、俺はそのことを絶対に忘れない。・・・でも、神族全体で考えたらどうだ?」
また意地の悪い質問。
「・・・きっと、一人を殺そうとする神族も多いと思います。」
「そう。だから俺は神族を信じられない。魔族も同じだ。神族は全体を見すぎて少数を蔑ろにしすぎる。魔族はその本能から他者を容易く踏みにじりすぎる。だから俺は神族も魔族も好きにはなれない。・・・他にも個人的な理由はあるんだがな。」
耳が痛い。心が痛い。
彼女もうつむいて唇をかみ締めていた。
「・・・でも、俺はジルのことは嫌いじゃないよ。」
顔が上げられた。
「ジルだけじゃない。ゼクウも、アモンも、リリシアも、将門さまも、小竜姫さまも、ワルキューレも、ジークも、ヒャクメさまも、斉天大聖老師も。俺が直接会って、言葉を交わした神族、魔族達はみんないい奴だったから。だから俺はみんなを嫌いじゃない。」
・・・本当なの?
2人が立ち止まる。
神界へのゲートにたどり着いたから。
ゲートから淡い光が放たれ、彼女が神界に戻りかけている最中、横島さんが彼女に声をかけたのね。
「貴女に会えて、直接話して、貴女の考え方を知ることができて本当によかったと思います。・・・ジルにもいつでも遊びに来るように伝えてください。さようならガブリエル。貴女のことも嫌いじゃなかった。」
彼女が言葉を発する前に光は消えた。
横島さんは気がついていたのか。
ううん。何で知っていたの?
「・・・ヒャクメさま、見ているんでしょう?」
気がつかれていた?
私は観念して横島さんの目の前に転移していく。
「どうして気がついたのね?心眼で遠くから眺めていただけなのに。」
「・・・感、かな。多分覗いているんだと思っていた。」
「ごめんなさい。」
「別に聞かれた拙いことじゃなかったからね。・・・でも少し照れくさいかな?」
横島さんは覗いていることを知って、笑って許してくれる。
・・・小竜姫のように怒られるよりも、許されるほうが胸が痛いのね。
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≪ガブリエル≫
・・・ジルと同じ時期に生み出した、同じタイプの分霊を使ったというのにあっさりとばれてしまいましたわね。
人格こそ違えど、同一存在である私とジルを見分けるなんて。
それだけジルの事を見てくれていたということでしょうか?
・・・横島さん。あなたはやはり危険です。
その力でもなく、その考え方でもなく、
貴方のあり方が危険です。
あなたはその背中に何でもかんでも背負い込もうとしている。
他人の命も、心も、人生も。
それもただ背負い込むのではなく他人が背負いきれない大きな荷物だけを背負い込もうとするなんて、そしてその荷重に耐えて朽ち果てそうな自分の体も、心も何一つ省みない。
そしてそれでもあなたは微笑み続ける。
神でさえ不可能な難業に挑んでいるというのに。
あなたは周りを暖かい空気で包み込む。
何があなたをそうまで駆り立てるのかは知りません。
ですがあなたはもう少し、せめてあなた隣人を愛する1%でも自分を愛してください。
あなたの周囲の方もそれを望んでいるでしょうに。
・・・主に相談をいたしましょう。
主に相談をしてジルを横島さんの元に送りましょう。
私があなたの元であなたを守ることは許されないでしょうから。
幸いジルも横島さんを気に入っているようですし、あの娘なら横島さんの手助けができるでしょう。
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・
≪小竜姫≫
横島さんたちの修業期間が終わった。
横島さんたちは短い期間で驚くほどに力をつけた。
それに比べて自分はどうだったんだろうか?
神族ということに胡坐をかいて、無限にも近い時間があることに胡坐をかいて研鑽するということを忘れていたのではないか?
21年という短い人生の中で私はおろか、老師にさえ迫る勢いで成長する横島さんを見て切にそう思う。
私は汚い手段を嫌うあまり視野狭窄的な狭い見識しかもっていなかったのを横島さんの講義を映したでぃー・ぶい・でぃーという機械のお陰で思い知らされた。
ワルキューレたちに対しても本当の意味で受け入れられていなかったのだとも思う。
あなたのお陰で思い出しました。
あなたのお陰でワルキューレとも本当の意味で仲間になれるかもしれません。
ありがとうございました。
横島さんたちは私達一人一人と別れの挨拶を交わす。
「小竜姫さま。短い間でしたがお世話になりました。」
「お世話になったのは私のほうです。・・・いけませんね。私は妙神山の管理人だというのに。・・・横島さん本当にありがとうございました。この一ヶ月はきっと、1000年の時にも勝ります。」
本当に、今思えば修業を積んでいるつもりでいた1000年より今この一ヶ月のほうがどれほど充実していたことか。
「またいつでもいらしてください。」
「ええ、老師にいただいた符がありますからちょくちょく寄らしてもらうと思います。小竜姫さまたちも俗界に下りてきたときはぜひ寄ってください。」
「はい、ありがとうございます。・・・そうだ、少し屈んでもらえますか?」
「これで良いですか?」
かがんだ横島さんの額にバンダナ越しに口づけをした。
「そのバンダナに竜気を送り込みました。この一ヶ月のせめてものお礼です。」
自分でも顔が上気しているのがわかる。
バンダナ越しに額へ、とはいえ殿方に唇をささげるのはそういえば初めてかもしれません。
照れくさいけど幸せな気分になれるものですね。
・・・何人かからかかなり厳しい視線が飛んできているけど。
・・・気にもなりませんね。
横島さん。本当にありがとうございました。
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≪???≫
なんだ?何なんだこやつの心は?
なぜこれほどのめにあって笑っていられる?
【苦痛】こやつの心の中はまさしくこれだ。
わしはこやつと小竜姫さまの気によって生まれた横島の一部のようなものだからこそ壊れずに済んでいるものの、そうでなければゼクウ殿のように壊れてしまっていただろう。
「泣いているのか?心眼。」
「・・・わしに気がついて居ったのか?」
「あぁ。昔は気がつかなかったけど、お前は俺の一部のようなものだったんだな。」
「うむ。人格こそ違えど、わしはおぬしの中より生まれいでたものだからな。・・・心眼は本来人格を持ったりはしないものなのだが、お主はつくづく規格外なのだな。」
「そうなのか?前の奴も人格を持ったからてっきりそういうものだと思っていた。」
「ヒャクメさまの心眼は人格などもっていなかったであろう?」
・・・おそらく、横島の心は孤独というものに敏感なのであろうな。
わしが人格を持つのも、こやつの霊力を吸ったスライムまで人格を持ったのもその心が霊力にまで影響したのだろう。
いや、こやつが過去に馬鹿であけすけな性格だったのも。
種族的な差別を一切しなかったのも。
煩悩まみれの助平だったのでさえ、こやつが誰かのぬくもりを欲していたのかも知れぬ。
・・・こやつが【荒神】となるまで猛り狂ったことでさえ。
後悔と自虐を繰り返しながらもかつての仲間の元にいることでさえ。
あまりにも脆いよ横島の心は。
そして強い。
形はどうあれ、全てのものに決着をつけさせようとしている。
・・・わしのすべきことは。
・・・こやつと共にあり、こやつの心を守り、
こやつのなすことを助け、・・・最期にこやつの意思を裏切る。
「お前も俺の過去を見たのか?」
「あぁ。済まぬな。」
「構わない。・・・お前は俺を守って死んだりしてくれるなよ?」
お主はわしのような擬似生命体のことでまで心を痛めてくれるというのか・・・。
「安心せよ。わしのこと何ぞでお主の心に傷など残してたまるか。」
・・・暖かいな。お主の心は。
・・・冷たいな。お主の心は。
いつか、おぬしの心を捕らえているその冷たい牢獄から解き放ち、お主がくれたこの暖かい光の中に連れ出して見せるからな。
全てをお前に背負わせて、それで終わりなんぞにしてたまるか!