≪横島≫
俺たちは東京での撮りを終えて一路ブラドー島に飛んだ。
東京での撮りは夏子の父親の協力のお陰で思いのほかスムーズに運んだ。
大掛かりなシーンのほとんどはブラドー島の方で撮ることになっていたのも一助ではあるが、やはり警察上層部に協力者がいるとこういう許可は早い。
スタッフのほうも気合を入れてくれているのでどういう映画になるか楽しみだ。
こういう言い方になるのは俺が自分の出番のあるシーン以外の本番撮りには一切顔を出してないという理由からだ。
原案者としていい加減のように映るかもしれないが、門外漢の俺がアレコレ口出しをして、それを許してくれた映画制作者に対する最後の礼儀だと俺は思っている。
本番前には口を出しても本番には一切口出しをしない。それがこの映画に口出しをすることにした俺が彼らにできる信頼の証だし、本番撮りは映画屋の聖域だと思ったからだ。
だから俺は試写会を結構楽しみにしている。
「急な頼みごとをして申し訳ない。ブラドー伯爵」
俺が頭を下げたのはピートの父親、この島の実質的な(名目上はピート)支配者のブラドー伯爵だ。
「あまり私を馬鹿にする出ないぞ? 余とてこの数年間で現代の人間の世界を学んできたつもりだ。この話がブラドー島のことを思ってのことであるのも間違いなかろう?」
そうか。俺自身ボケていたブラドー伯爵の印象が残っていたから侮っていたが、伯爵は頭の切れが良い。わずか数年の間でそこまで読みきれるほどに現代を理解したのか。
「確かに、余の力と余の収集品を売った金でこの島は以前よりは豊かになった。だが、息子が目指す人間との共存は意味が違う。交流なくして共存はありえないからな。だが、吸血鬼の島であるという以外に何の特産もないこの島が人間と交流するのは難しかろう。最も、余達を狩ろうとする退魔の者どもはいくらでもやってくるかも知れんがな。なればその吸血鬼であるという非日常を売り物にするしかないであろう? 映画産業という非日常的な職種であればあるいは余達を受け入れられるやも知れん。そうでないかもしれん。だが、試してみる価値はあると余も思う。元々分の悪い賭けであるのだからな」
そこまで読みきられていたか。
そのことに気がつかなかったピートがこちらの方に感謝の瞳を向けてきた。
映画はいよいよ大詰めで、この映画に必要な戦闘シーンやアクションシーンが続けざまに撮られる。
このアクションシーンの出来だけはハリウッドにも負けない自身がある。
何しろ、飛行機から落下するシーンでは本当に落ちるのだから。
本当に落ちた後、空を飛べるゼクウや雪之丞、リリシア、ピートなんかが拾い上げる。
他にも空に浮かぶシーン(極細の霊波刀で吊っている)爆発するシーン(カオスの独壇場)他にも特殊効果が必要なシーンは冥子ちゃんの十二神将や他の者の霊能力でどうにかなるし、(撮れないのは白麗のシーンくらいのものだ)戦闘シーンなら俺、雪之丞、ゼクウ、五月が手加減ほとんど抜き(カメラに映る程度に手加減)に戦って見せるので香港のカンフー映画を凌駕している自信もある。まぁ、魅せる戦い方を知らないので映画的にはどうかはわからないのだが。
映画の撮影中は本職のG・Sとしての仕事ができないので手の空いたものが順次日本に帰って処理をする形というハードスケジュールが一ヶ月続いたのだが、令子ちゃん達は文句も言わず、むしろ楽しそうにつきあってくれた。彼女達には感謝してもしたりない。
「横島さん。少しよろしいですか?」
俺に声をかけてきたのはヒロイン役の白麗さんだった。
「良い映画になりそうですね」
世辞でもなく彼女はそういっているようだった。
「皆さんの協力のお陰ですよ」
無難に返そうとする俺の応えを首を振って否定する。
「この映画が良い物になりそうなのは一人の人間の本気に皆が引き寄せられているからです。ですが、G・Sの貴方が何故こんな内容の映画を作ろうとしたのです?」
白麗さんは断定してそういってきた。
下手なごまかしは演技のプロには通じないだろうから事実を混ぜて説明する。
「G・Sという職業は確かに悪霊や妖怪たちを除霊するのが仕事です。ですけど同時に幽霊や妖怪たちと最も接することの多い職業でもあります。……あなたはあそこにいる皆を見て除霊したいと思いますか?」
白麗さんが首を横に振る。
「……ブラドー伯爵はかつてヨーロッパを壊滅近くまで追い込んだ吸血鬼ですし、他の者達もかつては人を殺めたり、苦しめたこともある存在ですが彼らもまた理由もなくそんな真似をしたわけではないですし、価値観が違っていても理性があり、話し合うことができれば互いに殺し合い、恨みをぶつけ合うこともないはずです。すぐにそんな世界が来ることは不可能ですが、俺は一般の人たちにもその可能性を知って欲しいんですよ」
「それだけではないような気もしますけどとりあえずは納得しました。内容には少し驚きましたけど、人間を一番殺しているのは同じ人間ですものね」
その通りだ。ただ、人間同士は妖怪よりは理解しあえる(様な気がする)だけで、人間を一番下らない理由で殺しているのは人間に他ならない。
「良い映画にしましょうね、横島さん。人の心に訴えるような、そんな良い映画に」
あぁ。そうしたい。
少しづつでも人間以外のものが人間世界と共存できるようになれば、きっとそれはいいことなのだろう。
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暇を見つけて、文珠で栃木県は那須郡那須町湯元は殺生石のところまで飛んだ。
理由はユリンをこの殺生石につけるためだ。
初めてタマモと出会ったとき、彼女は既に生まれてから数年立っていた。
そろそろ生まれて来ても良いコロだし、うまれていたとしても国に見つかる前に保護できれば、彼女が人間を恨む理由が少しは減るだろう。
生まれ変わりは現世に影響を与えるが記憶がうけうがれることはほとんどない。
今の俺が過去の記憶を持っているのは神・魔界の最高指導者のフォローのお陰であることは否めない。現に俺には高島としての記憶はないのだからな。
相手は妖怪の中でも歴史上最高に部類する、最強の妖物である龍種すらほとんどを凌駕する金毛白面九尾の狐の生まれ変わりだ。いずれ思い出すこともあるかもしれない。
そのときまでに幸せな記憶を持っていてもらいたい。
記憶を取り戻した金毛白面九尾の狐がどのような存在かは俺自身知っているわけではないが。
その時に俺が存在しなくても、人間の敵にならないように。
そんなことを考えながら殺生石の前まで来た。
かつてこのあたりには火山ガスが充満し、人や家畜を殺めていたという。
人はそれを九尾の狐の変じた殺生石が吐く毒の息だと信じていた。
それを玄翁和尚が金槌(だから金槌をゲンノウと呼称することがある)で殺生石を砕いたことによって殺生石毒の息を吐き出すようなことはなくなったという。
安倍泰親(或いは泰成)によって封じられた九尾の狐は玄翁和尚に止めを刺された。
インド、中国、日本を又にかけて国を滅ぼした傾国の美女、金毛白面九尾の狐の最期を伝える人の伝説である。
殺生石と火山ガスの因果関係があるのかないのかはわからないが、俺もタマモが国を滅ぼしたくて滅ぼしていたとは思えない。
あるいは封ぜられたことを恨んで火山ガスを発生させていた可能性はあったかもしれないとしてもだ。
俺が殺生石の前まで来ると、霊力が根こそぎ奪われていくような感触があった。
間違いない。殺生石が周囲の霊力や地脈のエネルギーを吸っているのだ。
誕生は間近い。
意識的に負の感情が混じらないように抑えて霊力を殺生石に注ぎ込んだ。
次いで、周囲を文珠で【浄/化】する。
そして静かに、過去のタマモを思った。
天邪鬼だったタマモ。
孤高という言葉を生きるタマモ。
無邪気にデジャブーランドで楽しむタマモ。
幸せそうにお揚げを食べるタマモ。
シロと喧嘩をしていたタマモ。
そして、互いを庇うようにしながら殺されていたタマモとシロ。
あの時のタマモは少しは幸せを感じていたのだろうか?
後悔はなかったのだろうか?
今度は、幸せを掴んでもらいたい。
まるで殺生石が卵のようで、
その卵が光って小さな命がそこに生まれた。
動物は生まれてすぐに立ち上がる。
そうしなければ天敵の餌食になるからだ。
そうでないのは脳とそれを守る頭蓋骨の大きさのために超未熟児状態で出産しないと産道を通ることのできない人間くらいのものか。
ましてや妖物であればもっと早く生まれたと同時に戦闘をこなす(ガルーダのヒヨコのように)ものまで存在する。
生まれてきたタマモもこちらに向かい警戒心をあらわにしてきた。
それでいい。警戒心のない獣は長生きできない。
俺はそこに座り込むとタマモの警戒心が解れるまで静かに待つことにした。
タマモはこちらを不思議そうに見るが、誕生の時に俺の霊力を大量に持っていったためか逃げる様子はない。
静かに、時間が過ぎ、やがて夕焼けがあたりを染めるころにタマモの方からこちらに近寄ってきた。
妖狐の一族は自分の保身のために強いものに近寄る。
そして今の俺は戦闘力だけなら間違いなく強い部類に入る。
哺乳類の赤ちゃんはたいてい手足が短く、動きがトロク、体が丸く頭が大きい。
そして哺乳類はそういう生き物を可愛いと思うようにできている。
俊敏な動きができない赤ん坊が身を守るための手段がそれなのだ。
いろいろな要素が関わって、日が沈むころにはタマモは俺の手のひらを舐めるようになり、背を撫でても逃げなくなった。
日が完全に沈んだころ、俺は東京の事務所に文珠で戻っていた。
俺の手の中ではタマモがミルクを舐めている。
タマモの記憶の中に幸せな記憶を刻んでもらいたい。
タマモの背を撫でながら切にそう思う。
そのためには多少の手段はとることになろうとも。