≪横島≫
日本で映画を撮るのはアメリカと比べて簡単でもあるし難しくもある。
簡単な面としては資金面。
日本の映画の平均制作費はおよそ四億円。
アクションシーンに比較的お金を使った踊るゴーストスイーパーでも十億円程度。
それに引き換えハリウッドでは昔の映画でも平均は十一億円。現代の平均は七十億円。超大作といわれる映画では二百億円、三百億円を超える制作費がかかるのだ。
まぁ、そういう意味ではハードルが低いといえなくもない。
もちろん制作費を使えばいい映画が撮れるというわけでもないし、使って外した過去の例もあるわけだが、踊るゴーストスイーパーはアクション映画なのであんまり安価に作れるものではない。最も、金のかかるSFシーンのほとんどを実写で撮るつもりなのでそういう意味ではあんまりお金はかからないんだが。
今回はまだ撮影すらされていないのだが、香港で撮った白麗主演の映画もアクションシーンをほとんど霊能力でまかなえたのだから間違いなく可能だろう。
実際問題、文珠を使えば撮れないシーンなどほとんどないのだ。
だが、おいそれと一般公開できる能力ではないので使うとしたら監督や撮影スタッフを取っ払って極秘裏に撮影しなければならない。まさかそんなこともできないので全てを霊能力でまかなうこともできないのだ。
俺はまず、三人の共同経営者に相談を持ちかけて協力を願い出た。
幸い三人とも協力してくれることになったので、俺が個人資産から二十億円。
三人がそれぞれ五億円ずつ、カオスも五億円の個人資産を出し合って、四十億円の制作費をひねり出した。(美神除霊事務所のときほどアコギな商売はしていないのだが、そもそもが令子ちゃんとエミを除けば全ゴーストスイーパーの中でも珍しい、霊的アイテムを必要としないタイプの霊能力者なので収入の額は段違いでも儲けの額的には美神除霊事務所に多少劣る程度ですむのだ。一番お金のかかる精霊石に関してもザンス王国からクズ精霊石を安価に購入して、カオスに手間賃を払って精錬してもらえば市価の一割程度だし、使う量もそれほど多いわけではない)
撮影そのものにも協力してくれるというのでその言葉に甘えさせてもらった。
冥華さんも協力してくれるといってくれたのだが、最近六道分家の動きがきな臭いようなので経済協力を丁重にお断りする代わり、霊能の大家としての協力を仰ぐことにした。
俺の名前だけでなく、日本最大の霊能家としての名前があったほうが効力は高いし、企業家として出資して映画がこければ六道分家の攻撃材料になるかもしれないが霊能大家としての協力なら攻撃材料とはなりえないからな。
六道分家が変にちょっかいをかけてくるのを防ぐ意味がある。(冥華さんならそのちょっかいを逆手にとって分家を攻撃することも可能だろうが、銀ちゃんの役者としての可否がかかっているので危険性は排除させていただいた)
日本で映画を撮る際に難しい面は映画を撮る環境が整っていないことが挙げられる。
映画産業の盛んなアメリカでは公道や公共施設を有料で貸し出すシステムが形成されているのでニューヨークのタイムズスクエアのような場所でも気軽に映画撮影ができる。実際問題、ニューヨーク市の収入の16%は映画関係からの収益だというので一般の人たちも通行止めになることなどをあまり反対せずに許可が下りる。
日本ではそれができないのだ。
過去の例としてはBLACK RAINというハリウッド映画が大阪府警の許可を取って大阪で撮影を行ったことがあるものの、そのあまりの大規模な撮影のために追加の許可が下りず、夜のシーンを香港で撮影したという例がある。
俺はまず元広監督に挨拶に行き、SFシーンの撮影のことと、知り合いの人外達を出演させること、ヒロインに白麗を起用すること、ロケ地の一つにブラドー島を使用することをお願いに行った。
こちらがスポンサーであることもあって概ねは快諾されたものの、人外の起用についてはやはり難色を示された。しかし、出演予定の者(リリシア、マリア、テレサ、おキヌちゃん、ピート、ブラドー伯爵、美衣さんとケイ、ジェームス伝次郎、セイレーン)なんかの写真を見せると喰らいついてきた。ジェームス伝次郎とセイレーンは既に芸能人でもあるし、リリシア、五月なんかは下手な女優なんかより明らかに画面映りがいい。
他にもうちの事務所のものや、カオス、唐巣神父、ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんや、ブラドー島の住人有志のかたがたにも出演依頼をしている。冥華さんや美智恵さん、西条は忙しすぎて映画出演はできそうも無かった。まぁ、あくまで踊るゴーストスイーパーなのでそのほとんどは特殊効果担当だったりエキストラだったりするのだが、中にはピートやリリシアのように結構重要な役に振り分けたものもいたりする。
もちろん、監督だけではなく【踊る】の出演者やスタッフにも俺と銀ちゃんで頭を下げにいったりしたのだが。
ヒロイン役に白麗を起用したのは女優としての実力と熱意を知っている人物で、超常的なことにも比較的馴染みやすそうな人で面識のある人(こちらではまだ面識は無いのだが)がいなかったからだ。
俺の知る彼女はあの映画がきっかけで世界的な女優にのし上がったのだが、こちらではまだ香港の若手実力派女優にまでしかなっていなかったし、映画の撮影期間が短かったのでスケジュール調整に成功した。
なぜ撮影期間が短いかといえば、愛子の協力があるからだ。
愛子の体内空間には時間の観念が存在しないし、内部構造は愛子が好きに変化させることができるため、大掛かりなセットの製作をしなくとも背景を中で撮って、後々合成するという方法が使える。(こう考えれば愛子は机の構造や、学校の歴史を考えても歳若い付喪神としては異様に強い能力の持ち主であることに気がつく)
ロケ地にブラドー島を使おうというのは、人間との共存を考えている彼らへの一助になれないかという考えがあったからだ。
俺の文珠と、ブラドー伯爵の魔力があれば大概の無理は効くという考えもある。
後は都内(踊るゴーストスイーパーの舞台は東京都)の撮影許可がどれだけ下りるかにかかっている。
しかし、その件に関しては思わぬところから援護射撃が起こった。
「こらぁ! 横っち。銀ちゃんと二人して楽しそうなことしてからに。私にも一枚かませんかい!」
事務所に銀ちゃんを伴ったショートカットの美女が怒鳴り込んできた。
「小学校の時のあだな……もしかして夏子なんか?」
「せやで。」
胸を張る夏子に少女時代のおとなしい印象はもう無かった。活発な印象を与えている。
「男同士の友情はずっこいで! 同じ幼馴染の私のことをほうっておいて二人して映画を撮るなんていうんやから」
「そないこというたかて、俺、夏子の連絡先知らんかったんや。それに一枚噛ませいて、何をするきなんや?」
「うちのおとんの仕事を忘れたんか?」
「確か大阪府警の警視正やったか?」
「いまは本庁の警視監や。ザンス国王来日の時に顔をあわせたはずやで?」
「あん時はゴタゴタ続きでよう覚えてへんよ」
「薄情なやっちゃなぁ。……ま、ええわ。うちのおとんがあの時の借り返す言うとるから撮影許可の方はきたいしとってな。ま、私の力が役に立つわけや無いからちょっと残念やけどな」
「いや、正味の話し助かるわ。夏子は今何をやっとるんや? おとんの後をついで警察官にでもなるんか?」
「私は京大の法学部にいっとるんよ。司法試験にも合格したし、卒業と同時に弁護士になるつもりや。横っちも法学部やろ? 司法試験は受けないんか?」
「俺はG・Sでいくつもりや。……そうか、夏子もがんばっとるんやな」
「フッフッフ、この程度で驚いたらあかんで。私は何年か弁護士をやったら今度は代議士になるつもりなんや。目指せ! 日本初の女総理! 新潟の二世議員には負けへんで!」
夏子が快活に笑って見せる。
銀ちゃんは苦笑しとるし、俺も多分苦笑しているだろう。
夏子は変わっていたが、昔も、今の夏子も魅力的なのは変わらんな。
その夜は、幼馴染三人の再会を祝しておおいに酒を飲んだ。