≪令子≫
突然、横島さんがその日の仕事を早く片付けることにした。
午後から友達が訪ねてくるというのだ。
普通のG・Sはそういうことはせずに仕事を延期したりするのが常識である。
G・Sの仕事は危険なのだ。そんなことをしては危険極まりない。
まぁ、横島さんをはじめうちのG・Sはいろいろな意味で普通ではないし、頼りになる応援もいる。
単純に退治するだけならうちの事務所は半日で10件の依頼をこなすことも可能なのだ。
最も、さまざまな理由でそんなことはしない。
一番大きな理由は説得可能な悪霊や妖怪は時間がかかっても説得するという横島さんの経営方針にある。
横島さんであれば一瞬で退治できる、それどころか三流のG・Sが十分に退治可能な弱い悪霊に対して横島さんは捕らえた後、一週間かけて説得を試みることすらあった。
美衣さんのように住処を追われた妖怪等も誠心誠意説得を試み、可能であれば共存の道を模索し、必要であれば住み替えをさせる。
横島さんが所有している山には現在除霊中に出会った猪笹王や、山童、小豆洗い。
無人島には磯女や蜃、幽霊船なんかが住み着いている。
他にも理由としては、他の事務所なんかよりもはるかにアフターケアの密度が濃いこと。
あまりに仕事量を増やしすぎて周辺のG・S事務所の仕事を干さないようにして共存をはかっていることなんかが上げられる。
そんなこんなでうちの評判は一般にも同業者にも悪いものではないのだ。
やっかみをもつ同業者や、説得などせずすぐに払ってくれなどという依頼者がいたりしないわけではないが、全体的に見れば良い方なのだろう。
ついでに、横島さんがG・S協会に与える影響力はすでに六道のおば様の件が無かったとしてもかなり大きなものになっているのだ。
数少ないS級G・Sで、希少な能力の持ち主で、困難といわれるミッションを数多くこなしている実績。良心的なG・Sからはアフターケアのことや、極力除霊しない経営方針が受け入れられているし、私たちを育て上げた教育者としての能力。広い人脈。若手のG・Sからは半ば英雄視されている。そういった好意的な理由。
敵に回せば最悪の相手であること。かつてのG・S協会の主軸にいた加茂栄光の失脚に関わっていたこと。魔族や神族、妖怪を従えている(ように見える)こと。ザンス王国、ヴァチカン市国などG・Sとは切っても切れない関係を持つ国に少なからず関係があることなどあまり好意的でない理由。
理由はさまざまなのだが、G・S協会の中でも横島さんは無視できない存在になっているのだ。
それはともかく、半日で6件の仕事を片付けるというのはうちの事務所であってもとても珍しいのだ。
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その日の夕方、横島さんを訪ねてきた友人は意外というか何の脈絡もないような人物だった。
「横っち、久し振りやなぁ!」
「銀ちゃん! かわらんなぁ」
アイドル俳優の近畿剛一だった。
「紹介するよ。俳優の近畿剛一、本名は堂本銀一。小学校の時にクラスメイトだったんだ」
「堂本銀一です。ヨロシク」
ニッコリ微笑んでくる。
流石に美形だわ。
その後は横島さんがドクターをはじめ知り合いを片っ端から呼んで飲み会を始めてしまった。
堂本さんと話している横島さんは自然と関西弁交じりになり、いつもより雰囲気がとても軽い。
呼んだ女性人の中では魔鈴と、リリシアは銀一さんのファンだったらしい。あと、おキヌちゃんが。
冥華さんも大ファンらしいのだがどうしても抜けられない仕事のため冥子にサインを頼んで売られていく仔牛のように仕事に向かったらしい。(メイドさんの伝言では)
三時間も飲んでいただろうか?
横島さんは普段飲まないような結構無茶な飲み方をしていたと思う。
西条さんがイギリスでも一回だけこんな飲み方をしたと苦笑していた。
「横っち、大丈夫か~」
「ん? ちぃと脚にきとるようやな。でも、頭の方ははっきりしとるで。つまり……」
「つまり?」
「逆立ち歩きすれば素面も同然! だよNE~」
「んナわけあるかい!」
銀一さんの鋭い突込みが横島さんに炸裂する。
……こういう横島さんははじめてみたわ。
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≪横島≫
「よっぱらったな」
「おう。俺もこないに飲んだのは久し振りや」
今、この場にいるのは俺と銀ちゃんだけだ。
「で、どうやった? 本物のG・Sは?」
「……正直あれだけじゃようわからん。すまなかったな、横っち」
「なに。水臭いこといいなや」
銀ちゃんは自分の仕事、俳優のことでひどく悩んでいた。
「なぁ、横っち。俺の映画、どうやった?」
映画というのは去年の夏休みに放映された【踊るゴーストスイーパー THE MOVIE】のことだ。
「正直言って駄作だったな。あれならTVドラマ版のほうが幾分マシだった」
作品全体がしらけていた。銀ちゃんだけはそれでも熱意を持って演じていたけど、それがかえって周囲との温度差を際立たせていた。それに明らかにG・Sとしてはおかしな部分が目立った。
「何が原因だったんだ?」
「映画のスポンサーがこれまでの脚本家を変えて有名な脚本家に代えよったんや。前の脚本家はある程度オカルト知識はもっとったんやけど、新しい脚本家はそっちの方面は素人でな。G・Sを雇ったりしたりもしたらしいんやがそいつらがどうしようもないやつらでなぁ。他にもヒロイン役を知名度とルックスはあるけど演技の下手くそな二世タレントを使ったり……ま、いろいろあって製作スタッフ側がやる気をなくしてしもうたんや」
あの温度差の理由はそれか。
「俺は前もってG・Sの仕事振りを見学したいとおもっとった、まぁ、スケジュールの都合でそうはいかなんだけどな。それくらいあの仕事にはかけとったんやけどなぁ。アイドル俳優やのうて本物の役者になりたかったんや。でも、次回作が作られることも無いやろうな」
……ふむ。
「なぁ、銀ちゃん。やっぱ映画のスポンサーって結構作品に口が挟めるものなのか?」
「ケース・バイ・ケースやな。まぁ、少なからず発言力があるのは確かや」
「やっぱ映画撮るのって金がかかるのか?」
「それもピンキリやで。安い制作費でいい映画撮るのは難しいけど不可能っちゅうわけでもないからな。まぁ、流石にアクション映画を撮るんは難しいけど」
「踊るG・Sの時はどれくらいかかったんや?」
「こんくらい」
……ふむ。
俺は銀ちゃんに考えを切り出した。
銀ちゃんは最初は遠慮していたがそのうちにこちらの利点を理解し俺の手をとって了承する。
二週間後、【踊るゴーストスイーパー THE MOVIE2】の制作発表記者会見の席で、スポンサー件オブザーバーとして席に座る俺がいた。