≪横島≫
エリーさんに頼んで日本から五月とリリシアに来てもらうことにした。
何かあった時のために、元始風水版があちらで平行して起こらないとは言い切れないのでゼクウとカオスを呼び寄せるわけにはいかないし、勘九郎の力は恐らくメドーサ以上。五月ほどの武術の腕がなければ相手が務まらないだろう。
リリシアにはタイガーと組んで広範囲に非戦等地帯を作ってもらう。
雪之丞の救出に向かわなければならない以上、集落の護衛までは手が回らないし、トーテムを傷つけられない以上、非戦闘地帯を作りでもしないと護りきるのは難しい。
しかしトーテムが半ば神格化しているとはいえリリシアの力をタイガーが届ければトーテムやウェンディゴを無力化することは容易いし、意識を持たないゾンビはユリンでどうにかなる。
呼び寄せる間にニルチッイさんから話を聞こう。
「ニルチッイさん。詳しい話を聞かせてください」
トーテムを傷つけないようにしたことで、俺に対する不信の目は薄れたといえる。
疑念の眼を向けているのはエリーさんだ。
日本語がわかる彼女には俺達と勘九郎が知り合いだったということがわかっているからな。
ニルチッイさんも日本語がわかるようだが彼女は不信な目をしていない。
「あの悪魔が私達から奪ったもの、そして奪おうとしているのは【大精霊石】です」
大精霊……。
「それはマニトゥが宿る石と考えてもよろしいですか?」
「ご存知でしたか。その通りです」
……最悪だ! 元始風水盤以外にも地脈を操る方法があったか。
雪之丞が攫われたことで動揺しているタイガーとおキヌちゃんを落ち着ける。
「落ち着け! 雪之丞にはユリンをつけているからいざとなったら俺がすぐに助けにいける。今は情報を整理するのが先だ」
俺一人先に飛んで雪之丞を助けにいってもいいんだが、極力勘九郎から情報を引き出したい。
特にあの異常な強化が何故起こったかを。
落ち着けるためにも、そしてタイガーたちに状況を理解させるためにも解説に入る。
「少し説明するぞ。精霊石というのは意思を持たない精霊が特定の条件下において鉱物に宿ったものがそれだ。ただ自然の状況下でこれを発生する条件が整っている地層は極少ない。かといって人工の技術で精製をできるのは恐らくカオスくらいなものだ。だからその条件が整った土壌を持つザンス王国が精霊石の九割以上のシェアを持っている。ここまではいいか?」
タイガーがうなづく。ついでにおキヌちゃんも。
「アニミズム。精霊信仰というのは世界中の原始的な宗教では地母神信仰よりもさらに以前から続いていてな。今なお何らかの形でそれば残っているのは有名なところで日本の神道、アイヌのカムイ信仰、中国の道教、東南アジアのピー、ザンスの精霊信仰、それからネイティヴ・アメリカン達の祖霊信仰か。それぞれに精霊石がかかわる秘儀といえるようなものが伝わっている。例えば日本は意思を持たない精霊を集めて精霊石を作り出す業。中国では宝貝と呼ばれるアイテム。でもそのほとんどはすでにその業を失ってしまっているがな。今なお残っているのはザンスの王族とそれに認められたものだけが使うことを許される精霊石獣。それからネイティヴ・アメリカンのマニトゥだ。精霊石は自然精霊が宿った石だが、マニトゥの宿る【大精霊石】は自然の精霊が宿っている」
ニルチッイさんを見ると彼女もうなづいている。俺が持つ知識はここまでは彼女達の認識からずれていないようだな。
「どう違うんですジャー?」
「マニトゥは今は滅びたアルゴンキン族が生み出した偽神なんだよ。意思を持たない精霊に信仰と儀式で神の座へと祀り上げたのがマニトゥだ。【山のマニトゥ】【森のマニトゥ】【川のマニトゥ】なんかに別れはするが、細分化された精霊とは異なり自然そのものの精霊なんだ。あの小さな石の中に山々や大河、大森林が詰まっているといっても過言じゃあない。……俺の文珠が俺の霊力の結晶なら【大精霊石】は地脈の結晶と言ってもいいだろう。その上マニトゥは地上で人間に生み出された分本来の格で言えば小竜姫さまよりはるかに劣るが地上で力を顕現させることでは小竜姫さま以上の力を示すはずだ。人界にいることで起こる神・魔族のパワーダウンが起こらないからな」
そして、元始風水盤を用いなくても数さえそろえば地脈から同じ様にエネルギーを取り出すことは十分に可能だ。地脈の湧き出るポイントに配置すれば充電も恐らく可能。自然そのものなのだから感知もしにくいし移動も容易い。そして破壊するわけにもいかないか。
ある意味元始風水盤よりも厄介だな。
地脈エネルギーが宇宙の卵や究極の魔体のエネルギーたりえるかどうかはわからないが、アシュタロスに高密度のエネルギーを渡すのは危険すぎる。
「マニトゥは自分の意思を持っています。何ゆえマニトゥがあの悪魔の味方をしているのかはわかりませんが、マニトゥさえ説得できればこのような事態も収拾されると思います」
それしかないか。俺が護り続けるわけにもいかないしな。
「誤解をされる前に告白しておきますがあなた達が悪魔と呼ぶ男、鎌田勘九郎は以前の事件で敵対関係になった男で、今はどうだかわかりませんが雪之丞の元同門の人間です」
「その件につきましてはわかりました。私はトーテムを傷つけないように配慮をしてくださったあなた方を信用しましょう」
一瞬広がりかけた動揺がニルチッイさんの言葉で静まる。彼女はインディアン達の中では相当な発言力を持っているようであった。
「俺の友人を呼び寄せてから攻勢に出ます。呼び寄せる友人はどちらも人間ではありません。あなた方の言う悪魔に属するものたちですがここを守るためにどうしても必要なのでどうか受け入れていただきたい」
「あなたは悪魔と結んでいるのですか?」
「神と悪魔と人間の区分は俺にとっては無価値なのです。俺が呼び寄せる友人は少なくとも決して邪悪な存在ではありません」
今度広がる動揺は先ほどの比ではないな。だが教えずに後々ばれた時、それが戦闘中の動揺であれば眼も当てられなくなる。
ここで彼女達が俺への依頼を取り下げたならそれでもいいさ。その時は勝手に護るだけだ。
「……会ってから決めましょう。無知と傲慢は戦いを生み出します。知らずに断罪するのはかつて我々を追い詰めたものと同様に愚かなことですから。ですが、会ってそぐわないと思えば残念ですがあなたへの依頼は取り下げさせていただきます。よろしいですね?」
大した女傑だな。
「当然でしょうね。ただし、私の弟子が敵中に捕まっておりますのでその救出は依頼の廃棄後もやらせていただきます」
「わかりました」
さて、勝負は明日か。
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≪雪之丞≫
「ご機嫌はいかが? 雪之丞」
「勘九郎、テメエ!」
「フフフ、いいわ。ゾクゾクしちゃう。あなたのその表情が見たくてわざわざ殺さずに連れてきたんですもの」
クソ! この変態野郎が。
「思い起こせば白龍寺で私と雪之丞が何で友達になれたのかしらね? いいえ、理由はわかっているわ。私もあなたも、ただひたすら何もかもを犠牲にしてでも力を求めていたことがウマがあったんでしょうね」
そうだ。あの当時、俺もこいつもただひたすら強さを求めてきた。
「でもあなたは白龍寺を辞めて出て行った。そして白龍寺にメドーサがやってきて、私はメドーサに忠誠を近い力を求めた。文字通り悪魔に魂を売り渡してね。でもあなたはその上をいっていたわ。……どれだけ私が悔しかったかわかる? 悪魔に魂まで売り渡してあたしが手に入れた力の、それ以上の力をあなたは手に入れていた。その上メドーサに切り捨てられてその上メドーサも帰ってこなかった。……だからね、今度は魂だけじゃない。全てを悪魔に売り渡したのよ。お陰であなたなんか問題じゃないくらいの力を手に入れたわ」
勘九郎はその体に魔装術をまとう。
いや、これは完全に魔物と化してやがる。
「だから私はあなたからも全部を奪ってあげるわ。……もう私はメドーサ以上の力を手に入れたんだもの。あなたのお仲間も、師匠も全部私が殺して、あなたに絶望を与えてから殺してあげる。……フフフ、いいわ。とてもいい気分よ雪之丞」
畜生! 完全にいかれてやがる。
「勘九郎! てめえ、それで本当に強くなったつもりなのかよ」
「そうよ。私は力を手に入れた」
……勘九郎。馬鹿野郎が!
お前は、俺の手でケリをつけてやる。
「……もう少し小さな土角結界を使えばよかったかしらね」
?
「せっかく捕まえたって言うのに、引き締まったお尻まで隠れちゃってるわ」
……師匠。ライヴでピンチだ。至急助けて欲しい。
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≪エレナ≫
翌日やってきた二人はどちらも女性だった。
一人はリリシアさん。リリム族という夢魔の一人らしいが現在は人間界で普通に暮らしているとのこと。
もう一人は五月さん。教科書にも載っている英雄の娘で父の仇をとるために悪魔になったらしい。
五月さんの過去は私達の歴史にも通じることもあり、横島さんとの模擬試合を見てその腕前を認められた。
いや、横島さんがあれほど強いとも思わなかったのだが。
結局、ニルチッイ族長の判断により二人は認められることとなった。