≪横島≫
ネクロマンサーになってから協会やGメンから依頼が直接来ることが多くなった。
ネクロマンサーそのものの数は実はそれほど少ないわけではない。
形は違えど死霊や死体をあやつる術というのは世界中に分布しているからな。
日本で言えば憑き物筋も特定の霊とはいえ霊をあやつるという点では相違ない。
ただ、まっとうに表を歩けるネクロマンサーとなると極端に少なくなってしまうのだ。
不特定多数の霊を操る死霊使いの大半は裏の仕事を営んでいる。
理由はネクロマンサーの笛を用いて除霊することができないので、操ることはできても死霊と心を通わせることができないから使役するにとどまっているからだ。
ネクロマンサーの笛を用いて除霊をするには奥義に触れた超一流のネクロマンサーでなければできない。
故にそれ以下の死霊使いは死霊を使役して暗殺なんかの仕事に従事する連中が多くなるわけだ。
不特定多数の霊を操るために証拠も残りにくいしな。
特定の霊や死体を操るの術師はネクロマンサーとは呼ばずに別の区分に入るので、オカルトGメンが把握している死霊使いが極々少ないという事態に陥るわけだ。
まっとうな死霊使いの多くはチベットやアフリカの術師が秘儀を代々伝授してきたものが多いため、文明世界に住む死霊使いはほとんど俺だけといってもかまわない。
同時に、S級G・Sも、複数のスキルを持つG・Sも非常に稀有である。
よって、何かあった場合俺に話が来ることも結構あるのだ。
アメリカのオカルトGメンから美智恵さんを通してきたこの依頼も最初はそういうものの一つくらいにしか考えていなかった。
「はじめまして。エレナ=デールズと申します。エリーと呼んでください」
愛想がいい笑みを見せるが目は俺を値踏みしているな。
まぁ俺の年齢が若すぎるのだからその辺は仕方ないな。
「はじめまして。所長の横島です。お上手な日本語ですね」
彼女はアメリカから来たといったがその顔立ちは日本人に近い。
東洋人の血を引いているのか、あるいはネイティヴなのかもしれない。
歳は俺より少し上なくらいでなかなか美人さんだ。
「詳しいお話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
「私はネイティヴ・アメリカンの自治区から代表してやってまいりました。先月からのことです。私の部族を始め数多くの部族が恐るべき悪魔に襲われ、部族の奉る大切な宝を奪われてしまったのです。ミスター・ヨコシマにはその宝の奪還と、いまだ災いから逃れている宝の防衛をお願いしたいのです。悪魔は死体をあやつり部族を襲いました。そこでネクロマンサーであるミスターのお力添えを願えないかと」
時期的にはまだ原始風水盤の事件より早いとは言え、ほとんどの事件が前倒しでおきている以上タイミング的にはソロソロなんだよなぁ。
かといって、起こるかどうかもわからない事件のために見捨てるわけにもいかんし。
俺を名指しできている以上、俺ははずせないとしても念のために令子ちゃんたちとゼクウは残しておいた方がいいか。
となると連れて行けるのは雪之丞とタイガー、おキヌちゃんあたりかな。
雪之丞達はともかくおキヌちゃんは人質にとられるかもしれないし連れて行ったほうがいいか。
依頼内容の話を詰めながら頭の中ではそんなことを考える。
「依頼料はこれでいかがでしょうか?」
恐る恐るという風情を隠しながら(ということは隠しきれていないのだが)額を示す。
300万$
決して少なくない金額だが魔族を相手にするとすれば明らかに少ない。
普通であれば一つ数億円する精霊石を複数使うことが常識の魔族が相手では必要経費が出ない額だ。
とはいえ、彼女はネイティヴ・アメリカン自治区からやってきたといった。
どの部族かは、どの自治区かはわからないが本当に出せる額の最大限があの額なのだろう。
令子ちゃんが呆れたような表情をしたがエリーと『値下げ』交渉をした結果魔族は不確定情報なので考慮に入れず、あくまでネクロマンサーとして派遣するという形。その場合は笛だけなので必要経費はかからない。加えて滞在中の生活の保護を受けることで報酬は100万$で基本合意。
不測の事態でそれ以外の技能を使わなくてはならない場合は必要経費を加えて最大限を300万$とした。
実際には俺は道具を使わないし、雪之丞とタイガーも道具を使うタイプではないので本当に必要経費はほとんどいらない。
またこちらに価値がありと認めれば現物支給もありとしたことでどうにかG・Sとしての常識的な報酬内に(最低限ではあるが)収まった。
最も、この中に魔族の一文を入れれば最低でもこの5倍の報酬になってしまう。
これで契約さえ結んでしまえば彼女はこれ以上の報酬を払う義務はなくなるわけで、その後不測の事態があったとしても追加報酬を求めずにすむわけだ。
経営者としては激しく間違えているがこの際その辺は無視。
依頼人の方もどういう反応をしていいのかわからない表情をしているが(ただでさえ少ない報酬で断られるかもしれないと思ってきたのにさらに値下げされるとは思わなかったという顔をしている)まぁこの際それも忘れてしまおう。
「あの、本当にそれでよろしいんですか?」
「魔族云々は不特定情報ですし必要経費もかかりませんからその辺が妥当でしょう?」
最低限だけどね。
「それで、いつから俺達は渡米すればよろしいのですか?」
「極力早くお願いしたいのですが」
今日中に仕事の大半をめどをつけられるな。
雪之丞とタイガーは学校に連絡を入れて、……長くなる様なら途中で返せばいいか。幸い出席日数には余裕があることだし。
飛行機のチケットもシーズンではないし取れるだろう
「それでは明日にでも日本をたつことにします」
「明日ですか? いったん帰国してもう一度お迎えに上がろうと思いましたがそれでしたら今日はどこかに泊まって明日直接私たちの居住区にご案内します」
「わかりました。それでは飛行機のチケットが取れ次第時間をご連絡します」
……さてと。アメリカ遠征か。
前の時にはなかったことだがどうなるかな?
……どうにも感覚がざわめく。何もなければいいのだが。
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≪エリー≫
なんだというの?
私はネイティヴ・アメリカンだが白人の大学も出ているし、G・Sの相場もある程度知っている。
300万$というのは私達には出せるギリギリの額だがG・Sの相場から考えれば特別高額というわけではない。
悪魔が関わっているというのであればはっきりいって少なすぎる額だ。
それをどうやって依頼を引き受けてくれるように交渉しようとした矢先に向うから値下げを打診してきた。
それこそ正式な依頼として成り立つギリギリの額まで値下げをしてきている。
私は容姿にそれなりに自信があるのもしやともいぶかしんだもののそんな素振りは全くないし、彼の教え子なのだそうだがタイプの違う美人が三人そろっているのにそんな素振りも全くなかったところを見るとこれも違うようだ。
ネクロマンサーという稀有な能力のお陰でS級ライセンスを戴いているが能力に自信がもてないので安くしたのかと思って(我ながら無茶が過ぎる推論だが)ホテルに戻って彼の過去のデータを調べてみたがそれどころかその前歴は見事としか言いようがなかった。
年齢は若いが事務所の任務達成率はほぼ100%(100%になっていない分は依頼主の契約違反のために職務を途中で別の事務所に移譲したため)すでに複数体国連から懸賞金のかかっている魔族を倒しているし、この前歴なら世界有数といっていいG・Sに間違いない。
……よく見てみると事務所ではかなりの数の正規依頼料が払えない人間から依頼を受けている。
税金対策か、慈善事業のつもりかはわからないが私の依頼を受けてくれたのもそういうことなのだろうか?
……まぁいいか。優秀なG・Sが雇われてくれたのだからそれを忌避する理由はない。
これ以外に私達にうてる手段はないのだし、どうであれ私達の神を取り戻さないことにはならないのだから。