≪小鳩≫
横島さんの事務所にお邪魔しました。
横島さんの事務所には綺麗な女性がいっぱいでした……。
横島さんの教え子で現在は所員の美神令子さん。
同じく六道冥子さん。
横島さんの妹さんで同じく所員の横島エミさん。
それから巫女さんの幽霊でアシスタントのおキヌちゃん。
机の付喪神で事務員の愛子さん。
小さな女の子にしか見えないけれども天使様でこの事務所の顧問のジルちゃん。
最近ヘルパーになったという鬼の五月さん。
令子さんの妹のひのめちゃんとそのベビーシッターで化猫の美衣さん。
人間以外の女性が多いですけど皆さんとても美人です。
男性の方ももちろんいらっしゃいます。
横島さんのお弟子さんの伊達雪之丞さん。
エミさんたちのお弟子さんでタイガー寅吉さん。
美衣さんの息子さんで化猫のケイ君。
人間じゃない方が多いからか貧ちゃんのこともすんなり受け入れてくれました。
令子さんだけが少し反応したみたいですが今では普通です。
今まで会った人たちは貧ちゃんのことを知ると友達だった子まですぐに離れて行ってしまったのに。
……それだけでも来てよかった。
「エミ、貧の事を霊視してもらえないか? 心見、エミの霊視を補助してやってくれ」
「心得た」
心見ちゃんがまたバンダナに戻ってエミさんがそれを頭に巻きます。
「……何よこれ、恐ろしく強力な呪縛がかけられてるじゃないの」
「やっぱりか……」
「なんやて? わいはそんなことは知らんで。それに仮にも神のわいが呪縛にかけられとるやなんて」
「まちがいないワケ! 多分この術式は陰陽道の呪詛よ。冥子、この術式解かる?」
「クビラちゃんおねがい~」
冥子さんの影から大きな目をした生き物が出てきて貧ちゃんをその瞳で凝視します。
「……陰陽道の呪詛なのは間違いないと思うけど~、現存する陰陽七家の術式とはパターンが違うわ~。」
「だったら陰陽七家以外の陰陽師ってワケ?」
陰陽七家というのは何なのか訪ねたら、現存する陰陽師の流れを汲む霊能力家の中でも強い能力を残した家系で今いる陰陽師さん達はこの七家の直系か傍系のお弟子さんに当たるそうで冥子さんのお家もその一つなのだそうです。
「それはないわよ~。逆にこれだけの呪詛がうてるなら陰陽七家が八家になっているはずですよ~。七家は単純に強い能力を残した家だからそういう呼ばれ方をしているだけなんだから~。元々陰陽師は陰陽寮で厳しく統制されていたし~、……民間陰陽師がいなかったわけではないけどG・S協会が発足された時にその性質上陰陽師と修験者と密教系術者、神道系術者は特に厳しくG・S協会に吸収されたから民間でこれほど強力な陰陽師がいるとは思えないわ~。それに多分七家でもこれだけの呪詛をうてるのは土御門家と六道家くらいのものだと思うもの~」
「……それでエミ、冥子ちゃん。この呪詛は取り払えるのか?」
「理論的には可能よ。でも、この術式には代償として術者の命を使っている。たぶん力づくで解呪しようとしたらそれなりの、誰かの命とかそういうレベルの代償が必要なワケ。でも、たぶん術者としては私や冥子の方が上だろうからもう少しは軽減できると思うけど……黒魔術系の私とは相性がよくないし、陰陽七家とはいえ今の六道家は式神の使い方を専門にやってきているからどこまで軽減できるかはわからないワケ。逆にこの呪詛を代償なく解呪できるのは陰陽道系の術と相性のいい術系統で、解呪に特化していて、私と同じくらいの能力の持ち主ってことになるワケ……忠にぃはどうにかできないの?」
「解呪そのものは可能なんだがこれだけ強い呪詛を文珠で強制解呪するとどこに反動が出てくるかわからないんだ」
エミさんは世界最高レベルの呪術師なのだそうです。
「本当に理論的には、だな。それでこの呪いの及ぼす影響はわかったか?」
「簡単に言えばリセットよ。貧乏神の年季があけたり、何らかの形で花戸家から離れようとした場合、花戸の家に最初の状態からとりつきなおしになるワケ」
……ひいおじい様は本当に他人に恨まれていたのですね。
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≪横島≫
どうりで、前の時に福の神になったにもかかわらずいつの間にか貧乏神に戻っていたわけだ。
いや、それでも巨大な貧乏神に戻ってとりつきなおしにならなかっただけでもマシだったというわけか。
術者にとっても福の神になるなんていうのは想定外のイレギュラーだったんだろう。
大体がしておかしかったんだ。いくら恨みが強かったからといって対象が死んだにもかかわらず家に括られていることそのものが。
それ以上に金のことで恨まれている人間なんて今の世の中いくらでもいるというのに。
――しかし今までの話を総合すると……。
「……これは推論で、当たっているかどうかはわからないんだが。小鳩ちゃんの家を呪ったのは陰陽寮解体後に職をなくした陰陽師なんじゃないかと思う。で、小鳩ちゃんのひいおじいさんに金を借りて身持ちを崩して……てなとこじゃないかな? 時期的にも符合するし。当たっているかはわからないけどそう遠くはないと思う」
すでに衰退していたとはいえ今よりは大分マシな陰陽師の命がけの呪いか。
やっかいだな。
いや、貧の身の安全を考えなければいくつか方法はあるのだが。
すると五月が声をかけてきた。
「横島。親父に相談したらどうだ? 貧乏神は国津に近い。親父なら何とかできると思うが」
「公にか。……頼めるか?」
「うむ。今親父を呼んできてやる」
「おい、こっちから出向くのが礼儀だろう?」
「親父は元々戦場を駆け抜けた武人だぞ、あんな辛気臭い所にお役目でもなければ篭ってるものかよ。なに、死津喪比女を長い間鎮めてきた巫女と、死津喪比女や親父の荒魂を倒し関東平野を護った退魔師の頼みとあらば出向く理由にもなろう。あれで親父もなかなか女好きだしな。親父の楽しみを奪ってくれるな」
そういい残してとっとと出て行く。
あいつが笑うようになったのは歓迎するが、あの可憐な容姿で肉食獣のような微笑を見せるのはどうしたもんだろう?
まぁ、似合ってなくはないが。
僅かな間で将門公が入ってきたとき貧は驚き平伏していた。
……子会社の平社員が親会社の支社長に出会ったようなものなのか?
自分でも良くわからないたとえだが。
「ふむ。……確かにたいそうな術式で括られておるな。それに今の世の中にこれほど業の少ない娘がおるとはおもわなんだ。ワシの巫女になって欲しいくらいだ。で、横島。おぬしならどうする?」
「いくつか方法は考えています。吸魔札で吸い取る方法、あれは契約の神『エンゲージ』位の下級神なら吸引できるからカオスに特製の吸魔札を作ってもらえばどうにかなると思う。それから俺の文殊を使う方法、【反/転】や【因】【業】【消】【滅】でも使えば括りからは開放されるはずです。あとは長野県飯田市の貧乏神神社を使うか、貧乏神のキャパシティを超える霊力を注ぎ込むか。……ただ、いずれの場合も呪いが存在する以上括りから開放されている間に貧を完全に消滅させる必要があります」
「……わいはそれでもかまわんで。それで花戸の家がわいから開放されるんやったらな」
「貧ちゃんそんなこといわないで! 横島さんもそんな方法だったらやめてください。貧ちゃんは大切な家族なんです!」
「……と、まぁこういうわけなんです。俺もそんな真似はしたくないのでこうして公に相談している次第。一応言っておきますが、貧乏神を払う一番まっとうな方法は内容まで知ってしまっているので俺には行使することができません」
「ふむ。家を苛む貧乏神に対してそこまで言えるか。……のう、横島。この娘であれば貧乏神の試練にうちかてるとは思わないか?」
それは考えないわけでもなかった。
「だが呪いの方はどうなりますか?」
「ワシは関東におる限りはそれなりに無理がきくから一時的にその貧乏神の神格を上げてやれば呪縛を自力で解くことも叶おう。元々かなり無理をして呪縛しておったようだしな。横島が協力してくれれば間違いはなかろう。もっとも、その反動で福の神になったとしても当分の間は大した福を授けられないやもしれんがその辺は問題なかろう?」
「あの、貧乏神の試練というのは何なんでしょうか?」
貧が財布の中を開いてみせる。
「この中は超空間になっておってな。中に入ったもんには試練が与えられ、それにうちかつことのできたもんは貧乏神の呪いから解き放たれることができるんや。これがさっき横島が言うとった一番まっとうな方法っちゅうやつや。でもこの方法には危険が伴うねん。失敗したらわいは永久にとりつくことになるんや。永久に、やで。そんな危ない橋をそう簡単に渡らすわけにはいかへんし、試練の内容をしっとるもんでは試練を受ける資格がのうなってしまうんや」
「わしとゼクウ殿が協力をすれば試練の内容に多少であれば干渉することもできよう。まぁ、無理にとは言わぬ。確かにリスクは高いからな」
「あの、……もしその試練にうちかてば貧ちゃんと別れずにすむんでしょうか?」
「ん? そうだな。そなたほど業の薄い人間であればその貧乏神も福の神に反転して残ることができよう」
「あの、それならその試練を受けさせてもらえませんでしょうか? 貧乏は苦しいけど私は貧ちゃんと別れたくないんです。大切な家族ですから。だったら、どちらにしてもずっと一緒にいるつもりでしたら私試練を受けてみようとおもうんです。……貧ちゃんも自分が私の家に括られていることを気にしているようですから」
「……小鳩」
「ふむ。本当に惜しい娘だな。横島も異存はなかろう?」
「小鳩ちゃんが自分で選んだんなら異存はないよ」
小鳩ちゃんは貧の財布の中に入ると将門公とゼクウが協力して神気を送る。
「……どういう干渉をしているんだ?」
「ふむ。鈍いというより他人が自分に対してどういう感情を抱いているか想像することすら自分に禁じているとしか思えんくらい鈍いお前に言ってわかってもらえるとは思えんが」
何だかひどい言われようだ。
「恋する女子は無敵ぞ?」
……意味がわからない。
大して時間がかからないうちに小鳩ちゃんが財布の中から出てくる。
「やった…これでわいは…」
貧の姿がいつぞや見たツタンカーメンの仮面のような福の神の姿になる。
「貧! 気を緩めるな。ここでお前が呪詛を反さないと小鳩ちゃんの努力が無駄になる!」
「わ、わかっとる!」
俺は【神】【気】【増】【幅】の文珠を使ってサポート。
将門公も神気を貧に集めて呪詛を反す力を貸し与える。
「これでどうやー!」
貧の体から下級神族のレベルを超えた神気が一瞬放出され、呪詛の縛りを完全に解き放った。
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≪小鳩≫
あれから2週間がたちました。
あのあと依頼料のお話になったのですが、最終的に貧乏神の試練をうちかったのは私だし、呪詛をうちやぶったのは貧ちゃんと将門様だからという理由でとても少ない料金にしてくださいました。
後で貧ちゃんに聞いてみたら相場の一割程度の金額なのだそうです。
貧ちゃんは今は一瞬とはいえ自分の限界を超えた神気を放出した影響で手のひらに乗っちゃうくらい小さな福の神様になっちゃいました。
今は小さな小槌をふるって10円玉を出すのが限界のようですが、そのうちドーンと福を授けてやるからといきまいています。
お母さんの病気の方も安定してきました。やっぱりきちんとお医者様に診てもらえて、清潔なお部屋でちゃんとした食事を取ることができるようになったのが大きいようです。
私はというと、学校にも通うことができるようになって雪之丞さん、タイガーさん達の後輩になりました。
雪之丞さんのお友達でバンパイア・ハーフのピエトロさんともお友達になることができました。
それと今、私はリレイションハイツで住み込みの管理人さんをやっています。
私は未成年ですので名目上はお母さんが管理人さんなのですが、お仕事内容はお掃除とマンションの備品の点検。それから万一何かトラブルがあった場合は横島さんとマンションの地下にお住まいで横島さんのお友達のカオスさんに連絡をするという簡単なものですし、住人の皆さんもとても良くしてくれてます。
……リリシアさんに将来お店で働かないかといわれた時はとても困りましたけど。
それなのにお給料は横島さんへの依頼料を少しずつ天引きされて、学校にも行っているのに家族三人が不自由なく暮らせるだけの額をいただいています。
流石に多すぎるのではと横島さんに言ったら、
『普通の人間の、普通の女の子が何の恐怖心も抱かずにリレイションハイツの管理人をやってくれるということは俺たちにとって今とてもプラスになっているんだ。今の額でも少なすぎるくらいだ』
と、言われてしまいました。
雪之丞さん達にも学校に通うようになって一週間で突然お礼を言われてしまいました。
転校したばっかりで不安になってあつかましく雪之丞さんたちの教室に行ったりしていたのにです。
今、私はとても幸せです。幸せすぎて怖いくらいに。
貧ちゃんも、お母さんも強がりでもなく一緒に笑うことができて。
それもみんな、あの時ドアをたたいてくれた横島さんのおかげです。
私にとって横島さんはうちに幸せを運んでくれた福の神様です。もちろん貧ちゃんもですけど。
ありがとうございました。横島さん。
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≪雪之丞≫
小鳩は凄い。
小鳩は強い。
あいつは俺に【強さ】というものの一つの側面を教えてくれた。
最初に出会ったときはただ流されるだけの女だとおもっていた。
だけどあいつは師匠や将門に貧と離れたくないとはっきり言ってのけた。
自分を苛む貧乏神を、だ。
それだけじゃねえ。あいつが学校に通うようになってから、一週間で学校の空気が一変しやがった。
ピートやタイガーに向けられていたよそよそしい空気が一気に払拭されたからだ。
小鳩が何かをしたわけじゃない。ただ普通にしていただけなのに。
俺がその理由を師匠に尋ねると師匠は嬉しそうな顔をして言ってのけた。
「雪之丞。それはお前と小鳩ちゃんの質の違いによるもんだ。お前も異能者や妖怪なんかと平等に接することができるけど、お前は好戦的な性格だから初めてあったものや判らないことにたいしてまず身構えるだろう? だから自然と周囲のやつも警戒心を持ってしまう。でも小鳩ちゃんはそうじゃない。どんなことでも受け入れて受け止める強さを彼女が持っているんだ。だから彼女は普通に人外のものに対応することができるし、小鳩ちゃんがあんまり普通に接するから周りの連中も警戒心をとくのさ。」
その後師匠は何かを思いついたように声を上げ、そのあと頭を抱えた。
「で、だ。同じ理由でリレイションハイツの周辺における風当たりも緩和されつつある。建設前に十分説明したつもりだがそれでも不安は残るもんだ。幸い、入っている面子が美人が多いし五月とお前らを除けば人当たりもいいから予想以上に少なかったくらいなんだがな。だけどそれも小鳩ちゃんが管理人になってくれてからその傾向はさらに強くなっている。俺にとってはまさに福の神だな。俺が頭を抱えていた、力でも金でも絶対に解決できない問題を一気に解決してくれたよ。」
俺は今まで強さとは立ち向かうもんだとおもっていた。
でも小鳩は受け入れることの強さを俺に教えてくれた。
……俺は強さというものをもっと考え直す必要があるのかもしれない。
ママに誓った強さというものがどういうものかを。