≪雪之丞≫
「どーも学校の空気は好きじゃねえんだよなぁ」
クラスメートは大分なじんできているのだが、相手によってはピートとタイガーに対する風当たりというか空気は妙によそよそしい。
「仕方ないですよ。むしろ好意的に接してくれていると驚いているくらいです」
「そうですジャー。わっしは見てのとおりの外見でっすし、ピートさんは吸血鬼の血をひいとりますケン。これも雪之丞さんのおかげジャー」
「そのうちもう少し慣れてくれれば大丈夫ですよ。雪之丞さんが気を病まないでください」
「そうですジャー」
師匠ならもっとうまくやったのかもな。
二人とも気がいい奴だし、クラスの連中もそう悪い奴らじゃねえからきちんと付き合えば結構簡単に馴染むことはできるんだがな……。
逆に知らない奴はいつまでたっても馴染まない。教師もそうだ。
教室に入っていくとタイガーの机がひどく古いものに変わっていた。
『イジメ』っていうやつかい。
ムカっぱらが抑えきれずに机を思いっきり殴りつけようとした瞬間、机の中から伸びた腕が俺を掴んで机の中に引きずり込まれた。
「雪之丞さん! わっしにつかまってくんシャイ!」
「雪之丞さん! 僕に掴まって!」
タイガーと雪之丞を掴んでこらえようとするが、三人そろって机の中に飲み込まれてしまった。
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≪横島≫
「つまり、三人は机の中に飲み込まれてしまったんですね?」
愛子が出てきたか。
俺は雪之丞たちが通う学校から連絡を受けて、おキヌちゃんを伴って前の時に通っていた学校の門をくぐった。
「……というわけで、机に食われた三人はお宅の関係者でもあることですし、ここは一つ救助を依頼しようと思いまして……」
「あいつらのことですから勝手に帰ってこれるとは思いますが、そうですね。承りました。恐らく俺もその机にいったんは取り込まれることになるでしょうが、救助のためですのでご心配なく」
そして俺は過去と同じ様に愛子の中へと飲み込まれていった。
今回はおキヌちゃんもいっしょだ。
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「「「「「先生!! 先生ーっ!!」」」」」
前回の美神さん同様、大勢の生徒に囲まれてしまった。
「先生だーっ! この学校にもついに先生がっ!」
「これで授業ができますわっ! 学級委員長としてクラスを代表して歓迎しますっ!」
変わらないな。……いや、変わるはずもないのか。
「この学園に幽閉されて以来、私たちは生活を充実させようと努めてきました! しかし学生ばかりでは学園生活は送れない! しかたなくHRを続けてきましたが……私たちはいつの日か教師が現れるのを待ち望んでいたのです!」
瞳を輝かせて愛子が熱弁を振るう。
「それはわかったが……実を言うと先だってここに幽閉された3人は俺が保護者から預かっている身でね。教師としての責任を果たす前に、大人としての責任を果たしておかなければならないと思う。先に彼らと話をさせてもらってもいいかな? 君たちだとて責任も果たせない教師を師と仰ぎたくはないだろう? 十分ほどでかまわない。その間に新入生のおキヌちゃんの自己紹介を兼ねたHRを執り行ってくれると助かる」
「え? わたしですか?」
「見てのとおり彼女は幽霊で学校に通ってみたいとは思っているようなんだが通ったことがないんだ。学園生活のことを教えてあげてくれ」
「わかりました。全身全霊をこめて彼女に学校生活や青春というものを教授してあげたいと思います」
「仲良くしような」
「歓迎するわ」
やっぱり食いついてきたか。
人じゃない身で学校にいけないと来れば愛子はくいついてくれると思ってた。
おキヌちゃんをダシに使ってしまったがおキヌちゃんが学校にあこがれているのも嘘ではないしな。
愛子のお許しも出たわけだし隣の教室に三人を呼び出した。
「しかし見事なまでに飲み込まれたもんだなぁ」
「面目ねえ」
「あ、あんまり責めないでやって欲しいですジャー。雪之丞さんはわっしらのせいで冷静さを欠いてましたケン」
タイガーの話を聞いて少し愕然としてしまう。
この学校なら大丈夫だと思っていたんだが。
前回の時と何が違ってしまったんだ?
……予定を少し変更しなければならないかもしれない。
「むしろ僕にとっては受け入れてくれたことじたい信じられませんでしたから」
ピートは笑顔で、それも偽りなくそういっているようだが……。
……今はそれを考えるべき時ではないな。
何もかもが俺の予想通りうまくいくはずなんてなかったんだ。
とにかく今は愛子のことだ。
……それに雪之丞達はただ守られる存在というわけではない。
自分の道は自分で作れる力は持っている。俺はそれの手助けをしてやればいい。
「まぁ、その件は置いておこう。で、原因はもうわかったのか?」
「それが。まだわかっていないんです」
「ふむ。……じゃあ宿題な俺がこれから授業を4時限やるからそれまでに正体を突き止めること。ただし、ここは相手の体内だから無闇に騒ぎ立てることと、わかっても指摘するのは禁止な。今は他のことに夢中になっているはずだからこっちの会話を聞いてないと思うけど、この空間にいる限りは相手にとって感知できない場所はないはずだ。……まぁあんまり悪い妖怪ではないみたいだから刺激しないようにな」
「授業をするんですか。……横島さんはもう正体がわかっているんですか?」
「まぁな。学校生活を送ってみたくてこんなことしてるみたいだからある程度は付き合ってやるさ」
本当は知ってたんだけどな。
さっきの教室に戻って先生をはじめることとなった。
「さて、これから授業を始めるわけだが学生生活は何も授業だけではないからな。今日の授業は4時限とする。まず聞いておくがこの学校は校庭は使えそうにないが体育館のようなものはあるのかな? それと体操着があれば二時限目は体育にしたいんだが」
「はい先生。体育館も体操着も存在しています」
だろうな。青春好きの愛子ならそっち方面は押さえているだろうと思ったよ。
「そうか。では一時限目は英語だ」
ピートも英語もしゃべれるし、雪之丞は俺と一緒にイギリスに一年間留学している時に教え込んだために日常使う言葉に関してはそれなりに流暢だ。ワリを食ったのはタイガーとおキヌちゃんだがおキヌちゃんは楽しんでいたようだしまぁそれもいいだろう。
愛子はもちろん、他の生徒たちもなかなか活き活きとしている。
「さて、次は体育の授業だ。各自更衣室で体操着に着替えて十分後に体育館に集合。委員長はおキヌちゃんを、高松君は新入生を案内してやってくれ」
愛子がいじらない限りはこの校舎の作りはあらかた心眼で把握した。
「わかりました。おキヌちゃんこっちよ」
男子はバスケットボール、女子はバレーボール。
たぶん体育館でできるスポーツの中では最も愛子の青春の琴線に触れられるんではなかろうか?
こっちの雪之丞は決して小さくないのでパワー・フォワード。ピートはシューティング・フォワード。タイガーがセンター・フォワードを勤めている。体の大きさを遺憾なく発揮できてるタイガーがことのほか輝いているな。特にバスケ部員というものは存在しなかったようなので三人が集まると身体能力的に偏りすぎるので3チーム作って交互にまわしている。
女子も3チームでまわしている。机という束縛のない愛子はかなり身体能力が高いらしく活躍しているし、休憩時間に男子を応援したりとかなり青春を満喫できている模様。
おキヌちゃんは流石に肉体がないので見学扱いだ。
「どう? おキヌちゃん。楽しい?」
「はい。幽霊の私が学生みたいなことができるとは思いませんでしたからとても楽しいです」
「そっか。生まれ変わったら楽しい学生生活が送れるといいね」
「はい。これもみんな横島さんのおかげです」
おキヌちゃんの頭を軽く撫でてやった。
……さて、次は現代国語だ。
できればこの仕込が功を奏してくれればいいのだが。
再び教室に戻って授業を行う。
「さて、この『レ・ミゼラブル』という作品はフランスの文豪、ビクトル・ユゴー (1802-1885) がおよそ20年をかけて書き上げた小説です。内容をかいつまんで説明すれば主人公のジャン・バルジャンが……」
内容をかいつまんで説明をする。
「……と、言う内容です。誰しも間違いを犯すことはありますが、その罪を罪と認めずに罪を重ね続ける人間もいれば、罪を反省し償おうと必死に努力をする人間もいます。罪を償おうとする人を温かく見守る人もいれば、たった一つの間違いを消し去ることもできない人生の汚点のようにつけ狙う者もあるでしょう。……自ら犯した罪を許すことができぬものもいれば、他者の罪を許すことができる人もいます。あなた方がどのような判断を下すかはわかりませんが、先生としては償う人を、許せる人になってくれることを期待します」
……自分のことを棚にあげてよく言う。
……仕込みの第一段階終了。
次の授業は古典だ。
「荘子は紀元前369年から286年を生きた中国の思想家で戦国時代は宋国、現代の河南省に生まれました。老子と同じく道教の祖の一人に数えられ、後に神格化されて南華真人と呼ばれる神仙の一人となります。老子のそれとは多少異なりますがその思想は無為自然を基本とし、人為を忌み嫌う物です。今日は『胡蝶の夢』を勉強しましょう。内容は荘周、荘子のことです。が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか。どちらともわからぬ、どちらでもかまわない。と、いう寓話からなっています。これは万物斉同の境地、いっさいの欲望や、知から自由になり、無心、無我にとなり、自然と一体となることが、理想の生き方である。と、説いたものですが……」
仕込みの第二段階。これがうまくいってくれればいいんだがな。
「……と、言うのが詳しい内容です。さて、古典の授業から少し外れてしまいますが、この内容を異なる視点から取り上げれば、本当にこの世界が客観的に存在しているかどうか、究極的には証明不可能なのではないのか?という仮説を立てることができます。これに類似する内容は多く考えられ、有名なところではアメリカの哲学者、H・パトナムも『培養槽の中の脳』という仮説を立てています。確かに私たちは今この現実が仮想現実ではないということを証明することは残念ながら難しい。私たちは妖怪に飲み込まれて時間という概念を超えてここに集っているのですが、次の瞬間目が覚めてこことは違う現実の中に身をおくことになるのかもしれません。ですが、夢を夢と知って夢を見ている人間がいるとしたならばその人は苦しいんじゃないでしょうか? どれほど楽しい夢を見ていたとしても、ふとした瞬間からこれが夢だと考えてしまうのはとても残酷なのではないでしょうか? ……さて、これで今日の授業を終わります。委員長、HRを始めてください」
……さて、仕込みは終わったんだが結果はどう出るかな?
教壇の前まで来たものの、愛子の肩が震えている。そして何かを決意したように皆の顔を見回した。
「……皆さんに謝らなくてはならないことがあります。皆さんを机の中に取り込み、この偽りの学園を作り上げていた妖怪は私なんです。私は机が変化した妖怪で学園生活にあこがれていたんです。妖怪のくせに青春にあこがれて、妖怪がそんなもの味わえるわけもないのに。……ごめんなさい!」
「あの、愛子さん。私馬鹿なんでうまくいえないんですけど、教は愛子さんのおかげで青春って言うものを感じることができたと思います。幽霊の私が感じることができたんですから愛子さんも大丈夫ですよ」
「おキヌ君の言うとおりだ。愛子クン、君は考え違いをしているよ。君が今味わっているもの――それが青春なのさ」
「え……」
「青春とは、夢を追い、夢に傷つき、そして終わった時、それが夢だったと気づくもの・・・・・・その涙が青春の証さ」
「高松クン」
「操られていたとはいえ君との学園生活は楽しかったよ。それに先生もおっしゃってたじゃないか。君が苦しんでいたこと、それに償おうとしている人に対し許せる人になることが大切だと。僕たちはジャベール警部ではない。みんなクラスメートじゃないか!」
「あ……あ……ごめんなさい! ごめんなさい! 私……私……」
「先生、これでいいんですよね!? 僕たち間違ってませんよね!?」
俺たち以外が集まって、おキヌちゃんも混ざってるな。
集まって涙を流しあう一段に黙って頷いてやる。
……雪之丞達の話を聞いて、前回との違いに戸惑い策を弄してみた。それが徒労であったのか、良かったのかはわからないが結果を省みれば決して拙くはなかったのだろう。
「で、宿題は解けたか?」
三人に尋ねる。
「俺は駄目だった」
「僕もです。愛子さんが告白するまでわかりませんでした」
まぁ妖怪の体内の中で妖気を感じるのは難しいのかもしれないが。
「わっしはできましたジャー。4時限目の最後の方から愛子さんの体から少し強い妖気がでとりましたケン」
精神の動揺の隙に少し妖気がこぼれていたからな。
タイガーの霊視能力はやはり標準よりも高い。
「ま、相手がどこにいるか察知するのとしないのでは生存率が大きく違ってくるからな。がんばれよ」
この夢の中の学園に終業のチャイムが鳴り響いた。
現実世界に戻って事情を校長に説明する。
「……と、いうわけなんです。反省もしたようですので許してやってください」
「すいませんでした。……生徒にはなれなくても、せめて備品として授業を聞いていたいんです。これからも机として使ってもらえないでしょうか?」
……駄目だ。俺の時とは違って先生達が食いついてこない。
なぜかはわからないが俺の時と先生の面子は変わってないのに超常的なものに対して俺の時ほど寛容じゃない。
たぶん備品としてならとおるかもしれない。雪之丞達が使ってくれるだろうから。
……これは俺のエゴに過ぎない。でも、俺が嫌だ。
愛子が生徒としてではなく備品として学園生活を送るのは俺は嫌だ。
携帯電話で冥華さんにお願いをする。
冥華さんは二つ返事で了承してくれた。
「……いま電話で確認を取った。六道女学園の霊能科だったら君を生徒として受け入れてくれるそうだけどどうする?」
「本当ですか?」
「あぁ。学園長とつきあいがあってね。あそこなら君が妖怪であっても元々がオカルト系の学校だから受け入れやすいはずだ」
「わかりました。お願いします」
こうして、愛子は六道女学園の1年生に編入することとなった。
同時にリレイションハイツの住人となる。
元々は学校の備品の机が付喪神となったものなので学校に括られているわけではない。
だから通学するという学生の醍醐味が味わいたかったようだ。
本体の机の方は部屋においておいて、移動する時はカオスが神木で作ったミニチュアの机に意識をうつしてポケットの中に入れる。これで机を背負って移動する必要もなくなった。
さらに、横島除霊事務所の事務員として就業することも決まった。
机の付喪神なせいかデスクワークはかなりうまい。
就業時間は短いものの家賃と授業料、それに小遣い程度は十分出せる。
本人曰く、働きながら勉学にいそしむのも青春とのこと。