≪エミ≫
忠にぃがおキヌちゃんを連れて帰ってきてすぐにそれは起こったワケ。
「横島君いる?」
事務所、雑居ビルの一室に入ってきたのは令子の母親、美神美智恵と妹のひのめちゃんだった。
「どうしたんですか?美智恵さん。」
忠にぃはひのめちゃんを受け取りながらそう尋ねる。
ひのめちゃんは大喜びなワケ。
妙に忠にぃに懐いているからね。
母親の美智恵さんは別にしても多分令子よりも。
「わぁ、可愛い赤ちゃん。」
「ん、そうか。おキヌちゃんは初めて会うんだったね。この娘が令子ちゃんの妹の美神ひのめちゃん。もう1歳半になるのかな?」
「そうよ。もう結構歩くしそろそろしゃべってくれるかも。」
美智恵さんは育児休暇をしっかり使って、その後体調を崩してしまい最近ようやく職場復帰をしたらしい。
日本ではベビーシッターというものは普及していないからどこかに出かけなければならない時はうちにひのめちゃんを預けに来るワケ。
「・・・というわけなのよ。もうすぐ日本支部もできるし予断も許さない状態なんだけど私も病みあがりだし手伝ってもらえないかしら?」
「ええ、いいですよ。今日はわりと暇なんで。仕事の方は冥子ちゃんと雪之丞で行ってますし。令子ちゃん、エミ、おキヌちゃん。悪いけどひのめちゃんと留守番を頼めないか?俺は美智恵さんと出かけるから。大体半日くらいで戻ると思う。」
「わかったわ。行ってらっしゃい。」
笑顔で2人を送り出す。ひのめちゃんもすぐに眠ってくれたしそこまでは良かったワケ。
何度かおしめやご飯とお昼寝をはさんで5時間後。
「・・・ほわぁ。ほわ!」
急に泣き出した。
「マンマの時間じゃないしきっとおしめね。」
手早くパンツ型のオムツをはかせる。
「手馴れたもんね。」
「まぁ、ママが体調崩してた時はしょっちゅう行って手伝ってたからね。いい加減なれたわよ。」
ひのめちゃんはヨチヨチ歩きながら何かを探しているみたい。
「・・・うぐ、ふぎゃあ!ふぎほぁあ!」
「ちょ、ちょっと、今度はなんなわけ?」
「わかんないわよ。トイレは済ませたばっかりだし、ご飯の時間もまだだし。」
「あぁ、もう頼りないおねえちゃんね。ほら、ベロベロバァ~!」
駄目だ、一向に泣き止まないワケ。私がやっても、令子がやっても、おキヌちゃんがやっても。
「あの、もしかして美智恵さんがいないからでしょうか?」
「ありえるわね。ずっと産休とってたし、その後も体調崩してたからママとはなれてたことはほとんどないもの。」
「ほら、令子お姉ちゃんよ。」
令子が必死に高い高いしたりしてあやしているけど全然効果がない。
「・・・この子、熱いわ。ちょっと、エミお願い!」
令子は私にひのめちゃんを渡すとパニクりながら必死に家庭の医学を探しだす。
・・・うそ、本当に熱いっていうか熱すぎなワケ!?
「ほあぁぁぁ!ほあぁぁああ!」
拙い。
直感的にひのめちゃんの正面を自分からずらす。
爆炎。
瞬間的に発した炎が近くの机を包み込んだ。
やば、まともに喰らってたら小麦色に焼けた肌が黒焦げに焼けちゃうところだったワケ。
「どうしたの、エミ。」
「ひのめちゃん。強力な霊波を発してるワケ。恐らく念力発火能力者よ。」
とにかくおもちゃを大量に持ってきてひのめちゃんの気を紛らわせる。
ジェラルミン盾を持ってきてその上から霊力をまとわせてどうにか一時やり過ごしたワケ。
「・・・少し気がまぎれたみたいね。何とかやり過ごせそうよ。」
「美智恵さんの娘であんたの妹だから強い霊力を持ってるだろうとは思ってたけど、これはちょっとしゃれになんないワケ。」
「いくらなんでも1歳児に霊力のコントロール教え込むわけにはいかないし、念力封じのお札で何とかするしかないわね。」
念力封じのお札?
・・・やばぁさっきの机の中だ。
「さっきの炎で全部焼けちゃってるワケ。ごめん、令子。」
「う~・・・いきなりだったししょうがないか。今度ぐずり出したら最後よ。いまママを呼ぶから。」
携帯電話を取り出しかけるが
『おかけになった電話は電源を切っているか電波の届かないところに・・・』
「つながんない。おキヌちゃん。悪いけど大至急探してきて!」
「は、はい。」
どこへ?という突っ込みも入れられない。私も令子も相当あせっている。
「令子、2人で結界を張るワケ。」
「そうね。」
とにかく念波をこの事務所から外に出さないようにしないと・・・。
・
・
・
≪美智恵≫
「長閑ないい土地なんだけどねぇ。」
「都会の人だら簡単に自然がどうのって言うげんども、わしらみてな過疎の村はそんなノンキなことばいうとられん。なんとしても開発してもらわねばなんね。」
この村には公共事業の開発が入ることになっている。村人もそれを歓迎しているのだが問題はこの土地に妖怪が住み着いているということ。
妖怪にとっては長年住んでいる土地を追い出されたくないという抵抗なのだろうが人間側としてはそうも言ってられない。
・・・まったく嫌な仕事だ。
嫌な仕事だがこれはオカルトGメン日本支部を設立するための試金石。
この仕事の出来不出来によっては暗礁に乗りかねない。
これを成功させなければこの開発に乗り出している政治屋どもはオカルトGメン日本支部設立反対に回るだろう。
・・・だが、ここに住む妖怪は邪魔こそするがいまだ誰一人殺していない。
あるいは説得可能かもしれない。
そこで横島君に応援をお願いしたのだ。
横島君の戦力を当てにする以上に横島君が用意している住む場所を追われた妖怪たちのための住処を当てにしている。
本当ならこんなことはそれこそ国や国連がなさねばならないことなのだろうけど今の政治家や官僚に妖怪のための公共事業をやろうなんて頭は少しもない。
横島君が個人所有しているものを当てにするしかないのだ。
・・・嫌になるわね。
自分の性格も、不甲斐なさも。
幸い命令書は開発事業を再開させるようにと書いてあるだけなのでここに住む妖怪を逃したところで問題はなし。
「とりあえず山へ入りましょう。向こうからきっとアクションがあるでしょうから。」
「そうですね。ユリンに広域調査を頼んどきます。」
ユリンか。便利ね。恐らく霊視衛星を除けば霊視のスペックでもオカルトGメンの装備以上だわ。
しばらく山の奥を歩いていると突然横島君が歩く方向を変える。
「どうしたの?」
「怪我人です。・・・いや、人ではないか。」
そこには小さな子供、あれは・・・
「足を怪我をしている。・・・骨が折れているかもしれないな。」
「・・・にーちゃん誰?」
「俺は横島忠夫。こっちは美神美智恵さん。少し足を見せてもらえないかな?」
横島君は文珠を出すとそのこの足を治した。
・・・霊視も優秀、ヒーラーとしても優秀、戦力としても、指導者としても、指揮官としても優秀。
いえ、優秀なんて枠を超えている。
それに人間としても。
六道先生が欲しがるのも当然ね。
・・・殺気。
横島君が子供を抱いて飛びのく。
黒い影が強襲して横島君たちがいたところを襲った。
完全に横島君を殺そうとしている。
あの動きはかなり手ごわい・・・説得を試みようと思ったけど仕方ないか。
神通棍を構えたその手を押さえたのは他ならぬ横島君だった。
「横島君?」
「・・・あれは我が子を守ろうとする母親の強さです。・・・あなたも持っているでしょう?」
・・・そうね。あの状況で人間と妖怪の子供。そうとられてもおかしくはない。
再び横島君に襲い掛かる影。
横島君は・・・避けない!?
横島君の腹にその影の腕が突き刺さった。
横島君はその腕を掴み相手の動きを止める。
化猫だ。
「俺たちはあなたに話があってきたんだ。話を聞いてもらえないだろうか?」
腹に孔を開けられながら、優しく微笑む横島君は・・・痛ましすぎる。
「母ちゃんやめてよ。にーちゃんはボクの怪我を治してくれたんだ。」
「・・・ケイ。」
ケイちゃんのとりなしのおかげで彼の母親、美衣さんもこちらの話を聞くたいせいに入ってくれた。
横島君は文珠を使わずに霊力を廻して無理やり自然治癒させてしまった。
・・・手馴れすぎてる。まるでいつもこんなことをしているかのよう。
「・・・私はみてのとおり猫の変化。昔は大勢の人間を殺めもしました。しかし今はこのこのために平和な暮らしだけを望んでいます。」
「開発の邪魔をしている妖怪というのはやっぱりあなたね?」
「・・・しかたありませんでした。もう幾たびも住処を失いここまで失うわけにはまいりません。」
「・・・だが人間はここに目をつけてしまった。幾たびも住居を追われてきたのならこの先のこともわかるんだろう?」
「だったら私達に死ねと言うのですか!」
美衣さんの瞳が憎悪に染まる。
「・・・俺はあなたたちに平和に暮らせる場所を提供することが出来る。・・・いや、それしか出来ない。そこに引っ越してはもらえないだろうか?」
「・・・信用できる証拠はあるのですか?」
「ない。俺たちを信用してもらうしかない。」
「美衣さん。信用してはいただけないでしょうか?私も2人の娘をもつみ、悪いようにはしません。」
横島君にばかり頼るわけにも行かないものね。
「・・・少なくともあなた方は私達を追いやった人間達と同種には思えません。ですがすぐさま信用するわけにも行きません。」
「これから東京に来ませんか?東京に俺が所有するマンションがあります。もしあなたが人里での暮らしを希望するのであれば提供する場所ですが、そこには今天使と夢魔と鬼が住んでいます。それを見ていただければ信用していただけると思いますけど。」
「・・・わかりました。用意をするので少し待っていてください。」
美衣さんとケイちゃんはいったん自分の住処に帰っていく。
2人の姿が見えなくなって私は横島君の頬をたたいた。
「・・・すいません。でも、一度人間に対して不信感を抱いた妖怪を説得するにはそれなりの事をしなければならなかったんです。」
「わかってるわ。横島君には凄く感謝している。もし今回私一人できていたらあの親子を退治するしかなかったかもしれないもの。・・・でもね、横島君は他人に対してだけ優しすぎるのよ。貴方が傷つくとみんな心配するのよ?令子も、エミちゃんも、冥子ちゃんも、雪之丞君も、六道先生も、唐巣先生も、もちろん私も。」
「すいません・・・。」
謝りはする。
でももうしないとは言わない。
きっとこれからも横島君は自分以外を傷つけないように、自分を傷つけていくんだろう。
・・・嫌になるわね。
自分の性格も、不甲斐なさも。
・
・
・
≪令子≫
またぐずりだして絶体絶命。
そんな時に横島さんたちが帰ってきてくれた。
「いったい何の騒ぎだ?」
「ちょ、横島さんあぶな・・・」
横島さんがひのめを抱き上げるとひのめはすぐにご機嫌に笑い出した。
・・・姉の私の立場は?
消沈する私の変わりにエミが変わりに事情を説明してくれた。
「事情はわかったけど何で文珠を使わなかったんだ?」
あ・・・気が動転してすっかり忘れていた。
みればエミも冷や汗をかいている。
「・・・まぁなんにしても困ったわね。魔族に狙われるかもってだけじゃなく本人も念力発火能力者じゃあますます普通の施設やベビーシッターに頼むわけにはいかないわ。念力封じの札を持たせたところで何がおこるかわからないし。」
「あの・・・魔族に狙われるってどういうことでしょうか?」
ママが美衣さんに事情を説明する。美衣さんは横島さんのマンションをみて、住人の話を聞いて横島さんのマンションに住むことにしたようだ。ケイちゃんも人間界の常識と基礎的な学問を覚えた後で六道傘下の小学校に編入するらしい。
「・・・あの、差し出がましいようですけど私がひのめちゃんの乳母になりましょうか?」
「・・・本当?」
ママが美衣さんの両手をしっかと握り締める。
眼が輝いてるし。
・・・実は結構追い詰められていた?
「え、えぇ。子育ての経験もありますし、魔族と戦って勝てるとは思えませんけど逃げるくらいなら何とかなると思いますから。横島さんにも美智恵さんにもご迷惑をおかけしましたし、良くして頂きましたから少しでもご恩返しができればと。」
「それじゃあ美衣さんを正式にベビーシッターとして雇わせてもらうわ。」
「そんな、お金なんて。」
「都会で暮らすのはお金がかかるわよ?住居の方は横島君が何とかしてくれるだろうけどそれ以外だってお金はかかるんだから。それに危険があるかもしれないしね。」
「・・・わかりました。」
「それじゃあユリンをひのめちゃんの影の中に潜らせましょうか?最近他人の影にももぐれるようになったんですよ。影の中なら有事以外のプライベートが守られますし、俺も数秒で駆けつけられますから。」
「ほんとう?お願いね。」
なんか向こうではとんとん拍子でお金のこととか話が進んでいるんだけど横島さんの腕の中でご機嫌のひのめを見て思う。
最初に呼ぶのはマ~マだと思うけど、次に呼ばれるのはパ~パでもネ~ネでもなくニ~ニなんじゃなかろうか?
妹が可愛い姉としてはそれは流石に悲しい。
・・・もしかしたらニ~ニが1番かも。
そしたらママ・・・怖いから考えるのはよしましょう。
追伸。ママたちを見つけられずにそれから3時間後に泣きながら帰ってきたおキヌちゃんに対し私とエミは平謝りに謝った。