≪五月≫
親父の管轄どころか神田明神にまで手を出した奴。
死津喪比女。
それを滅ぼすのに何を躊躇してやがる。
俺がおキヌとか言う幽霊を奥に連れて行こうとするとその腕を掴まれた。
俺の腕が掴まれるだと?
親父を除けば俺に触れた奴なんてここ500年は誰もいなかったはずなのに。
「滝夜叉姫か。・・・悪いがおキヌちゃんを犠牲にするわけにはいかない。」
横島は静かにそういっているだけだ。
なのにこの俺が気おされているだと?
「ちっ!」
横島が急に表に向かって走り出した。
つられてこちらも走り出す。
外にはおおよそ100程の死津喪比女がそこにいた。
「花一輪摘み取られてしもうたか。痛かったぞ・・・とてもな。花一輪と葉虫どもしか使わなかったのが失敗であった。ここまで花で埋め尽くす必要もあるまいが・・・。」
「これが花?花言葉はきっと『悪寒』かなにかね。」
「『醜悪』じゃ無いのか?」
「おぬしら、この状況でよく憎まれ口がたたけるの。」
「・・・五月が来たことと、お前から微かにもれる神気・・・お前が何で復活したかわかったよ。3年前、平将門の荒魂を滅した時に関東一円の地脈が狂い、その隙に復活したお前は山の神を殺して山の神になり代わったな。」
「なんと。」
「ほう、そこまでわかるか。」
「山の神になり代われば山にくくられる。括られた分身動きをとるのは難しくなるものの山の神として山から流れてくるエネルギーを自分のものとして復活に当てたか。」
与えられた情報からそこまで読み取るか。
「問うぞ。人間との共存は無理なのか?」
「何を馬鹿なこというておる。人を造ったのも天ならばわしを造ったのもまた天。天がわしを造ったということは天が人を滅ぼそうと思うているということじゃ。」
「・・・残念だ。」
「これだけの数を相手に万に一つも勝ち目はあるかえ?」
「あんま舐めんじゃないわよ。」
美神が先に突っかけた。
神通鞭で牽制し、呪縛ロープで足を止め、札をたたきつける。
まとめて数匹の花を相手にとっている。
いや、数匹を相手にしつつもやってることは1対1か。
よくやる。
単純な力で行けば俺の方が上だがこの死津喪比女という妖怪はその能力のいやらしさから俺でも苦戦するというのに。
無論、花の一輪一輪は雑魚でしかないが。
それ以上に横島、戦えば強かったのか。
手にした剣で周囲の花をなぎ払い、回転する霊気の盾を作り出すとそれを投げつける。
盾は花を薙ぎ、ある程度飛ぶと急激に膨張してはじけ飛ぶ。
その盾の破片の一つ一つが花に穴を穿つ。
大した時間もかけずに花の数は二割程度に減ってしまった。
「く・・・これを見ろ。」
花の一つが触手に人間の子供を抱えあげている。
子供は気を失っているのかピクリとも動かない。
「このガキだけじゃない。抵抗すればこの辺りにいる人間どもを殺してやるぞえ。いますぐその小娘をこちらによこせ!」
「下手な脅迫だわ。言うこときいたって殺すくせに。」
「やめて下さい!」
美神は引っかからなかったものの、おキヌが飛び出してしまう。
死津喪比女の触手がおキヌに伸びる。
それを庇おうとする美神。
おキヌに死なれると困るので仕方なく俺も間に入ろうとする。
・・・その全てが硬直した。
かろうじて動けたおれがその発生源を見る。
そこには、指輪を外した横島がただ立っているだけだった。
・・・何だ、アレは。
餓えた虎?
違う。アレは虎なんて可愛いものじゃない。
猛る獅子?
違う。アレは獅子ほどおとなしいもんじゃない。
怒り狂う龍?
・・・そうだ。私はアレを表現するものは龍しか知らない。
殺気、怒気、狂気。
戦の鬼たるこの俺が、それで動きを止められているというのか?
横島がこちらに5つの珠を投げよこした。
【防】【遮】【守】【護】【隔】
その珠が強力な防護壁を作り上げる。
あれは・・・湯島の菅原道真が持っていた文珠。
こちらは防護壁のおかげで動くことができるようになったが死津喪比女はいまだに動けない。
その間に横島の手から伸びた霊波刀が死津喪比女をすり抜け子供がとらわれた触手を切り裂き、子供を絡めとり、自分の手元まで運んだ。
「来るわよ。気をしっかりもってね。」
美神が警告を発する。
その理由はすぐにわかった。
「霊波刀定型式弐の型、憎悪の瞳。」
憎悪。憎悪で心が満たされる。
壊れそうなほど心を蝕む憎悪。
霊波刀中央部にある大きな瞳から黒く輝くネットリとした炎がその刀身に絡みつく。
「ぐあぁぁああ!」
切り払われた死津喪比女が燃える。
その炎は死津喪比女に次々と燃え移る。
・・・地面から燃え移っている?
「・・・俺の憎悪の炎はお前を焼き殺すまで消えないよ。例え地面の中だろうと燃え移り、お前の本体も焼き殺す。」
・・・これか。
直感的にわかる。
親父の荒魂を屠ったのはこれか、これと同種の技だ。
「・・・手ごたえが無い。枝を切り離して逃れたか。」
横島が指輪をはめた。
嘘のようにさっきまでの憎悪の感覚は消えた。
「・・・すまない。怖がらせてしまった。」
怖い?・・・あぁ、怖いな。
親父の敵をうつために悪鬼を率いた時も、
朝廷に反乱した時も怖くは無かった。
でも今はただ一人の男が怖い。
・・・でもそれだけではない。
「ゼクウ、すまないがこっちに来てくれ。ユリンをそのまま護衛に残してくれれば良い。」
鴉に向かってそういうとすぐに馬面の神族が飛んできた。
「マスター。お呼びですか?」
横島を主と呼ぶこの神族、驚いたことに神族としては親父と同等かそれ以上だ。
「ユリンで広域調査。俺と心眼の霊視で精査する。ゼクウは音波を使って地中を探査してくれ。死津喪比女の本体を見つけ出す。」
「承知いたしました。見つけた後はどうされますか?」
「霊波刀を突っ込んで燻り出すさ。」
死津喪比女はすぐに見つけ出された。
横島は霊波刀を地面に突っ込むと強力な霊力を注ぎ込んで死津喪比女を燻りだす。
「ぐ、よくも、よくもこのわしから全てを奪いおったな。殺してやる!お前らも道連れだ!」
「させないわよ!」
美神が神通鞭で切り裂く。
「マスター。助太刀いたします。」
ゼクウの剣は美神以上に深く死津喪比女を切り裂いた。
ユリンも巨大化してその嘴を突き立てる。
「・・・いらぬとは思うが行きがけの駄賃だ。」
俺の拳も死津喪比女に穴を穿った。
そして本命だ。
「さようなら・・・だ。」
【枯/死】と書かれた見たことも無い文珠を死津喪比女に投げつけると、死津喪比女はみるみる枯れていった。
「・・・なんと。現代の退魔師がこれほどの力を持っていたとわ」
氷庵とかいう道士の記憶が呟く。
俺も同感だ。
横島といい、美神といい。
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≪おキヌ≫
横島さんの手で死津喪比女が退治され、私たちは氷庵さんや五月さんと共にいったん神社に戻りました。
道中私は横島さんと美神さんに凄く怒られてしまいました。
『簡単に自分の命を無駄にするな。』と。
幽霊の私のことをとても心配してくださって、怒られたのに嬉しくて涙を流してしまいました。
神社に戻って氷庵さんと横島さんが宮司さんたちに事情を説明して今後のことを話し合います。
「あとはおキヌちゃんを反魂の術で復活させて終わりでしょう?」
「そうなんじゃがのう・・・。」
「山の神が死津喪比女に滅ぼされていたからな。地脈のエネルギーのコントロールがうまくいくかどうか。」
「地脈のエネルギーは強大だ。コントロールにしくじれば取り返しのつかないことになるやもしれん。」
「・・・そうだ。ワンダーホーゲル部。聞こえているか?・・・そうだ。ユリンの誘導でこっちまで来てくれ。」
私たちはいったん神社の外に出ました。
しばらくしてワンダーホーゲル部さんがユリンちゃんと飛んできます。
「何でありますか?」
「この山の神が妖怪に滅ぼされてしまってな。この娘を復活させるために山の神が必要なんだ。予定は少し変って入れ替わりではなくお前を改めて山の神として祀りたいのだがかまわないか?この娘の復活を助けることが条件なんだが。」
「やるっス山の神様になれるのなら何でもやるっス。」
「私も手伝わせてもらおう。神職の端くれだからね。」
「お願いします。宮司さん。」
横島さんと宮司さんがそれぞれ祝詞を紡ぎます。
・・・横島さんの祝詞は何だか少し違う感じです。
「掛まくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊祓へ給ひし時に成りませる祓戸大神等諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐み恐も白す。我この地に宿りし力と、山の神が総元締め大山祗神と、関東一円が王相馬小次郎将門の名においてこの者を山の神、新たなる八百万神々が一柱として迎えられますことここに願い奉り候。」
たぶん亜流かオリジナルか。
少なくとも途中までは祓え詞だったようだけど。
それでも効果はあったらしくワンダーホーゲル部さんは新しい神様となられました。
「これで自分は山の神さまっスねー。」
「とりあえずはな。本当に力をつけるにはまだまだ時間はかかるし、地脈の流れを最低限制御するためにもまだ少し時間は必要だろう。お前がそれだけの力をつけたら連絡をくれれば俺もおキヌちゃんの反魂の術を手伝いに来るよ。」
「了解であります。おぉ、はるか神々のすむ巨峰に雪崩の音がこだまするっスよ~!」
山の神様はそういうと角笛を吹きながら飛び去っていきました。
とても嬉しそうです。
「さて、おキヌちゃん。生き返るためには少し時間が必要だけどその間はどうする?」
「うちにいるといい。うちの神社とも縁があることだしね。」
宮司さんはそういってくれます。
・・・でも。
「あ、あの・・・私に横島さんのお手伝いをさせてもらえないでしょうか?」
「え?」
「わたし・・・こんなに親切にしていただいたの初めてなんです。死んでからも。多分生きている時も。私は横島さんを殺してしまおうって考えてしまったのにこんなに良くして貰って・・・お願いです。なんでもしますから私に横島さんに恩返しをさせてください。」
深く深く頭を下げます。
その頭がまた優しい掌に包まれました。
「ありがとう。それじゃあおキヌちゃんを正式にうちの所員として雇わせてもらうよ。」
「これからもよろしくね、おキヌちゃん。」
美神さんも私を抱きしめてくれました。
「は、はい。」
「・・・話は済んだようだな。俺は一足先に戻らせてもらう。親父に報告しなければならないからな。・・・それと横島。」
五月さんは横島さんに向かい合います。
そして頭を下げました。
「済まなかった。俺はどうやらお前を見くびっていたようだ。・・・できればこれからは俺と稽古してくれると嬉しい。」
「あぁかまわないよ。雪之丞にも訓練つけてくれているようだしな。」
「そうか・・・すまない。」
そう言うと五月さんは空に飛び上がっていきました。
「それじゃあいったん人骨温泉ホテルに戻ろうか。支配人さんに報告しなければならないし。」
「横島君。世話になったね。」
「いえ、こちらこそ。皆さんもお元気で。」
「あの山の神が力をつけたらこちらから連絡をさせてもらうよ。」
「えぇ、そのときはお願いします。」
宮司さんや早苗さんたちとお別れを済ませていったんホテルのほうに向かいます。
これからは頑張らないと。
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≪将門≫
「親父、今戻った。」
「戻ったか。どうであった?」
「死津喪比女が復活していた。横島たちが屠ってしまったがな。」
「そうか・・・ならばアレはみたか?」
「見た。・・・つくづく俺の目は節穴だったんだな。」
まぁあの時は横島も自分の力を隠していたからな。
知らなければわしでも騙されていたかもしれん。
「・・・力を抑え、力を振るう時と相手をわきまえ、いざ振るう時は烈火の如し。本当に強い男という者はああいうものなのであろう。」
「親父・・・親父の荒魂も黒い炎で、憎悪の炎で燃やされたのか?」
「いや、わしの時は狂気に満ちた巨大な顎で喰らい殺された。」
「・・・少なくとも2種類以上か。」
アレと同種の攻撃方法が他にもあるのか?・・・恐ろしい。
「わしもあやつが何者であるかは見通すことはできん。五月、お前はどうしたい?」
「稽古つけてもらうことにした。」
「・・・わしが聞いているのはそんなことではないのだがなぁ。」
あぁ、本当にこやつは戦うことばかり考えおる。
五月より強い男など希少だというに。
どうせ自分より弱い男なんかに興味はないのだからもう少し色っぽい方に思考が回ってくれんもんかのう。
せっかくアレほどの男がそばにできたのだから。
・・・神界の方からどういうわけか過度の後押しは禁止といわれておるし・・・まぁあの横島と言う男は稀代の人誑し。
どうにか五月のそっちの方の感情も育ててくれればいいんじゃが。