≪横島≫
「西条。襲われたと聞いたが大丈夫なのか?」
それを聞いたのは一昨日。西条が事件の捜査中に襲撃されたと聞いたが本人は今日俺たちの前に顔を出している。
「もう耳に届いていたのか。僕としたことが面目ない。度々すまないが横島君、君の力を借りに来たんだ。」
「情報を教えてくれ。」
「1月に入ってG・Sや一部の一般市民が襲われるという事件が頻発している。幸い被害は軽いものだし襲われた本人たちが名誉のためにことを公表しないから一般には知られていないがね。僕も一般人が襲われたという件は2,3件は知っているがパターンから考えればおそらく数はもっと多いはずだ。」
「襲われた人間の特徴と被害状況は?」
「特徴は何らかの近接武器を用いて戦うのに秀でた人間。特に剣の使い手が集中的に狙われている。G・Sでも聖剣を使うものや神通棍の使い手が狙われていてね。範囲としてはスコットランド内。時間的には1日おきくらいだと思われる。最もさっき言ったとおり被害届けを出さない人間も多いからはっきりとはいえないが。被害状況は夜半に女性に声をかけられて人影に襲われるというものだ。しかしどのケースでも本人は軽い立ちくらみか睡眠状態に陥り、睡眠状態の場合も周囲の民家やホテルの前に届けられて凍死をすることは無いようにされている。かく言う僕もおとり捜査のためにジャスティスを持って張り込んでいたんだが、僕の周りを張り込んでいたGメンの隊員共々してやられてしまったよ。そして作戦中の被害は皆無だ。」
「おかしな事件ではあるな。で、霊波刀を使う俺のところに来たというわけか。」
「あぁ。被害が少ないからといってほうっておくわけにもいかないし、今後エスカレートしないとも限らない。」
「下手に傷つけると今後の被害が増えるかもしれないぞ?敵を作ることになるかもしれない。」
「かといって捨て置けるわけでもないしね。あいにくこの国で僕以上に剣を扱えるG・Sは君しか知らない。頼めないだろうか?」
「契約は交わしてもらうぞ?直接的な被害を出さないような相手は極力殺したくない。」
「わかった。人的被害が出ていないことだし何とかしよう。」
「・・・OKだ。明日に備えて捜査の範囲を絞るとしよう。」
「僕が襲われたのが南スコットランドのエジンバラだ。もうしばらくはこの都市で事件が起こると思う。」
「霊波刀では武器を扱うように見えないから神通棍でも持っていたほうがいいかな?」
「そうだね。僕も帯同させてもらうがよろしく頼む。」
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≪西条≫
夜の闇の中にぽつんと人影が浮かぶ。
横島君だ。
横島君は泰然とその場にたたずんでいた。
正直言って僕は横島君の存在が妬ましくあった。
僕より若いがその圧倒的な力の差を感じずにはいられない。
エリートとして生きていた僕にとって彼の存在は信じられないものであったし、えらくプライドを刺激させられた。
彼の交わす契約。
アレすらも余裕の現われのように感じられて鼻についた。
だが、それもあのアポピス事件のときに和らいだ。
横島君の能力は羨ましがるようなものではない。横島君が得てる力以上に横島君を苦しめているものだということがわかったからだ。
僕ならあの恐怖に耐えようとは思わない。
いや、耐えられない。
何があったかは知らないが、アレに耐えなくてはならなかったからこそ今の横島君があるのだとわかったから。
いや、それ以前に彼と付き合いを深めていくと悪意を持つのは難しい。
不思議と彼の存在を納得させられてしまうのだ。
「ねぇお兄さん。あなたはその手の武器を、良く扱えるのかしら?」
あの声だ。
「神通棍は脆くて扱いにくいんだ。どちらかといえばこちらのほうが得意かな。」
横島君は霊波刀を出して見せる。
「そう。申し訳ないけど試させてもらうわね。」
横島君の背後から影が襲い掛かる。
横島君はそれを振り返りもしないでかわすと強烈な蹴りを見舞った。
そしてけった相手には目もくれず傍らに生える樹上を見上げていた。
「あら、こちらの場所が判ってしまったのね。」
樹上から美しい女性。
蝙蝠の羽を生やした女性が舞い降りてきた。
白磁のような肌と黒く長い髪。赤い瞳をしてメリハリのある体を露出の大きいイヴニングドレスに包んでいた。
「それで、試験は合格したのかな?」
「もう少し試させてもらうわ。・・・その『猛る瞳』勇ましいわね。でも事をそうことを急ぎすぎると『不幸を招く』わよ。」
「俺そのものが不幸を呼ぶものなのかもしれないぞ?」
「クスクスクスクス。向こうに隠れているのはこの間の『黒犬』ちゃんね。『その牙で敵を討て』るのかしら。」
突如横島君の目の前に黒い大きな犬が現れた。
横島君はそれにも動じず黒犬の後頭部に当身を食らわせて倒した。
「魔物と契約して召喚する召喚術か。実際にははじめてみるな。・・・今の会話の中にキーワードを混ぜ込んで召喚したわけか。呼び出されたのはバーゲスト。魔獣の中では中位の存在だな。」
「・・・そこまでばれてしまったわけか。これはこちらの分が悪そうね。今日は引き上げさせてもらうわ。」
「いや、そうはいかないな。今の会話の間に細工をしていたのは君だけではないということだ。霊波刀無形式、賽の監獄。」
女魔の足元の地面を突き抜けて横島君の霊波刀がいつぞやのように牢屋を作り上げ完全に封じ込めることに成功する。
「どうやって。」
女魔は悔しそうに顔をしかめる。
「足の裏から霊波刀を出して地中に隠しながら伸ばしていたんだよ。檻の形をしているがもとは霊波刀だ。むやみに触れると怪我をする。」
「くっ!」
女魔の瞳が怪しく光った。
「魅了の魔眼か。それもかなり高位の。」
横島君がこちらに【遮】の文珠をを投げてよこした。
横島君につかみかかろうとした僕やGメンの隊員が正気に戻る。
「・・・魅了の魔眼まで効かないとはね。」
「あぁ、訳ありでね。精神操作系の術はききづらいんだよ。」
女魔の周囲から檻がはずされた。
「・・・なんで?」
「こちらに危害を加えるつもりのない相手を閉じ込めておくのも無粋だろう?場所を移そう。話はそこで聞く。」
「すまなかった横島君。でもそういうつもりだい?」
「あの女魔、夢魔の類だと思う。アモン程じゃないけどかなり力を持った魔族だ。本気で人間に危害を加えるつもりだったらもっと被害は増えていただろう。」
「・・・そこまで見抜かれていたのか。いいわ、こちらも頼みたいことがあるからそこで話をさせてもらうわ。」
Gメンの部下を帰すと僕たちは滞在しているホテルの部屋に彼女を連れて戻っていった。
「お疲れ、師匠。そっちは?」
雪之丞君が迎え入れてくれる。
女魔をソファーに座らせると話を聞く体制になった。
「・・・あなたたち、と、言うよりも貴方、変わってるわね。この国のG・Sなら私が魔族だってわかった時点で殺そうとするのに。」
女魔が半分感心したように、半分呆れたように横島君を見つめる。
「俺は魔族も神族も好きではない。・・・でもそれを理由に個々まで嫌いたいとは思わない。少なくとも無闇に人間を傷つけないように気を配れる魔族が相手なら話くらいは聞く。・・・名乗るのが遅れたな。俺は横島忠夫、G・Sだ。こっちは弟子の伊達雪之丞、こっちはオカルトGメンロンドン支部実動部隊主任の西条輝彦だ。」
神族もなのか?いや、それにしてはなぜあんな契約に彼はこだわるのだろう?
「まぁいいわ。私はリリシア、リリム族よ。頼みたいことというのは戦ってもらいたい相手がいるのよ。正式な依頼人は私の友達なんだけどこっちに出てこれないから代わりに頼めそうな人間を探しに来たの。本当ならいったん逃げて人間に化けてから依頼をしようとしたんだけど予定が狂ってしまったわね。」
「・・・君はまだ本気を出していなかったようだ。君以上に力を持った人間はそうはいないと思うが。」
「それは確かに純粋な魔族の私以上に強い人間なんて期待していなかったわ。でも私じゃ駄目なの。私が探しているのは武器の扱いにたけ、精神防御に優れた人間の男。忠夫、貴方は魔族の関わる依頼を受ける勇気を持っているのかしら?」
「内容次第だな。」
「横島君。」
「西条は気が進まないか?」
「あぁ。」
「ま、正式な依頼者は別にいるって言うしな。話くらいは聞いても良いだろう。」
「依頼人は車で一時間くらいの郊外の屋敷で待っているわ。すぐに出れるのかしら。」
「わかった。すぐに出よう。」
僕と雪之丞君も横島君に同行することになった。
・・・魔族からの依頼か。
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≪横島≫
「ここよ。」
リリシアに案内されたのは古びた屋敷だった。
「人の気配がしないな。」
「生きている人間はいないからね。」
中は思いのほかきれいに片付いていた。
リリシアが開けたドアの奥では一人の女性の幽霊が掃除をしている最中だった。
「リリシア、その方々が依頼を引き受けてくれるの?」
「内容次第だって。紹介するわ。この娘が私の友達で依頼人のシルビアよ。」
「はじめまして、シルビアと申します。私はこの家から離れることができませんので態々お呼びだてして申し訳ありません。」
「幽霊・・・シルキーか。」
「はい。おっしゃるとおりです。」
「師匠。シルキーってなんだ?」
「雪之丞。お前はもう少し伝承やオカルト知識を身につけたほうが良いな。シルキーというのはイギリスで古い屋敷につく守護霊のような存在だ。家人を気に入れば家事を手伝い、そうでなければ追い出してしまうという。夜の間だけ現れて絹の衣装を身にまとっている。その音だけを聞くことができるから絹=シルク=シルキーと名づけられたと聞く。」
「へぇ、腕が立つだけでなくて知識もあるんだ。」
「知らぬということはそれだけ物事をする際に不利に働くからな。知っているということは時として強くあることに等しい。・・・そういうわけだから雪之丞、もう少し勉強しろよ。」
「わかったよ。」
「・・・家事をする幽霊で絹、か・・・。」
奇妙な符号だ。
まぁ偶然なのだろうが。
・・・日本に帰ったらおきぬちゃんのこともしっかりかたをつけないとな。
「どうしたんだい?横島君。」
「いや、なんでもない。それよりも依頼の話を聞こう。引き受けるかどうかは判らないが。」
「こちらへどうぞ。」
シルビアの誘導に従い素直についていく。
応接室に着いて自己紹介をするとシルビアの淹れた紅茶を飲んで軽く感嘆の息をついた。
美味い。
「それではお話いたします。私はもともと16世紀ごろこのお屋敷でメイドとして勤めてまいりました。横島様にお願いいたしたいのは私の御主人様でありましたリエルグ様をどうか安らかな眠りにつかせてあげてほしいのです。」
「リエルグ?・・・ラームジェルグのことか?」
「その通りです。」
「なぁ師匠。」
「ラームジェルグというのは日本で言えば落武者の霊のようなものだ。スコットランドに伝わる有名な悪霊で、男であれば戦いを挑まれ、ラームジェルグと戦った人間は近いうちに死んでしまうといわれている。」
「リエルグ様は武勇を近隣にとどろかせた騎士であらせられましたがその強さを嫉妬され、戦の前に味方に毒を盛られて謀殺されてしまいました。それ以来戦場を求めて徘徊するうちに悪霊となってしまわれたのです。後に封じられたのですがその封印の効力が弱まり昨年の秋ごろから新月の夜になると現世によみがえり戦う相手を求めておいでです。」
「僕はそんな被害が出ているとは聞いていないが・・・。」
「もともとこのあたりは人が少ないですし、私がリリシアに頼んでリエルグ様と他の男性が出会わないようにしてもらっていますから。」
「女の私は戦いを挑まれたりしないからリエルグと出会いそうな男の精を軽く吸って気絶させてから逃がしていたのよ。私くらいの淫魔になれば唇からでも精を吸えるしね。」
「魔族の君が人間を守っていたというのか?」
「ん~、人間のためって言うよりシルビアのお願いだったからなんだけどね。」
「私はこの屋敷を離れることはできませんから。リリシアにリエルグ様を騎士として死なせてくれる方を探してもらっていたのです。横島様。どうかお引き受けいただけないでしょうか。」
嘘をついている様子はないな。
「・・・そういう理由なら引き受けよう。リエルグに正面から戦いを挑み、勝てばいいんだな?」
「はい。よろしくお願いいたします。」
「報酬にはこの指輪をあげるわ。この家にあるものを渡すと所有権やらなにやらいろいろと面倒でしょう?人間は。」
リリシアは指から指輪をひとつ渡してきた。
かなりの値打ちだし、魔族が所持していたからか、かなりの魔力がこもっている。
「判った。新月は3日後だったな?その日にまた来よう。」
「お待ち申し上げております。」
3日、・・・一応裏を取っておくか。