≪横島≫
「さて、何か意見はあるか?」
「ピート。貴方の父親の特徴を教えてくれる?」
令子ちゃんが真っ先にそう切り出した。良い傾向だ。
「脳みそが13世紀で止まってしまっているのでボケ親父です。そのくせ人間を馬鹿にしています。」
「そこにつけこむ隙がありそうね。・・・先生。」
「そうだね。・・・部隊を3つに分けていこうじゃないか。ブラドーの目を潰す班、陽動班、それからブラドーを攻撃する班だ。」
「ブラドーの目、蝙蝠を倒すなら飛行できるものが適任だな。ゼクウ、雪之丞。頼めるか?」
「御意。」
「ちっ、露払いか。まぁいいさ。飛行戦闘の訓練だと思えばな。」
「そうだ。ただし油断だけはするなよ。ブラドーが飛んでくる可能性もないわけじゃないからな。」
「わかったよ。そん時は返り討ちにしてやらぁ。」
・・・ほんとはいけないんだが、・・・こいつはこの方がらしいな。
「陽動班は数が多い方がいいわね。村人から有志を募って、あとは冥子と、鬼道さん、それからブラドーと相対しても決め手のない私が行くワケ。」
「本隊は神父と横島さん。ピートと私でいくわ。」
特に反論すべき点はないな。
3人とも頼もしくなった。
「それでは夜明けと共に反抗作戦に移ろう。それまでは各自身体を休めておくように。」
神父の言葉で解散となった。
決戦は明朝か。
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≪雪之丞≫
空はあいにく厚い雲に覆われて今にも雨が降りそうな空模様。
日光は出ていなかった。
「ゼクウ。あんた剣以外の攻撃方法があんのか?」
「まぁ、霊波砲も嗜む程度には撃てますが、今回の場合はこちらの方が有効でしょうな。」
ゼクウはいつも持ってるシタールを奏で始める。
「蝙蝠というものは超音波を出して位置を測りますからな。昼間とはいえそれを狂わせてしまえば。」
周囲を飛ぶ蝙蝠がフラフラと飛び、落ちていく。
「なるほどね。だったら俺も。」
俺は蝙蝠たちよりも高く飛び上がると翼で大風を起こした。突風にあおられて蝙蝠たちが地面に落ちていく。風から生まれたアモンの能力だ。
「・・・強くなられましたな。」
「俺だっていつまでも師匠の足手まといじゃいられないからな。」
「・・・なるほど。さて、地上部隊のお手伝いに参りたいところですがあいにくおかわりが来てしまったようです。」
「ちっ。蝙蝠は食い飽きたぜ。」
音波攻撃か。・・・アモンと契約で生まれた魔装術は以外にいろいろなことができそうな感触がある。恐らくアモンの能力が使えるのだろう。だとすれば早くほかのこともできるようにならねえとな。
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≪鬼道≫
「この辺りでいいんやないやろか?」
「そうね~。それじゃあ陽動を始めましょうか~。」
ボクと冥子はんが式神をだす。
・・・流石に六道家が使う式やなぁ。
ボクにはとても使いこなせへんほどの霊圧を感じる。
「手はずは冥子が騒ぎを起こして吸血鬼化した村人を呼び寄せる。呼ばれてきた村人達を冥子と鬼道さん。村の人たちで押さえてる間に私が霊体撃滅波を出力を弱めて撃って村人を気絶させるわけ。そうしたら縛り上げて結界で閉じ込めて、それで終わりなワケ。いい?」
ボクより若いけど戦術とかも学んでるんやな。
待つこと10分。
吸血鬼化した村人達が大挙してきた。
「夜叉丸。行きい!」
ボクの掛け声と共に夜叉丸が呪縛ロープを5本持って飛び出す。
ボクはその片側を持っていた。
夜叉丸はそのまま村人達の間を飛び回り、編み上げ、縛り上げる。
「政樹君すご~い~。」
「れ、霊体撃滅波撃つ必要がなかっワケ?」
「ボクは天才やないけど、それでも秀才のつもりや。冥子はんほど能力も霊力ないけど、夜叉丸の動きの精緻さは冥子はんの12神将と比べても負けんつもりや。」
それが秀才でしかないボクが選んだ道や。
パワーで押せない分、夜叉丸の動きの精密さ、精緻さがボクの武器や。
それに、武器の方は武器の方で考えてるしな。
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≪ピート≫
「ブラドー!」
「ほう、来たか。父親に勝てると思うのか?」
くっ、親父の奴本気だ。なんていう魔力。
横島さん・・・?
横島さんがブラドー前に進み出た。
この強い魔力の中よどみのない動きだ。
「ブラドー伯爵。お前に尋ねたいことがある。お前は何故世界を支配しようとする?」
「この優れた知力と魔力を持つこの余が世界を支配することこそ幸いぞ。」
「本当にそうなのか?」
「何?」
「お前は本当にそれを望んでいるのか?」
横島さんは文字の入った珠を取り出した。
書かれている文字は【俤】
その珠が発光して一人の美しい女性の姿をとった。
その女性は、ブラドーと僕に微笑みかける。
何故だろう、知らない女性なのに涙が止まらない。
驚いたことにブラドーもその女性の前に跪き、涙を流していた。
どれほど時間がたったろうか。
珠の発光が止まり、女性の姿も消えた。
それでもまだ涙は流れている。
「・・・ピエトロ。今の女性の姿を見たか?」
「あぁ。なぜなんだ?何故知らない女性のはずなのに涙が出る?何故血も涙もないはずのお前が涙を流す?」
「・・・美しかっただろう?彼女は余が生涯において唯一愛した女性。・・・お前の母のシルヴィアだ。」
「ドクター・カオスと知己でね。ブラドー。悪いがあんたのことは調べさせてもらった。」
「そうか・・・。礼を言うぞ、人間。長い年月の中で、余はもうシルヴィアの顔も願いも忘れてしまっていたらしい。」
「どういうことだ?ブラ・・・父さん。」
「お前にはシルヴィアのことを話したことはなかったな。・・・あれは余が最初に世界中に死を撒き散らしていたときだった。」
父さんが懐かしそうに昔の話を語る。
僕は父さんのそんな穏やかな顔を見るのは初めてだった。
「小さな村を戯れに滅ぼそうとしていたとき、一人の少女が私の前に進み出て自分を身代わりに差し出すから村を助けて欲しい。そう願い出たのだ。そう、その時は戯れだったな。余はその願いをかなえてやった。シルヴィアを島に連れてきて使用人にした。・・・3年だ。3年で彼女は余の中にまで入り込んでくるようになった。シルヴィアの優しさ、気高さ、強さ、そういったものが余を捉えて放さなかった。いつしか余はシルヴィアを愛するようになり、お前を儲けた。」
懐かしむ父さんの顔は幸せそうだった。
「・・・1年の間は幸せだったよ。余も人を殺すのをやめた。シルヴィアが悲しむところを見たくなかったからな。それどころか過去の自分の所業を忘れ、真剣に人間との共存を夢見てこの島に身寄りのない人間を呼び寄せるほどになった。今いるバンパイア・ハーフはその時の生まれたものだな。ところが、ある日シルヴィアの父親が危篤になったという話を耳にした。シルヴィアはお前を伴って故郷の村に帰る事を願い出て、余はそれを許可したのだ。・・・罠とも知らずにな。それを知り、駆けつけたときにはシルヴィアはかつて自分が救った村人たちの手で八つ裂きにされていた。止めを刺したのはシルヴィアの母親だったよ。猛り狂った余はその村を壊滅させるとまだ息の合ったお前を連れ帰り、再び人間狩りを行うようになっていた。」
父さんは自分の手を見る。
「怒りに我を忘れていたのだな。シルヴィアにもう人は殺めないと約束したはずなのに。そして人間に殺されかけ、今に至るわけだ。」
すっと天を仰ぐ。
「忘れていた。本当に大切なものを忘れていた。シルヴィアの声も、笑顔も、誓いも、・・・余が愛したシルヴィアが人間だったということもだ。」
憑き物が落ちる。
そういうのだろうか。
父さんの周囲から邪悪さというものが消えていた。
「・・・ピエトロ。頼みがある。」
「なんだい?」
「余を咬んでお前の支配下においてくれ。そうすれば村の人間の支配も解けるし・・・また、長い年月が余からシルヴィアの記憶を失わせたとき、シルヴィアとの誓いを破らないように。」
僕は父さんの願い通り、肩に噛み付くとその血を吸って支配下に置いた。
「ピエトロ。お前は何を望む?」
「人間との共存を。」
「難しいぞ?一度は余も失敗した道だ。」
「時間をかけてでも達成するよ。幸い僕達には時間はたっぷりある。」
「及ばずながら私たちも力になるよ。」
「神の狗か。・・・余は神職の者は好かぬ。村人を唆してシルヴィアを殺させたのも神父であったからな。」
「先人達の過ちについては謝らせてもらいます。」
神父が深々と父さんに頭を下げる。
「いや、・・・それ以前に余が多くの罪のない命というものを散らしていたのは間違いない。・・・謝られるのは筋違いだ。」
「貴方が犯した罪と、村人やその神父が犯した罪はまた別物でしょう?」
「かもしれん。だがそれならば関係もないお前が謝るのもまた別物ということだ。」
この姿を見ていたら吸血鬼と人間の共存というのも案外簡単にできるのかもしれないと思った。
無論、唐巣神父が相当特殊なタイプということを忘れてはいけないのだが。
「・・・そうだ。そこの人間。名前はなんと申す?」
「横島忠夫だ。」
「そうか。・・・横島。礼を言うぞ。」
「・・・あんたの気持ちがわかるとは言わない。ただ、理解はできるよ。」
「そのようだな。そなたの奥底に見える瞳の業は余、以上やもしれん。」
「そうだな・・・。」
「横島さん。僕からもお礼を言います。横島さんがいなければ、僕は父さんの悲しみも知らずにただ悪と断じていたでしょうから。」
「気をつけろよ。正義や善を僭称する奴がかかる病気のようなものだ。どんな相手にだって理由はある。まぁ、価値もない理由であることも多いが、そうでないこともある。理由があっても許されざる罪は存在するし、そうでない場合だってある。それを知ってしまえば殺し辛くなってしまうだろうが、殺す以外の道を選べるかもしれない。」
その通りだろう。
でも僕は一方的な理由で殺すものにはなりたくない。
吸血鬼の血をひくという理由で一方的に殺されそうになる者なのだから。
「ん?令子君。どうしたんだい?」
先生の声にそちらを見ると美神さんが床に座り込んで少しいじけていた。
「いや、強敵だと思って気合いれてたのに思わぬ展開で、場に乗り遅れたというか会話に入り込めなかったというか。」
横島さんが頭を撫でたら少し機嫌が直ったようだ。
「・・・皆さんのお陰で父とも和解することができ、人間と共存を目指すことができます。ありがとうございました。」
「うむ。これも神様の思し召し、・・・それと横島君のお陰だね。」
「はい。」
「たいしたことじゃない。ブラドーが完全に邪悪だったわけじゃなかった。それだけのことだ。」
かもしれない。
でもそれを教えてくれたのは横島さん。貴方だ。
心から感謝します。