≪雪之丞≫
畜生!ちっとも当たりゃしねえ。
俺が左右の連打から右足足刀につなげるコンビネーションを使っても、上体の動きと、足を半歩動かしただけでかわされてしまう。
我武者羅に霊力を収束させた霊波砲、ただ垂れ流すんじゃなくて一発一発を銃弾みたいに収束させて、収束させた反動で発射速度を高めた霊弾をマシンガンみたいにぶっ放す。
超至近距離で撃ったそれすらかわされた。
そしていつの間にやら胸元に掌が添えられていて思い切り押し飛ばされた。
相手は直径50cmくらいの円から一歩も動いてねえっつうのにだ。
「まだまだだな。白龍寺で基礎はやってきているし、お前には霊波砲の撃ち方と収束法、霊的格闘を集中的に教えてるからそっちの腕は決して悪くはないんだが・・・。実際問題霊的格闘に限ればお前は令子ちゃんたち以上に伸びてるしな。」
少し考え込んで。
「今のでお前が犯した最大のミスは我武者羅に撃った霊波砲、霊波砲を撃つこと事態はそう悪くはなかったんだがお前、前に教えたとおり霊力を収束させて撃ったろう?」
「その方が弾速も威力も上がるって言ったじゃねえか。」
「それはそうなんだが、あんな至近距離で撃つときは弾速の差なんてあんまり関係ないぞ?それ以上に霊力を収束させるときの刹那とはいえできるタイムラグのせいでかえって時間はかかるし相手に避ける時間を与えてしまう。もう少しその辺の状況も考えろ。」
「あぁわかった。で、なんで俺の攻撃が全くあたらねえんだ?師匠の攻撃は全部当たるのに。」
「そもそも身体能力、技術、場数、全部俺のほうが勝ってるんだから早々当たるものではないんだが・・・。当たらない理由は主に攻撃自体がひどく避けやすいって言うのがあるな。お前は手数は出してもフェイントがない上攻撃が素直すぎてひどく避けやすいぞ?それに攻撃をする部分を目で追う癖があるからどこをどのタイミングで攻撃してくるかが一発でわかる。」
ぐっ・・・。
「んで、避けられない理由だけど、察知能力が低すぎる。感知器官を特定するんじゃなくていくつも組み合わせて判断しろ。視覚に頼れば見えない相手に苦戦する。聴覚に頼れば霊体を相手にできない。殺気を感知しても殺すことを罪悪と感じてない相手は殺気がでないからわけもわからないうちに殺されるだろうし、霊力感知に頼れば霊波迷彩装備をした相手に手も足もでないだろう?」
確かにその通りだ。
「あと、攻撃が放たれてからでは遅いんだよ。俺だって基本的には撃たれた後の銃弾は避けられない。」
おい。撃たれる前なら避けられるのか?
撃たれた後でも応用的には避けるのか?あんたは。
「神族や魔族、妖怪なんかの中には人間の出せる速度を遥かに超えたスピードを出せる連中がいる。獣人族や韋駄天みたいにな。そういった連中を相手にするときは攻撃の起こりを見極めて回避動作にはいる必要があるんだ。・・・そうだな。今日は視覚を使った【観の目】を教えておこう。」
ホワイトボードを持ってきて講義が始まる。
「簡単に言えば全体を見ることなんだ。そこいらの格闘家はどうしても手とか足とかの部分を集中的に観察してる。お前もそうじゃないのか?」
「あぁ。」
「大体人間の視野角は180度にも満たない程度でしかないんだが、その中でもとりわけ焦点を置いてる極僅かな部分以外は見えていても理解できていない状態にあるわけだ。【観の目】というのはその理解できていない部分を見ることだな。格闘戦に限れば攻撃する際に必ず予備動作が入る。パンチを放つ前には必ず先に肩が動く。蹴りを出す前には必ず脚の筋肉が動く。攻撃を放つ前には人間の瞳孔は収縮する。お前じゃないが攻撃をする箇所を見てしまう奴もいる。・・・まぁそれがフェイントであることもあるんだが。そういった部分を攻撃が放たれる前に察知し回避行動に移るんだ。」
簡単に言ってのけるがなぁ。
「物は試しだ。やってみろ。」
師匠と対峙する。最初のうちはそれだけで何もできなかったもんだ。
肩が動いた。
顔面に飛んでくる拳をすんでのところでかわす。
避けられたことに喜び気を抜いた瞬間、伸びきった腕が真横に振るわれて吹き飛ばされた。
「阿呆!避けられただけで気を緩める奴があるか。残心を忘れるなっていつも言ってるだろうが。死ぬぞ?」
あぁそうだったよ!くそったれ。
我がことだからこそ腹が立つ。
「・・・まぁ一発で感覚を掴んだのは凄いよ。後はそれを意識しないでもやれるようになれば大分違ってくるはずだ。ただ、さっき言ったとおり視覚だけに頼るなよ。」
「あぁ、わかった。師匠、もう一本頼む。」
師匠はやっぱり強い。白龍寺では今の自分の強さになるのにどれだけ時間がかかったことか。
今なら一流の格闘家だろうが、妖怪だろうがそうやすやすと負ける気はしねえ。
だがそれでも、師匠にはまだ全然勝てる気がしない。
結果、その日も惨敗。
・
・
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≪横島≫
「呼び出してすまないね。」
西条に呼び出されてオカルトGメンロンドン支部にやってきた。
雪之丞とカオス、マリアを連れてきたのだが、中には鬼道と魔鈴さんも待機していた。
「雪之丞君。すまないがこれから機密情報を含んだ話をしなくてはならないんだ。すまないが部屋から出て行ってもらえるかな?」
「ちょっと待てよ!俺だって手伝うぜ!」
「雪之丞。悪いが先に帰ってくれ。」
「師匠!」
「雪之丞。G・Sというのは単純に事件を解決できればいいって物じゃない。依頼人を危険にさらすわけにはいけないだろう?」
「どういうことだよ?」
「西条がお前の参加を拒否する以上この事件は危険を伴う可能性が高い。そして今回の依頼は西条個人的なものかもしれないが、こうしてGメン支部に呼ばれた以上Gメンと全く係わり合いがないというわけではないんだろうさ。お前はG・S免許も取ってないし、まだ中学生だ。仮にお前の活躍で事件が解決できたとしても中学生で無免許の人間をGメンが危険な任務に使ったなんて話が伝わればGメンも西条もただではすまないだろう?」
「・・・・・。」
「普通の事件なら師匠の俺が責任を取れば問題はないんだが今回は公務員が依頼人なんだ。悪いが諦めろ。」
「わかったよ。」
不承不承という感じで雪之丞が出て行った。
「すまないね。横島君。」
「いや、最初からつれてくるべきじゃなかったんだ。こちらこそすまん。」
「ふん。わかっててつれてきおったくせに。おおかたあの小僧に今聞かせた説教、G・Sとしてのありかたを聞かせるためにつれてきたんじゃろう?」
「カオス。・・・わかってても言わないのが日本人らしい大人の配慮というものだぞ?」
「日本人みたいに思ったことをはっきりと口に出さないのは欧米では美徳にはならん。それにわしは日本人ではないしのう。」
「話をはじめていいかね?」
「すまん。」
「最近ロンドン市内で殺人事件が多発している。被害者は既に14人。例外なく心臓が無くなっているが死因は毒殺。毒物の特定はできないが、毒蛇類の神経毒に近いらしい。毒の混入方法も被害者の手足から大型の蛇の牙らしい跡が発見されているから恐らく間違いないだろう。現場のいくつかから強い魔力反応が検出されたためにオカルトGメンではこの事件の背後に魔族が絡んでいると断定した。」
「蛇の大きさなんかはどれくらいなんでしょう?」
「牙の間隔などから判断して、一番大きいものは推定体長は15mを超え、キングコブラよりもずっと大型だと思われる。」
「ロンドン市内でその大きさはありえんやろうな。」
「当然だ。第一ロンドンの気温ではそんなに大型な蛇が自然に存在できる環境じゃないし、動物園や各種研究機関、愛玩動物として飼われていた記録にあるものの中からそんなに大型の蛇が逃げ出したという報告はない。さっき言ったとおり魔力の検出も確認されているしね。一刻も早く犯人を逮捕しなくてはならないためGメンではカンタベリー大聖堂の大司教を通してイギリスのG・S協会に協力を要請していたのだが、結果は芳しくない。そこで、君達にも協力をして欲しいと思って呼び出したんだ。3人はそれぞれの分野で優秀なG・Sだと聞いているし、ドクターはG・S資格こそ持っていないがその能力に疑う余地はないからね。」
「当然じゃの。マリアならば毒なぞもとより効かんし、対魔族用装備の方も既に実装が完了している。」
「イエス。ドクター・カオス。」
「よろしく頼む。今のところ手がかりは少ない。十分注意してくれ。」
「西条。以前言った件だが契約書をかわしてもらう。」
「君はこんな事態でもまだそんなことを言うのか!」
「無論、事件の犯人には然るべき措置はとる。例外を作りたくないだけだ。」
俺と西条は睨み合う。
「・・・事態が事態だ。契約書をかわしたところでそれが効力を持つかどうかわからんぞ?」
「当然だな。俺との契約以上に、G・S規約の方が優先順位が高かろうよ。」
「それがわかってるならいい。さっさと契約書を渡したまえ。」
「すまないな。」
・
・
・
≪雪之丞≫
師匠が言っていることはわかる。わかるがムカツク。
なんてことはない。ガキでしかない自分にむかつく。
俺はまっすぐには帰らずイライラしながら街中をぶらぶらしていた。
「・・・なんだ?魔力?」
微かに魔力がどこかから漏れ出していた。俺はそれに引き寄せられるように路地裏に入り込んでいった。
師匠に習ったように霊力の放出を抑えて穏行をする。
結界が張られていて、その中は濃密な魔力が溢れていた。
魔都倫敦とはいえ何で街中でこんなに。
「貴様ほどの魔族も、脆弱な人間を守りながらではこんなものか!」
「クッ。」
片方は20mほどの黒い蛇。周囲には何十という蛇が従うように集まっていた。
もう片方は梟の頭をして翼を生やした人型の魔族。なぜかその背中に人間の女を庇っている。
人型の魔族の力はゼクウと比べても恐ろしいもので、口から炎を吐き、翼から暴風を生み、水の壁を作って蛇たちに対抗していたが女を狙われると身体を張ってそれを庇い、全身から血を流し続け、巨大な蛇の尾に張り倒される始末だった。
「ふん。因縁ある貴様ではあるが、そこまでふぬけた貴様なんぞわが眷属だけでも十分だ。せいぜいあがくがいい。」
巨大な蛇はそういい残すと闇に解けるように消えていった。
後に残されたのは満身創痍の魔族とその魔族に寄り添う女。
魔族はそれでもなお獅子奮迅の働きをするがやがて数に押されて女を守りきれなくなっていた。
「メアリー!」
俺はじっとしていられずに霊波砲を収束させてビームのような細い帯状にして襲いかかる蛇を薙いだ。
「ちっ!助けてやるから事情を説明しやがれ!」
「誰かは知らぬが礼を言う。」
こいつ本当に魔族か?
蛇自体の強さはそれほどでもないお陰で俺でも対処はできた。
女を守る負担が減った魔族は怪我を思わせない戦いぶりで蛇たちを焼き殺していった。
程なく、蛇たちを全て滅ぼした。
「足元!」
魔族から警告が飛ぶ。
全て殺したと思って油断していたが一匹のこっていた。
すぐさま魔族の吐き出した炎が蛇だけを焼き殺したが、咬まれた脚から力がドンドン垂れ流されていくような感じがする。
どうやら毒を食らったらしい。
「ざまあねえな。師匠に残心を忘れるなっていつも言われてたっつうのに。」
俺は、このまま死ぬのか?
意識が暗転した。