中書き
以降はしばらくの間横島ルートを中心に物語が進みます。
前回製作した霊圧表は現段階のものですので現代の値はこれからも変動していきます。
≪美智恵≫
ほんの数日前、横島君が将門を鎮めた後のことだった。
「ありがとうね~横島君~。おばさん助かっちゃったわ~。」
六道先生は顔色を変えずにそう言ってのけた。
私の顔色は変わっていないだろうか?
さっきの恐怖は今なお心に残っている。
あれは今まで倒したどんな魔族を相手にしたときより恐ろしく、
なぜかとても悲しかった。
「横島君。・・・勝手なことを言うけど、貴方なら将門が出てくる前に栄光を止められたんじゃないかしら?」
「できたでしょうね。それにそれが間に合わなかったとしても、狂気の顎を出さずとも将門を鎮める自信はありました。」
「ならどうして?令子たちは!」
「ソロソロ限界なんですよ。」
「限界?」
「令子ちゃんも冥子ちゃんもエミも、もう一流のG・Sと言っていいほどの実力はあります。この先普通にG・Sとしてやっていくには十分な実力だと思います。」
「そうね~。横島君のおかげよ~。」
「そんなこともないです。でももう何年も彼女達を教えてきて、自惚れさせてもらえば少しは慕われてるんじゃないかと思います。」
自惚れ、少しはって。貴方本気でそう思ってるの?
「ですが俺はこの先自分の目的を果たすためにある事件に介入することになります。これからも俺と関わりあうことになるのなら必ずそれに巻きこまれることになるでしょう。」
「だからここで離別するって言うことなの?そもそもその事件というのは何なの?」
「美智恵ちゃん落ち着いて~。」
・・・確かに少し興奮しすぎたかもしれない。
「事件については何もいえません。それに俺とかかわりがなくても巻き込まれてしまうかもしれません。ただ、俺の本性は結局ああいうモノですから。この先俺と関わって、俺を善良な人間だと誤解して、そのあとでアレを見せるより今のタイミングで俺が所詮ああいうモノだということを知っておいてくれたほうが良い。信じていたものに裏切られるのは辛いですから。」
パンと乾いた音が響く。
唐巣神父が横島君の頬を軽く叩いた。
「正直私は君が何に苦しんでいるのか、そもそも君が何者であるのかも知らない。君の事を理解してあげられもしないだろう。でもそこまで自分を卑下するものじゃないよ。私だってただ君たちを見てきたわけじゃない。君が令子君達のことをどれだけ真剣に考え、愛情を持って教え育んできたかを見てきたつもりだ。君は、自分が令子ちゃん達をどれほど温かい瞳で見守っているのか気がついていないのかい?断言しても良い。私は君ほど優しい人間を他に知らない。」
「・・・俺は、そんなんじゃないです。」
横島君は苦々しいものを吐き出すように言葉を紡ぐ。
「自己犠牲が強すぎるのは問題だと思うがね。今回の事だって結局令子君たちを巻き込みたくないから自分を嫌わせようとしているんじゃないのかね?」
「そこまで傲慢なことは考えちゃいません。結局どういう道を選ぶのかを決めるのはあの子達ですから。」
この子はいったいどういう子なんだろう?
横島君はあの時こういった。
あの狂気は自分の底にあるものだと。
それなのにこれほどまでに他人の身を案じ、
そして自分の意思を押し付けようとはしない。
「実を言うと来年度からイギリスに留学をしようかと思っているんです。少し早いですが数日後には日本を離れようと思います。」
「あら~、急な話ね~。」
「すいません。今回の件がなくても考えていたんです。」
「確かに最近冥子達は横島君に依存しすぎかもね~。」
「ゼクウ。お前は令子ちゃんたちの護衛を頼む。ただし、自分達で解決できるときは手を出さないように。ユリンの分身を残しておくから何かあったら連絡をしてくれ。」
「御意。」
「文珠もいくつか置いておきます。今日使っちゃいましたし。」
十個ほどの文珠が手渡された。
結局横島君は横島君なのね。
「それじゃあ俺は帰ります。イロイロと準備がありますから。」
「イギリスには私の弟子がいるわ。何かあったとき力になれると思うからたずねてみて。」
ありがとうございますといって横島君は部屋を辞した。
「ゼクウさま。横島君のことを娘たちに話していただけないでしょうか?」
「某はマスターの意思をくまねばなりませぬ。今以上マスターを傷つけぬためには、マスターが自分から離れたこのタイミングならマスターが傷つくことは少ないでしょう。」
そこでいったん言葉を区切る。
「なれど、マスターを救う事ができるのもまた皆様方と言うことを某は知っております。」
私たちが横島君を救う?
「お答えできぬこともありますが、質問には答えましょう。ただ、先ほども申し上げたとおり某はマスターの意を汲まねばなりませんゆえ、令子殿たちの意思を誘導するようなことはできませぬことをご了承くだされ。」
「それはもちろんよ~。」
「某も質問させていただいてもよろしいかな?皆様方はマスターのことは怖くないのですかな?」
「私は横島君のことを信じているもの~。怖くなかったわけじゃないけど横島君がいなくなる方が怖いわ~。」
「私は怖いと言うよりとても悲しかった。横島君はいったいどういう経験をしたというんだい?」
「私はさっきまでずっと怖かったわ。でも、話していて安心した。横島君は横島君なんだって。」
「そうですか・・・判り申した。ところで冥華どの。マスターが日本にいない間某はいかがいたそうか?」
「よければうちの方に泊まっていただけるかしら~?ゼクウさまもその方が護衛しやすいでしょう~?」
「判り申した。しばらくの間世話になりまする。」
私たちは結論を出した。
後はあの娘たちか。
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≪横島≫
部屋の前に行くと雪之丞がそこに立っていた。
「雪之丞か。」
「ん、師匠。帰ってきたか。」
「・・・俺は来週からイギリスへ留学する。だから、」
「俺もついていくぜ。当然だろ?俺はあんたの弟子なんだから。」
「・・・お前は怖くないのか?」
「怖えよ。怖かったよ。吐いちまうくらいにな。でもどんなに強かろうが怖かろうが師匠は師匠だろ?ならいいじゃねえか。まさか置いてくつもりじゃねえだろうなぁ?」
「・・・わかったよ。その代わり、修業はきついぞ?」
「上等。どうせならミカ姉たちを超えるくらいに強くしてくれ。そうじゃねえとミカ姉達を護ってやれるのが師匠だけになっちまうからな。」
あさましい。
あさましいと思う。
あさましいと思うが。
そういって笑う雪之丞がとても嬉しかった。
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≪横島≫
俺と雪之丞はイギリスの地を踏んだ。
あの一件以来、3人とはほとんど話せなかった。
俺が忙しかったせいもあるが、俺も彼女達もお互い避けていたのは間違いないだろう。
それでもエミとだけは比較的普通に話すことができた。
イギリスに旅立つ前日にはもう今までと変わらないくらいに。
「君が横島君だね?話しは先生から聞いているよ。僕は西条輝彦。」
イギリスについてすぐにオカルトGメンに顔を出した。
流石に俺が知っているより若い。
俺が今年20だから西条は24のはず。
「はじめまして、横島忠夫です。こいつは俺の弟子で伊達雪之丞。」
「よろしくたのむわ。」
「あぁよろしく。それでいったい何のようだい?」
「あぁ、こいつがくっついてきたんだが、俺は学校の用意してくれた寮に泊まるんだけど、こいつまで泊めることはできないからこいつを泊めるための部屋が必要なんだ。どこか俺が借りられるような物件がないだろうか?あいにくこっちに知り合いがいないものでね。お門違いのたのみ事なんだが。」
「あぁそういうことか。いいだろう。知り合いの不動産屋を紹介しよう。僕の紹介なら部屋を貸してくれるはずだ。」
昔は死ぬほど嫌いだったが、今会って見るとそれほどでもないな。多少ナルシズムなところは鼻につくけど気になるほどではないか。
「その代わりじゃあないが、もし何か困った事件が起きたときは協力してもらえないか?君が優秀だと言うことは先生からも聞いているし。」
「正式な依頼ということならかまわないぞ。G・S資格は一応国際資格だけどキリスト教国家で他宗教のG・Sが活動するのは難しいだろうからこっちでは仕事しないつもりだった分時間は空くし。」
「あぁ、無論正当な報酬は支払うよ。」
「いや、報酬だけの話じゃない。『依頼を達成する際、対象となる幽霊、妖怪、魔族の生殺に関する選択権を完全に依頼引受人、横島忠夫に委譲すること。』と言う条件を俺は日本でも出している。それを守ってもらいたい。」
「Gメンからの依頼ではその条件は難しいな。でもなんでそんな条件を出しているんだい?」
「和解できるものなら和解したほうがいい。」
「だが罪を犯したら裁かれるべきではないのかい?」
「法は人間のもので彼らにそれを守る義務はない。権利を与えられていないのだからね。それでも俺たちは人間で、人間を守らなければいけないとしてもかってな理屈を押し付けて殺すようなまねはしたくない。共存できるものなら共存すべきだし、無闇に狩って敵を増やすのはおろかなまねだと思わないか?」
「なるほどね。わかった。君に依頼するときにはその点は注意しよう。ただ、君が保護した相手には義務が伴うことを忘れないでくれ。」
「承知の上だ。」
「OK。それじゃあ不動産屋を紹介しよう。」
俺たちは西条の車で不動産屋に案内された。
イギリスでの生活が始まる。
彼女達はどんな結論を出すだろうか?
あさましく期待に縋ろうとする自分に唾を吐きたくなった。