≪横島≫
「チィッ!」
左手の霊波刀が剣に弾かれ大きく体勢を崩した。
追い討ちの刃が体勢を整えようと逃げた方向にとんでくる。
退くことも出来ずに加速して剣の入りを甘くしてどうにか逃げた。
一気に距離を開けて体勢を整える。
追撃は来ていない。
俺の体からは全身から血が流れている。
致命傷になるような傷は一つもないものの、戦い始めて既に2時間。
流血のせいもあり全身が鉛のように重い。
対して相手は傷一つなく動きもまだ軽い。
武器は幅の広い曲剣。反りも大きいが突くことも可能。
それを巧みに操り俺を追い詰めている。
こちらが先手を取ろうとすればその出鼻を挫かれ、
後の先を取ろうとすれば手出ししてこず、
退こうとすればそれ以上に速い追撃が俺を傷つけた。
まるでこちらの手の内を見透かすような太刀筋にまるで手が出ず、悪戯に傷を増やすだけだった。
強い。あぁ強い。
今の俺から見ても馬鹿馬鹿しいほど強い。
だが、
霊波刀を一本に集中する。
体をひねり霊波刀を腰に構える。
両脚に溜めをつくり一気に加速。
全身の間接を加速装置とし、霊波刀の切っ先を極限まで速める。
霊波刀自身も伸ばし切っ先はさらに加速した。
そして、霊波刀の刃がゼクウの首筋に触れる。
「俺の勝ちだな。ゼクウ。」
「お見事。まさか一本目から取られるとは思いませんでした。」
ゼクウは剣を納め、降参の意を示した。
「強いな。ゼクウ。」
「某にはコレしかありませぬからな。失礼ながらマスターの剣は戦法の一部として剣を用いているだけです。剣法を学んだものからすればまだ荒いし、技も数段落ちまする。・・・まぁ、敗れた後に申し上げても説得力はござりませぬが。」
「いや、言いたいことはわかる。」
「まぁ、マスターは剣士ではございませんし、何より戦法の多様さと戦術で勝利を目指すのがマスターの真骨頂でございます。今の戦いも霊波刀以外の攻撃を禁じなければもっと楽にマスターが勝ったでしょう。」
「だが、同時に正規の剣法を学べばマダマダ俺は強くなれるということでもある。ゼクウ、指南を頼む。」
「御意にございます。」
「ところで今の戦い、ゼクウは俺の拍子を盗んでいたのか?」
「そこまでお分かりになられましたか。いえ、お分かりになられたからこそ最後の一撃、【無拍子】の一撃を繰り出したのですな。我等が一族は乾闥婆(ガンダルヴァ)、摩睺羅伽(マホラガ)と並び、八部衆として仏法の守護にあるだけでなく元々天界の楽師。拍子を掴むことは呼吸をするのとさして変わらぬほどに習熟しております。某はそれを相手の攻撃の拍子を掴み、それに先んじ、あるいは追随するように己の拍子を合わせて戦うすべを学びました。例え某より剣筋が鋭くとも、動きが速くとも拍子を把握できれば相応に対処は出来ます。」
「だから俺の一撃は届かず、一方的に攻撃されていたわけか。」
「その通りです。しかしマスターには数百年もの戦いの記憶がありますからな。戦いを長引かせているうちに膨大な戦闘経験が某の剣に適応し、戦法を見破り、攻略するすべを見抜いたのでしょう。」
「あぁ。お前を倒すには最速の一撃か、お前が対処できないほどの連激かしかないと思った。剣技でお前に劣る俺にはあの一撃しかなかったな。」
「その適応能力と判断の正確さがマスターの武器なのでしょうな。ですが、マスターは某の剣技に適応しただけで、某と同程度に剣を扱えるもの、例えば小竜姫殿やメドーサ等と戦えばまた苦戦するでしょう。」
「確かにな。お前が戦った場合どうなる?」
「剣術の試合を行えば小竜姫殿の方が某より剣技は上かと存じます。なれど剣を用いて戦うとなれば某が勝つでしょう。」
「確かに小竜姫の剣は真っ直ぐすぎて俺にも読みやすいからな。」
「作用。小竜姫殿は剣を扱う術は3人のうち最も優れているでしょうが、戦いに剣を用いることに関しては誰よりも劣るでしょう。恐らく長期戦に持ち込めば焦れて超加速を使い、消耗して戻ったところを討つ事が出来ます。拍子さえつかめれば超加速とはいえ防御に専念して防ぎきることは不可能ではありますまい。メドーサも剣をよく使いますが、彼女の剣術は戦場での剣術。マスターのそれに近しいですな。技量で言えば某より低いでしょう。ゆえに戦術で長けていようとも小竜姫殿と相対して勝ちきることはできませんでした。」
「確かにな。妙神山に行くことがあったら小竜姫にそのことを教えた方がいいかもしれない。」
俺は霊力を溜めて霊波刀を作り出す。栄光の手ははじめて作ったころより遥かに強く収束し、中級程度の神魔ならこれで倒すことも可能だ。
上級の神魔にも手傷を負わせることは可能だろう。
だが、それだけでしかない。
舌打ちをする。
これでは究極の魔体はおろか、アシュタロス本人にも届かない。
文珠を用いても同じだ。
かつて俺の作った文珠はルシオラ達に効果をあげず、
パワーアップしたときでさえアシュタロスの顔に数mmの傷を作ることしかできなかった。
どれだけ戦う術を身につけても、竹槍で戦車は倒せない。
「・・・マスター。マスターが何に焦れておいでかは某も承知しております。これは某の私見に過ぎませぬがよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「まずはじめに、マスターは力そのものに善悪があるとお思いになりますかな?」
「いや、どんな力であれそのあり方は中庸だろうとおもう。問題なのは使うものの使い方だ。」
「そうですか・・・。マスターがそうお思いなるのでしたらマスターは何をするべきか、もうお気づきでしょう?」
「・・・確かにな。」
俺は既に強大な力を得る術にあたりはつけている。
それは俺にとって忌むべきものなのだが。
「某はマスターであれば使いこなせると信じております。」
「・・・ピートのことを笑えないな。」
俺は改めて霊波刀を作る。
ゼクウの言うとおり、俺が忌む力の一部をベースに作った霊波刀は形を変え、巨大な顎の形をとった。
出力は以前の霊波刀と段違いに強い。
「思っていたように振り回されない。いや、むしろ手に馴染む。あぁ、なるほど。俺はもうとっくに、この力に慣れていたんだな。」
ゼクウは膝をつき、胸を押さえて呻く。
「・・・マスター。その力、神族であり、マスターの眷属である某にこれほど影響を与えるとなれば、抵抗力のない人間は傍にいるだけで発狂、下手をすれば死に至るやも知れませぬ。」
それを聞いて俺は笑いをこらえ切れなかった。
「ククククク、なるほど。この力は正に俺そのものなのだな。ただそこにあるだけで関係のないものまで巻き込み、傷つけ、殺す。」
「マスター!・・・マスター。某はマスターにお仕え出来ることを誇りに思い、お傍に在りたいと存じます。ですからそのようなことは申してくださりますな。」
「・・・あぁ、すまない。」
俺は素直に謝罪した。
俺自身の認識が変わるわけではないが、
俺に仕えてくれるゼクウやユリンへの冒涜になると感じたからだ。
おれはゼクウのお陰で武器を得た。
この剣でアシュタロスや究極の魔体が倒せるかと言えばそうではないが、
文珠の改造や他の能力の更なる発展への助けとなる実験結果だったといえる。
時間がこの先どれだけあるかはわからない。
エミ達が資格試験を終え、見習い期間を追えた頃には彼女達との決着もつけなければならないだろう。
俺が戻ったことで出来た歴史の変化がどれだけ影響を及ぼすかは判らない。
でも俺はもう2度と、
誰も、
何も、
喪いたくないんだ。