≪令子≫
あれだけいた悪霊、妖怪、雑霊の群れのすべて払い終わった頃、そいつらは姿を見せた。
海の彼方から海を埋め尽くすほどの大船団。
そこの乗っていたのは武装した鎧武者の群れだった。
その中でも一際豪奢な鎧を着けた悪霊(この場所であんな格好した連中悪霊に決まってる。)が船団の先頭に立ち、こちらを睥睨してくる。
「見事、見事ナ用兵デアッタゾ。マサカ我ラ、我ラガ出ル羽目ニナルトハナ。娘、名ヲ何ト申ス。」
「美神令子よ。そんなナリをしてんだったらあんたこそ名乗んなさいよ!」
「クカカカカカカカ!威勢ノヨイ娘デアルナ。シカシ尤モ、尤モナ話ヨ。我ハ、我ハ従五位下、能登守、平教経デアル。」
ちっ!やっぱり平氏の悪霊か。しかも平教経ですって?最悪。
「あんたが死んだのは一の谷、壇ノ浦で死んだのはお話の中でだけのことでしょう!何であんたが壇ノ浦で水軍を率いているのよ!」
「ソウ、ソウヨ。我ハ一ノ谷デ敗レ死ニ、冥府ニ落チタ。ナレド、ナレド無能デアッタ惣領、宗盛ニ率イラレ、コノ地デ源氏ニ駆逐サレシ同胞ノ無念ガ我ヲ再ビ現世ヘ呼ビ戻シタノヨ。」
「令子、平教経っていったら。」
「そう。吾妻鏡じゃ一の谷で死んだことになってるけど、平家物語では壇ノ浦で源義経が八艘飛びをしなきゃなんないほど追い詰められて、死ぬときも源氏の猛者を両脇に抱えて水の中に落ちて道連れにしたって言う、平氏随一の武将よ。」
「最悪なワケ。こっちはもうろくに戦えないっつうのに。」
「私はもう神通棍と破魔札が3枚しか残ってないわ。あんたたちどれくらいいける?」
「後1回か2回、霊体撃滅波を撃ったら霊力がすっからかんね。冥子、オタクは?」
「バサラちゃんはもうこれ以上は無理~。他の子達も限界が近いわ~。」
判っていたけど無理ね。うちの班のメンバーはまだ少しは戦えるけどよその班は戦意を喪失してる。
・・・退くしかないか。
私が退くように言おうとする前に、横島さんがユリンの背に乗って飛んできた。
いいタイミング!
・・・いいタイミングだけどもしかして横島さんタイミング計ってなかった?
「武士が疲れきった女の子相手にそれはないんじゃないか?」
「主ハ、主ハ何者カ?」
「俺?俺は横島忠夫。この娘たちの先生だ。」
そういって私のほうを振り返ると
「よく頑張ったな。少し下がって待ってて。」
ポンと私の頭の上に手を置いた。
どうでもいいけど冥子、この状況で頬をパンパンに膨らませるのはやめなさいよ。
「オタク、この状況で顔真っ赤よ?」
「うっさいわね。戦い疲れたのよ。そんなことより下がって。」
「そういうわけで、あんたらの相手は俺がしてやる。」
「単騎デ、単騎デ我等ノ相手ヲ務メヨウト言ウノカ?」
「戦う力もろくに残してない女の子を相手にするよりはましだろ?」
「クカカカカカカ!剛毅、剛毅ヨナァ。800年ニモオヨブ我等ノ無念ヲ単騎デ払オウト言ウカ。ナレバ横島忠夫。面白キ戦ヲシヨウデハナイカ。」
「800年もの戦の無念。この戦で晴らしてやるから成仏しろよ。」
そういうと平教経は弓を持った武者を前に出す。
横島さんはユリンを呼び寄せた。
「射抜ケ!」
「ユリン。フレスベルグ!」
10m程に巨大化したユリンの翼が生み出す風が矢の勢いを弱め、落とす。
その隙に横島さんはサイキック・ソーサーを十数個生み出すと強烈な回転を作り出す。
「サイキック・ソーサー弐の型、連爆刃だ。受け取れよ。」
いっせいにサイキック・ソーサーが飛翔。その進行経路にある船を、刀を、鎧を、そして悪霊を切り裂く。
刃は平教経にも迫るが船と船の間を飛び渡り回避する。
「おいおい、鹿落としの後は八艘飛びかよ。節操がなさ過ぎるんじゃないか?」
「クカカカカ!我等ヲ破リシ戦法ヨ。敗北カラ学ブコトナケレバソレコソ無能ノ証デアロウ?」
「そうかよ。んじゃ、爆!」
横島さんの掛け声と共にサイキック・ソーサーが膨れ上がり爆ぜた。周囲の悪霊がソーサーの霊気の破片に打ち抜かれる。
かなりの数の悪霊を巻き込んだ。
しかし、その数は減っていない。
「無駄、無駄ヨ。我等ガ800年ノ戦ノ無念。如何ニ滅ボサレヨウトモソウヤスヤスト消エルモノデハナイ。今一度戦ニ敗レルマデソレコソ無限ニ近キ復活ヲトゲヨウ。」
「そうかよ。だったら、大将首のあんたを落とせばこの戦、俺の勝ちだな。」
「出来ルカ?横島忠夫。」
「やるさ。ユリン。ドラウプニール!」
ユリンが数百羽、空を埋め尽くさんばかりに分裂する。
海を埋め尽くす悪霊の群れと、空を夜の闇よりなお黒く染める鴉の群れが退治した。
「クカ、クカカカカカ!真、真ニ我等ヲ単騎デ払オウトイウカ。」
「単騎じゃねえよ。ユリンがいてくれるし、後ろにゃ護らなきゃならん人たちがいる。」
「クカカカカ!面白イ。主ホド面白キ武人ニ会ウタハソレコソ800年ブリヨ。ヨカロウ。横島忠夫、我ハ主トノ一騎討チニテコノ戦ノ勝敗ヲ決スルコトヲ望ムゾ。」
「周りの連中はそれで納得するのか?」
「最早、最早我ト共ニ戦ヲ望ム程度ニシカ理性ハ残シテオラン。我ガ敗レタラ我ト共ニ再ビ冥府ニオチルダケヨ。」
「そうかよ。」
船を浜に寄せ、平教経が砂浜に下りる。
その手には薙刀と日本刀のを手にしている。
対して横島さんは霊波刀の一刀流。
「デハ参ロウカ。」
その一言を合図に2人が交錯した。
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≪横島≫
こいつ、強い。
右手の薙刀で必殺の一撃を繰り出し、左手の太刀で守りを固める。
距離をとりつつ戦い、距離を無理につめようとすれば守りに使っていた太刀が迎え撃つ。
恐るべきはそれを操る膂力と技か。
文殊を使えば簡単に始末がつくだろうが衆人環視の元まだ文殊は使いたくない。それに、帰ってきてからはじめて巡ってきた強者との戦い。
無駄には出来ない。
「ツェイ!」
大上段からの薙刀の一撃。
左に逃げたところに太刀が待っていた。
さらに左に加速。
刃が浅く脇腹に食い込む。
しかしそれだけ。
脇腹から鮮血が飛ぶが深くはない。
さらに左に加速。
平教経の背後に回る。
平教経は振り返り薙刀を捨てると大上段から両手に握りなおした太刀を振るう。
その太刀を右手にも霊波刀を出し、2本の霊波刀で受け止める。
必殺の一撃を受けられた平教経が退く。
それを追撃。
逃げ切れぬと読んだ平教経は踏みとどまるとそのまま無理な体勢ながら裂帛の突きを見舞ってきた。
霊波刀を一瞬で小太刀の長さまで縮める。
振り回しやすくなったそれでどうにかその刃を払うと、そのまま体勢を低くして下から掬い上げるように切りつける。
それすらも平教経は避けて致命傷を避けようとする。
しかし俺は今度は刃を伸ばしてそれを許さなかった。
俺の勝ちだ。
「見事。見事ヨ。主ノ勝チダ。誇ルガイイ。彼ノ源義経デアロウト単騎デ我等ヲ屠ルコトハデキナカッタ。」
それを言うと平教経は消え去った。
あれほどいた平氏の亡霊も残さず消え去る。
これで、六道女学園夏の臨海学校合同除霊会の長い夜は終わった。
そして俺は、
教え子たちの歓声と教え子そのものに押しつぶされた。
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≪冥華≫
平氏の亡霊なんていう大物が出てくるとは思わなかったけど~、横島君のお陰でどうにか全員無事に済ますことが出来たわ~。
残りの日程は負傷者も多いことだし自由行動にしたんだけど~。
横島君が生徒たちに振り回されてるわね~。
あの姿を見てると昨日の夜、一人で合戦をした人間とは思えないわ~。
おばさん嬉しくなっちゃう。
横島君の教え子以外の子達が後期の選択授業で横島君の講義を受けたいと直談判にきたんだけど~、著名を集めたら後期も横島君講師をしてくれるかしら~。・・・いっそのこと横島君の授業内容を正規の授業に取り込むのもいいわね~。流石にこの後もず~っと先生をやってもらうわけにはいかないけど~。なんか方法を考えて見ましょうかしら~。