10歳の時、両親が死んだ。
引き取ってくれた叔母とは、そりが合わず、私は家を出た。
家出少女が生活するには、盗みをやるか、体を売るしかなかったが、
私はどちらも嫌だったので、自分の才能を活かすことにした。
そして14歳の今・・・
私は殺し屋になった。
「ソハ何者ナリヤ!ソハ我ガ敵ナリ!!我ガ敵ハイカナルベキヤ!?我ガ敵ハ・・・滅ブベシ!!」
呪殺専用のダミーの心臓部に呪術儀礼を施したナイフを突き刺す。
これで仕事は終わり。・・・のはずだった。
師匠がやったいつもどおりの仕事なら。
「キキッダメだエミ!呪殺は防がれてるキィ!」
ちっ!またか。
今受けている依頼。私の初仕事は師匠の馴染みのオクムラではないが、警視庁の警視正がもってきた依頼は麻薬の売人の殺害だった。
しかし3度もチャレンジをしているにもかかわらず一度も成功していない。
それというのもあのG・Sのせいだ。
まだ歳若い、私より少し年上くらいのG・Sが私の呪殺をことごとく防いでいた。
屈辱だ。
呪殺をすることこそ初めてだったが師匠の下で修行をしてきた自負がある。
「チッ!長居は無用なワケ!撤収するよ、ベリアル!」
「エミ。依頼の方はどうするキィ?」
「明後日の新月の夜に最大級の呪いを放ってやるワケ!」
「了解!!キキィ!」
「そいつは困るな」
声をした方を振り返ると、私の邪魔をし続けたG・Sが立っていた。
「いつのまに?」
「逆凪をしたんだ。君に気がつかれないように君の呪術と霊波長を合わせて微弱な奴をね。君の呪いが思いのほか強力で、波長を合わせるのに手間取って前回も前々回も失敗してしまったが、今回どうにか成功して場所を特定した。どうやってここまで来たかは企業秘密だ」
こいつ、私に気づかれないように呪詛返しをしたってワケ!なめやがって!
「無駄な殺しはしない主義だけど、顔を見られたんなら仕方ないわ!悪いけどオタクには死んでもらうワケ!」
「そいつはできない相談だ」
「ベリアル!」
ベリアルは低級とはいえ悪魔だ。足止めをさせているうちに呪殺を完成させる。
「キキィ!こいつ近寄れないキィ!」
嘘。相手にもなんないワケ?
強い結界に守られてベリアルは近寄ることもできない。
それどころか奴の影から出てきた鴉にベリアルが翻弄されている。
「チッ!」
咄嗟に呪術儀礼済みのナイフを複数投擲する。
「甘い!」
目前に霊力で作られた盾が立ちふさがり全て弾かれた。
いったいいくつ芸を持ってるワケ?
「何なのよ。オタク何者なワケ!」
「引いてくれるなら教えてあげるが?」
「冗談じゃないワケ!私は殺し屋だッ!!オタクをブッ殺す!!」
表情が変わった。
暗い、暗い瞳。
私の呼吸がおかしい。
「ベ・・・リアル・・・!!冥約条項・・・第2条13項・・・。」
「我ニ13秒ノ自由ヲ!!」
ベリアルの魔力が急速に膨れ上がる。
「ベリアル。ソロモン72柱の魔神の一柱。【無価値なもの】ベリアルか。と、すると先ほどまでの姿は『士師記』に記された【不埒な霊】としてのベリアルというわけか」
「キキキッよく知ってるじゃねぇか。褒美にブチ殺してやらぁ」
ベリアルが突進する。
速い!
これで終わった。
……。
私が最後に見たものは十文字に切り裂かれたベリアルと、
霊波刀を手に持ったあいつだった。
使役していたベリアルが屠られた為に、私の意識が急速に落ちる。
やだなぁ、これで終わりな・・・ワケ?
・
・
・
「知らない天蓋なワケ」
目を覚ますと、私は天蓋つきのベッドに横たえられていた。
「……目が覚めたか」
「オタクは!」
ベリアルを簡単に倒した男がすぐ傍に座っていた。
手に持っていた本をキャストに置いた。
……良い子の動物図鑑3~7歳用……。
「ここはどこよ。私をどうするワケ?」
「ここは俺の知り合いの家だよ。ベリアルとの契約が予想以上に深くて倒したときにお前の霊力が枯渇したんだ。俺の家では来客用の布団もないし、ここは都内でも有数の龍穴の上に建っているから回復が早かろうと思って一部屋借りた。眠っていたのはだいたい丸1日というところだ。3日もここにいれば霊力の方も回復するだろう。どうするつもりかは……どうするかな」
どこかもわからなければ逃げようもないし、逃げる手段もないか。
「……まさかベリアルが倒されるとは思わなかったワケ。あれでも呪縛をといたあいつは上級魔族よ」
「確かに本物のベリアルなら上級魔族、地獄の80の軍団を統べる軍団長だがあれはそれの【分霊】。いや、できの悪いデッドコピー。力も辛うじて中級魔族といったところだろうよ」
わけみたま。上級の神魔が人間界に出現する際の分身に過ぎなかったというわけか。
それでも瞬殺されるとは思わなかった。
「俺は横島忠夫。G・Sだ。君は?」
「……小笠原エミ。殺し屋よ」
「君は、何であの男を呪殺しようとしたんだ?君は何をしているかわかっているのか?」
「私は殺し屋よ!それが仕事なワケ。言っておくけど私を起訴しても無駄なワケ。私はオタクみたいな金のためなら誰でも守るような糞ヤローとは違うんだから!」
「……」
「ハン!何も言えないワケ?私は法でも裁けない悪党を殺してるワケ!オタクみたいのが説教たれる資格なんてないんだから」
「……本気で、自分のやっていることが正しいと思っているのか?」
その一言に私は射すくめられる。
でもそれを表に出さないで虚勢を張った。
ここで引いたら私のアイデンティティーが失われるから。
「と、当然でしょう!」
こいつはあたしに近寄り体を抱きすくめる。
「ちょっ!何するワ……」
体が震えた。
こいつの瞳を見てしまったから。
あのときの瞳だ。
「今から、俺の使い魔が見たもの、聞いたことを君の中に送る」
私の額に自分の額をくっつけた。
その瞬間頭の中にいくつもの映像、音声が映し出された。
家族と思しきものたちと抱き合い、無事を喜び合う今回のターゲット。
殺された男を待ち続ける子供。
愛人が殺されたことがきっかけで殺された女。
ボスが死んだせいで内部抗争が起こり、殺しあうマフィア達。
そして巻き込まれた罪のない人々。
悲しみや死が私をうちのめした。
「君が関わったもの、関わらなかったものがあるが、俺が特殊なルートで得た、実際に起こったことだ。君の言う、殺されても仕方なかったものたちが死んだ結果だ。君は彼らの前で言えるか?あの男は死ぬべきだったと。死ぬべきだったから私が殺すと。誰かに殺されたと」
答えることなどできなかった。
「確かに、殺されなければより被害の出る場合もある。俺自身、殺すということに関して説教をできるような男じゃあない。俺こそ裁かれねばならない人間だ。……でもそんな男だからこそ言えることもある。これも、人を殺すということだ」
あいつの言葉なんて耳に入らなかった。
ただ、事実と瞳に完膚なきまでにうちのめされるだけだった。
あいつは泣きじゃくる私の頭を静かに撫で続けていた。
一人になって以来流したことのない涙が、あとからあとからこぼれた。
殺し屋となる決意も、
矜持も何もかもをこいつは壊してしまった。
こいつ……彼が、私にかけられていた呪いをといてしまったかのようだった。
・
・
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私は彼に自分の生い立ちを話した。
彼は優しく頭を撫でた。
子ども扱いするなといったら、
泣きたいときに泣いておくべきだ。
泣きたいときに泣かず、
本当に辛いときに辛いと言えないのは馬鹿者がすることだと。
大馬鹿者の言うことだから絶対だとも言っていた。
ただ、彼の笑顔を見ていたらまた涙が出てきた。
こいつには泣かされっぱなしなワケ。
この家の当主と名乗る女性が現れた。
その女性、冥華さんは私に事情を話してくれたワケ。
ターゲットが厚生省の麻薬捜査官だったこと。
私の依頼人が裏で麻薬商とつながっていたこと。
ターゲットがその証拠をつかんだために殺そうとしたこと。
依頼の達成の遅れた私が証拠隠滅に殺されようとしていたことなどだ。
結局、彼には助けられっぱなしってワケ。
私が回復して後のことを聞かれた時、私はG・Sになりたいといった。
私には魔術くらいしか取り柄がなかったし、
今度は失敗しない。
人を殺さない呪術師となろうと思う。
そのために必要なものが戸籍と保護者。
その2つを六道家が用意してくれた。
横島エミ。
横島忠夫の妹として。
「それが一番手っ取り早かったんだけど。……もしかして嫌だったか?」
「本気なワケ!私自身の殺しはオタクが防いでくれたけど、殺しの片棒は何度も担いでるワケ」
「だから俺の両親が適当だったんだよ。安心しろ。エミみたいないい娘ならうちの両親はそんなこと気にしない」
いい娘って。
赤面するのを抑えられなかった。
結局押し切られるような形で了承し、ナルニア共和国の両親に挨拶をしにいった。
「は、はじめまして。小笠原エミです」
「ち~が~う~で~しょ!横島エミ。良いわね」
何かすごい迫力。
「お袋、親父。悪かったな。事後承諾になっちゃって」
「いいわよ。あんたの言うとおり良い娘みたいだし」
「可愛い娘ができるなら大歓迎だ。そうだ、今日のところは親子の縁を深めるためにも一緒に」
「あ~な~た~!!」
「親父。中学生に、しかも自分の娘に手ぇだすなよ……」
ものすごい折檻。・・・何か、ほんとに私の過去なんか気にしてなさそう。
「こんな両親だけど良いかな?」
「えぇ、これからよろしく頼むワケ。忠兄ぃ」
14の時、私は殺し屋に会った。
彼が殺したものは小笠原エミという名の殺し屋と、
私の過去へのわだかまりだった。