「おい、マリア。退く気は……、無さそうだな」
俺はマリアを睨みながら、半ば答えを予想しつつ声をかける。
ミサイルと霊波の余波で、ボロボロになった暗い大広間の中、俺とマリアは10メートル程の距離を保ちながら睨み合う。
「マスターの・生命の危機です・雪之丞サン・すみませんが・退けません」
マリアのはっきりした返答。魔装術の仮面の中で、俺の頬がゆっくりと笑みの形に歪んでいくのが解る。
楽しい……。背中にゾクゾクした歓喜にも似た震えが走る。
ヨーロッパの魔王の最高傑作たるマリア。その体術はあのメドーサと短時間ながら互角にやり合えるスキル。
数多くの現代兵器を豊富に操り、さらに防御能力たるや、アシュタロスの攻撃にもギリギリで耐えるレベル。
カオスが少し耄碌ぎみであることや、マリア自身が控えめな性格である為か、あまり積極的には戦わないが、その戦闘能力は間違いなくトップクラスのGSに匹敵するだろう。
楽しい……。やはり、俺は闘う事こそがっ!!
「おもしれえ……。なら、無理にでも押し通るまでだッ!!!」
会話の間、右手に練りに練っていた霊波弾を放射ッ!!
そのまま、両足で床を蹴り、一気に間合いを詰める。
床を這うように接近し、すくい上げるようなショートアッパーを狙う。
「ちいッ!!」
甘かったッ!!マリアの左目が、俺の動きを予想していたかのように輝きを増している。
カウンター!!その左目から強烈な勢いで、レーザーが発射される!!
背後でジュッという、壁が焦げる音。ギリギリで回避。
だが、まずい……。間髪いれず、第二射、第三射のレーザーが発射。
「ぐっ……」
魔装術表面の色をできるだけ、銀色系に変化させようと霊気を変調する。
しかし間に合わない。俺の左肩、さらにギリギリで捻った足の太腿部分にレーザーが照射される。
「おおおっ」
右手で手近な場所にある家具、そして床を粉々に破壊し、粉塵を舞わせ、さらに両手から収縮させる前の霊力を体全体に霧のように漂わせる。
レーザーの直撃を受けた左肩と足がドクドクと熱を持つ。だが、粉塵で光線を拡散させることに成功したのか、被害はギリギリに抑えられた。
レーザーは、ほぼ光速に近い速度で照射される。エネルギー消費の面で、そうはマリアも連射してはこないだろうが、その攻撃速度が厄介すぎる。
霊的な攻撃ではなく、純粋な物理エネルギーなため、呪いなどの付与効果は無いが、それでも十分に凶悪な能力。
近づこうとすれば、カウンターでレーザーが照射されるために、接近戦に持ち込む事ができない。
かといって、こういう風に間合いを離されてしまうと……。
マリアが、後方に下がった俺を確認し、膝を曲げたまま、左足をゆっくりと挙げる。
その脛の部分が、一瞬、カッ!!と輝く。
「FFV 013 クレイモア!!」
マリアの声と同時、左足から強烈な爆風が吹き荒れる。
扇状に熱、そして凄まじい勢いで、鋭く尖った小型の鉄片が発射される。
魔装術の収束率を最大まで高め、亀のように丸まり、接触面積を抑え耐え抜く。
体中に粉々になりそうなほどの衝撃。周囲の家具や、壁が粉々に打ち砕かれ、瓦礫が俺に降り注いでくる。
「ぐっ……、くっ、まだ残ってやがったのか……」
後方からゆっくりと接近してくる、多数の死の気配を感じる。キョンシーどもが、まだ残っていたのか……。
体の上に落ちてくる瓦礫の山を振り払いながら、なんとか立ち上がろうとするが、
「レーザービーマー・充電完了。チェックメイト・です。雪之丞サン」
まだ瓦礫に埋まったままの俺。強烈な爆風により粉塵のはれた部屋に、マリアの声がはっきりと響いた。
第12話 『Where there is a will, there is a way』
瓦礫に半ば埋まったままの雪之丞サンを油断なくロックオンしたまま、ワタシは声をかける。
「レーザービーマー・充電完了。チェックメイト・です。雪之丞サン」
体内のエネルギー残量が残り少ない。合理的に行動するならば声などかけずに、今すぐレーザーで雪之丞サンを行動不能にすべき。
解っているのだが……。頭部の記憶部位に我がマスター、ドクター・カオスの姿が浮かぶ。
応急処置は行ったのだが、足の矢傷がひどい。少しでも早く手術が必要な容態。
だが、ドクター・カオスのすぐそばに、常に油断無くあの眼鏡の男がいる為、手が出せない。
眼鏡の男は約束した。この館に侵入してくるであろう、横島さんとその仲間を捕獲すれば、ドクター・カオスを解放すると。
仲間を裏切りたくは無い。しかし、マスターの命は絶対のモノ。
矛盾する思いを努めて考えないようにしながら、ワタシは最後の通告を行う為、口を開こうとする。
「マリア、くっ、最高だ。楽しいぜ」
雪之丞サンがワタシよりも一瞬はやく声を出す。ゆっくりと体に降り注いだ破片を落としながら、彼が立ち上がる。
「無駄です・雪之丞サン・この距離では・レーザー回避の確立0.000013%以下です・投降して下さい」
ワタシの警告。左目部分のエネルギービーマーは最大充電完了。視界はクリア。部屋の粉塵の量も、レーザーの熱量を妨げるほどは漂っていない。
ならばすぐに撃つべきだと解っているのだが、しかし躊躇してしまう。
その時、雪之丞サンの後方30メートル、二つほど遠くの部屋からキョンシー達の接近してくる音が聴こえる。
どこか安堵する。このまま睨みあっていれば、もうじき雪之丞サンは彼らに捕獲される。
逃げられぬように、このままロックオンしていればいい……。
「しょうがねえ……。一気に黒幕ごと叩き潰す予定だったが、ここで使う。怨むなよ、マリア」
雪之丞サンが立ち上がり、どこか優しい瞳でワタシを見つめる。
「理解不能・どんな行動も無駄です・雪之丞サン・撃ちたくありません・投降して下さい」
脳内で計算する。どんな行動を雪之丞サンが行おうとも、それよりも絶対に早くワタシのレーザーが命中する。
「ところでマリア。横島の『文珠』 あれはよ、何なんだろうな。マリア、理解してるか?アレが何をしてるのかよ?」
「時間稼ぎですか・雪之丞サン・横島さんは・ここから35メートルほど遠くで・交戦中・援護はありません」
意味不明な事を言いながら、雪之丞サンがゆっくりと魔装術を解除していく。
理解出来ない。ここで魔装術を解いてどうなるというのか。
「宇宙を構成する四つの力……『文珠』は『力を100%コントロールする能力』 横島は『外』に影響を与える為に力を求めていた。逆に俺は自分自身の為に『内』の為に力を求めていた。人間の力、クオリア、現象的意識……」
完全に魔装術を解いた雪之丞サン。これまでの攻撃で傷を負っていたのだろう。肩と足から血を流し、全身いたるところに細かい傷がある。
だが、傷など気にならない様子で彼は言葉を紡いでいく。
「第五の力『人間の潜在能力』 意思で世界を切り開く!!」
ナニカ……、危険だ。理解不能だが、危険だと、このままでは負けると、ワタシの人工霊魂が警告を発している。
「雪之丞サンッ!!」
抑え切れない。不安に駆られるまま、全力でレーザーを発射!!彼の命を奪わぬよう、左足を狙う。
ワタシの左目から、ほぼ光速に匹敵する速度で陽子を照射。一時的に体内の電圧が一気に低下する。
リスクの高い攻撃。しかし、これは回避できない。どんな行動であれ、亜光速を回避する事は出来ない。
エネルギーの一時的な低下が回復し、徐々に視野が回復していく。
広い部屋の中、先程まで雪之丞サンが立っていた場所……、いない……。回避、有り得ない。理解不能。いったい何が……。
ピーーーーー!!!人工霊魂からの警告。これは……、ハッと自分のボディーを見る。現代兵器の直撃にも耐えうる強度を持つ、ワタシの体。
砕けている。胴の部分から、まるで、斧で横に真っ二つに叩き切られたかのように……。
ピーーーー!!!またも人工霊魂から警告、一瞬遅れて、恐ろしいほどの衝撃。これは、これはッ!!理解不能、理解不能!!
上半身だけが凄まじい勢いで後方の壁に吹き飛ぶ。ワタシの両手が無い……。粉々に砕け散り、空中に吹き飛ばされている。
理解出来ない。いったい何が……。
壁がぐんぐんと視界一杯に広がってくる。受身をとることも出来ない。0.41秒後には叩きつけられるだろう。
負けたのだ、しかし何に……。ハッっと気付く。
「超加速・お見事です・雪之丞サン」
◆
ドゴンッ!!!
上半身だけのマリアの腕を砕き、壁にむかって思い切り蹴りとばす。限界だ……、加速空間を解除。
とたんに俺の全身に引き千切られるような激痛が走る。ミシミシと弾け跳びそうになる肉体を、皮膚の下に展開した魔装術で無理矢理に止める。
神族や魔族とは違い、人間には肉体がある。
その為、加速空間に入っている時に、ボキボキに砕け、限界にまで圧縮されそうになる肉体を支えるために、皮膚の下に魔装術を展開する必要があった。
もちろん解除の時に、弾けそうになる肉体を支える為にも使う。しかし、痛みそのものだけは、抑える事ができない。
「ガハッ!!」
口から逆流してきた胃液と血を吐き出す。内臓が恐ろしい加速度により傷つき、吐いても吐いても、口の中に血があふれる。
通常空間に戻ると同時に、全身を覆う鎧状に魔装術を展開する。まだ決着がついたかどうか、はっきりしていない。
マリアに大ダメージを与えたハズだが……。
「超加速・お見事です・雪之丞サン」
マリアの声と共に、壁にマリアがぶつかる轟音が響く。
ふらつく視界、絶え間なく襲う吐き気を堪えながら、ゆっくりと壁に蹴り飛ばしたマリアまで近づいていく。
「俺の勝ちだ。マリア」
腕をもがれ、上半身だけのマリアに言う。
「イエス・雪之丞サン」
左のポケットから、横島から突入前にもらった文珠を取り出し、マリアに見せる。
「見えるかマリア?文珠だ……。これでカオスのジーさんを治す。場所を言え。こうなっちまったら、俺に頼るしかねーだろ」
互いに万全な状態で文珠を見せていたら、文珠の奪い合いでの争いになっていただろう。
だが、マリアはもう動けない。なら、カオスを治療する為に俺に場所を教えるしかない。
それが同時に黒幕の場所を教える事になり、結果カオスの命を危険に晒すことになってしまってもだ。
「イエス・ドクター・カオスはここから・北方向30メートル先の階段上・右奥の部屋です・宜しくお願いします・雪之丞サン」
あきらめたのか軽く微笑みを見せながら話すマリア。
その言葉に頷き、部屋の出口を見る。
一瞬、横島を助けに行くべきか迷う……。
だが、あの二人の間に俺が入ってもいいのか?どういう結末であれ、それはあの二人が導き出さねばならないのではないか?
「先にカオスのジーさんだな」
呟いて、魔装術を高める。部屋の外に多数のキョンシーの気配。
俺は両足に力を込め、一気に出口へと駆け出す。
「おおおおっ!!!」
両手から霊波砲。扉ごと吹き飛ばし、遠くの階段を見つめながら、多数のキョンシーを祓っていく。
「横島……、しっかりやれよ」
脳裏に親友の姿を浮かべながら、俺は階段へと疾駆する。
横島の勝利を信じながら。
※更新が遅れました。すみません。
私用の為、遅れました。一応の仮更新です。近日中に修正します。
申し訳ありません。