森が視界に入る距離の広い草原地帯。
いつもお留守番な私やアッシュくんまで出張って一家総出でピクニック中です。
嘘です。任務真っ最中です。
「失念していたわ。総出で出かけるってことは砦にキアちゃんとアッシュだけ残すってことになるのは考えれば分かることなのに、なんで誰もそれに直前まで気づかなかったのかしら……」
事前に気づいていたら街の人たちに二人を任せるとか色々できたのに。気づいたのはさぁこれから出発だというまさにその時だった。致命的に遅かった。
二人だけで置いていく? 却下、なんかあったらどうするというのか。
今から街へ行って二人のことを頼む? 却下、もう時間が押している。今から戻って任務に間に合わなかったら本末転倒だ。
団員たちと色々話した結果、置いていって心配するより連れて行って守ったほうがまだマシという結論に達した。
急遽二人の荷物をそろえる必要が出て出発が1時間遅れたりしたが、まぁそれはいい。
問題は色々な雑事を一身に引き受けてきた副団長としての矜持が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくことだった。
「まぁしょうがねぇよ副団長。今までずっと誰かしら残ってたからな。留守のことまで考えたこと今まで一回もねぇし」
ヴァンが慰めるようにポンと肩に手を置くが、フラウのどんよりオーラを霧散させるには少々力不足っぽい。
「二人とも、戦闘になったら絶対リューから離れるんじゃないぞ」
団長の言葉にアッシュとキアが二人してこくこく頷く。しかし二人の表情はウンザリしていた。
もうこの忠告は通算13回目だった。正直そろそろうっとおしかった。
第9話 「戦闘準備 ……準備?」
今回ゼノス傭兵団が受けた任務は、簡単に言えばモンスター退治だ。
北方の森からモンスターの群れが街に向かって南下しているという情報が手に入ったので、街に来る前に殲滅して欲しいというありそうでなかなかない依頼だった。
しかもやってくるモンスターはよりにもよって不死系らしい。しかも予想数は30体を超えるそうな。
傭兵100人に一番戦いたくない系統のモンスターはと問えば、80人は不死系と答えるであろう。
純粋な強さという意味では不死系はあまり上位に位置しない。が、その特殊性がやっかいだった。
ほぼ例外なくなんらかの毒やら病気やらを持ち、すさまじい異臭を放ち、あげく普通の武器で殺しきるのはまず無理という3拍子揃ったなかなかの困ったチャンなのだ。
心情的にもあんなモノに立ち向かいたい輩はいない。倒してもウマミがないのがまた困ったところだ。
正直今回の依頼、全然割に合ってなかった。下手をすれば赤字になる可能性すらあったりする。
正直傭兵団としては失格と言わざるを得ないだろう。なぜこんな割りに会わない仕事を請けたのか? 理由は複数あるが、もう団長を始め団員がバカだからということで済ませてもいいと思う。
「しっかし不死系かぁ……俺見たことねぇんだよな実は。テオ、お前見たことある?」
「ない。だがどんな相手であろうとも全力を出すだけだ」
やる気に燃えるテオ。もう日も落ちるというのになぜかその目はギラギラ輝いているように見えたり見えなかったり。
だがそんなテオの炎をかき消すような一言がヴァンから。
「おーいテオ坊。やる気になってっとこ悪ぃがお前ら後ろで見てるだけだぜ?」
ピシリ、と。
一瞬その場の空気が固まった気がした。
「……………わかっている」
「ホントに分かってんのかねこの坊ちゃんわ……」
少々どころか不安だった。テオの横で「おお、そういえば」とかのたまい手を打つロイの姿に団員一同戦慄を禁じえない。
「団長。やっぱり二人を連れてきたのは間違いだったのでは……」
「……言うな。頭が痛い」
とりあえず二人の首根っこひっ捕まえて、何度目になるか分からない注意事項を正座させて懇々と説く。
返事だけは立派な二人にますます不安になる団長たちだった。
「キアちゃん、大丈夫?」
そんな心温まる背景を背に、キアは俯いて考え込んでいた。傍から見たら完璧に不安におびえる少女だ。アッシュの心配そうな声にも気のない返事しか返さない。
いや、キアに恐怖心がないわけではない。なんたって腐った死体に追いかけられた経歴の持ち主だ。憎いあんにゃろうは今回もまたキアの前に姿を現すに違いない。
だが今はあの時と違って一人ではないのだ。ここにはこんなに頼もしい第二の家族がいる。彼らは本当にヤツらをキアやアッシュには近づけさせないだろう。いや、アレは見るだけでホラーではあるがそれはともかく。
(どうしよう……バラすなら今が最上のタイミングじゃないコレ?)
もちろんバラすとは呪文のことだ。
このままずっと隠し通すつもりはキアにはない。心情的なものももちろんある。あるのだが……
そろそろ限界だった。
なにがって呪文を使わないのが、だ。
どこぞのドラゴンもまたいで通る女魔導師のように三度のメシより魔法が好きというほどではないが、呪文を使ったり研究したり練習したりするのはキアの趣味だったのだ。
初めて呪文を使ってはやウン年。魔法を使うという喜びはいまだキアの中から消えてはいない。むしろ最初の感動がナリを潜めて冷静になってからの方が没頭したといってもいい。
ああ、使いたい。高らかに呪文を叫びたい。いろんな使い方を模索したい。魔力コントロールの練習をしたい。
罪悪感が趣味を上回っていた時の方が自制が効いていたかもしれないキアだった。
そんな本人にとって耐え難い苦行を終わらせる絶好の機会だよなコレと思いつつ、やっぱりいま一つ決心が足りない。
その結果が俯いておびえる少女を演じることになっていた。
「大丈夫だよキアちゃん。何があってもキアちゃんだけはぼくが守るから!」
「あ、うん」
自分でもぼくってカッコよくね? ってキメ台詞を「あ、うん」で流されたアッシュはとりあえず三角座りでのの字を書き出し始めた。
「うん、分かってるんだ。何の力もないぼくなんかが言っても説得力皆無ってことくらいね。それでも「あ、うん」はないと思うんだ「あ、うん」は。ここはせめて「ありがとう、アッシュくん」の一言くらいあってもバチはあたらないとぼく思うな」
切なくなるアッシュの言は、テオ達への注意事項から説教へとナチュラルに移行されていたフラウの声にかき消され、誰にも届くことはなかった。
一方華麗にスルーしていたことに気づかなかったキアは、
(言うべきかな、言うべきだよね、言っちゃってもいいよね、大丈夫だよね。ここでこのタイミングを逃したら次いつ言えることやら。よし、言うぞ。言っちゃうぞ。言っちゃえ私!)
心の準備をようやく完了していた。
「あの、皆聞いて欲し「出たぞ! モンスターだ!!」いこと……が…」
心の準備はいささか遅かったようだ。
さっきまでのほほんと戯れていた団員たちが一斉に武器を構え、配置につき、戦意を滾らせる。
「二人とも、私の傍から離れてはダメですよ。……どうしたんです二人とも、そんなに塞ぎ込んで?」
「「いえ、なんでもないです。ええ、なんでもありませんとも」」
図らずもキアとアッシュのセリフは一字一句違わず重なるのだった。
疑問に首をかしげるリューだったが、とりあえず目の前の敵だと二人の様子が変なのは思考の彼方へポイ捨てすることにした。
「いいかテオ、ロイ。飛び出すんじゃないぞ。絶対飛び出すんじゃないぞ。飛び出したら一週間の訓練をスペシャルハードデンジャラスコースにして一週間晩飯抜きだからな。本当に頼むから飛び出すんじゃないぞ!?」
団長の懇願入った脅し台詞に二人は素直に頷く。その素直さが全然信用ならない団員一同は目の前の敵に集中しながらも、やっぱり額に流れる汗は隠せないのだ。
「ゴホンッ……。作戦は変更無し。飛び出さず、敵を迎え撃て。お互いがフォローできる位置から離れずに。敵影が距離300になったらリューは攻撃を開始。その後ヴァンも追撃に。リュー、最初にデカイのを頼むぞ」
「了解です、団長」
そしてリューは目を瞑り、静かに精神を集中していった。