「と、いうわけなんです。ぜひ名高いゼノス傭兵団のお力をお貸しいただきたい」
「その依頼、お受けしよう。しかしまたよりにもよって、やっかいなのが来ましたな」
「ええ、本当に……。事前に知ることが出来たのが不幸中の幸いです」
「たしかに。やつらは事前に準備しておかないと、高ランクのものですら危ない。フラウ、武器屋に行って全員が使えそうな銀製の武器を調達してきてくれ」
「はい、分かりました。団長、私、カイル、ヴァンの物ですね。大剣、斧、槍、矢……は50本くらいあればよろしいですか?」
「うむ。それで……ああ、あと剣と斧をもう一本ずつ頼む」
「剣と斧ですか? ……テオとロイも参加させると?」
「ああ。そろそろ実戦の空気を体験させてもいい頃だろう」
「お言葉ですが団長……あの二人はまだ"武術"を覚えていません。まだ実戦は時期尚早かと」
「体は出来てきている。このままコツコツやらせるのもいいが、これもいい機会だ。それに何も俺たちと共に前線に出すというわけではない。俺たちの後ろで、その場の空気を体感させるのが今回の目的だ」
「そういうことでしたら……。でもやっぱり心配ですね」
「むぅ。まぁ俺も多少不安ではある。あの二人、素直は素直なんだが、なんというか暴れ牛鳥だからな。いろんな意味で」
「……団長。やっぱり今回はヤメときませんか?」
「……どうしよう」
第8話 「武術」
「よっしゃぁぁあああああああああああ!!」
――パリーン
「あッ……やっちゃった」
背後から飛んできたエライでっかい雄叫びに、思わず洗っていた皿を割ってしまった。ああ、今まで一枚も割ってなかったのに、まさかこんなベタな原因でドジやらかすとわ……地味にヘコむ。
「大丈夫、キアちゃん? 怪我してない?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとアッシュくん」
心配してくれてるのはこの傭兵団の中で唯一同い年なアッシュくんだ。同い年ではあるのだが、背は私の方が高い。見た目も私より幼いので、ついつい君付けで呼んでしまうかーいらしい男の子だ。
ロイさんの弟くんなのだが……これが結構というか、かなり似てないご兄弟で。
ヤンチャを絵に描いたようなロイさんと、大人しい子を絵に描いたようなアッシュくん。顔のパーツも鼻とか輪郭とか色素とかは似てるのだが、目と口元が全然違う。ここが違うだけでここまで似てないと感じるものなのか。まぁ性格が醸し出すオーラが正反対というのが一番の原因だろうけど。
「危ないからキアちゃんはお皿触らないでね」
割れた皿を片付けようとすると、そんなことを言ってくる。この女性に対する気遣いとか、この歳でこの子やりおるわ。そしてちょっとお兄さんに見習わせたほうがいいと思う。
「さっきの声、ロイさんだよね? いったい何があったんだろう」
「どうせまたくだらないことだと思うよ。とりあえず続きやっちゃおう?」
疑問はさておき、とりあえず目の前にある洗い物を二人で片付けることにした。
「リューさん、あの二人なんだかおかs……妙に気合入ってません?」
いつものよーに団員たちの訓練をアッシュくんとリューさんと3人でお茶を啜りながら見学していたのだが、なんだかテオさんとロイさんがいつもと違う。
気合の入り方が普段の5割り増しというか、目から炎が見えるというか。
「ん、さっき団長たちがカールビの町長から依頼を受けたんだけどね。いつものようにテオとロイが俺も連れてけっておねだりにいったら、なんといつものように断られなかったみたいで」
「ああ、いつものように断ら……れなかったんですか!?」
「えぇぇええぇぇえええええ!? それホントリューさん!?」
アッシュくんと二人してポカーンだ。
団長やフラウさんが依頼を受けるたびに俺も連れてけ、俺はもう戦える、俺ぜってぇ役に立つぜ! と二人してそれはもう喧しいのだ。最初は興味津々でその場面を見ていたのだが、3回目くらいで飽きた。
いつも最後はキレた団長の「まだダメだこのひよっこ共が!」で終わっていたというのに。
「二人とも団長のお眼鏡に叶うまでに成長したんですねぇ」
しみじみと頷く。二人の努力をずっと見ていたせいか、なんだか感慨深いものがあるのだが。
「ぼくから見たら二人ともあんま変わらないような気がするんだけど」
「ええ、私の目からみても団長たちに着いていくには力不足にも程がありますねぇ。というより足手まといにしかならないと確信してます」
リューさん……いや、目の前でフラウさんに二人掛りで挑んで軽く蹴散らされている光景を見ているとフォロー出来ないけれども。
「そもそも"武術"の最低限すら修めていないあの二人を連れて行くなんて、団長は何を考えていらっしゃるのでしょうねぇ」
「はぁ、"武術"……ですか?」
「おや、キアは"武術"についてご存じないのですか?」
「武器の扱いや戦い方じゃないんですか?」
「それもあるのですがね……今言っている"武術"は魔力の扱い方のことですよ」
「魔力!?」
ちょっと待って。
魔力って呪文を使う際のエネルギーだと考えていたのだけど……なにか、実は自分に補助魔法かけて戦うとかいうのか。もしそうなら今まで自分が罪悪感と戦いながら秘密にしていたことが、全部全部無駄だったってことになるのですがソコんとこどうなのよ。
「ふむ、それなら一から説明しますか。ついでだからアッシュも復習を兼ねて聞いておきなさい」
そしてリューさん主催、題して『武術と呪文、そして魔力の関係性』の講義が始まったのである。
リューさん曰く、魔力は生き物ならば誰でも持っている力なのだそうだ。魔力と便宜上読んではいるが、地域によっては生命力とか気とか色々いわれているらしいが、共通しているのは武術と呪文、どちらもこの力を源としているらしい。
しかしこのままだと矛盾が起きる。私は呪文使いは非常に少ないと聞いた。呪文を扱える才能を持つものは100人に1人とかどうとか。リューさんの説明だとこれはおかしい。だれでも呪文が使えるはずではないか。
リューさんの説明はさらに続き、魔力を扱う才能は大別して2種類に分かれるそうな。曰く、魔力を内に作用させるものと外に作用させるもの。
この辺でだんだん予想がついてきた。
つまり、魔力を外側に作用させることができる人が呪文使いであり、それ以外の人は内側、自分の体にのみ作用させることができるわけだ。
そして外側に作用させる術を呪文。内側に作用させる術を武術と呼ぶらしい。
そしてここがキモなのだが、呪文と武術、これを両方修めることが出来るのはモンスターだけらしいのだ。原理はよく分かってないらしいがそうらしいのだ。
昔に呪文使いが武術を修めようとしたことがあったそうな。その呪文使いはそれはもう血の滲むような必死の努力の甲斐あってなんとかちょっとだけ武術を習得できたらしいのだが、なんと呪文の威力が極端にさがり、発動しなくなった呪文まであったらしい。
これは一大事と今度は呪文の修行をしていたら、せっかくちょびっとだけ習得できた武術の技が綺麗サッパリ使えなくなったそうな。
結局その呪文使いは武術を修めることができず、呪文の威力は最後まで戻ることはなかったという。
……なんという泣ける話だろう。血の滲む努力をした結果が弱体化とか。努力マンセーと教えられてきた前世持ちとしては涙なくして語れない。
「と、言うことです。テオもロイも武術の基本であり奥義でもある身体強化が出来ていません。自分自身の力と体力だけでモンスターと戦うことが出来ないとはいいませんが、彼ら以外の団員が使えているのですからどう考えても足手まといでしょう?」
納得した。
フラウさんの馬鹿力とか、カイルさんのアホのような体力とか、ヴァンさんのイカれてる視力とか、つまりはそういうことか。
「その武術って傭兵の人だったら皆使えてあたりまえなんですか?」
「いえ、この技術は習得がかなり困難で、傭兵でも使えるのはよくて全体の3分の1くらいでしょうね」
誰でも使えるからといって、誰でも習得できるようなものではないらしい。コレばかりは努力も必要だがそれ以上に才能が必要だとか。結局才能なんですか。
「あれ、となるとここの傭兵団の人たちって……実は凄く凄かったりします?」
「凄く凄かったりします。ゼノス傭兵団は少数精鋭で知られた傭兵団なんですよ。他の団の半分以下の人数で他の団の倍以上の戦力があると言われています。このロテ地方でゼノス傭兵団の名前を知らない街はないでしょうね」
「「ふわぁあぁぁぁぁ……」」
またアッシュくんとふたりしてポカーンだ。
って私はともかくアッシュくん知らなかったの?
「物心ついた時からここにいたし……現場とか行った事ないから」
ああー。あんまり街とかにも行かないもんね。ここから一番近いカールビの街でさえ、行き来するのに半日掛りだし。
「それに一番よく見る戦いがそこらへんの一角ウサギとかと戦ってる兄ちゃんたちだし」
すごく納得しました。
「今回の依頼は今までのものより大掛かりになります。主に経費とか経費とか経費が。二人に実戦を経験させるのも悪いことじゃないとは思うのですが、どうせならもっと経費の掛からない軽めの依頼の時にすればいいのにと思ってしまいます」
貧乏ですもんね……。
ええ、貧乏ですから。
凄く強い傭兵団なのにね……。
思わず三人のため息が重なったりするのだった。
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一ヶ月ぶりに更新とかこれはひどい。
あんまりなので本日の夜にもう一話アップしますよ!