なんていうか、考えが色々甘かったというか、現実はゲームとは違うというか。いや、この場合ゲームのが近いのか?
傭兵団のお仕事。聞いていた感じでは街の人たちから依頼を受けてそれをこなすのが主な仕事だと思っていたのだ。
なんか昔そんなゲームあったなぁ。何でも屋の女主人に拾われた主人公が、街の仲間たちと共に人々の信頼を勝ち取っていくっていうゲームが。
まぁ、そんな感じだと思っていたのだ。
しかし現実問題、あまりそういう依頼はないらしい。ないことはないのだが、そればっかりだとあっという間にお飯食い上げらしいのだ。
具体的には一ヶ月に1~2回。そりゃご飯も食えないって。
では傭兵団はいつもは何を仕事にしているのか?
1番は予想できたというかなんというか、モンスター退治だ。しかし何でもかんでも狩るというわけではない。
ゲームと違ってモンスターを倒したらお金を落とすなんていうことはないのだ。利益を上げるには肉が食べられるモンスターだったり、毛皮が売れるモンスターだったり、骨などが素材になるモンスターを倒す必要がある。
私が死ぬ思いをした原因の腐った死体とかは、強いくせに狩ることによる利益がゼロというなんともしょっぱいモンスターなのだ。
後は森の中の薬草とかの採取か。森の奥深くはそういう物の宝庫らしいが、比例して強いモンスターも出るらしい。
そうやって手に入れたものを街に卸して傭兵団の利益とするのだ。
第7話 「躾は大事です」
「あいてててッ!? カイルさんもちっと優しく、優しく……ッ!!」
「男がコレぐらいでグダグダ言わない。怪我をしたお前が悪い」
うわぁ、すげぇ痛そう。怪我もそうだが何よりあの見るからに沁みそうなあの磨り潰した薬草。しかもそれをコレでもかというほど傷口に塗りこんでいるのだ。いや、あれはもうすでに抉りこんでいるの間違いだ。
テオさんとロイさん、引率というか保護者としてカイルさんの3人は、先ほど近くの森まで薬草とかを取りに出かけていたのだ。
で、当然のようにモンスターと遭遇し、当然のように戦い、当然のように負傷した、と。
この傭兵団でテオとロイは若手というか、まだ成り立ての半人前らしい。だからベテラン組みと組んで強いモンスターを狩ることはまだないらしくて、主な仕事は森での採取なのだ。
いつもは比較的森から浅い場所だから、手に負えないほど強いモンスターはでないらしい。まだひよっこの二人でもなんとか出来る範囲なのだ。
しかし今日は修行もかねて保護者としてカイルさんを連れていつもより奥までいったらしい。で、結果がこの惨状と。
「キア……」
「はい? なんですかテオさん」
真剣な目で私をじっと見つめてくる。まぁテオさんは基本的にあまり表情の変わらない人だから、真剣そうな目はデフォルトであるのだが。
これだけ見たらクール系のキャラなのに、性格が天然なせいで見ていて非常に面白い人でもあったりする。
私は薬草を磨り潰す手を止めずに待っていると、テオさんは視線を一瞬あらぬ方へやり、そしてポツリと、
「……優しくしてくれ」
お前はどこの処女だとつい突っ込みそうになった私は悪くないと思う。
目を瞑って負傷した左手を突き出してくる。小さな子が注射をおびえているようで非常に可愛らしい。こう、なんというか非常に加虐心をソソられる。
「キア、怪我をしたこいつ等が悪いんだから容赦することはないよ。この痛みを二度と味わいたくなければ怪我をするなっていう躾でもあるんだから。これはゼノス傭兵団流の教育なんだ」
「「そんな教育今始めて知ったぞ!?」」
「はい、分かりました。思いっきり痛くしますね」
「キアッ!?」
情けない声を上げるテオさんに頬の筋肉が緩むのを止められない。
しかしカイルさんも最初の印象とは違ってなかなかに軽いというかなんというか。
真面目そうな雰囲気で、少しお堅いところがありそうなこの人は存外茶目っ気が多い人らしい。
青みの強い紺色の髪と同色の目をした20代後半のこの人は、ゼノス傭兵団の中堅どころだ。
槍の扱いが上手く、攻撃よりも防御を重視したその戦い方は見ていて安心できる。
対して躾という名の折檻を受けている二人なのだが……
こう、なんというか、さすが親友同士というだけあるのか戦い方が非常に似ている。
よく言えば勇猛果敢。悪く言えば突撃バカ。脳筋ともいうかもしんない。
これもある意味若さゆえなのか、二人とも防御を軽視しすぎる戦い方をするのだ。
バカなの? アホなの? 脳みその代わりに蟹ミソでも詰まってんの? と何回脳内で扱き下ろしたことか。顔にも言葉にも出さなかったけどさ。
ちなみにテオさんが私を助けてくれた張本人で、団長の実の息子。ロイさんはアッシュと血のつながった兄弟である。
容姿については……まぁ見目は二人ともいい。それは認める。
テオさんは黒髪黒目で美形ではないが精悍な男前だといえる。ロイさんは深緑の髪と瞳という日本ではまずお目にかかれない色をしていて、なんと言うかヤンチャクチャBOY! って顔してる。この人性格が顔に出すぎだと思う。そしてテオさんは顔と性格が正反対すぎると思う。
私はフラウさんを除けば同い年のアッシュといることが多いんだけど、それ以外は大体この二人と一緒にいる。
理由は色々ある。まずフラウさんにこの2バカを見張っていて欲しいって頼まれたのもあるし、私やアッシュと一緒にいると比較的無茶しないってのもあるし、半人前だから遠征に連れて行って貰えなくて、ほぼ確実に砦にいるからだ。
そんな訳で比較的他の団員より仲良しなのだ。
「さ、腕出してくださいねテオさん」
摩りたての薬草を手ににっこり微笑む。テオさんが口元引きつらせてずり下がる。
人の顔みて引くとか失礼にもほどがあるだろうと思うのだが、どうよ。
負傷した腕を半ば強引に引き寄せる。さすがに抵抗はしなかった。
水で傷口を洗い、清潔な布で軽く拭く。そしてその上に摩り下ろした薬草をそっと塗る。傷は見た目よりかなり深かった。
……これくらいの怪我、一瞬で治すことはできるのだけど。私はまだ彼らに呪文の存在を教えてはいない。
私がこの傭兵団と共に生活するようになって数ヶ月の時が流れた。最初の思いは間違っていなかったらしく、皆私によくしてくれる。
さすがにただのいい人集団ではなかったけど、彼らは総じて身内に甘い傾向があった。その中でもさすがに好き嫌いはあるみたいだが。
もう別に呪文の存在を隠し続ける必要はないのではないか? そう何度も自分に問いかけたけれど、自分が出す答えはいまだNOだ。
自分が疑い深くなっている。それももちろんある。
だけど……実際問題、今更どう切り出せというのか。今まで隠していた、その事実が私に罪悪感を起こさせる。
もっと言ってしまえば、自分たちを信じられなかったのかと彼らに思われたくないのだ。いや、実際信じなかったから切り出さなかったんだけど、その通りだからこそ、そう言われたら言い訳もできない。
結局の所、自分の決心が足りないせいなのだ。だから使う必要のない薬草なんて使ってる。
「……はい、終わりましたよ」
最後に包帯をぐるぐる巻いて処置は完了した。
「ありがとうキア。ほとんど痛くなかった」
「えぇー、テオばっかずっけぇ!! 俺もキアにしてもらえばよかった……」
「まったく……キアは優しいからね」
違う、違うのだ。別に優しいから痛くないように注意したわけじゃない。
怪我の治療をする時、どうしても罪悪感があるから。
わざわざ痛い思いをさせ続ける必要なんてないのに、自分の決心がつかないせいで痛みを消して上げられないから。
もちろん怪我をしたのは私のせいじゃないんだし、そこまで私が罪悪感を持つ必要がないこともわかってる。
でも、こういうのは理屈じゃないのだ。自分に出来ることを自分の都合で隠しているというその事実と、私がすでに彼らを好きになっている事実が、私にどうしても罪悪感を持たせる。
治してあげたい。でも、治せない。あなたたちに秘密を打ち明ける勇気が私にないせいで。
感謝を述べるテオさんに、私は内心を出さない満面の笑顔でこういった。
「どういたしまして」
テオさんも笑顔で返してくれた。