「おねぇ……ちゃん………」
「レンッ!!」
「てめぇら、レンを離しやがれッ!!」
「このガキを生かして返して欲しかったら、そっちのガキをよこしな。そしたら俺らもこれ以上どうこうするつもりはねぇよ」
レン。4つ下の自分の弟。まだたったの6歳で、どこへいくにもおねぇちゃんおねぇちゃんと自分の後をついて来る可愛い弟だ。
その弟が……今悪い人たちに捕まって、剣なんか押し当てられて、恐怖で泣きじゃくっている。
「そんな……そんなこと出来るわけがないだろうッ!?」
自分を庇う様に前に立つ父親の悲痛な叫び。
「どうして、どうしてッ!? なんでこの子を狙うのよッ!!」
自分を抱きしめて放さない母親の慟哭。
「早くそっちのガキをよこしな。その回復魔法を使えるガキさえ手に入れば、これ以上俺らもどうこうするつもりはねぇぜ」
そういって弟の首筋に剣を滑らせる。剣を伝って滴り落ちるレンの血が、ぽつりぽつりと地面を濡らしていく。
場は膠着状態に陥っていた。にらみ合う村の人たちと攻め込んできた男たち。泣きじゃくる弟、抱きしめてくれる母、守ろうとしてくれる父と村の人たち。
「出来る出来ねぇじゃネェんだよッ! しなきゃこのガキをぶっ殺して力ずくでそのガキ攫ったっていいんだぜ」
ブシュッという音と共に先ほどとは比較にならないくらいの血が弟の首筋から流れ出す。
「……ねぇ………ちゃ……」
もう色々限界だった。
第3話 「大人への階段」
男たちからしてみればボロい仕事になるはずだった。
50人ほどしか居ない村。外の村や街まで片道3時間はかかるこの辺境にある村に、呪文使いが居るという情報を彼らの仲間が持ってきたはそう前のことではない。
普通であるならばわざわざ呪文使いにケンカを売ろうなんて真似はしない。彼らは呪文一つで超常現象を起こす、広域殲滅のエキスパートだ。下手をすれば一撃で戦局を引っ繰り返す者までいる。まったくどんな反則だ。
しかし呪文使いといえどやはり人間。ただ殺せばいいのならなんとかなるだろう。数の暴力や、弓による遠距離攻撃など手段はいくらでもある。
だが事が生け捕りとなると話は違ってくる。ただでさえ難易度ハードなのにも関わらず、もはやマニアックの領域だ。
今回報告をしてきた男の言葉がそれだけならば男たちも村を襲おうなんて思わなかっただろう。だが男の言葉には続きがあった。
「なんでもその呪文使い、回復魔法しか使えないらしいぜ。さらに言えばまだ10にも満たない女のガキらしい」
彼らはさすがに耳を疑った。そんな都合のよすぎる獲物がいるなんて普通は思いもしない。
魔法を使える人間は少ない。100人中1人いればいいほうだ。
さらに回復魔法の使い手は呪文使いが100人いて1人。
そこからさらに回復魔法だけしか使えない存在というのは、いったいどのくらいの確率なのか。
男たちは入念に下調べをし、そしてその情報が正しい事を突き止めた。
その晩は前祝として普通じゃとても飲めないような高い酒で酒盛りしたくらいだ。
そして彼らは今日、件の村を襲ったわけなのだが……
「ちぃッ! 回復魔法しか使えないんじゃなかったのかよッ!!」
たしかに攻撃魔法を使えないという情報は正しかった。正しかったのだが……
「硬殻呪文ッ!」
目の前の村のヤツに剣を叩きつけるのだが、鉄でも切りつけたみたいな鈍い感触。案の定相手はほとんど傷を負っておらず、元気に切り返してくる。剣が通じないとかどんなチートだおい。
ぬかった。回復魔法しか使えないんじゃなく、攻撃魔法"だけ"使えないというのが正しかったらしい。
さすがにまったくこちらの攻撃が効かない訳ではない。こちとら荒事で飯食ってるのだ。練度の差は歴然。歴然なのだが……
「治療呪文ッ!」
これがまた厄介だった。少女が触れた人は淡い光に包まれたかと思うと、さっきまで必死こいて与えたダメージが綺麗サッパリ消え去っているのだ。
「あぁぁぁあああぁぁぁああッ! もうウゼぇぇえええええええぇぇええッ!?」
これじゃイタチごっこだった。こちらの体力が尽きるのが先か、あの少女の魔力が尽きるのが先かという持久戦。
だがこの千日手じみた戦局は結構簡単に崩れ去った。
「てめぇら武器を下ろしやがれッ! さもないとこのガキがどうなっても知らねぇぞッ!?」
古来より連綿と受け継がれる外道の業。人質という策をもって。
襲撃犯たちからしてみれば、この呪文使いの少女さえ手に入ればよかった。この村の財産なんぞ手に入れても運ぶための苦労と収入を比較すれば正直いらないわけで。若い女もいないこの村ではその後のお楽しみも期待できない。
なもんで結局の所、少女さえ手に入ればもうさっさとトンズラ扱くから早く終わってくれというのが本音だった。正直体力の方もかなり限界だった。
「……わかりました、あなたたちに着いていきます。だからもう村の人たちに……弟に手を出さないでッ!」
ようやく終わりが見えた。
「じゃあさっさとこっちに来い。このままだとお前の弟が死んじまうぜぇ?」
村人や両親が必死に少女を説得しようとしているが、こうしている間にも人質の少年は死に向かっている。時間も惜しいとばかりにこちらへ向かってくる少女を村人たちを警戒しながら迎え入れる。
「治療呪文……」
目の前で見てその奇跡にもはやため息しかでない。
結構深く傷ついたはずの傷を掌で一撫で。それだけであれだけ流れていた血がピタリと止まり、傷があったことすら分からなくなる。
「ゃだ……おねぇちゃん。おねぇちゃん………」
「レン……お父さんとお母さんを、よろしくね?」
少女は弟の額に一つキスを落とし、こちらに向かって両手を差し出してくる。縛れと言う事だろう。遠慮なく縛らせてもらい、呪文を唱えられぬように猿轡も噛ませる。
「てめぇら、追いかけてきたらこのガキの命はねぇからなッ!?」
今回唯一にして最大の戦利品件人質を抱えたまま、男たちはそう吐き捨てて迅速に村から離れていった。
「ふぇ、ふえぇぇぇええええぇぇん。おねぇちゃぁあああああああんんんんッ!!」
両親に抱かれながら泣き喚く。
姉は彼にとって絶対の存在だった。強くて綺麗で優しい自慢の姉だった。
ちょろちょろ着いていく自分を何時も笑顔で手を引いてくれた姉。我がままを言っても大抵のことは笑って叶えてくれた。
姉は凄かった。魔法を使えるというのがやはり一番目立つが、彼女の価値はそんなもので量れるものではない。
いつも優しい目で自分を見てくれ、夜はいつも一緒に寝てくれた。悪いことをして怒られるときも決して手を出さず、何が悪かったのかをしっかり説明してくれ、窘めてくれた。
父親と剣の練習をした時、仕事を手伝った時、良いことをした時、いつも褒めて頭を撫でてくれた。
それが自分だけでなく、他の子もだというのがちょっぴり悔しかったが、優しい姉だからしかたない。それにそうやって拗ねると、一番はレンだよといって何時も抱きしめてくれた。
いつもいつも、傍に居てくれたのだ。世界は姉で回っていたのだ。
その姉が、悪いやつらに攫われた。しかも自分のせいでだ。
「おとうさん、おかあさん。ぼく、絶対絶対おねぇちゃんを取り戻すよ。絶対の絶対、取り戻す……から………」
今だけは、自分の不甲斐なさに涙することを許して欲しい。明日から姉を取り戻すために頑張るから、死ぬほど頑張るから。
姉にキスされた額に手を当てる。
どうか、どうか待っていて欲しい。絶対にあなたを取り戻すから。
決意を胸に。
弱い、不甲斐ない自分を打倒しよう。姉に再会した時、胸を張れる男になろう。
少年はこの日、早すぎる幼年期の終わりを迎えたのだ。
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※硬殻呪文<スクルト>※
淡いピンクの膜で対象を保護する防御系支援呪文。
光の膜は非常に強力な殻の役割を果たし、対物理攻撃に対して効果を発揮する。
殻の硬度と持続時間は消費魔力に依存する。
重ねがけが可能だが、重ねるたびに呪文の消費魔力は倍加していく。
※治療呪文<ホイミ>※
対象に触れることで傷を治す治癒系回復呪文。
深い傷であるほど多量の魔力を消費し、また時間もかかる。
消費魔力を上げれば時間を短縮でき、逆に時間をかければ低魔力での運用も可能。
ただし治せるのは純粋に負傷のみである。
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