第12話 「団長の責任」
(不意打ちに気づけなかった、だと……?)
ゼノスは焦りの表情を隠すことができない。状況は最悪と言っても過言ではなかった。
ゼノスのもっとも得意とする"武術"は"気配感知"だ。
特に意識しなくても半径100mは生命の有無が分かり、本気で集中すると300mまで把握できる。こと殺気を向けられた場合に至っては500mからの攻撃にすら反応できるバケモノ級。
伊達に団長やっているわけではないのだ。この能力で今まで何度も窮地を脱したし、団員達を生かしてきた。
そのゼノスが、気がついた時にはすでに回避不可能な状況に追い込まれていた。
つまり最悪でも敵の距離は500mオーバーということになる。
今回全滅を免れたのは単にキアの警告のお陰だった。しかし何故キアは……
ブンと首を一振り、思考を彼方へ追いやる。今は余計なことを考えている場合ではなかった。
敵の位置は最短で500m強。ここから距離500といえば森の入り口に差し掛かるあたりだ。
つまりこちらからは相手が見えず、向こうからは丸見え。こちらの攻撃手段のほとんどが近接なのに対し、相手は遠距離。
遠距離攻撃の要であるヴァンやリューも、500mを越す射程距離は持っていない。下手に突っ込めば今度こそさっきの黒い靄にやられてしまう。
一度引くか、それとも押すか……。
なかなか絶望できる状況だった。
「ロイ、アッシュを抱えて走れ! テオ、キアを!!」
とにかく、まずは子供たちを逃がすのが先だ。この状況下で守りきる余裕はなかった。
「総員、散開しろ! 一箇所に固まるな!」
ザッ、と一斉に散らばる団員達。敵が遠距離系の呪文を使うなら、気をつけるべきは先ほどのような範囲攻撃だ。全員一網打尽という状況だけはなんとしても避けなければいけない。リューの使うイオラのような、どう足掻いても避けきれないほどの広範囲でなかったのが唯一の救いかもしれない。
このような状況の場合、まずやるべきことは敵の居場所の把握。出来れば正体も知れればいいのだが。
チラリと後方の二人、ヴァンとリューに視線をやる。キーはこの二人だった。
「ヴァン、敵の姿が見えるか?」
この月明かりしかない夜に、500メートル先の森に隠れているだろう敵を見つけ出すのは普通は不可能だ。
だがしかし、
「……見つけたぜ、団長」
ゼノス傭兵団が誇る狙撃手であるヴァンなら不可能なことではない。
ヴァンの武術は"見ること"に特化している。遠目、夜目、動体視力などといった、こと見ることに関しては他の団員と比較にならない精度を持つ。
「変なローブを着ている……ありゃ人間か? いや、人型の魔物か?」
ヴァンがそうでなくても人相がいいとは決していえない目つきを、さらに厳しくして森の方を睨み付けている。せめてあと200m近ければ射掛けてやるのにコンチクショウ。
「リュー、その人型の魔物に心当たりはあるか?」
「状況的にも使われた呪文からも、まず間違いなく死霊使いだと思います」
すでに確信があったのか、淀みなく答えが帰ってくる。
リューは傭兵団の中で一番の火力と知識を持っている。彼がまず間違いないというからには、ほぼその敵で確定なのだろう。
「詳細な情報は分かるか?」
「ザキという呪怨系呪文とルカニという攻性補助呪文を使います。また死体や骨などを自分の手足のように操る特性も」
「ふむ、なるほど……」
ちらりと先ほどブチマケた肉片に視線をやる。死体が襲ってきた原因もアイツでほぼ間違いなさそうだ。
「ザキとはどのような呪文だ?」
「衰弱の呪いをかける呪文です。対象の体力にもよりますが、半日持てばいいほうでしょうね。効果もエグいですが、その膨大な射程こそが厄介極まりない」
「その呪文にかかって助かる見込みは?」
「……解呪の呪文か、聖水を飲ませる以外に方法はありません。解呪の呪文は治癒呪文と同じくらい使い手が少なく、聖水は世にほとんど出回っていない。現状では食らえば終わりだと思ってください」
「ちょっと待って、じゃあアッシュは……!?」
フラウの悲鳴混じりの声が上がる。それは誰もが思っていて、しかし今現在考えないようにしていたことだ。
「……」
その答えを、リューは沈黙という返事で返す。
「そんな……アッシュ………」
私のせいだ。
私がミスしたせいで、アッシュやキアがこの危険な戦場に来ることになってしまったのだ。私がしっかりしていれば、私が……
「フラウ!!」
ゼノスの怒声が大気を震わせる威力でフラウに突き刺さる。声自体に物理的な衝撃すらあるような気がした。
ビクン、とフラウは目に見えるほど体を震わせる。
「今は、考えるな。目の前のことにだけ集中しろ」
「……はい」
悔しい思いをしているのはこの場に居る全員だった。
「……死霊使いはザキ以外の攻撃呪文を使いません。また、ザキという呪文はその膨大な射程と引き換えに発動にきわめて時間が掛かる。範囲も先ほどのが限界でしょう。近づいてさえしまえば皆さんなら倒すのは容易なはずです。ですが呪文という特性上、近づけば近づくほど発動までの時間は短くなります。まず間違いなく近づく前に一発は放たれるでしょうね」
「ちょっと待て。俺ならあと200も近づけば射程内だ。お前だってそうだろう。それくらいならなんとかなるんじゃねぇのか?」
ずずいっとヴァンが身を乗り出していう。目が怒りに燃えていた。何が何でもヤツを殺してやると全身で言っている。
しかしリューはその炎を消すがごとく、冷静に言い放つのだ。
「ヴァン。あなた森の木に隠れる相手を射れるのですか? 相手はこちらの動向が丸見えなんですよ。私の呪文にしたってそうです。近づいて詠唱という工程を踏まなければいけない私と、そのまま詠唱に入れるあちら。どちらの呪文が先に発動すると思いますか? というかですね、そもそもこうしている間にもヤツは詠唱に入っていると見るのが自然でしょう」
正論だった。反論を挟むことも出来ないほど正論だった。
ギリッ、と歯を食いしばる音がこちらまで聞こえそうだ。
「逃げるにしろ、突撃するにしろ、あまり時間はありません。これ以上の会話は無意味に時間を浪費します。団長、決断してください」
団員の犠牲を前提に敵を殺すか、逃げ出して全員生き残るか。
団員達の視線が団長のゼノスへ集中する。
「リュー、最後の質問だ。俺だけ突撃して撃破するのは可能だと思うか」
自分だけならば、あと少し近づくだけで敵の攻撃の瞬間を感知することができる。なんとか回避することも出来なくはないかもしれないのだ。
だがしかし、やはりというかリューは首を横に振るのだ。
「たしかに団長なら避けられるかもしれません。ですが、今回敵が使う呪文は呪怨系呪文。あれは掠るだけで直撃と変わらない。そうしないと生き残れないのならともかく、団長であるあなたが気軽にそのような危険な賭けに出るのはいけません」
トップである団長を失うのは、それはそのまま傭兵団の崩壊に繋がる。
それだけは何をおいても回避しなければならなかった。
そしてそれは、団長であるゼノスが一番心得てもいた。
考える。
リューが倒すしかないと言わない以上、逃げればおそらく射程外へ行けるのだろう。
アッシュの仇を討ちたい気持ちは十分すぎるほど。ウチの可愛い可愛い末っ子に手をかけた輩を放置するなんて、考えるだけで脳みそが沸騰しそうだ。
しかし団長としての自分がそれでも、と戒める。
それでも他の団員まで犠牲にするわけにはいかないと声高らかに叫んでいる。
結局の所、ゼノスはどこまでいっても団長なのだ。一家の大黒柱なのだ。
出す答えは決まっていた。
「総員、全力でこの場を離脱するぞ」
団員の反応はさまざまだった。
黙って頷くもの。怒りを顕にするもの。悔しそうに唇を噛むもの。俯いたまま顔を上げないもの。
しかし誰も否は返さなかった。
「走れ!」
駆け出す。
数秒後、背後で音もなく呪文が発動されたのをリューは感じていた。かなりギリギリのタイミングだったらしい。
「テオ達と合流後、作戦を立てるぞ」
がばっという擬音が聞こえたような気がする。
俯いたまま駆けていた一同が、期待を込めて自分たちのリーダーを見つめていた。
「このまま終わらせはしない……ッ!」
その声は低く、深い深い怒りに囚われていた。
団員達はその怒りを心地よく受け止める。
「そうだよな、何も逃げ帰る必要はない。これは戦略的撤退なんだ。最後に勝てばいい」
カイルの言葉に頷く団員一同。
というか、なんで誰もそれに最初に気づかなかったのか。
アッシュをやられたせいで全員脳みそマトモに動いてなかったに違いない。まぁ団長が抑えていたから皆抑えていたが、内心はあいつぜってぇブッ血KILL!! と全員で思っていたことだし。
というかよくよく思い返してみれば、今回はこんなうっかりがやけに多い気がする。
気づかなかったことにしておく。主に精神の安定とか傭兵団の矜持のために。
そしてしばらく走っていると、遠くに人影が見えてきた。二人組みの人影がこちらに向かって走ってきているのが分かる。
「テオ達だわ!」
人影ならぬテオとロイもこちらに気づいたようだ。それぞれ腕にキアとアッシュを抱えている。「みんなぁ~!」とか「親父ー!」とか色々喚きながらさらに加速してきている。
……うん?
「なぁ、あのバカどもなんでこっちに走ってきてたんだ?」
ヴァンの問いかけに答えるものはいなかった。ゼノスとフラウの口元がひきつっているのはきっと気のせいではあるまい。
「団長……」
「とりあえずあのバカども、スーパーデンジャラスハードコースだ」
異論を挟む団員は1人たりともいなかった。
@@@
ぎゃぁぁあああぁあああああ!?
やっちまった、やっちまったよ!! ついに矛盾が出てきちゃったよ!?
ええ、皆様お気づきでしょうが、なんで500メートル離れた場所の声がキアに届くねんっていう。音が反響する場所でもあるまいに。
書き終わって読み返した後気づいたよorz
ど、どうしよう……
対応策①:矛盾が無いように12話を根底から書き直す。
……できればしたくないorz 案はあるにはあるけど、13話以降のプロット書き直し→時間が掛かる→フィーバー止まる。
対応策②:10話でキアに声が届かなかったことにする。
10話は一行削ればいいだけだけど、11話の改定が必須orz キアが呪文をザキと捉える理由付けがかなり無理やりになる。
対応策③:もう死霊使いの声がバカでかかったということでスルー
読者の皆様、それで納得しておいてネ!!
……対応策③を選んでもよろしいでしょうかorz
というか今回の話自体結構突っ込みどころ満載だなぁ……。そもそもなんで暢気に作戦会議してんのキミたちっていうね。下手に背中を見せたら危ないからとか、長距離の呪文発動には時間が掛かるのが分かってるからとか、ある程度情報を集めないと危険だったからとか言い訳は出来るけど……
書いたときはこれでいいと思ってたけど、何も考えず特攻させたり逃げさせたりしたほうが自然な気がしてきたよー。
助けてえーりn(ry