今日はやけにポカーンとすることが多いなと、キアはショックを受けながら冷静な部分でそんなことを考えていた。
リューさんの体から立ち上っているのは魔力と呼ばれるものではないかしらん?
え、ちょっと待って。ちょっと待って。
なに、リューさんって呪文使い? え、聞いてないんですけど?
そういえばリューさんが訓練してるの見たことがない。たまたま私が居るときに訓練していないだけかと思ってたら、もしかしなくても呪文使いだから武芸の訓練なんてイラネーってことだったんですかかみさまー。
「爆裂呪文ッ!」
リューさんの叫びと共に視界に広がる光をハイライトの消えた目でキアは見つめていた。
第10話 「戦闘開始」
「爆裂呪文ッ!」
リューの力ある言葉と共に腐った死体+αの頭上に一点の光が発生し、次の瞬間轟音と共に光があふれ出した。
距離300になるまでの約1分間。練りに練った魔力を惜しみなく放出した一撃は、その地点に小さなクレーターすら作り出す威力だ。
「ヒュー。いつみてもすっげぇなリュー」
「いえいえ、それほどでもあります」
口笛を吹くヴァンと、何か間違った返答をするリュー。
「これでカタが着けばいいんだが……そう簡単にはいかないか」
槍の穂先を敵に向け、希望的観測を述べるカイルだったが、やっぱり案の定全滅とまではいかないみたいだ。
「思ったより数が多い……3分の1くらいは減らせたようだが、リュー今のもう一回ってのはやっぱり無理か?」
チラリと視線をリューに寄越せば、案の定首を横に振られる。
「出来るできないかで言われたら出来ます。1分時間をかければ、ですが。しかし魔力の消費量や敵が思ったよりも密集していないことから、広域系よりも単発系の方がいいでしょう。なにより1分経てばおそらく距離的に自分たちも巻き込むでしょうね」
「やっぱり無理か……」
少々残念そうな顔を浮かべるカイル。だってあいつらに近づきたくないし。
「カイルはまだマシでしょう。槍が一番リーチ長いんだから。私なんて斧よ斧? 覚悟はしてるけど、リューとヴァンの二人で片付けてくれたら私とっても嬉しいわ」
心底嫌そうな顔だった。そして心底期待の篭った声だった。
今まで不死系の魔物と戦った経験があるのは実は団長のゼノスだけだったりする。
不死系の魔物というのは出る場所が結構限られている。場所というより時期や事件といったほうが正しいかもしれない。
恒常的に不死系の魔物が存在する場所もあるが、不死系の魔物はマズいのでやっぱり誰も近づかないのだ。そんな経緯もあって今まで知識はあれど目にしたのは始めての団員がほとんどだったりする。
「想像以上の気持ち悪さだわアレ……」
なんか爆風と共に異臭まで飛んできたし。なんかもー帰りたくなってきた。
いけないいけない。私は誇り高きゼノス傭兵団の副団長。その肩書きは伊達ではないのだから、こんなところで弱音を吐いてどうするのだ。
頑張れ私。私頑張れ超頑張れ。
そんな風に気合を入れてみるも、どんどん月明かりであらわになっていくグチャドロの腐った死体たちにテンションはガタ落ちだ。
「いや本当に、ヴァンとリュー頑張ってくれ」
カイルも同じ気持ちなのか、ややげっそりした表情で二人に懇願の視線を送る。
「しゃーねぇなぁ。俺様の美技をその目に焼き付けなッ!」
ヴァンが弓を構え、素早く射掛ける。放たれた銀の矢は敵に刺さる前にすでに第二矢が放たれているというトンデモな速さだった。
「どうだ眉間に一発必中! 流石俺様!!」
「あなたが凄いのは分かってるから、手を休めないでどんどん倒してちょうだい!」
通常の武器が聞かない不死系のモンスターでも、銀の矢で急所を狙い撃ちされれば流石に死に至るようだ。
「炸裂呪文ッ!」
リューの指先から拳大の光の弾が発生し、発射される。
腐った死体にぶつかった光の弾は小さな破砕音を立てて破裂する。腐った肉なんかそれこそパァンだ。
「うわ、グロ……」
「……むぅ」
頭蓋を吹っ飛ばされた腐った死体の体がふらふらとさ迷い、やがて倒れ付す。四肢がピクピク動いているそのキショクワルイ光景に、気合満タンだった半人前二人もさすがに元気がどっかにふっ飛んでいったようだった。
「なあテオ、ロイ。やつらあんまし強くなさそうだし、お前ら特攻してもいいぞ?」
カイルがやけに真剣な目を二人に向ける。
「「いや、半人前は大人しく後ろで空気だけ感じておきます」」
聞きなれない二人の愁傷な言葉に、こんな状況でなければ感動すべき事態なのにと、ゼノスは軽く目頭を押さえた。
リューの呪文とヴァンの矢によりモンスターはかなりの数が討ち取られたが、やはりというかなんというか全滅までには至らなかったようだ。
「もうあんま矢ねぇぜ」
「私もそろそろ魔力を温存したほうがいい領域に入りました」
二人が倒した数は合わせて100は行きそうなほどだった。すげぇ快挙だった。二人とも本当に頑張ったと褒められてもいいだろう。
しかしまだまだキショイのはいっぱいいたりする。
当初の予定では30くらいやったんちゃうんかと思わず依頼主に悪態をつきたくなる。
どう考えてもあと50体は軽く居そうだった。
「はぁ……結局やらないといけないのね」
「まぁ最初はその予定でしたから、覚悟を決めましょうか」
「よし、行くぞ二人とも!」
先陣を切るのはやっぱりというか団長だった。
「ぬぅん!」
己の身の丈ほどもある大剣をぶん回すたびにモンスターたちがいろんなものをブチマケながら吹っ飛んでいく。
「「はぁあッ!!」」
ことここに来て今更ブチブチ文句を言ったり躊躇したりする二人ではなかった。
フラウの斧が腐った死体を脳天から一直線に切り裂く。カイルの一閃が頭蓋に風穴を開ける。
そこからは圧倒的だった。
3人が3人ともすさまじい勢いで残りのモンスターを蹴散らしていく。ほとんど蹂躙といっていい一方的な展開だった。
団長たちが凄いのか、モンスターが弱いのか。
ほんの数分であれだけいたモンスターは綺麗サッパリ倒しつくされていた。
いや、綺麗サッパリは違うか。周りを見渡せばどうみても地獄絵図だった。
「終わったな」
大剣についたよく分かりたくない汚れをブンと一振りして払う。
「正直、もう二度と戦いたくない相手です」
「同感です」
二人は武器の汚れを払う気力もなかった。
やっぱりというかなんというか、口に出すのもオゾマシイものが体のあちこちに付着しているのだ。コレに比べたら武器の汚れがどうだというのか。
団長はともかく、フラウとカイルは己にまとわり着く異臭とか異物に涙が出そうだった。フラウなんか涙が出そうっていうか、本当に半分泣いている。
武器のリーチ差がモロにでた結果、女だというのにフラウが一番アレなことになっていたからだ。気合で顔にだけは飛んでこないように気をつけたらしいが。
「銀の矢、回収してぇがしたくねぇな」
この腐った肉片を超えて矢を回収しようという気概はヴァンにはなかったようだが、誰もソレを攻めることは出来なかった。
なぜって攻めた瞬間、だったらお前が回収してこいってなるのは目に見えてるからだ。
「そういえば団長、この死体放置していって良いんですか? 良いんですよね? 良いと言って下さい」
その言葉にはカイルの切なる願いが込められていた。
すでに腐っていた死体がバラバラになったりならなかったりしながらそこら辺に放置されている現状は、衛生的にみてどう考えても良くない。絶対に悪い菌とか持ってるコイツら。
だが今からこれらのお片づけとか正直勘弁だった。
「む、大丈夫だ。後始末は街の人たちでやるという契約内容だった」
「良かった。本当によかった……」
それは全員共通の思いだっただろう。
「はぁー凄かったねぇキアちゃん。……キアちゃん?」
目の前の団員たちの活躍を見てはテンションを上げ、腐った死体のグロさにテンションを下げを繰り返していたアッシュだった。
よく分からなくなったテンションの名残を感じつつ隣のキアに同意を求めてみたが、またも反応なし。
あれ、もしかしてぼくさっきからなんか無視されてない? 悲しみにキュンキュン鳴く胸の内を抑えながらキアの顔を覗き込んでみると、
「き、キアちゃんどうしたの!?」
キアがまったくの無表情になっていた。瞳のハイライトはいまだ戻っていなかった。
「ううん。なんでもない、なんでもないの……」
なんでもないならなんでそんな死んだ魚のような目なのさ。
そう聞きたくとも聞けないアッシュだった。また無視されるのが怖かったわけではないと思う。
「しっかしよ、またなんで死体共がこんな大勢現れたんだろーな」
「たしかに妙ですね。他の系統のモンスターならまだ分かるんですが」
遠距離でしか攻撃していない二人が今更ながら事態の不可解さに首を傾げる。前線で頑張っていた3人は余計なことを考える余裕はあんましなかった。主にとっとと体洗って着替えたいと、顔には出していないがゼノスですら思っていたり。
そして半人前二人といえば、
「俺たち何しに来たんだろーな?」
「現場の空気を体感するためだろう」
「いやそうなんだけど、なんかこー安全すぎて全然危機感伝わってこなかったんだが」
「皆強かったな」
「結局自分の未熟さを思い知らされただけかよちくしょー」
片方は純粋に団員のLVの高さに感嘆し、もう片方はふてくされていた。
ちょこっとは戦える機会もあるかと思っていたのに。いや、アレと戦わずにすんでよかったとここは喜んでおくべきか。
「まぁともかく、皆戻るぞ」
その団長の声をきっかけに、皆が死体に背を向けたその瞬間。
「皆伏せてっ!!」
キアの叫びが轟いた。
ぞわッとする何かがキアの背筋を駆け抜け、半ば反射的に叫んでいた。
あまりに突然のことに、何故と問うヒマもなかった。
傭兵団の精鋭たちは考える前にその警告に従った。半人前といわれている二人もほんの一泊の遅れはあったものの、同じように地面に伏す。
そして次の瞬間、彼らの鍛えられた本能が最大限の警鐘を鳴らした。
今まで自分たちが立っていた場所に黒い靄のような何かがが迸る。
なにがなんだかまだよく分からないが、とにかく団員たちは致命的な何かを回避できたのだ。
唯一、訓練を何もつんでいない非戦闘員のアッシュを除いて。
「……は?」
キアの叫びにも、団員たちの行動にも着いていけなかった。
しかしこれは仕方ないことだろう。齢10歳の少年がとっさの判断などできたらそっちの方が怖い。
どさり、と倒れ伏すアッシュ。
「アッシューーーーーーー!!!!」
一拍の後、事態を把握するや否やロイは叫んだ。転がるようにアッシュの元へ向かう。
一体何が起こったのか。
誰もが何も分からなかった状況で、キアだけは把握していた。正確には今の黒い靄がなんなのかを把握していた。
呪文が発生する直前に届いた声無き声。確信はない。実際に声が聞こえたわけではないからだ。だからコレはキアの本能が知らせた一種の警告だったのだろう。
キアの理性は必死に違うと叫んでいたが、すでに本能が納得してしまっていた。
あの黒い靄の正体を。その呪文の正体を。
本能が導き出した呪文の名は、ザキと呼ばれるものだった。
※炸裂呪文<イオ>※
魔力弾を手から生成して打ち出す無属性攻撃呪文。
自身の魔力を攻撃の力に転換した一番初歩的な呪文。
呪文使いならほぼ誰でも最初に習得する。
魔弾は対象に触れたとたん炸裂する性質を持つ。
※爆裂呪文<イオラ>※
指定した地点を中心に爆発を起こす無属性攻撃呪文。
指定できるのは主に空間に対してなので、動く対象を追って爆発させるということはできない。
@@@
なんかやる気の神様とか降りてきてるかもしんないす。