ユートだ。
俺たちは今、塔を出てすぐの木影で休憩をとっているところだ。
セディも、息を乱した様子はないが、少し疲れた表情で地面に突き刺した大剣に背を預けて休んでいる。
さすがのセディも疲れたみたいだな。
怪我らしい怪我もなく簡単そうに倒していたとはいえ、下りてくる最中に4、5回はモンスター達と戦ってたんだし。
何回か間近で激しい戦闘を見ていたおかげで、戦いの凄惨な光景にも大分慣れてきた。
まだ何も感じないで戦うというのは無理だろうけど、よほどのことがない限りモンスターの血を見てパニックになったりはしなくてすみそうだ。
これなら冒険者になることもできるかもしれない。
セディはやはり強く、どの戦闘も大抵一瞬で終わってしまった。
戦う時間よりもむしろ、浄化してお金を収納する時間の方が長かったくらいだ。
あそこまで強くなるにはかなりの時間が必要だろうが、俺もいつかは追いついてみたい。
戦闘が早く終わってしまうため、結構話を聞く時間があった。
3階から降りてくる小一時間、興味のあった冒険者の証について色々聞いてみたけど、残念ながら新しくわかったことは殆ど無かった。
さっき教えてくれた二つ以外にもいくつか機能はあるらしいが、普段使ってなかったりで急には思い出せないらしい。
まあ、街についたら俺もすぐに証を手に入れる予定だしな。
楽しみはそれまで取っておこう。
俺はここで生きていく
~ 序章 第八話 ~
「セディもさすがに少し疲れたみたいだな。やっぱりその大剣って重いのか?」
俺が心配して聞くと、顔をあげて少しだけ恨めしげな表情でこちらを見る。
……なんでだ?
「キンパツが疲れているのは8割がたアナタのせいですよ、ユート」
俺が戸惑っていると、肩から呆れた声がした。
「な、なんでだよ」
「アレだけずっと質問攻めにされたら普通は気疲れします。モンスターと戦っている時間以外はしゃべりっぱなしじゃなかったですか」
見るとセディがかすかに首を上下に振っている。
「う……、悪い。少し調子に乗って質問しすぎたか。悪かったな、ついつい夢中になっちまって」
昔から興味のあることに夢中になると周りが見えない、って家族からもよく言われてたっけ。
セディには悪いことしちまったな。
「はは、そんなに気にしなくていいよ。少し疲れたけど、別に嫌だったってわけじゃないし。それに、なんとなくだけどユート君がどういう人かわかる機会が持ててよかったよ」
そう言うセディの顔には、何の含みもなく、本心からそう思っているようだった。
やっぱしいいヤツだよな、コイツ。
まぁ、どういう風に思われてるのか、ちょっと怖いけど…。
「ようやくユートはモテそうにない人だって事がわかったんですね」
と、リアがしたり顔で言いやがった。
うっさいわ!!
コイツ、実は尻尾とか生えてるんじゃないか?
黒くてとがったヤツ。
……ここらで一度上下関係をはっきりさせておかないとな。
リアはまだセディの方を向いていて、俺にその背を見せている。
ククク、隙だらけだぞ、リア!
俺は気づかれないようにそうっと手を伸ばし、その部分を引っ張った。
「は、はひすふんれふか!!(な、なにするんですか)」
おーおー、柔らかい。
俺が頬を引っ張っているせいで、何を言ってもハヒフヘ言ってるようにしか聞こえない。
リアは後ろ足で蹴ろうとするが、当然のごとく届くわけがない。
「わははっ、リーチの勝利っ!!」
と、笑って指の力が抜けてしまったのが悪かった。
突然羽ばたきを強めて俺の指を振りほどくと、捕まえようとする俺の手をすり抜けて向かってくる。
ついに俺の顔に到達すると、左頬を思い切り捻られた。
「ひてててっ!ひゃ、ひゃめろって」
いたっ、マジで痛っ!!
捻るのは卑怯だ!…って、だから痛いって!
なんとか追い払うと、俺から少し距離をとったところでファイティングポーズを取る。
「うーうー、がるるるるっ!」
唸りながらシャドーボクシングまでしてやがる。
おーおー、やるってのか、このチビが!
叩き落としてやんよっ!
頬のジンジンとした痛みを気合で無視する。
「クククッ……あははははっ」
俺達がにらみ合っていると、突然セディが笑い出した。
俺は毒気を抜かれて構えをといてしまう。
「隙ありですっ!」
「って、おまっ!ひきょ…ぐっ」
その瞬間を狙って俺に一度蹴りを入れると、ヤツはすぐに手の届かない木の上へと逃げていってしまう。
逃げ去るリアの羽は赤く染まっていた。
…ったく、怒りたいのはこっちだっての。
「あはは、ごめんごめん。邪魔しちゃったね」
と、謝るが、笑いながらだから、からかわれているようにしか感じない。
「やっぱり君は面白いよ。妖精っていうのは程度の差はあれ、人間にあまりいい感情を持っていないはずなんだ。それがあのおチビさんは君にあんなに心を開いている」
リアの方を見上げると目が合い、ベーっと舌をだされた。
「心開いてるかぁ?アレ」
親指で指差すと、セディは苦笑しつつも肩を竦める。
…なんだってんだよ、ったく。
俺は木の根元に荒々しく座り込んだ。
「ん~~~~っ!」
日差しは優しく、風も温かい。
さっきまでの喧騒が嘘のように心が静まっていく。
今は春なのかねぇ…。
そもそも四季あるのかね、ここ。
今春っぽいからありそうだけど、ここって異世界だしなぁ。
俺は木を背に座り込んで、伸びをしながらつらつらと考える。
裏手に広がる森から吹いてくる風や、木の合間から聞こえる小鳥の声がすごく心地いい。
空には雲一つなく、遠くの方で鳥が飛んでいるのが見える。
疲れきった足が少しだけ楽になった気がする。
あー、いい風だなぁ…。
子供の頃に家族でいったピクニックを思いだす。
はは、あんときはまだアイツも小さくてかわいかったっけ。
それがどうして大きくなるとあんなふうになるかねぇ。
頭の中に、ツノをはやして怒る妹のイメージが浮かんできて思わず笑ってしまう。
……そういや、元の世界で俺ってどういう扱いになっているんだろう。
家出か失踪とかか?それとも何か事件に巻き込まれたとか思われてたり…。
まぁ、ある意味外れちゃいないけど…
視線を草原に移すと、遠くに城が見えた。
微かに薄れたその輪郭が自分の立場の危うさを思い出させるようで…。
……あぁもう!やめやめっ!
俺らしくも無い。
もっと前向きにいかないと。
せっかく普通じゃ経験できない事経験してるんだしさ。
俺はリアがいるであろう木の上をみあげた。
「なんかやっと人心地が付いたって感じだな~」
「そうですねぇ…」
俺がぼんやり呟くとリアが暖かな日差しを受けながら眠そうに相槌を打つ。
リアとは、10分くらい前に休戦協定が制定された。
決して俺から譲歩したわけじゃない。
ないったらない。
今は肩で同じ様にぼけっとしている。
セディは先程、隠していた荷物を取りに森に入っていった。
その辺に荷物を置いたままにしておくと、モンスターや山賊が持っていってしまうらしい。
山賊はわかるけど、モンスターも持っていくのか…。
人間の道具なんて何に使うんだろ。
空をぼーっと見上げると、太陽は真上よりも少し下がったあたりにある。
時計をもっていないため正確な時間はわからないけど、たぶん2時から4時、ってとこかな。
セディの話によると、地震が起きて光が見られたのが朝って事だったから、俺が召喚されたのは6時から9時の間くらい……ってとこか。
そこから考えると、こっちにきてからまだ10時間もたってないことになる。
モンスターに追い掛け回されたり、死にそうになったりと色々あったから、もっと時間がたっていたように感じていたがそうでもなかったらしい。
「なんていうか…生きているって、いいなぁ」
シミジミと呟いてしまう。
あぁ、このまま眠ったら気持ちいいだろうなぁ……。
リアも風に吹かれて気持ち良さそうに寝そべっている。
と、ここでようやく気づいた。
「ってか、お前いつの間に着替えたんだ?しかもその格好…」
それは体のラインが強調されるぴったりとしたデザイン。
深く鮮やかな青地とそこにあしらわれた花柄模様の色合いがリアの明るい青髪に良く似合っている。
スリットが腰まで入っていて、さっきまでの少し硬いフォーマルな感じとは違い、扇情的な様相を醸し出している。
どこからどうみてもチャイナ服だった。
「ユートがぼけっと間抜けな顔をしている間に、ですよ。少々汗をかきましたので。どうです、似合ってますか?」
と、立ち上がると、その場でくるりと1回転する。
勢いよく回りすぎたのか、すそがふわりと膨らむ。
いい物…いや、見てはいけない物が見えた気がして、思わず顔を背けてしまう。
「あれれ、ユートにはちょっと刺激が強すぎましたか?」
そう言って悪戯っぽくニヤリと笑うと、わざわざ背けた顔の前に飛んできてポーズを取る。
チラリとスリットからのぞく足が妙に艶かしい。
さ、さっきの仕返しか、コイツ!
…た、確かに似合ってるけどな。
それにさっきまでの格好じゃわからなかったけど、コイツ意外と胸でかいし……、って違う違う!
まずい、舐められたらなんか負けな気がする。
「バーカ、チビのくせして何言ってやがる! それよりも着替えって、お前そんなのどこに持ってたんだよ。…それになんでチャイナ服?」
いやまぁ、武闘家がいるのだからチャイナ服があること自体は変じゃないのかもしれないけど…なぁ?
いつもと違う雰囲気でだんだん迫ってくるリアから逃れるように身を引くと、少し目線をそらしてさりげなく話を変えた。
そう、あくまでさりげなく!
……顔が少し熱い。
そんな俺の様子にクスリと笑うと、俺に見せ付けるように周りをくるりと回って元の肩の位置に戻ってきた。
「ふふふ、乙女には秘密がいっぱいあるのですよ。…なんて言いたいところですけど、せっかくだし教えてあげましょう。ユートの慌てるかわいい姿も見れましたしね」
そう言ってまたクスクスと笑う。
くそ、この空気はなんだかすごく居心地が悪い。
「笑ってないで教えろって」
俺がせかすと、リアはようやく笑うのをやめた。
「ふふふ。魔法を使ったんですよ」
と、楽しそうにウインクまでしてる。
可愛いけど、調子に乗ん……、って魔法!?
「なにっ!?」
瞬間的に興味がわいて、頬に伸ばしかけた手を引っ込めると、リアを真正面から見つめた。
もうリアを見ても照れなんて感じない、ああ、感じないさ。
俺の様子の変化を見て、少しリアがむくれたが、そんなの知ったことか。
魔法、魔法!魔法ですよ!!
あぁ、やっぱし魔法って便利だよな!!
……でも、服を着替える魔法なんてあったっけ?
それとも妖精だけが使える魔法でもあるのか?
「で、で? どんな魔法使ったんだ?」
思わず身を乗り出してしまう。
ワクワクが止まらない!
「…ふぅ。まぁ、いいですけどね。ユートってそういうヤツですし…」
リアはジト目で溜息を一度付くと、諦めたように話し出す。
「わたしの使った魔法はジジィに教わったもので、名前をGモシャスと言います。ジジィ曰く、正式にはグレゴリモシャスというらしいですが……なんで自分の名前を魔法につけるのでしょうね。理解に苦しみます…。ホント、あのセンスにはついていけません。いっそのことジジィモシャスって名前にしちゃいましょうか」
なにやらまだ小声でブツブツ言っているが、俺の興味はすでに移っていた。
Gモシャス……ねぇ。
普通のとどんな違いがあるのかはわからないけど、まぁ、ようはモシャスってことだろう。
確かに自分の姿を他の相手のものに変えてしまうあの魔法を使えば自分の服を変えることなんて簡単なのかもしれないな。
それにしても、さすが妖精。
モシャスって、確かかなりの高レベルの魔法使いにならないと覚えられなかったはず。
「すごいな!腐っても妖精ってとこか!!」
「誰が腐ってますかっ!!」
今の今までブツブツ言っていたのに、言った瞬間、蹴りが飛んできた。
ってーな、褒めたってのに何するんだ…。
「どこが褒めてるって言うんですかっ!!」
体全体で怒りを表している。
お、怒ってるな、すっごく。
いつにも増しての沸点の低さに少し違和感を覚えたが、羽も赤くなってるし、このままではまずい。
「わ、悪かったって。機嫌なおせって。…そ、そうだ! モシャス使えるんなら、俺とかにも化けられるんだろ? ちょっとやってみてくれよ」
ただ話を変えるためだけに搾り出した話題だったが、よく考えると結構面白い。
自分と同じ顔が目の前にいるっていうのは変な感じだろうが、どんな感覚か興味がある。
小さいままなのか、それとも俺と同じ大きさになるのかも気になるところだ。
「…ユートに、ですか?」
意外とすぐに怒りをおさめて普通の様子に戻ったリアは、きょとんとした表情をしている。
ん?何か変なこといったか?
「いや、モシャスなんだろ?だったら俺にも化けてみてくれよ。大きくなるのかとか興味あるし」
納得いくように説明したつもりだったが、リアの表情は変わらない。
いや、むしろ困惑を強くしたような気がする。
「何を言っているのかよくわかりませんが…。このGモシャスの魔法は、わたしが今着ている服を別のものに変化させることしかできませんよ。他には何の効果もありません。…まったく、本当に役立たずです、あのジジィは…」
「へ…?」
リアはまた毒づいていたが、俺はそれどころじゃなかった。
服を変化させるだけの魔法??
そんな魔法は聞いたこともない。
モシャスとは全く違う、オリジナルの魔法なのか?
グレゴリ、って名前をつけているくらいだから、グレゴリのじーさんが作ったってことなのだろうけど…。
確かに昔読んだドラクエの漫画じゃ、俺の心の師匠でもある、かの大魔導士が作ったオリジナルの魔法もたくさん出てきた。
だから、セディに大賢者って呼ばれてたグレゴリには新しく魔法を作ることができても不思議じゃないのかもしれない。
リアの今までの話だけだととてもそんなすごい人物には思えなかったけど…。
……だけど、なぜ服を変化させる、なんて微妙な魔法を作ったんだ?
いや、確かに旅をする時に着替えを持たずにすむっていうのは意外と便利なのかもしれないけど……なぁ。
わざわざMPを消費してまで必要なのか理解に苦しむ。
「やっぱり、ユートも変な魔法だと思います…よね。……わたしはこんな魔法を得るために……」
いつの間にかこちらを見つめていたリアが、顔をうつむかせて小さく呟く。
普段しれっとしている印象が強く、その口調から最初は冷静そうな印象を受けたけど、基本的にかなり表情が豊かだという事が短い付き合いながらも大分わかってきた。
そんなリアの、いままで見たことがないくらい落ち込んだ様子に、胸が締め付けられる。
なぜそこまで辛そうなのかはわからないが、放っておくことなどできなかった。
「ま、まぁ、確かに変な魔法だとは思うけどな。でも、俺はすげーって思うよ。この服、幻覚とかってわけじゃないんだろ? 触っても感触もあるしさ。それに、ただ見せかけだけ変えるんじゃなくて、材質とか、形とか何もかも変化させるなんてすごいじゃんか! しかも袖の長さとか全体の量まで変化してるし! 質量保存の法則とかどーなってんだ、これ! こんなん、俺の世界じゃ考えられねーって!! うぉーーーっ、やっぱし魔法いいな、俺もおぼえてぇっ!!!!」
話しているうちにいつの間にかテンションがあがってしまって、なぜか叫んでしまっていた。
ヤバい、元気付けるつもりがついつい変な熱が入っちまった!
リアは目を丸くしてこっちを見ている。
ひかれちまったか……?
な、なんとかフォローしないと!
「い、いや、えーっと…だからさ、俺は…「…ぷっ! あははははっ」………リアさん?」
慌てて弁解しようとすると、突然リアが声をあげて笑い出した。
体をくの字にして腹を抱えて、涙まで流している。
そんな様子を見ていると、どうにもバツが悪くなってくる。
そこまで笑うことねーだろうが…。
「えーっと…」
一向にやまない笑い声にかける言葉もなく。
俺にできたのは笑いすぎて苦しそうなリアを見ながら頬をかくことだけだった。
「あはは……っ。……アナタは変な人ですね。…ホントに」
目の端に浮かんだ涙をぬぐいながらリアは言う。
乱れた呼吸を整えようと、何度か深呼吸している。
そんなになるまで笑う事ないだろうが。
「言っている内容はよくわからなかった部分が多かったですけど……、アナタを見ていたら悩んでいるのが馬鹿らしくなってきます」
「馬鹿って…ひっでーなぁ」
笑顔が戻ったのはよかったが、なんか釈然としない。
なぜ魔法のことであんなに落ち込んだのか。
何を悩んでいたのか。
さっきリアがポツリと言っていた言葉はどういう意味なのか。
いろいろ気になる部分は多かったが……まぁ、今はおいておくか。
せっかく元の調子に戻ったんだし、わざわざ水を差す必要もないし。
「…なぁ、そういえば、それってどんな服にでも化けられるのか?」
ようやく呼吸を整えて佇まいを直す様子を見ながら、ふと思いついたので聞いてみる。
このGモシャスという魔法。
さっきは微妙な魔法、と思ったけれど、もしもどんな服にでも変化させることができるなら、よく考えると意外と汎用性の高い魔法かもしれない。
材質が変化させることができるのはすでに実証済みだ。
もしこれに強度等も再現可能なら、極端な話、防具を買う必要がなくなる、ということになる。
使いこなせれば、どんなに高価で性能のいい防具とかも自分で作り出すことができる…!
それなら戦士になってもあんな格好をしなくてもすむじゃないかっ!!
…じゃ、なくて、どんな強い防具でも選び放題じゃないか。
俺が期待を胸に見つめると、リアは残念そうに言った。
「それは無理なんです。このGモシャスという魔法は正確には、ジジィが登録した服の中からランダムに選ばれた服に変化する、というものなのです。そのおかげで、たまにすごく変な服になることも……」
げ、なんだそりゃ…。
やっぱし使いにくいなぁ。
「……ん?…ってことは、そのチャイナ服はリアの趣味だったってわけじゃないのか」
俺が軽い気持ちで言うと、リアは羞恥で真っ赤になって反論する。
「わたしが好きでこんな格好するわけないじゃないですか!あのジジィの趣味です!」
ジジィ、ぐっじょぶ!
って、そうじゃないだろ、俺!
……まぁ、グレゴリのじーさんの趣味だ、って言うわりにはリアも結構ノリノリだった気がするけど。
さっきのリアの様子を思い出して、顔が少し熱くなる。
っとと、まずいまずい。
横道にそれそうになった思考を無理やり軌道修正する。
グレゴリが登録した服の中からランダムに変化する魔法ってことは…、もしも俺がGモシャスを唱えたら、あのチャイナ服とかを俺が着ることに!?
想像するまでもなく気持ち悪い。
……うん、仕方ない、この魔法は潔く諦めよう。
俺が使うには体面が悪すぎる。
「そうだ! なぁ、他にはどんな服が登録されてるんだ? よかったら見せてくれよ」
純粋な興味で聞いてみると、リアは困った様子になる。
「見せるのは構わないのですが、この魔法はMPの消費が激しくて一日に使える回数は限られているので、そう何度も使えないんですよ。もう今日は二回も使ってますし…」
あまり無理強いはしたくないが、それでもどんな風に変化するのか見てみたいという欲求は強い。
「後数回くらい大丈夫だろ?」
「駄目です」
俺は食い下がるが、なかなか色よい返事は貰えない。
そうこうしているうちに、リアは俺の肩に座って興味なさそうに髪をいじり始めてしまった。
が、よく注意して見てみると、たまにこちらをチラチラと見ている。
……ここが押しどころと見た!
「な、そこを何とか頼む! そのチャイナ服も可愛いけどさ、もっと色んな可愛い格好のリアの姿を見てみたいんだよ!」
魔法をではなく、リアを、と言うのがミソだ。
ヤツはこれできっと動く!
……まぁ、言ったことが全て嘘って訳じゃないけどさ。
「…ふぅ、そこまで言われたら仕方ありませんね」
うっし、かかった!
リアは、いかにも仕方ないといった表情で呟く。
が、注意してみないとわからないくらい微かにだが、頬が染まっているのはご愛嬌だろう。
肩から離れ俺の目の前に飛んでくると、一転して真面目な表情になって目をつぶる。
「一瞬ですから、よく見ててくださいね」
そう言うと、自然体で精神を集中し始める。
始めてから幾秒も立たないうちに、リアの体をぼんやりとした光が覆う。
「おお~……」
思わず声が洩れ、胸が高鳴る。
「それじゃ、いきますね。……Gモシャスッ!!」
力強い声と同時に一瞬だけリアの体が強く光ると、ボフンッ!という少し情けない音とともに煙が立ち込める。
そして、煙が晴れた所には、先ほどと変わらない格好で、しかし衣装を変えて佇むリアがいた。
おおお、こ、これはっ!!
そこに現れたのは赤を基調とした、硬そうな素材でできた鎧に身を包むリア。
羽飾りのついた兜と肩宛て、そして急所等の打たれ弱い部分はしっかりと守る、機能的で、それでいて芸術性を感じさせるデザイン。
鎧は厚く重く身を固めるもの、という固定観念を打ち砕き徹底的に軽量化に拘りぬいて、ついに高い俊敏性と防御力を併せ持つことに成功した、至高の一品。
そう、それはとあるドラクエで女戦士が装備している、通称ビキニアーマーと呼ばれる鎧だった。
じーさん、ナイスッ!!!
さすがに大賢者ってだけはあるよっ!
残念だ、あんたが生きていた頃に会いたかったぜ!!
あんたなら俺の第二の心の師匠になれただろうに…!
「どうしたんですか、変な顔をして………、って、きゃああああっ!?」
思わず見入ってしまった俺の視線をたどることでようやく自分の格好に気づいたリアは、悲鳴をあげてしゃがみ込む。
「な、なんですか、これは!! み、見ないでくださいっ! ジ、Gモシャスッ!!」
先程と違い、すごい速さで魔法を発動させる。
あぁ、また変化しちゃったか…。
俺は煙に包まれるリアを少し残念に思いながら見つめる。
しかし、ある意味子供の頃に憬れた装備を現実に見ることができる日が来るとはっ!
ミニチュアサイズなのが少し残念だが、それにだけ目をつぶればプロポーションも結構いいし、文句ない。
しっかりと脳内に焼き付けたので、“おもいだす”の準備もバッチリだ。
煙が晴れると、しっかりと身体に手をあてて隠したリアが現れる。
今度の格好は、普通の村娘といった感じの淡い水色のワンピース姿だった。
これはこれで可愛いな…。
さっきの二つの格好に比べるとインパクトに掛けていたが、それがかえって新鮮でよかった。
しっかし、じーさんはどんな基準で服を選んだんだ?
脈絡がなさすぎる…。
まぁ、可愛いからいいけどさ。
俺がそんなことを考えていると、恐る恐る自分の姿を見下ろしたリアがホッとした表情になるのが見えた。
そして俺をキッと睨み付けると嫌にゆっくり近づいてくる。
…あぁ、なんか未来が見えたな。
そばに来て、予想通り振りかぶるのを見て、観念して目を閉じる。
今日、何回目だろうな、いったい。
「わ、忘れてくださいいいいいいいいい!」
両頬に一発づつ、決して小さくない衝撃を受けて思わず目を開けると、大きく助走距離を取ってこちらに突っ込んでくるリアの姿が目に映った。
最後に後頭部に来た衝撃は、オオアリクイの攻撃なんて目じゃなく。
確実に今日一番の一撃だった。