ユートだ。
俺さ、元の世界でドラクエする時って、買える物のなかで一番性能が高いもので、防御力優先で選んでたんだ。
見た目とかは全く気にせずにさ。
同じ様なプレイしてた人は絶対にいるはず。
ドラクエの場合、どんな装備をしても見た目変わらなかったしさ…。
あぁ、でも新しく出たゲームでは、あぶない水着とか魔法のビキニ着ると、見た目が水着の格好になるとかって話聞いたっけ。
あぶない水着も魔法のビキニも隠れる面積小さいのに、なぜか守備力高くて優秀なんだよな…。
愛用してる美人の冒険者っているかも?
なんか、冒険者になるのが待ち遠しくなってきたな。
オラ、ワクワクしてきたぞっ!
……って、違う違う!
話がずれちまった。
結局、何が言いたかったっていうとさ。
装備を選ぶときは絶対に見た目にも気を使おう!ってことなんだ。
命の恩人の一人に目をやる。
なんなんだよ、竹の槍に皮の腰巻、そしてよりにもよって鍋のふたって!
それ防具ですらねーだろっ!
しかもよく見たら皮の腰巻には変な似顔絵まで書いてあるし…。
読めないけど、文字っぽいものにハートマークまで書いてある…。
もしもあんな格好で出歩かなきゃいけないなら、俺は死んでも戦士にはならないぞ!
俺はここで生きていく
~ 序章 第六話 ~
「おぅ、少年!無事でよかったな!!オラはイナカ村随一の勇者、カッペ様だ。街に戻ったらしっかり街のみんなに知らせるんだぞ、勇者カッペ様に命を救われました、ってな!わはははははっ!これでまた一歩、野望に近づいた!」
カッペが俺の背中をバンバンたたきながら豪快に笑う。
二の腕は太く、結構鍛えられているらしく、背中を打つ一発一発がすごく痛い。
オラ??なんか微妙に言葉のアチコチが訛っているけど、イナカ村って名前の通り田舎なのか。
それにイナカ村のカッペって、そりゃイナカッ…いや、初対面の人をそんな風に言うもんじゃないよな、うん。
ってか、野望って…。
………だああっ!もう、突っ込みどころが多すぎてわけがわからねぇ。
勇者って、こんなのでもなれるのか?
俺の中にある勇者像がガラガラと音を立てて崩れていく。
それはともかく…。
言いたいことはたくさんあるし、すごく不本意だが、コイツも命の恩人だ。
それなりの対応をするしかないだろう。
「えっと……俺の名前はユート。助けてくれてあり「それにしても少年!お前どこの田舎者だ?そんな変な格好しやがって。街に行ったら笑われるぞ」てめえにだきゃ言われたくねえええええええええええええええええっ!!!!」
し、しまった、つい叫んじまった!
でも仕方ないだろ!?
俺は確かに人に誇れるほどの服装センスなんてないが、それでもあんな恥ずかしい格好をしているやつに言われるほど変な格好はしていない。
確かに、さっきの戦いのせいであちこち破れてしまっているし、元の世界の服装だからこちらの人たちには違和感がある、という事があるかもしれない。
だけど、セディの格好を見る限り美的意識に差異があるとは思えない。
全身ゴツイ鎧とはいえ、そのデザインや細かい意匠は俺にもすごく格好良く見えるし。
…でも少し心配だから後でセディにこっそり聞いてみよう。
「ユート、そんな失礼な輩は放っておけばいいんですよ」
と、肩から少し意外な援護射撃がきた。
…というか、リアさん。
何か怒ってませんか??
「おぅ、羽虫も無事だったようだな。なによりなにより!!」
羽虫??
なんか険悪な雰囲気だな。
「羽虫って言うなと言っているでしょう!!ふん、所詮イナカッペには、わたしの可憐さ、美しさは理解できないのでしょうね!」
「オラをイナカッペって言うなっ!!イナカ村随一の勇者、カッペ様だ。カッペ様と呼べって言っているだろうがっ!」
「アナタなんてイナカッペで十分です!」
くくく…やっぱしイナカ村のカッペって似合いの名前だよな……って、そうじゃない。
少しツボに入ったが、それを抑えて事情を知っていそうなセディに尋ねる。
「なあ、なんでこの二人、あんなに仲悪そうなんだ??」
セディは「ああ」と苦笑しつつ言う。
「実はおチビさんが僕たちに助けを求めに来た時、カッペ君が彼女をモンスターと間違えて攻撃してしまってね」
すごい形相だったからね、と付け加える。
あ~、モンスターなんかと間違えられちゃえばねぇ。
そりゃリアが怒るのも無理ないな。
「それだけじゃありません!このイナカッペはわたしの事をよりにもよって人面蝶なんかと間違えたんですよ!?人面蝶とっ!!!」
俺たちの会話を聞いていたのか、リアが横から付け加える。
人面蝶…ってどんなのだっけ…。
さっき対峙したモンスターの中にいた人面蝶の姿を思い返してみた。
人面蝶は羽だけなら蝶、と言えない事も無い30cm程度の大きさのモンスターだ。
が、そう言えるのはあくまで羽だけ。
普通の蝶の胴体の部分が般若の仮面のような気味の悪い顔をしている。
確かにありゃ気持ち悪かったしなぁ。
あんなのともし間違えられたら。
………想像したらメチャクチャ気分悪くなったな。
「小さいし羽も生えてるし飛んでるし。そのまんまじゃねーか」
カッペがリアを手でしっしっと追い払いながらめんどくさそうに言う。
「う゛ぅぅ~~…」
リアはスカートのすそを力いっぱい握り締めて睨みつけている。
爆発寸前…と言った感じだなぁ。
いくら必死の形相だったからといって、どうすりゃあんなのと見間違えるかね。
リアと人面蝶の共通点なんて、せいぜい大きさくらいなものだ。
確かにカッペが言うようにリアにも羽が生えているが、色も形も全く違う。
人に与える印象も、人面蝶の羽は色濃く禍々しい感じを与えるが、リアの羽は透き通っていて、凛とした涼しさを感じさせる。
なんか、今は怒っているせいか羽まで少し赤くなってるけど。
「俺はお前の羽、すごく綺麗だと思うぞ」
まぁまぁ、と頭をポンポンと撫でて宥める。
「そ、そうですよね、綺麗ですよね!………あんなイナカッペにペースを乱されてしまうなんて、わたしとしたことが」
リアは深呼吸して息を落ち着かせる。
「その…ありがとうございます、ユート。羽、褒めてくれて…」
「い、いや…」
こうやって真っ直ぐお礼言われると少し照れるな。
まだほんのり羽が赤くなっているから、完全に、と言うわけではないようだが、少し怒りが治まったようだ。
落ち着いた和んだ空気が流れる。
が、それも長くは続かなかった。
「飼い主も飼い主ならペットもペットだな。二人して変な格好して。お前らの故郷ではそういう服が流行ってんのか?」
いや、まぁ確かに、なんでリアはドラクエの世界でスーツ姿なんだ、と思わないこともないけどさ。
似合ってるんだからいいじゃないか。
「アナタにだけは言われたくありませんっ!!!アナタの格好こそ、いったいどこの原始人ですか!」
「オラの格好のどこが変だってんだ!!」
一瞬で沸騰して噛み付くように言い争う二人。
あぁ…少し落ち着いたと思ったのに。
頭を抱えたくなる。
少しは空気読んでくれ、カッペ…。
「どこかまだ痛いところはありませんか?」
「おわっ」
溜息をつきながら言い争う二人を見ていると、突然思いがけない方向から話しかけられて驚いてしまった。
「…どうかしましたか?」
声の先には黒いローブに身を包んだ男がニコニコと立っていた。
年は30………いや、20代後半と言ったところかな?
茶髪に近い、くすんだ赤い髪を肩まで伸ばしていて、表情と共に柔らかな印象を与えてくる。
あまりにもカッペのインパクトが強すぎて、いたので気づかなかった…。
さっきのリアの話では僧侶って事だったな。
この人が俺に魔法をかけて助けてくれた人か。
「ええ、おかげ様で、もう全く痛みがありません。…えっと、貴方が回復呪文をかけてくれたのですか?」
「ええ。先ほどは急いでいたのできちんと回復したか少し心配だったのですよ。あぁ、申し遅れました、私はラマダと申します」
「あ、俺はユートといいます。ラマダさん、助けてくれて本当にありがとうございました」
「いえいえ、全てはご教主様のお導きのままに」
そう言うとやわらかく微笑む。
うわ、これぞ僧侶、って人だな、この人。
しっかし………。
俺は、目の前のラマダさんを見て、次にまだ言い争いをしているカッペ、そして最後に横にいたセディに目を向ける。
なんて言うか…すごく変なパーティだなぁ。
装備一つ取ってもカッペとセディではかかってるお金が違いすぎるし、三人に流れる空気も仲間といった感じではない。
今思い返してみると、さっきの戦闘でも、それぞれが自分の相手を倒していて、連携とかはあまりしていなかったし。
それに、セディのラマダを見る目が心なしか冷たい気がする。
一度考えてしまうとどうしても気になってしまい、好奇心を抑えられず遠まわしに聞いてみることにした。
「なんていうか、ずいぶん個性的なパーティだな」
三人を見比べながら俺が言うと、言外に込めた意味に気づいたのか、苦笑しながらセディが答える。
「あはは、するどいね。僕たちは別にパーティを組んでいるというわけじゃないんだ」
「私達は今回の調査の件でたまたま一緒になったのですよ。共に仕事をするのは初めてなのです」
ラマダが後を引き継いで補足する。
なるほど、さっきセディが言っていた任務のことか。
「………ところで、ユートさんはどうしてこんな所に?」
笑顔のまま少し怪訝に表情を変えて聞いてくるラマダ。
「あぁ、それが…」
「旅の途中であの光を見て様子を見にらしい。もっとも、準備が足りてなかったみたいで危険な状態になってしまっていたようだけど」
答えようとした俺を遮ってセディが変わりに答える。
その内容はでたらめもいいとこだ。
「それはそれは………。災難でしたね」
が、それで通じたのか、ラマダは少し眉をひそめてこちらを見る。
「………セディ?」
問いかける俺にセディは軽く目配せをする。
さっき言っていた僕を信じて、ってやつか?
事情はよくわからないけど恩人の頼みだし、まだ少し話しただけだけどセディは信頼できそうだ。
とりあえずここはセディの言うとおり黙っておこう。
「あの光を見たら気になるのはわかりますが、武器も持たずにここへ来るのはさすがに自殺行為ですよ。見たところ武闘家というわけでもなさそうですし」
「す、すいません…」
光って何のことだ、と聞きたい気持ちを抑え、神妙にする。
「まぁまぁ。ユート君はどうやら僕と同郷の人間だったみたいで、こちらには来たばかりらしいんだ。この塔の事は知らなかったみたいだし、仕方ないよ」
育った村は違うみたいだけどね、とセディは付け加える。
………わけがわからないうちに自分の設定がどんどん決められていくのを見るのは変な感じだな。
「セディさんと同郷………ですか?」
「ええ。………コランです」
「!!………そう、ですか」
ラマダの表情は依然笑顔のままなんだけど……、なんか雰囲気が変わったか?
セディもまた鋭い目つきになってるし、なんか空気が悪い。
なんでいきなりシリアスな雰囲気になってんだよ。
俺の事はそっちのけで静かに見つめあう二人についていけず取り残されてしまう。
どうしたものか…と、悩んでいると突然場違いな声が響く。
「おー、そうだ少年、忘れるところだった!」
ナイスだイナカッ…じゃない、カッペ!
お前の空気の読めなさが今回は嬉しい。
カッペの後ろで「待ちなさい、まだ話は終わってません」という叫び声が聞こえるが、今回はリアには我慢してもらおう。
「これ、お前の倒した分な!」
そう言ってカッペが俺に何かを3、4放り投げる。
慌てつつ何とか放られた物をキャッチすると、それは銅貨…のような物だった。
「これは…?」
「お前が気絶する前に倒したオオアリクイの分のゴールドだ。いらないってんならオラがもらうぞ」
俺が疑問を表わすと、ニヤリと笑う。
ゴールド………ゴールドかぁ。
確かにゲームでは敵倒すとゴールドが手に入るけど、一体これどこから出てきたんだろう。
オオアリクイにはこんな物を入れる物なんて持ってなかったはずだし、と手の平の上で冷たい銅貨をいじりながら俺が考え込んでいるとカッペが問いかけてきた。
「なぁ、少年。オラ達はこの部屋の奥を調べてから上にいくつもりだが、お前達はどうするんだ?ついてくるか?」
そう聞かれて俺は困った。
銅貨をポケットにしまいこむと考える。
…どうしよう。
正直疲労が大きすぎてカッペ達に着いていく体力など残っていない。
できれば塔を下りたい。
カッペ達と登ってきたのだから、リアに聞けば道はわかるだろうし。
だが、次にモンスターに出会ってしまったら逃げ切れる自信はない。
歩くだけで精一杯なのだ。
そんな状態なのだから、当然倒すなどもできるはずがない。
俺が悩んでいると、セディが助け舟を出してくれた。
「ユート君は僕が塔の下まで送っていくよ」
「送っていく……って、お前仕事はどうすんだ!?」
カッペがいきり立つが、セディは動じない。
「さっきの戦いを見る限り、カッペ君の力があれば大丈夫だよ。ラマダ君もいるんだし」
「だけどなぁ…」
それに、と、セディは意味ありげにカッペを見る。
「イナカ村随一の勇者カッペならこんな塔、楽勝だろう?」
「む?むふふ、そうだな、オラがいればこんな塔楽勝に決まってる!よし、さっさといくぞ、ラマダ!!」
「…はぁ。仕方ありませんねえ」
のせられたカッペは意気揚々と歩き出す。
変わらず笑顔のままだが、少しウンザリした様子のラマダとの対比が面白い。
「それじゃ、僕らは下で食事の用意でもして待ってるよ。二人とも頑張って」
軽く手を振りつつ二人を見送るセディ。
そして彼らが暗闇に消えるとこっちを見て悪戯っぽく笑った。
真面目そうなやつだと思ったが、なかなかイイ性格をしているようだ。
「なぁ、送ってくれるのは正直すごく助かるんだけど、任務の方はよかったのか?」
「任務といっても、塔に異常がないか確認するだけだからね。それに、恐らく何も見つからないよ」
恐らく、と言いながらもセディは何か確信を持っているようだ。
異常…ねぇ。
俺が召喚された、っていうのも異常のうちに入るのかね?
リアに聞こうとも思ったが、さっき俺の肩に止まって以来、黙ってしまっている。
…はぁ、まだ機嫌悪そうだなぁ。
「さて、それじゃ僕達も行こうか」
俺はリアを肩に乗せたまま、セディについて部屋をでる。
部屋を出ると、明るい青空が目に飛び込んできて、暗闇に慣れていた目が一瞬眩んだ。
どうやらここは外に面した通路の壁だったらしい。
目が慣れてきて辺りを見回すと、さっきまでモンスターの団体に追い掛け回されていた通路とよく似ていた。
さっきよりも一階低いせいか、見える距離が少ない。
方角が違うのか、外に海は見えなかったが、少し遠くに城と町並みが見える。
あれがセディ達の住んでいる街か。
写真でしか見たことがないような西洋風の城だった。
城や街の他は建物が全く無く、見えるのは山や森、平原のみ。
「異世界だなぁ………」
その光景は、雄大で圧倒的で。
そして何より美しかった。
「ユートの世界はこうではないのですか?」
俺がボソッと呟くと、リアが反応した。
「あぁ、俺のいた元の世界は、すごく便利なんだけど、自然が少なくってさ。こっちの世界ほど綺麗じゃないんだ」
まぁ、どちらが良い、とは一概には言えないとおもうけどさ。
あっちは、少なくとも命の危険に関してはこっちより数段安全だろうし。
と、下の方にちょこちょこ動く影が見える。
「ははっ、あれスライムか?こうして見るとミニチュアみたいで可愛いな」
「可愛いって…。アナタさっきまであれに追いかけられていたと言うのに。本当に呑気な人ですね」
リアは呆れたように言うが、ファンタジー好きとしてはこればかりは仕方が無い。
「セディもいるからさっきみたいに切羽詰まってないしさ。やっぱし楽しいよ」
「まぁ、ユートらしいと言えばユートらしいのかもしれませんが」
リアはクスリと笑う。
命の危険がかからずに見るドラクエの世界は、とても心躍るものだった。
「ユート君!そろそろ行くよっ!」
いつの間にかセディは先に進んでいて、少し遠くから俺を呼んでいた。
やばい、ぼーっとしすぎたか。
うかうかしてるとはぐれちまうな。
小走りに追いつくと、セディは前を見つめたまま話し出した。
「さっきの事や、他にも色々聞きたいことがあるだろう。下りながら教えてあげるよ。………だけど、その前に」
セディはそこで言葉を止めて立ち止まり、周りを窺う。
そして、気が済んだのか一度頷くと、声をひそめて爆弾を投下した。
「ユート君。君、この世界の人間じゃないね?」
………なんでいきなりバレてんの。