リアです。
わたしとしたことが、なんて事を…。
いくらボロボロになったユートを見て頭が真っ白になったからと言って、感情のまま飛びついて、あまつさえ泣いてしまうとは…。
一生の不覚です。
連れてきた冒険者の、生暖かい視線がすごく気に障ります。
唯一の救いは、安心したせいかすぐにユートが気を失ってしまった、ということくらいでしょうか。
決してわたしがぶつかった衝撃のせいではないので、その辺勘違いしないように。
って、わたしは誰に言い訳してるのでしょう。
ともかく!
意識は朦朧としていたみたいなので、泣き顔は見られてなかったと思いますが…。
見ていたとしても、たぶん、きっと、覚えていないでしょう。
覚えていないに決まってます。
…ユートの治療はもう終わったみたいですね。
さっきまで傍にいた僧侶がいなくなっています。
当の本人は…、なんだか幸せそうな顔をしてムニャムニャ言ってます。
寝顔を見つめていると………なんだか腹が立ってきました。
わたしにこんな恥をかかせておいて、自分はぐーすか寝ているとは。
いいご身分ですね。
「もう治療は終わったのですから、さっさとお、き、て、くだ、さいっ!」
顔を少し強めに蹴って、優しく起こしてあげます。
「ぐっ!……つーっ!リア、何しやがるっ!!」
ようやく起きたましたか。
少し目に涙が滲んでますね。
ふふっ、いい気味です。
ちょっとスッとしました。
「こらっ!何無視してやがるっ!おいっ!」
何か騒いでいるようですが、とうぜん断固無視です。
乙女の誇りに傷をつけた罰です。
しっかり反省してください!
それにしても。
中に退避しながら、騒いでいるユートを横目でチラリと見下ろします。
元気そうですね。
………………本当に無事でよかったです。
俺はここで生きていく
~ 序章 第五話 ~
いてて…ったく、何怒ってるんだよ、アイツ。
まだ少し痛む鼻をさする。
まぁ、痛みがあるってことは生きているっていう証拠だから、それは嬉しいんだけどな。
正直、もう駄目だって諦めかけた。
死を覚悟した。
今更ながらあの恐怖が蘇ってきて、両腕で体を抱きしめる。
こうして生きているのはリアのおかげだな。
ホント、サンキューな。
「メラああああああああああああああっ」
うぉっ、なんだ!?
突然の大声と共に辺りが少し明るくなる。
声の方を見ると、ボール大の火の玉が一角ウサギに吸い込まれるところだった。
うわっ、あれメラかっ!?
すげぇ、初めて生で魔法見ちゃったよ!
興奮して一角ウサギが炎につつまれる様子を見る。
が、ただただ興奮して見ていることができたのはそこまでだった。
どうやらその一撃が止めとなったらしく、一角ウサギは断末魔をあげて倒れた。
数メートル離れていたが、ここまで焼けた際の焦げた嫌な臭いが漂ってくる。
少しの間ピクピク動いていたが、やがて動かなくなった。
相対していた男の意識は倒れた敵にはすでになく、次の敵への攻撃に移っていたが、俺はその炎につつまれて死んだ一角ウサギから目を離すことができなかった。
魔法というファンタジーの象徴とも言える攻撃だったが、一角ウサギの死ぬ光景はどうしようもなくリアルだった。
先程まで自分の命を狙って襲ってきていた相手とはいえ、そんな光景を見て何も感じないわけが無い。
魔法を初めて見た興奮が一瞬で冷めていくのを感じた。
こいつらも生きている…んだよな。
さっき蹴り殺したオオアリクイを思い出す。
生き物を殺す、などという経験は初めてだった。
モンスターなのだから、と言われれば確かにその通りなんだろうけど。
やらないと殺される状況でもあったわけだし。
それでも。
仕方が無いなんて、そんなにすぐにわり切れるものでもない。
俺がこの手で殺しちまったんだな。
「何ぼけっとしているのですか?」
ずっと一角ウサギの死体をぼーっと見つめている俺を変に思ったのか、いつの間にかリアが戻ってきていて、すぐそばでこちらを見上げていた。
「ん、いや、なんでもない」
呆れた表情の中に少しだけ心配を滲ませたリアの顔を見ていると、さっきまで乱れていた感情が嘘のようにストンと落ち着いた。
………そうだよな。
最初は今みたいに色々考えちゃうだろうし、キツい事も多いだろう。
でも、この世界で生きていくにしろ、戻る方法を探すにせよ、戦いは避けられないんだ。
こういう事にもなんとか慣れていかないとな。
当然不安はある。
しかし、この、なりは小さいが頼りになる相棒を見ていると、なぜか訳もなく大丈夫な気がしてくる。
「なんとかなるよな、きっと」
頭にはてなマークが浮かんでるであろうリアを置いておいて、俺は未だ続いている戦闘に視線を移した。
いつの間にか戦闘も終わりに近づいていたらしく、モンスターも残すところオオアリクイ二匹となっていた。
一方、対峙している冒険者は、さっきメラを唱えた軽装の男にゴツイ鎧に体を包み込んだ馬鹿でかい剣を引きずった戦士、そして二人の少し後ろで油断なく前を見つめるローブ姿の人影の三人。
暗くてよく見えないのでこれ以上はわからないが、俺を助けてくれた時に壁に穴をあけたのがあのメラの男だろう。
あの暑苦しい声は間違いない。
確か…勇者カッペ…とかって言ってたっけ?
メラ使ってたし、肉弾戦もこなしてたから、本物なのかね?
以前プレイしたゲームの勇者の能力を思い出しつつ見てみる。
モンスターと冒険者達はお互い隙を窺っているのか睨みあって動かない。
「なぁ、リア。俺ってどのくらい気絶してた?」
俺は戦闘から視線を外さずにリアに聞いてみた。
「大した時間じゃなかったですよ。あの僧侶の人が回復呪文かけてくれましたからすぐに回復しましたし」
言われてみて初めて自分の右腕の痛みが無い事に気づく。
「うわ、すごいな魔法って。全く違和感ないから全然気づかなかった」
「はぁ……。さっきまで死に掛けていたっていうのに、どこまで呑気なんですかアナタは」
起きてからも色々あって忘れてたんだよ!
それはそうと…、これはホイミかな。
それともベホイミ?
どっちにしろ、ここまで完璧に治るんなら、もし元の世界で使えてたら外科医とか商売上がったりだよなぁ。
体力は戻らないのか、ダルさは感じるが、体の全身にあった痛みも全てなくなっている。
これはぜひ使えるようになりたいな。
と、考えていると戦闘に動きがあった。
カッペが雄たけびを上げながら一匹のオオアリクイに突っ込む。
そしてゴツイ方もそれに合わせてもう片方のオオアリクイに突っ込み、その勢いのまま大剣を全身ですごい速さで真横に振りぬく。
オオアリクイは抵抗するもなく上下に切り裂かれていた。
睨みあっていた時間が嘘のように勝負は一瞬だった。
うわ、すごっ、一撃で真っ二つかよ!
さっきの一角ウサギの最後を見た時のように少しだけ胸に苦いものが走ったが、今度はすぐに振り払うことができた。
カッペと僧侶の方はまだ戦っている。
カッペのメラにも驚いたが、こっちのゴツイ方の力は圧倒的だな。
自分の担当していた敵を倒し終わったからか、大剣を背中に背負うとまだ戦っている二人の横をこちらに向かって歩いてくる。
やっぱしでかいなぁ、あの大剣。
背負う姿を見ると良くわかる。
持ち主よりも大きいじゃんか、アレ…。
それは剣というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
それはまさに鉄塊だった。
思わずそんな言葉が頭に浮かんでしまうような、そんな巨大な剣だった。
目の前まで来て、ようやくその人物がフルフェイスの兜を被っていたことがわかる。
鎧もかなりの重量はありそうだが、明るい所で見るとただゴツイだけでなく、細部までデザインが凝っている。
鉄の鎧…いや、鋼鉄の鎧に鉄仮面…かな?
色からして鉄の鎧かも、と思ったけど、鉄の鎧って普通の兵士が着てる量産品っていうイメージ強いし。
それにしても、見るからにガチガチのパワーファイタータイプだなぁ。
仮面で隠された顔に興味はあったが、ここはまずはお礼を言う場面だろう。
「初めまして、俺はユートといいます。貴方達のおかげで助かりました。本当にありがとうございます」
「いやいや、無事でよかったよ」
予想よりも高くて澄んだ、穏やかな声が返ってきた。
豪快な兄ちゃんや渋いオッサンを想像していたんだけど、どうやら思っていたよりもずっと若そうだな。
「それと、お礼はそこのおチビさんに言ってあげてくれないか。ユートを助けてください!って、すごい形相だったんだよ、ほんとに。もしも間に合わなかったら僕たちがおチビさんに殺されるところだったよ」
あはは、と朗らかに笑っている。
「へぇ…」
俺はニヤニヤ笑いながらおチビさんの方を覗き込む。
「べ、べつにそんなに必死になんてなっていません!」
痛っ!
案の定、蹴られた。
「いつつ…。そういえばまだお礼言ってなかったっけ。本当にありがとな。お前のおかげで助かったよ」
「ふ、ふんっ」
そっぽを向くことで精一杯不機嫌だとアピールしているみたいだけど…くくく、お前耳まで真っ赤だぞ、リア。
ちょうどいい位置に頭があったので試しに撫でてみる。
一瞬リアはビクリと体を震わせてこちらを睨みつけるが、蹴られたりすることはなく、少しの間俺にされるがままでいてくれた。
…っと、ついつい和んじまった。
鉄仮面のせいで目元意外は隠れてて見えないが、面白そうにこっちを見てる雰囲気が伝わってくる。
少し頬が熱くなるのを自覚しつつ命の恩人に向き直る。
「貴方にももう一度お礼を言わせてください。本当に助かりました。このご恩は…今はまだ何も返せないけれど、いつかきっと返します!」
受けた恩はしっかり返せ!ってのが親父の口癖でね。
礼儀や作法にはうるさい父親だったんだ。
「あはは、そんなに畏まらないでくれ。僕たちも任務でこの塔に用があってね。君を助けたのはそのついでだからさ。それと、敬語も必要ないよ。そんなに年も離れていないようだしね」
「そうか?俺もそっちの方が楽だし、それじゃお言葉に甘えようかな。こんな感じで話していいか?」
「あぁ」
仮面越しに少し嬉しそうな気配が伝わってくる。
なんか…結構いいヤツっぽいな。
装備を見て少し身構えてしまっていたんだけど、どうやらそんな必要はなかったらしい。
彼はそうそう、と呟くと兜を脱いで真っ直ぐ見つめてきた。
「自己紹介がまだだったね。僕はセドリック。みんなからはセディって呼ばれている。見ての通り冒険者をやってる」
「………おぉー」
「へぇ……」
思わずリアと二人、固まって彼の顔を凝視してしまう。
声の感じから厳つい顔、っていう想像はもう無かったけど…それにしてもこれは。
「………ユートの負けですね」
「うっさいわっ!!」
俺と彼…セディの顔を見比べつつ言うリアの感想が全てを現していた。
年は本人の言うように俺とほとんど変わらなそうだ。
髪は長く綺麗な金色で、縛ってまとめている。
鎧からガッシリした人物を想像していたが、中性的な顔立ちをしていて、むしろ華奢な印象すら受ける。
しかし、瞳からは力強い意思を感じ、穏やかな表情だが決して軟弱といった風ではない。
こりゃ…たしかに格好いいわ。
あんな大剣を振り回す力に、このルックス。
性格も悪くなさそうだし。
天は二物を与えずだっけ?
嘘だな、ありゃ。
「…どうかしたかい?」
っと、じっと見すぎたか。
セディが少し戸惑った風に聞いてくる。
「あぁ、いや、なんでもないよ」
「非情な現実に打ちのめされていただけです、きっと。気にしなくて大丈夫です」
キッと睨みつけるとリアはそ知らぬ顔で視線を受け流す。
セディはわけがわからないといった顔をしていたが、この話をしていても俺がつらいだけな気がする。
さっさと話題を変えてしまおう。
そうそう、さっきの話で気になる部分があったんだった。
「そういえば、セディ、任務って話だったけど、何かあったのか?」
俺がそう聞くとセディは穏やかだった目を急に鋭くしてこちらを見つめてきた。
「あぁ、そのことについて君達に…、特にユート君、君に聞きたいことがあるんだ。…が、二人が戻ってきてしまったようだな。その話はまた後にしよう」
そう言うと奥の方の暗闇に顔を向ける。
すでに表情はさっきまでの穏やかなものに戻っている。
セディの鋭い瞳に少し気おされたが、ならって奥の方を見ると、軽装の男と僧侶がこちらに歩いてくる姿が見えた。
どうやらすでにオオアリクイは倒し終わっていたようで、もう影も形も無い。
さっきまでの緊迫感あふれる空気が嘘のように静かだ。
戦闘の後も殆ど残っておらず、落ちているものといえば埃やメラで出た煤程度だ。
「…って、ちょっとまて、なんで死体も残ってないんだ??」
さっきまでは確かに俺が殺したオオアリクイを含めてたくさんのモンスターの死体があったはずだが、今はまるで元から何も無かったように何も無くなっている。
「そうか、やはり君は…」
俺のその言葉を聞いてセディは納得したような顔で呟く。
「その事は後で話してあげよう。とにかく今は僕の事を信じて余計なことは言わないで話を合わせてくれないか?」
「え?あ、あぁ」
よくわからないが、真剣な顔のセディの頼みに頷いてしまう。
「大丈夫、悪いようにはしない」
「アナタは一体…?」
リアも訝しげな表情で見るが、セディはその視線を受けても表情を変えない。
「そっちのおチビさんも頼むよ。大丈夫、君のご主人様にとっても悪い話ではないだろうから」
「だ、誰がご主人様ですかっ!」
うん、気持ちはわかるけど、そんなに顔を真っ赤にして否定しても逆効果だと思うぞ。
ちょっと可愛いし。
「ユートもしたり顔でニヤニヤしてるんじゃありません!」
おお怖!っと。
蹴りが飛んでくる前に少し離れておくかな。
ギャーギャー騒ぐリアの相手はセディに任せておくとしよう。
「うわははははっ!大量大量!!」
騒がしく笑い声をあげながらこちらに向かってくる軽装の男の格好が明かりによって明らかになる。
それを見て俺はあっけにとられてしまった。
なんだよ、あの格好は…。
確かにゲームでは冒険の序盤はああいう装備するけどさぁ…。
竹の槍、皮の腰巻、鍋のふた。
この組み合わせは実際に目にすると、当然のごとくダサかった。