リアです。
ようやくあのジジィの封印から開放されて、しかも呪いからも開放されて自由になったというのに。
いきなりぴんちです。
命の危機です。
でんじゃーです。
「どわああああああああああっ」
ユートが何か叫んでますね。
静かにしなさい、叫んでも何も変わらないでしょう。
「無理だあああああああああああああああああああああっ」
まったく情けない。
もっと冷静に、くーるにいかないとすぐに死んじゃ…いたっ!かすった、爪がかすりました!
まずいですまずいですまずいです!!
こうなったらもー、ユートを囮にして逃げるしか…はっ!
コホン。
少し取り乱してしまったようです。
わたしも冷静にならないと駄目ですね。
もっとも、冷静になった所でこの状況がよくなるとは思えませんが。
わたしはこのピンチを運んできた死神達を油断なく見つめて立ち位置を慎重に考えました。
よし、この位置ならユートを壁にできますね。
俺はここで生きていく
~ 序章 第三話 ~
オオアリクイ二匹、一角ウサギ一匹…かな、あれ。
何度みてもでけぇ…。
俺は少しだけ冷静になった頭で敵の姿を見る。
一角ウサギは角抜かして50センチくらい、オオアリクイは70センチくらいあるか、あれ。
一瞬だけ、うおー、すげー!モンスターだっ!って喜んでしまったが、それが襲い掛かってくるとなると話は別だ。
でかいだけあって迫力がすごいんだ、これが。
「ってか、リア。お前何か魔法使えないのか!?メラとかギラとか!あいつらやっつけちゃってくれよ!」
「数百年ぶりに目が覚めたんですよ!?魔法力なんて欠片も残ってないですよっ!」
リアは少し焦ったように叫ぶ。
「つかえねええええええええええええっ!」
ったく、なんでこんなことに!
研究室の扉をくぐると、そこは塔の中で。
くぐった瞬間、今までドアだったものが壁に変化したのには驚いたなー。
リア曰く隠し扉らしくて、そこに扉がある、と確信して調べればすぐに扉が見つかるらしい。
まぁ、別に研究室の中には用はなかったからそのまま塔の外へと向かって歩き出したんだが…10歩と歩かないうちにモンスターに出会ってしまったのですよ。
「なんで研究室の塔にモンスターなんかいるんだよっ!?グレゴリとかってオッサンは何考えてるんだ!!!」
敵の攻撃を避けつつ俺はリアに叫んだ。
うぉっ!あぶなっ、っと。
こいつら、今のところ一直線に突っ込んでくるだけだし、思ったよりも鈍重だったから何とか避けられてはいるけど、それもいつまでもつかわからない。
くそっ!ゲーム序盤で出てくるはずの雑魚敵のくせに!!
問題は今の俺がその序盤よりもさらに弱い状態だ、ってことだな。
「わたしが聞きたいくらいです!何かがあってこの数百年の間に塔に住み着いたとしか思えません!塔の様子もなんかおかしいですし!」
リアがしっかり俺の肩をつかみつつ言葉を返す。
……ってかオマエ。さりげなく俺のことを盾にしてねーか?
「気のせいです」
リアは敵と自分の間にうまく俺の肩を置きながらしれっとのたまう。
くそ…無事に切り抜けたらお仕置しちゃる!
「のわっと!」
焦れてきたのか一角うさぎが頭の角を構えて飛び掛ってきた。
それをなんとか上半身を逸らす事でかわしたが、体勢を崩してしまう。
ヤバッ、次の攻撃を避けられない!
「ユートッ!」
リアが悲痛な声で叫ぶと同時に、右手から軽くない衝撃が体にぶつかってきた。
オオアリクイの体当たりのようだ。
「ごふっ」
研究室のあった壁まで吹っ飛ばされてるが、幸運にも壁にたたきつけられることはなかった。
幸運にも、か?
体当たり一発で数メートル飛ばされるってどんな威力だよ、まったく。
体中痛いが、直接当てられた右腕が一番酷く、鈍い痛みと痺れで恐らく使い物にならない。
変な音は聞こえなかったからかろうじて折れてはいないだろうが、これはまずい!
イタイイタイイタイイタイッ!!!!
頭の中をその言葉だけが回り続ける。
痛みで他の事が考えられない。
「ユート、大丈夫ですか!?」
そんな声がスッと頭の中に入ってきた。
声の方を見やるとリアが泣きそうな顔で聞いてきている。
こいつ、なんだかんだ言って優しいのな。
「あぁ、これくらい大丈夫だって」
痛さをこらえてなんとか笑顔を向けてやる。
俺も男の子ですから。
サイズが小さいとはいえ女の子に心配な顔はさせていられません。
まぁ、それはともかく、思考は少しまともになったが…正直やばいな。
右腕が使い物にならなくなった、というのもあるが使えたとしても武器も何もない状況じゃ反撃ができない。
だけど、先ほどまで3匹が休みなしに攻撃してきたから逃げることすらできなかったが、今なら吹っ飛ばされた分距離が空いている!
「逃げるぞ!しっかりつかまってろよ!!」
俺は立ち上がるとリアにそう声を掛けると返事をまたずに後ろに向かって駆け出した。
逃げる途中で他のモンスターに出会いませんように!
そう、切実に祈りながら。
「くそっ!しつこい!!」
塔の中を一直線に走って逃げてはみたが、後ろから追いかけてくる気配はなくならない。
いや、それどころか、気のせいか増えている気がする。
「気のせいじゃなく増えていますね」
あぁ、残酷な現実を認識させてくれてありがとよっ!
「何の計画性も考えもなく逃げるなんてことするからですよ」
塔の構造も全くわからないのに計画性や考えなんて浮かぶかっ!
俺は言葉に出す余裕もなく逃げているので心の中で反論しておく。
しかしこの塔結構広いのな。
何度か角に突き当たって曲がっているので、実際はそこまで広くはないのかもしれないが、それでも結構な距離を走っている。
「前はこんなに広くなかったような気がするんですが、おかしいですね」
リアの顔も少しいぶかしげだ。
そうこうしているうちに目前にまた角が迫ってきた。
くそっ!また角か、曲がった先に敵がいません、よ、う、にっ!
祈りを込めて曲がり角を曲がると敵はおらず、それどころか空の青に太陽の光が見える!
「ユート!出口ですっ!!もう少しですよ、がんばって!」
リアも心なしか興奮している。
俺のやる気もかなり持ち直した。
あそこまで逃げればなんとかなる!
ラストスパートだああああああああっ!!
ひゅぅぅぅっ
外からの風が気持ちいい。
塔の突き当たりから下を覗き込む。
じゃりっ
足元の砂が地面に向かってぱらぱらと落ちていく。
4階……か、ここ。
「ユート、ど、どうしましょう」
リアもその白い肌をさらに青ざめさせている。
「はぁっ、はぁっ、研究、室、4階にあった、んだな」
はずむ息を整えつつリアに問いかける。
後ろから追いかけてきていたモンスターの気配はなくなってはいないが、距離を稼げたらしく、まだ少しの時間はあるようだ。
「わ、わたしがおぼえてる限りでは、研究室は1階にあったはずなんです」
申し訳なさそうに、そして少し悔しそうに唇をかみ締めてリアは言った。
「はぁっ…ふぅ。ここから落ちたんじゃ助かりそうにないよなぁ」
もう一度下を覗き込んでみる。
1階1階の間隔が高いせいか、4階といってもかなりの高さになっている。
ゲームではこういったところから落ちると入り口に無事着地できるのだが、今の状況でそんなことを確かめようとは思わない。
綺麗な景色だなぁ…。
方向が悪いのか、塔から見える景色は海ばかりだ。
海岸から塔まで少しあるが、その間に街を見ることはできない。
どうやったら俺も助かるかなぁ。
リアのことは心配していない。
いや、別に見捨てるとかそういうわけではなく。
「とりあえず、リア。お前飛べるんだからそこから脱出してくれ」
というわけだ。
「な!何をいってるんですか、アナタは!」
泡を食ったようにリアはまくし立てる
「何一人でかっこつけようとしてるんですか、弱いくせに!!わたしにアナタを見捨てろって言うんですか!?アナタみたいな一人では何もできない情けない人を!?妖精舐めないでください!」
…うん、優しいのはわかるんだが、もう少し表現にも優しさが欲しいよな。
少し目の端に浮かんだ涙を意識の外に追い出しつつ、俺は努めて冷静に言う。
「まぁ、確かにお前を逃がそうっていう気持ちがないわけでもない。だけど、これは二人とも助かるための道なんだ」
「…どういうことですか」
少しは落ち着いたかね。
「簡単なことさ。このまま二人で逃げ回っててもいずれモンスターにやられる。そうなる前にリアに助けを呼んできて欲しいんだって」
目の前には街なんて全く見えないが、塔の反対側のすぐそばに街がある可能性だってないわけではない。
少なくとも、二人で逃げ回っているよりは生き残る可能性が高いだろう。
「ですが!」
「それに、だ。もう話あってる時間もなさそうだ」
くぃっと今走ってきた方を左手の親指で指し示してやる。
「おーおー、わらわら来てるね~」
オオアリクイ、一角ウサギはもちろん、でかいカエル、気持ち悪い蝶っぽいの、カラス、スライム、何でもござれだね。
なんかモンスターの数が多すぎてぶつかり合っているせいでここまで来るのにまだ猶予がありそうだが…。
正直怖い、めっちゃ怖い。
命の危険が間近に見えて迫る時の怖さがここまでとは。
くそっ!それでも!
「ほれ、さっさと行って助けを呼んできてくれ!俺の命はお前にかかってるんだからな」
心配させないように意識して軽く言う。
正直、どこまで成功しているかわからないが、一応の体裁はついただろう。
「バカです、アナタは…。震えてる癖に格好つけて…!わたしが助けを呼んでくるまでに死んでいたら許しませんからね!」
あーあー、バレてら。
まぁ、仕方ないか。
いくら強がっても足の震えが止まらないし。
リアは俺のほうを最後に一度見ると、振り返らずものすごい勢いで塔から下りだした。
お~、早い早い。
ってか、自分で飛んだほうが俺に掴まってるより早いじゃねーか。
さって、と。
さっきの俺、ちょっと死亡フラグっぽかったよなぁ。
近づいてくるモンスター共を見据える。
いっちょ死ぬ気で逃げ切ってやりますか。
「死亡フラグ?んなもんへしおってやらあああああああああああああああっ」
大声を上げて気合を入れながら先ほど通ってきた道とは反対の崖沿いに走り出した。
モンスターの団体を引き連れて景気よく走る。
走る、走る、俺は今風になっているううううううううっ!
痛みとランナーズハイで少し危険な状態のまま走っている俺の耳に。
カチッ!
って音がして。
ぱかっ!
っとマヌケな音がすると同時に足元の床の感触がなくなる。
ふむ、どうやら落とし穴のようですね。
「なんでじゃああああああああぁぁぁぁっ」
暗い穴に俺は吸い込まれていった。