ユートだ。
「いらっしゃいませ♪」
以前と変わらず、胸を強調したバニー姿で出迎えてくれる綺麗なお姉さん達。
うん、眼福眼福……って、少しオヤジくさいか。
俺は今、再びニコニコゴールドへとやって来ていた。
リアと腹を割って話し合った夜が明け、気持ちの良い目覚めで迎えた今日の朝。
身支度を整えて飯にしよう、と部屋の扉に手をかけたところで、ようやく思い出したのだ。
……金(ルビィ)がもうなかった、と。
そして、宿の朝食を食べ損ねてお冠りの姫様に追い立てられて、慌てて朝一でニコニコゴールドに両替にやって来た、というわけだ。
昨日は色々あったせいで、リア、朝食以来何も食べてないからなぁ。
あの形相も頷ける。
まぁ、それだけなら、まだ問題は無かった。
問題は……、だ。
今この時も、リアが空腹を紛らわさせるために、薬草をモサモサと食べてる、って事だったりする。
……いや、他に食べさせる物が何もなかったんだ。
悪いとは思っている。
……この世界ではまだ薬草を売っている所を見てないから、正確な値段はわからないが……、それでも、武器や防具の値段がゲームでの値段と大差ない事を考えると、おそらく8G前後だと考えられる。
つまり、リアが一枚薬草を食べるごとに、8G分が飛んでいくわけで……。
まだ冒険者未満の初心者な俺達にとっては、痛すぎる出費だ。
さっさと両替して、早くリアの元に戻らないと、冗談抜きで薬草を食い尽くされちまう!
……いやまぁ、あまりのマズさに涙目になりながらチビチビと食べてる姿は、確かに可愛いかったんだけどな。
俺はここで生きていく
~ 第一章 第二十四話 ~
開店したばかりなせいか、さほど待たずに両替所へと案内された。
前回案内してくれた、あの茶色い髪で胸の大きい、ホワホワした感じの人がいないかとコッソリ探してみたが、たまたま休みなのか、それとも時間が合わなかったのか、見つけることはできなかった。
……少し残念だ。
いや、今回案内してくれた子もすごく可愛かったんだけどさ。
前回とは違い、カウンターには人はほとんどいなかった。
俺は、目に付いたカウンターの前に腰掛けると、会話する暇も惜しんで両替の交渉に入る。
係りの人も前の人とは違う人だっけど……まぁ、こちらはどうでもいい事だろう。
「現在は1G=525Rとなってます。何G両替なさいますか?」
几帳面そうな顔をした係りの人が、眼鏡を調えながら問いかけてくる。
前回からまだ二日しかたってないというのに、もうレートに変動があったようだ。
確か……前は、1G=514R……だったよな。
レートがあがると、なんか得した気分になるな。
俺は係りの人に断りを入れると、リアの事もあるので急いで考えを纏める。
何度も両替しにくるのも面倒だし、今回は前回よりも少し多めに両替するか?
確か平均すると1G=500Rだってセディが言ってたから、今多めに両替しておくのは決して損じゃないはずだし。
証を取り出して浄化画面へと変えると、そこには19Gという微かに赤い文字。
どうせ半端に残しておいても買える物なんてないだろうし、全部ルビィに変えるべきか?
……っと、いやいや、万が一しんだ時の事を考えると、少しは残しておいた方がいいか。
う~ん、……よし。
「それじゃ、14G分で ――」
「おぉっ! 貴方はユート様じゃないですかっ!!」
お願いします、そう続けようとした所で、突然横から大きな声にさえぎられた。
見ると、前回両替を担当してくれたオッサンが、隣のブースから笑顔でこちらを覗き込んでいた。
俺と係りの人が突然の事に驚いているのをよそに、オッサンは一人話し続ける。
「はっはっは、いや、失敬失敬。つい見知った顔を見つけて嬉しくなってしまいましてな。
……君、すまないが、変わってもらえるかな?」
後半部分を係りの人に向け、そしてさらに小声で二、三囁くと、係りの人は俺に一礼して隣のブースへと移ってしまった。
「慌しくて申し訳ありません。……本日もご両替ですかな?」
オッサンは俺の前に座りなおすと、ニッコリ笑う。
「あ、あぁ、そうなんだ。14G分、お願いします」
思わず呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り直して、5Gだけ残して全財産をオッサンの前に積み上げる。
「畏まりました。
……ユート様、カードの提示をお願いできますかな?」
「あっ! ……すっかり忘れてたな。……っと、はい、これでいいかな」
俺は慌てて懐を探ると、赤いカードを取り出してオッサンへと見せる。
「……はい、確かに。それでは少々お待ちください」
オッサンはそれを見て満足そうに頷くと、そろばんを取り出して計算を始める。
危なかった……。
あのままだと、せっかくのサービスが受けられない所だった。
別に、損をするわけじゃないけど、貰える物を貰わないのは勿体無い。
さっきの係りの人には悪いけど、オッサンに変わってもらって助かった。
驚かされはしたけど、このオッサンには感謝しないと、な。
そろばんを弾く手つきをなんとはなしに見つめていると、オッサンが小声で囁くように話しかけてきた。
「(先日は本当に失礼しました。……私のミスを黙っていただいて、ありがとうございます)」
「(いやいや、そのおかげ……っていっちゃなんだけど、俺もこんな便利なカード貰えたんだし、気にしないでいいよ。それに、今回もカードを出すの忘れそうになってたのを助けてもらったし)」
オッサンにつられて、俺も小声になる。
「(いえいえ、当然の事をしたまでですよ。……ですが、いつも私が傍にいるとは限りません。次からは忘れずにこのカードを提示してくださいね。案内の者に提示するのでも構いませんので)
……さて、計算が終わりました」
オッサンはそろばんの最後の一はじきでパチッと大きな音を立てると、姿勢を正した。
「……それでは、1G=525Rで、14G分。これに5%のサービスをつけさせて頂いて、……しめて7718Rとなります。お確かめください」
「ん、サンキュ!」
……今回はミスしてないようだな。
俺は、手元でざっと計算して正しい事を確認すると、ルビィを受け取り、急いでニコニコゴールドを後にした。
「…………っていうわけなんです。もぐもぐ……んっ。酷いですよね!」
「ふふっ、それで薬草なんて食べてたんだ?」
憤懣やるかたない、といった風に全身で怒りを表すリアに、イレールが優しく笑う。
「もぐもぐ……そうなんです。……まったく、ユートは本当にだらしないです、甲斐性ナシです! やっぱり、わたしがついてないとなんにも……、って、イレール!! なに笑ってるんですか!」
「え? ふふっ、ううん、なんでもないよ。ただ、リアちゃん、元気になってよかったなぁ~って思って」
「な、なんですか、それは! わ、わたしは別に……っ」
「うふふっ」
……俺は食事をしながら、楽しそうにそんなやり取りをしている二人を、窓越しにゲンナリとした気分で見つめていた。
俺のこの三十分くらいの必死の捜索はなんだったんだろう。
まさか、こんな目と鼻の先にいたとは思わなかった……。
俺は言いようのない脱力感に肩を落としながら、扉を開け、談笑する二人の間に割って入る。
「……こんなとこにいたのか」
「あ、ユートさん、おはようございます」
「ユ、ユート!? こ、こほん。
……お、遅かったですね。何かあったんですか?」
「『何かあったんですか?』じゃねーだろっ! 俺がどんだけ ――」
心配して探したと思ってんだ!
そう、怒鳴りつけそうになるが、口の端をドレッシングで白く染めてきょとんとするリアの顔に毒気を抜かれてしまい、大きくため息をつく。
「………………はぁ。
……ったく、急に何も言わずにいなくなるなよな。一瞬、昨日言ってた変態に攫われでもしたのかって心配したんだぞ」
ニコニコゴールドの外で、薬草を食べて待っているはずだったリアの姿が見えなくて、本当に驚いた。
あちこち探し回って、それでも全く手がかりがない事に業を煮やし、最終手段として協会の力を借りるしかないか、と戻ってきたら、中で談笑している二人の姿を見つけたのだ。
その時の俺のやるせない気持ちも、わかるというものだろう。
リアは俺の言葉に一瞬驚いた表情を浮かべると、バツの悪そうな顔で視線を泳がせる。
「ぁ……ぅ……。……その、心配かけてごめん……です」
「え、いや……まぁ、何もなかったんならいいんだけど、さ」
てっきり、『ユートが遅いから悪いんですっ』とか言われるかと思っていたのに、思いのほか素直な言葉に驚いてしまう。
「すいません、ユートさん。私が無理言って連れて来ちゃったんですよ」
「え、あ、あぁ。…………いや、助かったよ。なんか食事までご馳走になっちゃってるみたい……だしね」
イレールの申し訳なさそうな言葉に、笑って返す。
正直、本当に助かった。
リアの横に置かれている袋の中には、まだかなりの数の薬草が残っている。
どうやら、わりと早くにここに呼ばれたらしい。
本当に、イレール様々と言った所だろう。
「ふふっ、最初見た時、どうしたのかと思いましたよ。協会の前を掃除しようと外に出てみたら、リアちゃんが『まずいです……』って涙浮かべながら薬草食べてるんですもん」
イレールが『そんなリアちゃんも可愛かったですけどね』と、小声で悪戯っぽく笑うと、それを聞きつけたリアが膨れて食事のスピードを上げる。
そして、それを見たイレールは、また蕩けそうな表情をしてリアを愛でる。
……いやまぁ、気持ちはわかるし、楽しそうだからいいんだけどね。
「…………はふぅ。…………ふふっ、ふふふっ。
……あ、そうだっ! よかったらユートさんも食べていかれますか? リアちゃんと同じで簡単なものしか用意できませんけど……」
俺がそんな不思議な空間を、疎外感を感じながらしばらく眺めていると、唐突に我に返ったイレールが提案した。
「え、でも、迷惑じゃないか?」
さすがにそこまで迷惑をかけるのは……と、辞退しようとすると、イレールは明るく微笑む。
「いえ、迷惑なんかじゃないですよ。まだお客さんもいらっしゃってませんし。……それに」
そして、今度こそリアに聞こえないような小声で俺に囁く。
「(リアちゃんを元気づけてくれたお礼です。ユートさん、ありがとうございます)」
「い、いや、お礼なんて……。俺がしたくてしただけだし……」
「それでも、ですよ! 私、リアちゃんの事好きですから、元気になってくれて嬉しいんです!」
「……そっか。それじゃ、ありがたく頂くよ」
「はいっ!」
明るい笑顔と共に出された食事は、フルーツと野菜のサラダにパンといったしごくシンプルな物だったが、とても美味かった。
「たららたったった~ん♪……ってか」
「なんですか、それ?」
二、三度白く光を放つ証を見つめながら鼻歌を歌う俺を、リアはきょとんとした表情で首を傾げて見上げる。
「ん? あぁ、レベルが上がった事を祝福する歌……ってか、音楽……かな?」
視線の先にある証の光はすでに収まっており、画面は『レベル2』の文字を浮かべたまま沈黙を保っている。
この世界にはどうやら無かったみたいだが、レベルがあがった時はこの音楽がないと始まらないだろう。
「へぇ、そんなものがあるんですね」
リアは興味深そうに頷くと、小声でつぶやくように歌ってみる。
気に入ったのか、少し楽しそうだ。
俺はそんなリアの声をBGMに、手早く残りのモンスターを浄化してしまう。
倒した敵は、今浄化したスライムを含め、3匹。
さすがにもう一つレベルがあがる事はなかったが、経験値的にはリアに大分追いついた。
おそらく次の敵でレベル3になり、転職できるようになるだろう。
最も、実感できない程度ではあるが、僅かに能力はあがっているので、実際に転職するのはレベル5まであがってからにするつもりだが。
「……それにしても、歩く場所を変えるだけでこんなにモンスターとの遭遇率変わるなんてなぁ」
「ほんとですね。ただ道の上歩く事にしただけなのに……」
すでに昨日の倍以上の距離を歩いているが、実は今戦った敵が本日最初の相手だったりする。
街を出る際、ビッグスに草むらや山等を通るよりも道を歩いて行った方が安全だ、と言われて試してみたのだが……ここまで明確に違いがでるとは思わなかった。
初めは、こんな細くて頼りなく、ただ草を刈り取って作っただけのような道に効果あるのか疑問だったが、なかなかどうして、侮れない。
目的地である山の麓はもう目と鼻の先だが、そこまで伸びている道の上には、モンスターの影は一つも見当たらなかった。
運が良ければ、もう戦闘せずに試しの洞窟へ着くことが出来るかもしれない。
「まっ、だからって油断せずに行こう。いつモンスターが飛び出してくるかわからないしな」
「はいっ!」
俺達はあたりを警戒しつつ、しかし幾分リラックスして目的地へと歩き出した。
「ここか……?」
「みたいですね」
道なりに歩く事十数分。
結局あれからモンスターと遭遇する事もなく、俺達は目的地であろう洞窟の前へと辿り着いていた。
渡された地図には大まかな場所しか書かれていなかったので、すぐに見つかるか不安だったのだが、洞窟の傍には一軒の小さな小屋が立っており、それが目印となって思ったより簡単に見つけることが出来た。
「とりあえず入ってみるか。……すいません、どなたかいらっしゃいますか?」
「あぁ、いらっしゃい。冒険者志望の人かい?」
軽くノックして小屋へ入ると、一人の男に出迎えられる。
導かれて入った小屋の中はかなり狭く、家具らしい家具といえば椅子くらいしか見当たらなかった。
小屋と言うよりもむしろ、物置といった方が正しいかもしれない。
リアも最初は興味深そうに周りを見渡していたが、興味を引くものがなかったのか、すぐにつまらなそうな顔になると、俺の肩に腰掛ける。
「僕は協会の係りの者でね。何かわからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
俺はその言葉に押され、質問してみる事にした。
「えっと、試しの洞窟って、表にあった洞窟でいいんですか?」
「あぁ、そうだよ。一番奥まで行って、置いてあるハンコを紙に押して戻ってくればそれで大丈夫。……用紙は受け取ってるよね?」
「あ、はい、大丈夫です」
俺は念のため、懐の用紙を確認してから答える。
「なら大丈夫だ。中はそう複雑じゃないし、強いモンスターも出てこないから大丈夫だとは思うが、油断はしないようにな」
俺が神妙に頷くのを確認すると、係りの人は入り口付近に置いてあった箱を指差した。
「そこでたいまつと薬草が売っているから、必要なら買っていくといい。あぁ、代金はそっちに入れておいて」
言われて箱の中を覗き込んでみると、二つの箱にたいまつと薬草がぎっしりと詰まっていた。
リアも横から覗き込むが、薬草を目にすると途端に顔を苦いものへと変えて、そっぽを向く。
どうやら、あの味は苦手らしい。
……まぁ、確かに苦いし、軟膏のせいで食感もイマイチだから、好んで食べるやつはいないだろうけど。
たいまつの箱には10G、薬草の箱には8Gと書かれている。
聞いてみるとたいまつは結構長もちで、数時間は大丈夫、との事だった。
この洞窟を探索するだけなら、一本あれば十分らしい。
先程倒した敵から出たゴールドと、両替せずに残しておいた分でギリギリ足りたので、一本だけ買うことにする。
たいまつを手に取り、10Gを箱に入れて係りの人に礼を言うと、俺達は小屋を後にした。
……洞窟の入り口には何とも言えない雰囲気があった。
目の前に広がっている穴は思っていたよりも大きく、両手を広げても、上下左右共に全く届かない。
どうやら、中に入っても武器を振り回しにくいなどという事はなさそうだ。
太陽の光が入り口を外から柔らかく照らしていて、のどかな雰囲気すら醸し出しているが……しかし、少し奥へと目をやると、そこには暗い闇がまるで俺達を飲み込むかのように広がっていた。
……ゴクリ、と、リアが息を呑む音が聞こえる。
どうやら緊張しているようだ。
その気持ちはよくわかる。
暗闇を見つめていると、まるで自分が闇に溶けていってしまいそうに感じて、わけもなく大声を出したい気分になってくる。
ましてや、俺には“あの”光景のイメージまで喚起させられてしまい、僅かに身体に震えがはしる。
もしもリアがいなければ、この中に一人で入るなんて、とてもじゃないが、考える事すら出来なかったに違いない。
その震えを感じ取ったのか、リアは俺を心配そうに見上げてきた。
そんなリアの頭を一撫でして笑顔に変えると、俺は小さなメラを唱えてたいまつに火をつけた。
「え……?」
リアはそのメラを見ると不思議そうな声をあげる。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、勘違いかもしれないですけど……、ユート、少し魔法上手くなってませんか?」
「おっ、マジか!?」
俺は思わず喜びの声を上げた。
「え、えぇ。気のせいか、使う魔力の量と、威力のコントロールが上手くなってるように見えます」
「ふっふっふっ! ……実はさ、昨日の夜、余ったMPもったいないから、少し練習してみたんだ」
余ったMPはそれほど多くは無かったため、そう何度も使う事が出来なかったが、その分、一回一回を大事に、ジックリと考えながら試してみた。
おそらく、実践のように慌しくなく、魔法の構成をゆっくり落ち着いて考えながら練習したのがよかったのだろう。
わずか数回しか練習ができなかったと言うのに、最後には消費MPが4程度で、今までと同じ威力のメラを扱えるようになっていた。
今までMPを10近く消費していた事を考えると、かなりの進歩と言えるだろう。
また、魔力を魔法へと変換するコツも、少しではあるが掴むことができ、さっき使ったような小さいメラを唱えるといった応用も利くようになった。
しかし、扱う魔力の量が増えれば増えるほど、制御も難しくなるようで、小さいメラなら問題はないが、二倍の威力のメラを……となると、上手く構成することができず、途端に効率が悪くなってしまうのだったが……。
この辺は力量が上がってくればまた変わってくるのだろう。
「まぁ、自分でも、最初に比べて大分上手くなったとは思うけどさ。それでもまだ、消費MP、普通に使う量の二倍も使ってるんだよなぁ……」
まだまだ練習が足りないな、と頭を掻きながら呟くと、リアが笑顔で首を振る。
「そんなことないです。初めて魔法を使ってからそんなに時間経ってないのに、そこまで使えるようになるのはすごいです!
……ユート、もしかしたら、魔法使いに向いてるかもしれないですね!」
「……サンキュ」
リアの顔に、昨日の取り乱した時の様子を思い出してしまい、褒められて嬉しいという気持ちと、申し訳ない気持ちが僅かに入り混じって、中途半端な返事を返してしまう。
リアはそんな俺の様子をしばらく見つめていたが、何かに気づいたかのように静かに頷いた。
「……ユート、もしかして、わたしの事気にしてませんか?」
「うっ」
言葉につまる俺を見て、リアは呆れたため息をつく。
「……はぁ、やっぱりですか。ユート、素直なのはいいですが、考えてる事が丸解りなのはどうかと思いますよ(まぁ、それがユートのいい所なのかもしれませんが……)」
「……悪い」
ポーカーフェイスの練習をしようかと半ば本気で考えていると、リアは顔を笑顔に変えて続ける。
「ユート、わたしならもう大丈夫です。じじぃのおかげで魔法が使える可能性ができたんですし。……それに」
「それに……?」
「……いえ、なんでもないです。だからユート。わたしはもう、大丈夫、です」
リアはぐっ! と両手を力こぶを作るように曲げてアピールする。
「……そっか」
昨日の最後の様子から、もう大丈夫だろうと思ってはいたが、今朝起きてからこの話をしていなかったので、実は少し心配な部分もあった。
しかし、リアの顔にはなんら気負った所がない。
「さっ、ユート! こうして話してても仕方ないです。さっさとハンコを押して、冒険者になりますよ!」
「……あぁ、そうだなっ!」
俺は心が軽くなったのを感じながら、リアに続いて洞窟へと入っていった。
「たいまつ、買っておいてよかったです……」
「……だな」
洞窟に足を踏み入れてまだ十分ちょい。
だというのに、すでに三度もの戦闘を経験していた。
まぁ、全部スライムが数匹づつという構成だったから、戦闘自体はほぼ無傷で終えることができたのだが、幸運と言えば幸運かもしれないが……いかんせん心臓に悪い。
たいまつを灯してはいるが、内部は入り口以上に広く、両端まで明かりが届かない。
そんな暗がりから、突然飛び出してくるのだ。
驚くなんてものじゃない。
最初に遭遇した時なんて、あまりに驚きすぎて、二人で声を上げてしまったくらいだった。
たいまつがあってさえこれだ。
もしもなかったら、と思うと背筋が震える。
あそこで買うことができて、本当によかった。
洞窟の内部はひんやりとした空気が流れており、外に比べて肌寒かった。
地面はもちろん、壁も地肌がむき出しになっており、どことなく湿っぽい。
そして、時おり苔が生えている場所があるため、酷く滑り易くなっていた。
それだけでも歩きにくいと言うのに、なぜか地面に穴があいている場所が所々あり、そういった面からもたいまつは重宝していた。
俺とリアは、しっかり足元を照らして確認しながら、それでも緊張で硬くなりすぎないように小声で話をしつつ、一歩一歩確実に奥へと進んで行った。
……と。
それまで話をしていたリアが、唐突に口を閉ざし、羽を羽ばたかせて肩から離れる。
「……ユート!」
「あぁ、わかってる!」
リアが口を閉ざしたのを見た瞬間、俺はたいまつを地面に思い切り突き刺して戦闘態勢を取っていた。
リアは妖精という種族のおかげで、敵の気配を感じ取る事ができるらしい。
外で戦っている時はすぐに目で確認できていたので、その能力があまり必要とならず、その存在を知らなかったのだが、このように視界の悪い場所ではかなり重宝する能力だった。
最初は緊張のためか、敵に気づかずに俺と一緒に驚きの声を上げていたが、二度目の戦闘からはこのように、その能力を遺憾なく発揮していた。
……まぁ、来るのがわかっていても、突然暗がりから何かが出てくると驚いて体がビクッと震えてしまうのは仕方がないだろう。
リアが敵に気づいてから少し経った今になってさえ、俺には敵の存在など全くわからない。
しかし、リアを信じて、リアの睨む方向へとひのきの棒を向けて身構える。
「……来ましたっ!」
その声と同時に、たいまつの明かりの範囲にモンスターが現れた。
お馴染みのスライムが二匹に、……初めてみるモンスターが一匹。
緑色の40cmくらいの丸い身体に、びっしりと生えた太いトゲ。
「あれは……とげぼうず、か?」
「ユート、どうしますか?」
リアは初めて見るモンスターに緊張した声で問いかけてくる。
「大丈夫、アイツもそんなに強くないはず。さっきまでと同じ様に戦うぞ! ……二匹頼めるか?」
「任せてくださいっ!! ……ゃぁあああっ!!」
リアは声を上げて気合を入れると、モンスター達へと素早い動きで近づき、ぶつかる……ところで、急に方向を転換して上空へと離れた。
リアを迎え撃って体当たりしようと飛び出したモンスター達は、そのフェイントに引っかかり、ことごとく空振りする。
そして、まるで煽るかのように接近と離脱を繰り返すリアにつられ、三匹は届かない攻撃を繰り返す。
どうやら作戦は上手くいっているようだ。
俺はそのうちの一匹のスライムに死角からコッソリと近づくと、再度空振りした瞬間に、地面へと思い切り叩きつけた。
スライムはそこでようやく俺の存在に気づいて体勢を整えようとするが……
「おせぇっ!!」
二度目の攻撃を食らわせると、スライムは二、三度痙攣して動かなくなる。
先程の三回の戦闘でさらにレベルがあがり、ちからが増えたおかげか、スライムならば二発で倒せるようになっていた。
「よしっ! リアっ、いいぞ!!」
同じ要領でもう一匹のスライムを片付けて声を掛けると、リアは俺の肩へと戻ってくる。
そして、俺達は最後に残ったとげぼうずと対峙した。
とげぼうずはようやく残りが自分だけと気づいたのだろう。
俺達の隙を探るように、ジリジリと一定の距離で身構える。
しかし、元からスライムとそう強さが変わらず、さらにリアに翻弄されて空振りを繰り返し、その攻撃方法をじっくりと観察されていたとげぼうずは、初めての対戦と言えど、最早俺達の敵ではなかった。
二人で挟み込む形になるように移動し、とげぼうずが俺に向かってきたら俺が避けてリアが後ろから攻撃を、リアの方へ行ったらリアが避けて俺が攻撃を。
そんな、ある意味作業と化した攻撃を3度繰り返すと、とげぼうずは倒れて動かなくなった。
念のため、モンスターが確実に死んでいるのを確かめ、そして他に気配がない事を確認すると、リアが喜びの声をあげた。
「やりましたねっ!! なかなかいい……こんびねーしょん? でしたよね!?」
「だなっ! リア、なかなかいい陽動っぷりだったぞ」
「えへへ」
リアは俺の言葉を受けてくすぐったそうに笑う。
外で戦った時も思ったが、この戦法がまさかここまで上手く嵌まるとは思わなかった。
素早さが高く、攻撃を避けるのが上手いリアが敵を引きつけて攻撃をかわし、そうして出来た隙を俺が突いて敵の数を減らす。
そして、数が少なくなったら、敵を挟んで、敵が片方に攻撃した所を後ろから突いて倒す。
敵を倒す速度は一切気にせず、いかにダメージを受けずに戦闘を終えられるか、を念頭に置いた戦い方だった。
言葉にすればたったこれだけの、正直、作戦とも言えないちゃっちぃ戦法でしかないが、その効果はほとんど減っていない二人のHPに、顕著に現れているだろう。
「でも、ユートって鬼畜ですよね。こーんなか弱い妖精のわたしに、危険な囮をさせるなんて」
「人聞きの悪い事言うなっ! 第一、お前がやるっつったんだろうが!!」
「そうでしたっけ? 忘れちゃいました♪」
リアは悪戯っぽく笑いながら、俺の頭上を飛び回る。
……今言ったように、最初は、俺が囮の役をやるはずだった。
リアの『わたしも前に出て戦います!』という言葉に、二人で効率よく戦うためには、そして、互いに傷つく可能性の少ない戦法は……と、最初はただそれだけを考えて、俺が囮を務める作戦を提示した。
で、次の瞬間、顔面蹴られた。
『バカにしてるんですかっ!? わたしだって冒険者になるんですっ! 守られてるだけじゃ、嫌なんですっ!! 相棒だって言ってくれたのは、嘘だったんですかっ!!?』
と。
正直な所、リアの最大HPが低いことと、俺の最大HPが無駄に高い事、そして俺でもスライム程度の敵が二匹くらいならダメージを受けずにあしらえる、といった事を考慮しての作戦だったのだが、リアはそう取らなかったらしい。
……いや、色々と理由をつけて違うと言ってはいるが、やはり心のどこかでリアに危険な役目を任せたくないっていう気持ちがあったのかもしれない。
別にリアの事を蔑ろにしようとしたわけでも、俺がリアを守る、なんていう傲慢な考えを持っていたわけではない……はずなのだが。
……まぁ、そんなわけで、半ば無理やりリアが囮をする作戦に変えられてしまったのだが、その変更は当たりだったと言わざるを得ない。
正直、リアの囮は上手かった。
当たるか当たらないかの絶妙な位置取り、敵の注意が俺の方にそれそうになった所で軽く突いて注意を引き戻す手際、そして見ていて全く危なげの無い攻撃のかわし方。
まだ一枚も薬草を使っていないのに、ほとんどHPが減っていない事が、リアの囮の有用性を示している。
俺が囮をしていたら、現時点ですでに数枚は薬草を消費していただろう。
「たららたったった~ん♪ ……ふふっ」
リアは俺の肩で、レベルの上がった証をニコニコと見つめながら口ずさんでいた。
余程気にいったのか、音楽=レベルアップならば、すでに十数レベルに達する程に歌っている。
「リア、浮かれるのはいいけど、油断はするなよ?」
「気配は探ってますし、大丈夫です。……ふふふっ」
「まぁ、それならいいけど……。……って、あれ?」
「行き止まり……ですね」
慎重に歩いていると、唐突に行く手が壁に遮られた。
曲がり角かと思い、左右に動いて照らしてみるが、道は存在しなかった。
「ここが最深部? ずいぶんあっけなかったな。……でも、ハンコらしき物は……と」
イレールの話では、確かハンコを置いた台がある、という事だったが……そんな物は全く見当たらない。
「う~ん……何もありませんね。ここじゃないんでしょうか?」
「かもなぁ……」
ここで考えられるのは二つ。
一つは、最深部はここで間違いないが、何らかの理由でハンコが消えてしまっている可能性。
そしてもう一つは、来る途中で横道、本当の最深部への道に気づかずに、通り過ぎてしまった可能性。
一つ目だとどうしようもないし、もしそれが原因ならば探索を終えてから聞きに行けばいい。
ここは二つ目だと考えて行動する方がいいだろう。
特に何も考えずに道の真ん中を歩いていたのが仇となってしまった形になっていた。
「もしかしたら横道を見落としてたのかもしれないな。面倒だけど、最悪壁に沿って一往復する必要があるかも」
「……それしかないですね。まったく、仕方ないんですから、ユートは……」
「いや、お前だって何も言わなかっただろ」
俺達はそんな軽口を叩きながら、入り口方向を向いて左手、方角で言えば東の壁に沿って進む事にした。
その後、一回の戦闘を経て、さらに進んでいくと、道の先にポッカリと奥へと続く闇が広がっているのを見つけた。
「お、横道発見、だな」
「意外と近かったですね」
リアの言うとおり、戻り始めてからまだそれ程経っていない。
位置的にも、入り口よりも奥の方が近いだろう。
「ユート! 待ってください、敵ですっ!!」
早速先へと進もうとすると、リアの鋭い声に止められる。
慌てて身構えると、横道の暗がりからとげぼうずが二匹現れた。
「っ!」
一瞬目配せをして頷き合うと、リアは敵へと向かって飛んでいく。
そして、うまく二匹の注意を自分へ引きつけると、手馴れた様子で敵の攻撃を引き出していく。
俺はその様子を見ながら、ジリジリと死角へと動き、隙を窺う。
チャンスはすぐにやってきた。
とげぼうずが攻撃を外し、体勢を崩す。
―― 今だっ!
「危ないっ!! 下よっ、避けなさいっ!!」
「えっ!?」
前へ出ようと一歩を踏み出した瞬間、突然意識とは反対方向から鋭い声が掛けられ、身体が硬直してしまう。
「こんの馬鹿っ!! 止まるなっ!!」
そんな罵声と共に、横から衝撃を受け、身体が投げ出される。
どうやら声の主に体当たりされたらしい。
上から感じる心地よい重さと柔らかい感触が、声の主がまだ若い女性 ― 少女である事を示していた。
「しにたくなけりゃ、足下にも注意しなさいっ!」
少女は、すぐに立ち上がると、苛立った声でさっきまで俺がいた場所を指差す。
そこには、二つの大きな鎌のような前足を持った、昆虫……巨大なセミの幼虫のようなモンスターが、いつの間にか剣で貫かれてピクピクと痙攣している姿があった。
「せみ…もぐら……?」
全く気づかなかった……。
俺が呆然としながら呟くと、少女は『なによ、知ってるんじゃない』とつまらなそうに呟く。
「悪い、助かったよ。ありがとう」
ようやく驚きから回復して、立ち上がりながら礼を言うが、少女は自身の白い皮鎧に着いた埃を叩きながらすげなく吐き捨てる。
「礼なんていらないわ。……そうね、でも、どうしてもって言うなら、10ゴー…… ――」
「ユートッ!! 何やってるんですかっ、早くこいつらなんとかしてくださいっ!!」
「っ!? わ、悪い、仲間がまだ戦ってるんだっ! ……リアっ、今行くっ!!」
少女の言葉に突然割り込んだ切羽詰った声に今の状況を思い出し、俺は慌ててリアの所へと向かった。
そんな男と、助けを呼ぶ妖精を見ながら、少女は怪訝そうに眉をひそめる。
「……あの子は……妖精? そういえば、今の男どこかで……そう! 確か、ニコニコゴールドで……!!
……ふっ……ふふっ、運が向いてきたのかしらっ?」
少女は口元にこっそり小さく笑みを浮かべると、二人の下へと向かった。
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――― 試しの洞窟 マップその1(精度は最低) ―――
行き止まり
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.? │ 北
.? │ │
.? │ ─┼─
.? │__ │
.? __??? 南
.? │
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入口
│:既に解っている道
?:未だ不確定な道
(*実際には真っ直ぐではありませんが、マップでは直線で表記しています。また、精度は悪く、大まかな図となっていますので、大体こんな感じなのだな、と、読み取ってください)
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――― 冒険者の証 ユートのステータスその4 ―――
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┃ ユート .┃┃ ちから : 7┃
┠──────────────-┨┃ すばやさ : 8┃
┃ 宿無し迷子 .┃┃ たいりょく : 21┃
┃ と し ま ┃┃ かしこさ : 13┃
┃ レベル : 3 .┃┃ うんのよさ : 2┃
┃ HP 35/44 ┃┃ こうげき力 : 9┃
┃ MP 49/54 .┃┃ しゅび力 : 11┃
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┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:ひのきの棒 ┃┃メラ ┃
┃E:黒いジャケット .┃┃ .┃
┃ ┃┃ .┃
┃ ┃┃ .┃
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レベル2 HP+2 MP+2 ちから+1 すばやさ+1
レベル3 HP+2 MP+2 ちから+1 かしこさ+1
――― 冒険者の証 リアのステータスその2 ―――
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┃ リ ア .┃┃ ちから : 6┃
┠──────────────-┨┃ すばやさ : 20┃
┃ 家出妖精 ┃┃ たいりょく : 6┃
┃ あ そ ぶ ま .┃┃ .かしこさ: 7┃
┃ レベル : 4 ┃┃ うんのよさ: 13┃
┃ HP 9/14 ┃┃ こうげき力: 6┃
┃ MP 0/ 0 .┃┃ しゅび力: 32┃
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┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:Gスーツ ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
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レベル4 HP+2 たいりょく+1 すばやさ+1
薬草(食×2) HP+2
(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)
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――― たいまつ ―――
価値 ☆(約10G)
主に洞窟内を照らすために使われる。
形としては、木や銅の棒の先に、松脂や油等の燃えやすいものに浸した布切れを巻きつける、といった単純なものが多い。
最近では、戦闘時に持たずに戦う事ができるよう、取っ手の部分が地面に突き刺せるように尖っているものが多くなっている。
この部分は意外と丈夫なので、いざというときの武器代わりにならないこともないが、使わないに越した事はないだろう。
たいまつを使う際、注意点として、使われている材料や材質によってもつ時間が異なる事があげられる。
昨日使ったたいまつが十時間もったからといって、今日使うたいまつが同様の時間もってくれる保証はないのだ。
もしも不安であれば、二つ以上持っていくのがいいだろう。
洞窟内で明かりが無くなるのは、死ぬという事にほぼ等しいのだから。
・著者 ネナンノ・ヒリシナ
――― 冒険者の友 天空の章 道具の項