ユートだ。
ははっ! 俺って、実は結構強いのかも?
攻撃力は低いっぽいけど、相手の攻撃、大して食らわないくらいに防御力は高いようだし。
それに、まだ二回目だってのに、なかなかの威力のメラが撃てた。
これからの冒険者生活、不安もあったけど、この調子ならうまくいけるかもしれないな。
そんな事を考えながら、倒れたスライム達に息がない事を確認して、辺りの様子を窺った。
……よし! 他のモンスターはいない、な。
塔では、敵を倒したかの確認もしないで行動して、失敗した。
もうあんな間違いは犯さないようにしないとな。
今はセディもいないんだから、慎重になってなりすぎるなんて事はない。
……まぁ、さっきの戦闘からして、それほど肩肘張る必要も無さそうだけどさ。
俺はもう一度だけ軽く周囲の安全を確認した後、さっそく初の“浄化”をすることにした。
実は、皆がやってるの見て、俺もやりたくて仕方がなかったんだよな。
あれって、その証の持ち主本人以外じゃできないらしくて、生殺し状態だったんだ。
「えっと……確かこうやって……、うん、この画面だな。で、こうして念じる……っと」
逸る気持ちを抑えながら証を操作して、スライムの死体に向けて証をかざす。
すると、スライムは黒い霧に代わり、証に吸い込まれた。
後には銅貨が二枚、ポツンと残っている。
それは、何度も皆の横で見ていたのと全く同じ光景だった。
「……おぉっ! はははっ、俺にもできたっ!」
できるのは当然と言えば当然なんだけど、それでも、俺にはこれが冒険者としての第一歩に感じられて、どうしようもなく嬉しかった。
俺はここで生きていく
~ 第一章 第二十二話 ~
「おぉ~、増えてる増えてる!」
声が自分でも弾んでいるのがわかる。
俺の視線の先には、証の浄化画面に書かれた『EXP:4』という表示。
こうやって経験値が増えて、レベルが上がってくわけか。
ははっ、燃えるよな、こういうのって!
試す前は、浄化の時の“念じる”というのがよくわからず、正直、自分にもできるのか不安だったが、ただ“経験値になれっ”と頭の中で考えただけで、あっけない程簡単に浄化を行う事ができた。
「っと、そうだ、忘れてたな」
ポケットの中から全財産である5Gを取り出して、さっき拾った2Gと併せて証へと収納する。
「これもよくわかんないよなぁ……。一体どういう理屈でできるんだか」
面白くなって、何度も出し入れしてみる。
手のひらの重さが急に消えたり、逆に何もないところからゴールドが現れて、手にずっしりと来る感触は、最初は違和感があったが、すぐに慣れた。
この時も、ただ“5G入れ”や、“3G出ろ”とか考えるだけで、好きな数を出し入れする事ができた。
「……って、遊んでても仕方ないか。
そうだリア、お前も一匹浄化してみろよ。もう片方は……今回は俺が貰っとくな」
「………」
焦げたスライムの方へ向かいながらリアに声を掛けるが、返事がない。
「ん? リア? ……どうかしたのか?」
不思議に思って振り返ると、リアは何か思いつめたような顔で佇んでいた。
その様子にただならないものを感じた俺は、声を掛けるが、返事はない。
ニ、三度話しかけると、ようやく小さな反応を示す。
「……ユート、今のは……。
……いえ、なんでもありません」
しかし、リアは何かを言いかけた後、結局何も言わずにスライムの方へと向かってしまう。
そして、自分の証を操作して浄化をすると、出てきたゴールドを俺に渡す。
受け取ったゴールドを証へ入れていると、無言で俺の左肩のポケットに証をしまい、座り込んでしまった。
「どうしたんだ、一体?」
さっきまで機嫌良く鼻歌歌ってたというのに、あまりにも違いすぎる態度に、混乱してしまう。
「……なんでもないです」
「でも、」
「なんでもないんですっ!!」
尚も問いかけようとする俺に、リアは突然大きな声をあげた。
「………………リア?」
「……っ、なんでも……ないんです」
リアは一瞬、罪悪感にかられた表情を出すが、すぐに俯いて外を見つめてしまう。
そのリアの様子に、俺は覚えがあったが、しかしだからといっていい手立てが思いつかず、そのまま無言で前へと歩を進める事しかできなかった。
◆
……わたしはどうしたらいいのでしょうか。
どうしたら……。
リアは、先程の戦闘、特にユートが最後のスライムを倒した時に使ったメラを見てから、言いようのない焦燥感におそわれていた。
なんで魔法が使えるようになってるんですかっ……。
わたしが教えて、あれだけの時間練習していても、全く使えるようにならなかったのに、どうして……!
昨日わたしが教えた時は、確かに使えていなかった。
何度呪文を唱えても、出てくるのは一筋の煙だけのはずだった。
魔法を唱えても何も起こらないわたしとは違って、確かに、ユートは身体が光り、煙だけではあるが、反応があった。
だから、いつかは使えるようになる事はわかっていた。
でも……それでも。
どうしてわたしが教えている時じゃなくて、得体の知れない『魔法屋』なんていう場所で、それもたったの二、三時間教わっただけで使えるようになってしまうんですかっ!?
頭の冷静な部分では理解していた。
そんな理由はわかりきっている。
単純に、自分が教えた魔法の使い方よりも、その『魔法屋』という所で教えてる人間の教えた魔法の使い方の方が優れていた。
ただ、それだけの事だ、と。
しかし、それでも、そんな事を認めるわけにはいかなかった。
そんな事を認めてしまえば……、そんな事が自分の中で事実となってしまえば……、わたしは……っ!
そんな焦燥感から、ユートに対する反応もきついものになってしまった。
気遣わしげな表情でこちらを見るユートの目を直視する事ができず、顔を背けてしまう。
ユートが肩を落とす気配が伝わってくるが……今声を発してしまえば、自分でも何を言うかわからず、またあたってしまいそうで、何の言葉もかける事ができない。
ユートにこんな風にあたりたいわけではないのに……。
なんとか早く、気持ちを落ち着けないと……。
最後の一匹を浄化するユートを横目で見つめながら、リアはため息をついていた。
「……ユート」
「ん?」
リアはなんとか気を落ち着かせると、恐る恐るといった風に話しかける。
「その……、さっきのメラ、の事なんですけど……使えるようになったんですね」
リアは自分の発した言葉に、舌打ちしたい気分だった。
直接、“魔法屋で教えてもらったんですか?”と問いかければいいだけなのに、わざと遠回しに効いてしまう弱さが情けなかった。
……それでも、考えてしまうのだ。
“そうだ”と、答えられて、自分の力が必要なかったのだ、と理解してしまうのが怖い、と。
例え、どう聞こうが最終的な結果が同じだったとしても。
リアは妖精である。
人間に多種多様な体格の者がいるように、妖精にも体の大きい者から小さい者、羽根の生えている者から、触覚が生えている者までおり、一言に妖精と言っても、その種族は多岐に渡る。
その中で、リア達、羽を持つ小さな体格の妖精達は、その見た目の通り、肉弾戦は得意としていない。
だからと言って、弱いわけではなく、その素早い動きと強い魔力で妖精の中でも有数の力を持つ種族だった。
しかし、その事実がリアの思考をあまり良くない方向へと導いてしまっていた。
わたしには……、わたしには何もないんです。
剣を持って敵を倒せるような力も、本当は持ってるはずだった、強い魔法を扱うための魔力も。
これで、魔法の扱い方に関しての知識も否定されてしまえば、わたしはどうすれば……っ。
わたしは……、ユートと一緒にいてはいけないんですか……?
◆
いきなり怒鳴られて驚いてしまい、気まずい沈黙のまましばらく歩いていると、おずおずとリアが口を開いた。
「その……、さっきのメラ、の事なんですけど……使えるようになったんですね」
痛い沈黙が破られて、俺は幾分軽くなった気分でその問いに答える。
「あぁ、そういえば言ってなかったっけか。さっき行った魔法屋で教えて貰ったんだ。まだまだ色々無駄が多いんだけど、結構形になってるだろ?」
「そう……ですね」
てっきりリアも喜んでくれると思ったのだが、目に見えて落ち込んでしまう。
な、なんだ、俺、また何かミスったのか!?
正直、こんなに悲しそうな女の子の顔を、長時間眺めていたくはない。
これでもか、というくらいに頭を回転させて何にそんなに落ち込んでいるのか考えていると……一つだけ心当たりが見つかった。
「……もしかして、“わたしが教えてもできなかったのに~~”なんて考えてないか?」
「っ!?」
俺が探るように問いかけると、リアは身体をビクリと震わせて、羽をピーンと伸ばす。
ははは、わかり易いヤツ。
原因がわかってホッとした気分になりながら、拗ねたお姫様の誤解をどう解いてやるか考える。
「そりゃ勘違いしてるぞ、リア」
「……何がですか」
「確かにきっかけになったのは、魔法屋で教わった事だけどさ。完璧じゃないとはいえ、こんなに早く魔法が使えるようになったのは、リアに教わったおかげでもあるんだぞ?」
「………」
何を言ってるんですか、といった風な、そ知らぬ表情の中に、僅かに希望を覗かせて、リアは先を促す。
「魔法屋……マリアさんが言うにはさ、魔法って、使うヤツの種族とか、生きてきた環境によってずいぶん違うんだってさ。使えるようになった今なら、俺にもそれが何となくわかる。生まれも育ちも全く違う俺が、妖精の魔法の使い方をなぞってみても、使えるわけがなかったんだ。
……あれ、ってか、よく考えたらお前も最初に会った時そんな事言ってたような気が……?」
「そ、そうでしたか? 忘れてしまいました (そういえば、ユートの追求を交わすために、そんな出任せを言った気もします……)」
少し焦った表情で首を傾げるリアが気になったが、話を続ける。
「……? まぁいいか。で、俺の場合、可燃物がどうのとか、運動エネルギーがどうの、って考えて魔法を使ってるんだけど、そんな事を聞いてもリアにはたぶん何の事かわからないだろ? それと同じで、正直、俺には精霊、っていうのがよくわからなかった。」
リアは曖昧な表情で頷く。
「……でも、それならやっぱりわたしの言った事は全部無駄だった、って事じゃないですか」
「だからそう結論を急ぐなって。確かに俺には精霊の理論はよくわからなかったし、ある意味全く別の方法で魔法が使えるようになった、ってのは確かだけどさ。でも、魔法の使い方の……何ていうのかな、流れっていうか、コツ? みたいなものがリアの説明のおかげでわかってたから、こんなにスムーズに魔法を使えるようになったんだぞ?」
「コツ……ですか?」
「そ。リアに教わったのは、簡単に言えば、まず精霊を想像して認識して、それに祈る。そして、その力を借りて魔法を生み出す、って感じだっただろ? 俺の方も、考え方は違うけど、その流れに似せて魔法を創造したおかげで、上手く使えるようになった、ってわけ。だから、半分以上はリアの教えのおかげなんだぞ」
これは別にリアを元気付けるため、というわけではなく、100%本心だった。
とある難しい数学の問題があったとしよう。
リアに教わった解法は、英文交じりでよくわからなかったが、マリアさんに言われてそれを日本語に翻訳し、ほんの少しだけ応用してみたら、意外と簡単に解けてしまった。
俺にとっての魔法は、そんな感覚だったのだ。
後に、創造魔法の使い手と話す機会があり、その時にこの話をしたら酷く驚かれる事になるのだが……とりあえず今は置いておこう。
そんなわけで、俺としたら答えを教えて貰っていたのと同じ事で、半分以上どころか、実際、ほとんどがリアのおかげと言っても過言ではなかった。
「……でも」
リアは不安そうに俺を見上げるが、その瞳の中にはさっきまでなかった輝きが、少しではあるが見て取れた。
その事に勇気付けられて、俺は一気にたたみかける。
「デモもストもないっての! 俺はリアに感謝してんだから、お前は胸張ってりゃいいんだよ。“このわたしがユートに魔法を教えたんですよっ”ってさ」
そう言って目を見つめていると、リアはしばらく呆然としていたが、やがて堪えきれずに肩を震わせて、笑い出した。
「…………ぷっ、あはははっ。ユート、それ、クサすぎです」
「……何もそんなに笑う事ないだろ。こっちは真面目だってのに」
ようやく笑顔を見れたことに心を暖かくしながら、それを隠して殊更に憮然とした表情を作る。
リアは笑いすぎて出てきた涙に、涙を隠してそっと拭う。
「ふふっ、そんなに拗ねないで下さい。
………………ありがとう、ユート」
「……ふ、ふんっ」
小さい声で言われた言葉に顔が熱くなる。
なんにせよ、元気が出たみたいでよかった。
……ただ、気がかりなのは、未だにリアが落ち込む原因を取り除けてないことだった。
このままじゃ、また何かきっかけがあったら同じ様に落ち込んでしまうに違いない。
早いうちに、リアと一度じっくり話したほうがいいかもしれないな……。
「赤くなってますよ……クスクス」
「うっさい!」
まぁ、今はこれでよしとしておくか。
クスクスと小悪魔的な笑みを浮かべて笑うリアを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。
「……ふぅ。まぁ、リアはそうじゃなくっちゃな。
戦闘中の応援、よろしく頼むわ。結構嬉しいしさ。あぁ、もちろん、気が向いたら魔法の援護とかもやってくれよ? まっ、スライム程度なら必要なさそうだけどさ」
軽い気持ちだった。
ただ軽口を叩いて、お互いに笑い合う。
そんな光景を想像して発しただけの言葉だった。
しかし、無情にも、空気が固まる。
「っ!?」
俺の言葉に笑顔を凍りつかせて身を硬くしたリアを見た瞬間、自分が地雷を踏んだ事に気がついた。
ま、まさか、『魔法』って言葉が地雷なのか!? いや、そんな事は……っ、だって、リア、Gモシャス使ってたじゃねーか!?
実際、リアが気にしているのは魔法についてなのかも、と思った事は何度かあったのだ。
しかし、Gモシャスを使っていた姿を見ていたので、その可能性はすぐに切り捨ててしまっていた。
だが、今の俺の言葉で反応したという事は……あぁ、くそっ。
何かフォローしなければ、と思うが、頭の中で考えがぐるぐると回ってまとまらない。
時間が経つにつれて焦ってしまい、言葉を選ぶ余裕さえなくなってしまう。
「い、いや、その……まぁ、冗談だ、冗談! これくらいの敵ならリアの援護なくったって、別に何とかなると思うし」
「……っ (わたしは……必要、ない…ん…ですか?)」
誤魔化そうと思って言葉を続けるごとにどんどん傷を広げていくのが理解できた。
リアの顔は笑顔を浮かべているが、雰囲気が硬くなっていくのがわかる。
くそっ、さっき慎重に、って考えたばかりだってのに!?
違う、違うんだ、俺はそんな事を言いたいんじゃない。
だから頼む、そんな顔をしないでくれっ!
そんな悲しそうな笑顔は……っ。
「リア……っ」
「……おしゃべりはここまでですね」
「……っ、くそっ、モンスターかっ!?」
なんていうタイミングで着やがるっ!?
今はお前達に構ってる暇はないのにっ!
このタイミングを逃してしまえば、二度とリアに手が届かない所へ行ってしまう気がする……っ。
そんな脅迫じみた考えと戦いながら、俺はひのきの棒を構える。
相手は先程と同じくスライムが3匹、そして、それに加えてさらに、爪に骸骨を掴んだカラス ― おおがらすが二匹の、計五匹といった構成だった。
腰を落として油断なく構えようとするが、頭の中はリアの事ばかりでいまいち敵に集中できない。
しっかりしろ、今回はさっきよりも敵が多いんだ。
いくら弱いって言っても、リアの身体じゃ、脅威に違いない。
早めに数を減らして、こっちに注意を引き付けないと……っ!
相手はこちらの様子を見たまま動こうとしない。
互いにジリジリとけん制し合っている状態だ。
俺は睨みあっている隙に、モンスター達にばれないように魔法を作り出す。
敵を刺激しないように、腰を落としたまま動かずに右手に魔力を集めていく。
体勢はきつく、詠唱も使えないため、先程の倍以上の時間がかかったが、何とか魔法の準備が整った。
後は呪文を唱えるだけ……っ!
俺とリアを中心にして弧を描くように対峙するモンスター。
その包囲がだんだん狭まり、気の長くなるような ― 実際は数秒なのかもしれないが ― 時間がすぎる。
……そして。
「……っ! 『メラッ!』」
痺れを切らしたか、最初に飛び出してきたおおがらすに魔法を投げつけ、倒れたのを確認すると、三匹同時に飛び掛って来たスライム達にめちゃくちゃにひのきの棒を振り回す。
二匹には棒があたり、跳ね飛ばす事に成功したが、残りの一匹に一発顔に攻撃を食らってしまう。
軽い衝撃を受けて顔に痛みが走るが、気にせずに後ろに飛んで体勢を整える。
そして油断なくスライム達に構えるが ―― まて、もう一匹のおおがらすはどこへ行った!?
「くっ! このぉっ、わたしだって!!」
その声にスライム達を視界に入れながら振り返ると、リアがおおがらすに蹴りを叩き込んでいる所だった。
勢いの乗った体当たりに近い蹴りで、おおがらすは堪らずに地面にたたきつけられる。
よかった、無事だったか。
リアの蹴りの威力は俺が一番良く知ってるからな。
そんな場合ではないとわかってはいるが、苦笑がこぼれる。
「はぁ、はぁ……どうですかっ、ユートッ! わたしだって……わたしだって戦えるんですっ!! ……わたしだって、ユートとっ!!」
リアの必死の表情に、一瞬スライムの事が意識から消え、その言葉に聞き入ってしまう。
その隙に一匹のスライムから攻撃を受けてしまうが、次の瞬間に視界に入ったものに気を取られた俺には関係がなかった。
「リアッ! 油断するなっ、下っ!!」
「えっ……きゃっ!?」
まだ息のあったおおがらすが身を起こすと、リアに向けて骸骨を投げつけたのだ。
油断していたリアは直撃を受けてしまう。
「っ! てめぇぇえええええっ!!」
慌てておおがらすへとひのきの棒を振り下ろすが、避けられてしまう。
そして、おおがらすは俺を嘲うように一度羽ばたくとスライム達のもとへと逃げてしまう。
俺はそれには見向きもせずに、リアのもとへと駆け寄る。
「リア、大丈夫かっ!?」
見たところ怪我はなさそうに見える……が、油断はできない。
俺は改めてモンスターにも意識を割きながらリアに具合を尋ねる。
しかし、リアは呆然とした表情のまま何も話そうとしない。
「リアッ!?」
「………大丈夫です」
何度目かの呼びかけに応えた声は、思ったよりもしっかりしていて安心する。
「大丈夫、です。……まったく痛くなかったです」
リアの声を聞きながら、俺はモンスター達に意識を戻す。
残りは一発当てたスライムが二匹とまだ満タンのスライムが一匹、そしてリアの蹴りが入ったおおがらすが一匹……か。
どいつから行くべきか……。
モンスター達はすでにジリジリと近づいてきていて、次の瞬間に飛び掛ってきてもおかしくない。
最早悠長に魔法を唱えている暇は無さそうだ。
「リア、俺はあのカラスを狙う。リアは空に逃げててくれ、スライム達なら届かないだろうから、安全だと思う」
「イヤです」
モンスター達から目をそらさずに伝えるが、リアは首を横に振ると俺の言葉を切って捨てた。
「リア、危ないから……「イヤですっ!!」……リア?」
こちらを見つめる目には確かに光があったが、それはさっきの優しいそれとは違い、酷く不安になる、危険な光だった。
「さっきのわたしの攻撃、効いてました。それに、カラスの攻撃だって全く痛くなかったんです。
……わたしにだって戦えますっ! 魔法が……なくたって!! わたしだって!!」
そう言うと、リアはスライム目掛けて飛び出してしまう。
その動きは素早く、俺には追いつけない。
「リアッ! ……くそっ!」
その行動に引きずられるように、仕方なく俺もおおがらすへと向かう。
しかし、空中を飛ぶ敵は想像以上に厄介だった。
ひのきの棒を振り下ろして避けられ、動きを読んだつもりで見当違いの場所を空振ったり、と、なかなか仕留める事ができない。
早く倒してリアの援護に行きたいのに……っ、くそっ!!
気ばかりが焦り、空振ってしまう。
チラチラとリアの方を見るが、今の所善戦しているようだった。
相手の攻撃は素早い動きで避け、隙を見つけて攻撃を加え、そしてまた空中へ逃げる。
ヒット&アウェイの見本のような戦い方だった。
攻撃力が低いせいか、まだ一匹も倒せていないようだったが、空振りばかりの俺よりもよほど上手い戦い方をしているようにみえる。
この調子なら問題は無さそうだ……な。
リアの切羽詰った様子を見て俺も焦ってしまっていたが、その戦いの様子を横目に見て少し落ち着く事ができた。
急がば回れって言葉もあるし、腰を据えてコイツと戦うか。
そっちの方が結果的に早く倒せるかもしれないし。
おおがらすはリア程ではないが、素早い動きで俺を翻弄してくる。
そして、俺が空振った隙を狙って骸骨を投げつけてくるのだ。
幸いそれ程力がないのか、投げられる骸骨は遅いので軽く避けられるが、それでもニ、三度は食らっている。
……なんで、こっちの攻撃はあたらないのに、あっちの攻撃は……、いや、まてよ?
最初の戦闘のとき、俺はオオアリクイ相手にどう戦った?
相手の攻撃を避けて、体勢を崩した隙に攻撃を加えていただろうが!
いくら焦ってたとはいえ、そんな初歩的な事も忘れてたとは……っ!
その事に思い至ると、肩の力が抜ける。
さっきまではおおがらすの姿しか目に入っていなかったが、青い空や草原も視界に入ってきた。
そして、おおがらすの動きが遅くなったわけではないのに、先程よりも見易くなった気がした。
……これならいける!!
俺は気を新たに、ひのきの棒を構えなおした。
「……ふぅ、なんとかなった、な」
俺の足元にはおおがらすが倒れている。
落ち着いてからは一度も攻撃を食らわずに倒す事ができた。
数分もかかっていないし、自分でもなかなかいい感じに戦えたのではないかと思う。
「……って、んなことはどうでもいい、リアは!」
慌ててリアの方を見るとさっきと同じ様に戦うリアの姿があった。
いや、一匹は倒せたようで、残りは二匹。
それも両方ともかなりの手負いで、倒し終わるのもそうかからないだろう。
リアの方は大丈夫そうだな……。
ってか、リアって意外と強いのな。
はは、やっぱしリアは頼りになるわ。
俺が守る、なんて、少しおこがましかったかもしれないな。
……そうだよな、相棒なんだから、どっちがどっちを守るってのはおかしいよな。
俺はこれからもリアと一緒にいたい。
一度じっくり話して、お姫様にフられないようにしないとな。
俺は一度クスリと笑って、おおがらすに息がない事を確かめ、リアの援護へ ――
「……ん?」
行こうとしたところで何かが光った気がして、出しかけた足を止める。
あたりが明るいためわかりにくかったが、よく見ると自分の胸元が点滅している気がする。
「証……か?」
胸元から取り出して見て見ると、証に書かれている文字が赤く静かに点滅していた。
無性に嫌な予感がして、証を操作して、ステータス画面を表示する。
「……なっ!?」
そこで目に飛び込んできたのは、HP欄の2/40の文字。
「HPが2……ってなんでだよ、身体は全く無事なのに!?」
言葉では驚きの声を上げていたが、頭は必死に回転させていた。
ほとんど痛みを感じないモンスターの攻撃。
オオアリクイの攻撃のあの痛み。
証を取ったことと、証の祝福。
そして、しっかり減っていたHP。
「……まさかっ!?」
これだけの事実がそろっていれば、嫌でも想像がつく。
敵の攻撃が弱かったんじゃない。
自分が強かったわけでもない。
証によって守られていただけなのだ、ということが。
そこまで考えた所で、リアの事に思い至り、顔が青くなる。
慌ててリアの方へ顔を向けると、ちょうど避けきれずにスライムの攻撃を受けてしまった所だった。
そして、間の悪い事に、俺の左肩から赤黒い光が点滅し始める。
「リアッ!?」
「大丈夫、ですっ」
声にはまだ力があったが、大分疲れてきたのか、その動きは精彩に欠けていた。
このままでは再びダメージを受けてしまうのは明白だった。
「くっ……」
そこまで考えた所で、自然に身体が動いていた。
HPが0になるとどんな事が起こるのかはわからない。
おそらく良くないことが起こるのだろうが……それでも、リアよりも身体の大きい俺の方がまだましなはず……っ!
疲れで目測を誤ったのか、体勢を崩して無防備になってしまったリアが目に入る。
横からスライムを殴りつけるつもりだった俺は、行動を変更してリアに覆いかぶさるのに、躊躇はなかった。
―― そして、背中に一度軽い衝撃を受けたかと思うと、何かが壊れるような音……いや、気配がした。
「ユートッ!? そこどいてくださいっ、わたしはまだ戦え…………っ!!? ユート………そ、その……腕……」
俺は気絶しそうな右腕の痛みを堪えながら立ち上がる。
何かが割れるような音がした後、リアを覆うように地面についていた右腕に、外側からスライムがぶつかってきたのだ。
運が悪かったとしか言いようがない。
右腕は間接の部分でぷらぷらと揺れており、揺れる度に気が遠くなりそうな痛みが体中に走る。
脂汗が額に滲み、気持ち悪く、吐き気までする。
が、ここで気を失ったら冗談抜きでヤバイ。
気力を振り絞り、なんとか左腕でひのきの棒を持ってはいるが……、正直戦力にはなりそうにない。
「……ぐっ、ぅ……、はぁ、はぁ。……は、話は後、だ。さっさとコイツら、倒す、ぞ……。それ…と、いいか、リア。もう絶対に、攻撃、受けるな!」
「ユ、ユート、腕……曲がっ……」
「いいからっ!! 今はお前、だけが、頼り……なんだっ」
俺は搾り出すように呻く。
リアはその言葉に一度目を見開くと、力強く頷いた。
「……っ!! わ、わかりましたっ!」
その目にはさっきまでの危険な光はほとんどなく、代わりに涙に滲んだ瞳があった。
また……泣かせちまったな。
後で、謝らないと……。
「……正直、俺は、戦力に、なりそうに、ない。この棒を左のヤツに、投げつけるから、分断された、一匹づつ、仕留めるん、だ」
真剣な表情で頷くリアに、俺も一つ頷くと、右を前に半身にし、棒を投げつける体勢に入った。
「いくぞっ!!」
「はいっ!」
「ユート……ッ…。……めんな……い。ごめん……なさい……っ」
「お前のせいじゃないんだから、もう謝るなって」
俺は、神父の治療のおかげでもう全く痛みのなくなった右腕で、泣きじゃくるリアの頭をそっと撫でてやる。
するとリアは俺の指を胸に抱き、さらに涙を流す。
俺はどうしたものかと、左手で頬を掻きながら周りを見回すが、目が合う者は……ウェッジはニヤニヤ笑っているし、神父とイレールは微笑んでいたり、と、味方になってくれそうな人間は誰もいない。
……そのうちの一人は静かに微笑みながら、刺すような殺気を送ってくるし。
正直、メチャクチャ怖いです、イレールさん……。
ここは、協会内にある教会。
受付の向かって右奥にある、小さな十字架が一つに神父さんが一人という小じんまりとした教会だ。
教会は街に数箇所有るのだが、初めは協会内にはなかったらしい。
しかし、あまりにも冒険者の利用者が多く、教会を利用する信者の邪魔になってしまっていたので、それなら冒険者専用の協会を作ろう、ということでこの教会を作ったそうだ。
もちろん、街の教会を利用するのも構わないが、よほどの事情がない限り、こちらを優先して使うのが決まりらしい。
……話がずれたか。
あれから。
作戦は成功し、何とか危機を脱した俺達は、簡単に手当てをした。
もしかして、と思い、俺も薬草を食べてみたのだが、全く効果がなかった。
一瞬、薬草が悪くなっていたのかも、とも思ったが、リアが食べると証の点滅はなくなったし、おそらく、あまりに酷い怪我だったために効かなかったのだろう。
俺は右手が痛すぎてこれ以上進むのは無理だし、さっさと浄化をして街に戻ろうとした所で、また問題が一つ見つかった。
俺の証の文字が、一応文字は表示はされているのだが、全体的に暗くなってしまい、浄化はもちろん、ゴールドの出し入れ等も出来なくなってしまったのだ。
もしかして、と思ってステータス画面を見てみると、そこには半ば想像していた通りの『しに』という文字とHP0/40の表示。
後で聞いて知ったのだが、これが冒険者としての『しんでいる』状態なのだそうだ。
この状態を回復するには、教会でレベルにあわせたお金を支払い、生き返らせてもらうか、高位の僧侶が持つ魔法である『ザオラル』に頼るしかないらしい。
ちなみに、教会の処置や、この魔法を受ければ、身体の怪我も治る。
というよりも、他に治す方法がないと言ったほうがいいかもしれない。(自然治癒は除いて)
骨折等の重傷の傷は『ホイミ』や『ベホイミ』では、軽減させることはできても完治させることはできないのだ。
つまり、今にして思えば、ラマダがオオアリクイから受けたダメージを回復してくれた時に使った魔法は、『ザオラル』の可能性が高い、という事になる。
話を戻そう。
俺の証が使えないので、倒したスライム三匹とおおがらす二匹はリアが浄化した。
レベルが上がっていたようだが……あまりに悲壮な顔をしていたため、話題にできなかった。
俺も腕が痛くてそれどころじゃなかったし。
で、浄化を終えた後、なんとかモンスターに見つからずに門まで辿り付き、そこで教会の事について聞いて、ウェッジに肩を借りて協会まで戻ってきた。
教会で“生き返らせてもらう”のに必要なお金は、『見習い』の間はレベル×2Gで、職業につくとレベル×10G。
俺は幸い……と言っていいのかわからないが、レベルはまだ1なのでたったの2Gで回復してもらうことができた。
金欠&借金持ちの俺としてはありがたかった。
……まぁ、そんなわけで、今の状況へといたる、というわけだ。
リアは相変わらず壊れたカセットテープのように、かすれた声で謝り続けている。
何度も、謝らなくていいと言ったのだが、聞く耳を持たずに同じ言葉を繰り返すばかり。
俺は頭を掻きながら、どうしたものか、と考える。
実際、怪我したのはリアのせいではないのだ。
たまたま『しんだ』のが、リアを庇った時だった、というだけで、あのまま戦っていればすぐにしんでいたに違いない。
調子に乗って証を確認しないで戦っていた俺が悪かったのだ。
イレールの顔を見て思い出したのだが、証の説明の時、この事について説明は受けていたんだ。
……ただ、俺は、その事をしっかりと受け止めていなかった。
ただ、わかった気になっていたんだ。
痛くなくてもダメージを受けている可能性もあるから、きちんと証を確認してくださいね、と言われていた。
小まめに回復するようにしてください、とも。
なのに、俺は思ったよりもモンスターと戦えたせいで油断して、大丈夫だろ、と、確認を怠って回復をしなかったのだ。
痛みがなかったから気づかなかった、などというのは言い訳にもならない。
慎重に確かめながらいけばいくらでも気づけるチャンスはあったのだから。
そう、何度も説明してはいるのだが、リアはいっこうに謝るのをやめようとしないのだ。
「それじゃ、ユートさん、オレッチはそろそろ門に戻っるスね」
考え込む俺に、ウェッジが席を立って出口へと向かう。
「あ、あぁ、ありがとな、ここまで連れてきてくれて」
リアを気にしながら困った顔で応える俺に、ウェッジは少し考えるそぶりを見せると、顔を近づけてコッソリと囁いた。
「……あんまり気にしちゃ駄目ッスよ? 冒険者の人はみんな通る道なんスから、これは。
証の祝福を受けると敵の攻撃が痛くなくなるから、HP減ってる事に気づかない人って意外と多いんッスよ。ベテランの冒険者だってそれで失敗する人はいるッス。全く気にしないのもいけないッスけど、気にしすぎるのはもっとダメッス」
「あぁ、そうだな……ありがとう」
「いえいえ、これも門番のお仕事ッス! それじゃ、オレッチはここで!
……そうそう、あんまり女の子泣かせちゃダメッスよ~! でわっ!」
ウェッジはそう言うと、不器用なウィンクを一つして外へと出て行った。
俺はその様子に笑みをもらすと、一つため息をこぼす。
とはいえ、こっちの姫様は本当にどうしたもの……あれ?
ふと、いつの間にか、謝る声が途切れているのに気づく。
そっと手のひらの下を覗き込むと、泣きつかれて眠ってしまったリアがいた。
「……ごめん、な」
そのあまりの痛々しさに、自然と謝罪の言葉がこぼれる。
泣かせたくない、なんて思っているくせに、自分で泣かせてりゃ世話ないよな……。
俺はリアを両手でそっと抱えると、神父とイレールに礼を言って宿へと戻ろう……とする行く手を、イレールがそっとさえぎった。
う゛、やっぱりそうスンナリとは行かない……か。
イレールは肩を貸されて担ぎ込まれた俺を、初めは心配して声を掛けてくれていた。
しかし、神父に回復してもらい、腕の痛みがなくなったあたりから、徐々に雰囲気が硬くなり、最終的に、謝り続けるリアを張り付いた笑みで見つめながら、俺に無言の抗議……有り体に言えば、殺気を送り続けるようになった。
「ユートさん。私、怒ってます」
「……その……ごめん、忠告してくれていたのに、聞かなくて……。俺……」
イレールは俺の言葉を静かにさえぎる。
「違います。いえ、その事はその事で怒ってますけど、そうじゃなくて、リアちゃんの事です。……ユートさんもわかってるでしょう? これでもしもわからないなんて言ったら、私、本当に怒りますからね?」
イレールは真剣な表情で俺の目を見つめる。
……あぁ、わかってる、わかってるさ。
「……大丈夫、今日、リアが起きたら夜にでも話し合ってみるよ」
俺がそう告げると、イレールは初めて目でも笑いながら柔らかく微笑む。
「約束ですよ? 明日リアちゃんの元気がなかったら、私本当に怒っちゃいますからね?」
「あぁ、大丈夫、俺もコイツには笑ってて欲しいからさ」
「ふふっ、ですよねっ! あぁ、リアちゃん、可愛いなぁ……」
イレールは顔を緩めると、蕩けそうな表情でリアを見つめ、そっと涙を拭ってやる。
その目は穏やかで、まるで包み込むような優しさを持っていた。
……やっぱいい娘だよな、この子も。
「いい娘だよね、イレールさんって」
「な、なななな、何を言ってるんですかっ、イキナリッ!?」
思わず口に出してしまうと、イレールの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
さっきまでの静かな迫力とは違い、その年相応の顔はすごく魅力的だった。
照れて手を振り上げるイレールから、俺はリアを揺らさないように急いでソッと逃げて、ドアに足をかける。
「あはは、それじゃ、また明日! リアの事は期待しててくれよな」
もーーっ! という可愛らしい声を背に、俺は宿屋へと足を向けた。
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――― 冒険者の証 ユートのステータスその3 ―――
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┃ ユート ┃┃ ちから :. 0┃
┠──────────┨┃ すばやさ : 0┃
┃ 宿無し迷子 .┃┃ たいりょく : 0┃
┃ し に ..┃┃ かしこさ : 0┃
┃ レベル : 1 .┃┃ うんのよさ : 0┃
┃ HP 0/40 ┃┃ こうげき力 : 2┃
┃ MP 14/50 .┃┃ しゅび力 : 7┃
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┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:ひのきの棒 ┃┃メラ .┃
┃E:黒いジャケット . ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)
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――― ホイミ系 ―――
魔力を生命力へと変化させ、使用した相手に分け与える魔法。
その性質から、使い手には神に仕える者が多い。
受け取った生命力を自分のものにするには、それなりの生命力が必要となる。
そのため、ある程度生命力を持った部位(軽度の怪我や火傷)にしか効果がない。
また、証を持つ場合、上記の効果に加え、HPを回復させる効果を持つ。
これは、所謂“しんで”いる状態では効果がない。
ホイミ系と呼ばれる魔法には、ホイミ、ベホイミ、ベホマなどがあり、その順で回復力や回復速度はあがっていく。
契約魔法には、たとえ魔法使いでなくとも、一つだけ最弱魔法を契約して扱えるようになるという特色があるが、冒険者の中ではこのホイミを選ぶ者が多い。
現在最も多くの人間が扱える魔法と言えるだろう。
・著者 ショロウ・ハーモイック
――― 冒険者の友 天空の章 呪文の項 10ページより抜粋
――― ザオラル系 ―――
ホイミ系の上位の呪文である。
呪文の原理は基本的には同じだが、その難易度と扱う魔法力の多さから、ホイミ系とは違い神の力を借りて行使する者が多い。
そのため、使い手は、高位の神官や僧侶の中でも、特に優れた者にしかいない。
この魔法は、ホイミ系とは違い、生命力を与える際、相手の部位の力を必要としないため、生命力のほとんどない骨折や重度の火傷といった部位も回復させる事が出来る。
術者の力量にもよるが、二回ほど使えば大抵の傷は完治する。
また、証を持つ場合、“しんで”いる状態からの回復も可能。
しかし、ホイミ系とは違い、証よりも肉体の回復が優先されるため、あまりにも身体の傷が深いとそちらを直すのに魔力を取られ、“いきかえる”ことができない。
この場合でも、通常、数度使えば“いきかえる”ことは可能。
なお、この際、ザオラルを何度使おうともHPは半分までしか回復しないため、HPを回復させたい場合はホイミ系を使う方が使用MP的にも効率的である。
***
これは、一説には、ザオラルでは回復の意志をある程度神に委ねている部分があるためと言われている。ホイミ系は全てが自身の意志によるものなので、魔法を生命力に変換する際、無意識に証に合った生命力に変化させているのだとか。尚、この説の真偽は定かではない事をここに示しておく。
***
このページの題名に、ザオラル“系”と表示してある事に、読者の諸君は気づかれただろうか。
これは、遥か昔に、証ではなく、完全な“死者”を蘇生する魔法、『ザオリク』と呼ばれる伝説の魔法が存在したという記述があったためにこのような形とした。
死者の蘇生と言えば、彼の『世界樹の葉』の話が有名だろう。
この世界のどこかにある巨大な樹、世界樹の葉。
これには、死者を生き返らせるという神秘の力があるという。
幾人もの冒険者がこの伝説のアイテムを求めて旅立ったが、得た者は誰もいない。
そんなアイテムと同様の効果を持つ魔法。
これが復活すれば、大変な事になるが……、正直、それは難しいと言わざるを得ない。
知っての通り、復活させるには創造魔法でなくてはならない。
そして、創造魔法は、“想像”する事が重要であり、魔法の威力が上がれば上がるほど、必要とされる想像の純度は高くなる。
ザオリク程の威力を持つ魔法は、おそらく一片の疑いもなくこの魔法の存在を信じなければ使えるようにはならないだろう。
……しかし、“死者が生き返る”等という現象を起こす魔法を、一片の疑いを持たずに創造することが出来る人間など存在するだろうか?
どんな人間でも、必ず心のどこかで、そんな魔法は夢物語だ、と考えてしまうのではないだろうか……。
この問いには、神ならざる私には答えることができない。
しかし、現在までにこの魔法の開発に挑んだ、数多の魔法使い達の人数と、現在『ザオリク』という魔法が存在していないという結果が……、それを指し示しているだろう。
・著者 ショロウ・ハーモイック
・参考文献 『伝説の魔法』『創造魔法』『世界樹を目指して』
――― 冒険者の友 天空の章 呪文の項 13ページより抜粋
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――― もしかしたら存在する別世界 ―――
(訳:ボツになった設定)
「―― しまっ!?」
俺は敵の攻撃を避けきれずに、直撃を食らってしまう。
そして、想像通り、何かが壊れたような感覚がする。
(くそっ、“しんだ”か)
敵は決して強いわけではなかった。
たまたま敵の攻撃が俺に集中してしまい、回復する余裕がなかったのが痛かった。
「くそっ、後は頼むっ!」
相手は残り二匹。
アイツ等なら負けることもないだろう。
俺は無理をせずに引き、“その時”を静かに待つ。
壊れたような感覚がしてからキッチリ10秒後。
突然証が青い光を放ち、俺の周りを包む。
(はぁ……、この感覚、何度経験しても慣れねーよなぁ……。いや、まぁ、慣れないのが一番なんだけどさ?)
そして、それを最後に俺の意識は静かに闇へと沈んでいった。
―― 青い光が収まった後に残ったのは、大きな棺おけが一つ。
これは、その名も通り、『かんおけ』。
冒険者が、HPが0、つまり“しんで”しまうと、証が変形する物で、冒険者を本当の『死』から守るための物といわれている。
この中に収納された冒険者は、仮死状態となって生きており、この中に収納されている限り、モンスターからの攻撃から完全に守る事ができる。
かんおけの中にいる冒険者は教会で祈りを捧げてもらうか、『ザオラル』等の蘇生魔法で生き返る事ができる。
とはいえ、このかんおけも万能ではない。
証がかんおけに変わる十秒の間に敵の攻撃を受けてしまえば、そのダメージは当然肉体に及ぶし、例えば敵の炎のブレスに包まれている最中に“しんで”しまえば、その炎にそのまま焼き尽くされてしまう。
また、仲間が全て“しんで”しまえば、かんおけはその場に人数分放置される事となり、誰かに発見されて街まで運んでもらわなければ一生そのままそこにいる事となる。
しかし、このかんおけのおかげで“死”なずにすんだ冒険者も数多い。
冒険者にとってかんおけ、とは最後の砦とも言えるだろう。
……なお、このかんおけの、『モンスターの攻撃を完全に防ぐ』という特性を利用した、所謂『かんおけバリアー』という技があるが、人道的な視点から様々な物議を醸し出している。
―― 念のためにもう一度言っておこう。これは、『存在し得る別の世界』の話であり、この世界(本編)とは全く関係のない世界の話である。