ユートだ。
……どうしよう。
証の文字が読める事を教えるか?
セディが俺にここに書いてあることを教えなかったのも、たまたまその機会がなかったから、ってこともあるんだし。
……いや、隠していた可能性の方が高いわけだから、そんなあやふやな根拠でいくのは危険すぎるか。
それとも、この称号? の部分だけ読めないってことにしようか。
……いや、それは不自然だよな。
それに、他の文字が読めるって事にしておくと、話をしているうちに、ボロが出てしまう気がする。
……そもそも、文字が読めることを教える事で、自分のステータスがわかるというメリットはあれど、教えなかったせいで受けるデメリットはないに等しいんだ。
冒険者達は元々この文字を読めないままで、今までやってきたのだから。
だから……やっぱり隠すべき……だよな。
本当はこんな事で二人に隠し事はしたくない。
こうやって色々と理由をつけて話さないと決めた後も、どこか後ろめたい。
……でも、仕方ないよな。
……ああもう! 証が手に入ったのは純粋に嬉しいけど、今だけは呪いたいわ、ほんとに……。
俺はここで生きていく
~ 第一章 第十八話 ~
「………それでいいかな、ユ-ト。 ……ユート?」
「…えっ?」
気づいたらセディが俺の顔を覗きこんでいた。
どうやら話しかけられていたことに気づかずに考え込んでいたらしい。
セディは俺の様子に苦笑する。
「次は東通りを案内しようと思うんだけど、それでいいかな? 協会に行くのはその後で、ってことで」
「ん、それで頼むよ」
そういえば証の説明を協会で聞かなきゃいけないんだったな。
その時ついでに冒険者の登録もしておくかな……。
ぼーっと堀に浮かんでいる水鳥を眺めながらセディの後に着いていく。
と、セディは急に振り返ると不思議そうな顔をした。
「何か気になる事でもあった? さっきも考え事してたみたいだけど……、僕の証、どこか変だったかな」
「い、いいいいや、気になる事なんてなかったぞ、うん」
まさに考えてた事を言い当てられて、動揺してしまう。
だからだろう。
しまった! と思ったときには遅かった。
「そ、そういや証といえばさ、リアはどんなだったんだ?」
話を変えようと、リアのポケット(本当は俺のだが)に手を伸ばそう……とした所で
「っ!! だ、だめですっ! 見ないで下さいっ!!!!」
という鋭い悲鳴に止められた。
肩の上では、リアがまるで俺の手から証を守ろうとするように、必死でポケットにしがみつていた。
そして、泣きそうな表情でこちらを睨んでいる。
……いや、違う。
よく見ると睨んでいるわけじゃなかった。
小さな身体は微かに震えていて、その表情はすがる様な、怯えているような、そんな顔をしている。
それを見て驚いたのは俺だけではなく、セディも目を大きく見開いて声を失っていた。
「え……っと、わ、悪い」
何とか振り絞って声を出すと、リアはハッと我に返った顔をする。
「い、いえ、わたしも急に大きな声を出してすいませんでした」
その表情は未だ晴れないまま。
さっきは驚いていて気づかなかったが、リアの顔は少し青ざめていた。
「……悪かった。その、勝手に証を見ようとして」
「い、いえ、わかってくれればいいです。
……で、でも! 乙女の秘密を勝手に覗き見ようなんて駄目なんですからねっ。そんな事してるとモテませんよ!」
リアはぎこちなく、ニヤリと笑ってみせる。
「あ、あはは、言われちゃったね、ユート」
「ぐっ……、き、気をつける」
「そ、そうそう。ただでさえそんなにモテる顔してないんですから、そういう部分で点数落としてると一生独りですよ♪」
「うっさいわっ!!!」
怒鳴りつけると、リアは『キャー』という白々しい悲鳴を上げてセディの元へと飛んでいく。
そこで二人でクスクス笑い合うと、リアはセディにあれこれと街の様子を楽しそうに報告し始める。
その様子はまだどこかぎこちなかったが、ホッとした空気が流れ、俺の口元にも苦笑が浮かぶ。
……しかし、俺の頭の中では、自分の取った行動に対して、後悔が渦巻いていた。
馬鹿か、俺は!
さっきセディの証を見て秘密を知ってしまって後悔したばかりだろっ!
リアだって証に見られたくないことが書いてあるかもしれないってのに、それを忘れて……っ!
自分の迂闊さが憎かった。
僅かな時間とは言え、リアにあんな顔をさせてしまうなんて。
いや、今はあの表情をしてないといっても、表面上を無理矢理取り繕ってるだけで、心の中ではまだあんな顔をしているに違いない……。
昨日の夜に、アイツの力になってやりたいって思ったばかりだってのに……。
………でも。
なんであんなに激しく取り乱したんだ?
リアは日本語もこの世界の言葉も読めないようだった。
だから、さっきセディから説明されてた部分のどれかが気に障ったのだろう事は想像がつく。
それがなんなのかがわかればリアの悩みがわかるだろうか……。
俺は前の二人に目を向ける。
リアは少し明るすぎるくらいにはしゃいでいる。
明らかに無理をしている事がバレバレで、セディもたまに痛々しそうにリアを見ている。
なんとかしてやりたいな……と改めて思う。
……とりあえず、後で折を見てセディにリアに何を説明したか聞いてみるかな。
東の大通り。
ここは、すぐ横に川が流れるため、豊富な水が手に入り、また上流から木や石炭を初めとした様々な資源を運ぶのに適している。
その立地のために、東通り付近、特に川近辺では武器や鎧を作成する鍛冶が発展していった。
結果として、東通りには武器屋や防具屋が何件も立ち並び、冒険者達が訪れるようになる。
そして、訪れる冒険者達を目当てに、今度は道具屋や冒険に必要な用品を売る店が立ち並んだ。
それが現在の東通りの基礎となった、というわけだ。
南通りが町の生命線と言うならば、東通りはまさに冒険者の生命線と言えるだろう。
ちなみに、漁港は街の内部には作られていない。
街の北、川と海の合流地点に港が作られており、魚の水揚げは全てそこで行われている。
街の外と言っても、川沿いに下っていけば1時間もしないうちに着くので、実質街の一部と言ってもいいだろう。
そんなセディの説明を聞きながら、俺たちは件の東通りを散策していた。
俺の手持ちは現在5G(ゴールド)に1329R(ルビィ)。
当然、武器、防具はおろか薬草すら買えない。
そんなだから所謂ウィンドウショッピングをするしかできないんだが……これが思いのほか面白かった。
それぞれの店先には武器や防具が並べられ、ファンタジー好きな俺としては、大いに興味をそそられる光景だったのだ。
リアも大分落ち着いたようで、先程のぎこちなさはなくなり普段どおりに戻っている。
だからてっきりまた色々興味を持って聞いてくるかと思っていたのだが……、しかし、当のリアは至って普通に武器や防具を眺めているだけだった。
不思議に思って聞いてみると
「こういう店は妖精界にもありましたし。それに、わたしの装備できるような武器や防具が人間界にあるとも思えませんからね」
という事らしい。
言われてみれば、妖精界にも武器屋や防具屋、道具屋があってもおかしくない。
妖精界で見慣れてれば興味が無さそうなのも頷けるな。
それに、リアの言うとおり、リアサイズの装備があるとも思えないし。
辺りを眺めていると、ふと、他とは全く毛色の違う店が目に入った。
他の店は軒先に武器防具を並べているのだが、その店が並べているのは……銅や鉄でできた小さな人形で、端的に言えば東通りの中でものすごく浮いていた。
子猫や子犬などの動物から、草花等の植物に、城や家等の建物まで。
どれもこれもまるで生きているように見事だったのだが、特に目を引いたのが、コウモリの羽の生えた、もこもこした生き物と、その上に乗っている王冠をかぶりメガホンのような物を持った猫の像だった。
他の物は普段目にするものだったが、これだけは初めて見る生き物で興味がわいたのだ。
「へぇ……、武器や防具ばっかりかと思ったら、人形も売ってるんですね~」
俺が眺めていると、リアが少し目をキラキラさせて横から覗き込んできた。
どうやらお気に召したらしい。
「あぁ、ここはリードさんの店だよ」
こんな店構えでも、れっきとした武器屋らしい。
それもこの通りで一、二を争う程の凄腕のリードという鍛冶師の。
しかし、リードは争いが嫌いで、武器は滅多に作らず、普段は人形ばかりを作っているらしい。
極稀に武器を作る事もあるが、それは気に入った相手に対してだけ。
その武器の出来の良さから、多くの冒険者が彼の武器を求めて訪れるのだが、リードの目に適う冒険者は年に1人いるかいないかとのことだ。
「ずいぶん変わってるんですね~」
リアはさっき俺が見ていた置物のネコの隣に乗って抱きついて頬ずりしている。
目がトロンとしていて、今にも寝そうな雰囲気だ。
「……俺も会って気に入られたら作ってもらえるかな」
強い武器があれば俺も……! と、淡い期待を持ってみるが、そうそう甘くは無いらしい。
「彼は低レベルの冒険者は会いもしないっていう噂だからね。残念だけど、ユートはまだ無理じゃないかな…」
「そっか……。んじゃ、セディはどうだ? 会ってみたりしたのか?」
「僕は……」
セディは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに顔を上げる。
「僕はいいんだ。今は武器変えるつもりないしね。……さっ、他の店も回ってみよう」
「……ん、そか。
ほれ、リア! 行くぞっ」
「ふぁい~……」
リアは寝ぼけ眼を擦りながら、フラフラと付いてくる。
チラチラと何度も後ろを振り返っていて、ずいぶんと名残惜しそうだ。
そんなに気に入ったのか、あの人形……。
「………ぁふっ」
リアが退屈そうに欠伸を漏らす。
「リアにはやっぱつまらないか? 俺なんかはこういうの見てるだけで楽しいんだけどな」
「……あまり綺麗じゃないですからね……」
目の前の店に並べられている武器や防具を見るリア。
それは鉄でできた槍だったり、鉄球だったり、鎧だったり、銅で作られた剣だったり盾だったりした。
確かにリアの言うとおり、デザインは洗練されてるとは言い難いが、俺にとってはその無骨な所も頼りがいがあるように写る。
それに、全てが全て格好悪いというわけでもない。
店の奥に大事に飾られている全身鎧や剣は意匠が凝っていて、高そうではあるが、格好いいと言えるものだった。
「ま、確かに見た目は悪い物もあるけど、そんなに悪い物ばかりじゃないんじゃないか?」
俺は店の奥を指差す。
リアはそれを一瞥すると表情を変えずに呟く。
「確かに悪くはないですが……やっぱりイマイチです。
妖精界の防具は、すっごく綺麗なんですから! 特に女王様の直属の兵士だけが許されている装備の美しさと言ったら……」
リアは、いかにその装備が美しいかを力説する。
その装備は、羽飾りや特別な材質でできた絹を纏っていて、それを見た人間が天女と間違えてしまった、という逸話まで残っているらしい。
……確かにそこで売ってる鎧を着て天女と間違えられるのは無理だよなぁ。
それだけでなく、その鎧には魔法がかけられているため、守る部分は少なくとも、そこら辺の鎧の防御力とは比べ物にならない程高いらしい。
当然、そこまでの性能を持つ物は値段も高く、5Gしかもっていない俺には関係のない話ではあったが。
妖精界の鎧の素晴らしさを伝える事に満足したのか、セディに、普段のゴツイ鎧についての文句をつけ始めたリアを置いて、近場の店に入ってみる。
ここはどうやら武器屋のようだ。
店内には剣や槍が所狭しと立てかけられ、壁には重そうな斧が飾られている。
俺は書かれている値札と武器を眺めながら歩く。
安い物ではひのきの棒やこん棒といった100G以下のものから、高いものでは鋼の剣といった1000Gを越えるものまで置いてある。
もし1Rを1円だと考えると、1000Gって……50万!?
すごっ……!
いや、でも日本刀だって高いのだと数百万するものもあるし、そんなものなのか……?
そんな他愛も無いことを考えながら品物を見ていく。
俺がまず買うとしたら……銅の剣か?
そして探してみると、一言に銅の剣と言っても色々な種類があることに驚いた。
小さめの物から大きい物、そして細身の物から幅広な物まで。
ゲームで買ったときはどれも『銅の剣』だったから失念してたが、確かに体格や好みから色々なサイズがあってもおかしくないよな。
ただ、やはり大きい物ほど値段が高くなっているようだ。
「剣かい?」
「あぁ、銅の剣っていっても色々あるな~って思ってさ」
突然セディに後ろから声を掛けられて振り返る。
「人によって使う大きさが違うからね。そうだね、ユートなら……これくらいがちょうど良いんじゃないかな」
剣入れからひょいっと片手で無造作に抜き出して俺に見せる。
長さは1mくらいで、幅は15cmほど。
この店にある銅の剣の中では、中間的な大きさのものだった。
「へぇ、これが俺に合った大きさか。……って、270G!? やっぱ高いなぁ……。値引きとかってしてもらえないのかね」
俺が本気で交渉しようと考えていると、セディは苦笑しながら剣を差し出す。
「あはは、これでもずいぶん安いと思うよ。この重さから言って、たぶん250Gは使ってると思うし」
使ってる?
よく意味がわからず不思議に思いながらも、差し出された剣を無意識に受け取る。
「って重っ!!???」
受け取った銅の剣は半端じゃなく重く、危なく持ちきれずに下に落とすところだった。
セディが片手で軽々持っていたから油断してた。
両手で受け取っておいてよかった……。
「情けないですね……それでも男ですか」
「ん、んなこと言ったって、これ、メチャクチャ重いんだぞ!?」
リアの言葉に胸を痛めながらも何とか反論する。
確かに、証に書いてあった俺の『ちから』はたったの5だし、力がないことは認める。
……認めるが、これは俺が非力だからというだけじゃないだろう。
銅の比重って確か9くらいだったはず。
つまり、同じ量で考えれば、水の9倍重いってことで。
俺の手の中にあるこの剣だって、感覚からいって30kgは軽く超えているはずだ。
軽い子供1人分の重さはある事になる。
そりゃ確かに持つだけならなんとかなるけど、問題は、だ。
「……こんな重い物、俺に振り回せるのか……?」
この剣は大きさから言って片手剣だ。
両手でやっと持てる、という俺が、この剣を片手だけで振り回さなければならないわけで。
しかも、もう片方の手には軽いはずがない盾も持たなくてはいけないわけで……。
……無理。
絶対無理。
俺の力じゃ絶対に無理だ。
現に、たった数分持っていただけなのに、俺の両腕はぷるぷる震え、今にも落としそうだ。
慌ててセディに返すと、身体が一気に軽くなる。
「あぁ、重かった……」
「……ほんと情けないですね」
ほっとけ!
俺はリアと目を合わせないようにしながら、腕をさする。
「う、うーん、まぁ、レベルが上がればきっと持てるように……なる、かな、たぶん」
……セディのフォローも胸に痛かった。
これから毎日、腕立て伏せでもしてみるかなぁ……。
「……そういや、セディさっき変なこと言いかけてたよな」
腕はまだ少しダルいが、大分取れてきた。
そこでさっき疑問に思った事を聞いてみる。
「変なこと?」
「そういえば『250Gは使ってる』とか言ってましたね」
「そう、それそれ」
リアもやっぱ気になったか。
ただ材料費とか制作費にかかるのかもしれないが、セディの言い方はそういうのと少し違っていて気になったんだよな。
「あぁ、それは……、あ、ほら! ちょうど今からやるみたいだよ」
セディは店の奥、作業場を覗き込みながら言う。
俺とリアもそれに習って覗き込むと、どうやら鍛冶師がこれから武器を作る所らしい。
「二人とも、あの人の手元の袋は見える? あれを良く見ててね」
言われて鍛冶師の手元の袋に注目する。
鍛冶師は熟練の手つきで武器を鍛える準備を整える。
その一連の作業はテキパキしており、見ていて小気味よかった。
そして、熱した容器に袋を傾ける。
恐らく今までの流れから、原料を投入するのだろうな、と思いながら眺めていたら、袋から出てきた物を見て、思わず言葉を失った。
「ゴ、ゴールド……ですね」
そう、その袋から出てきたのは、俺のポケットにも入っているゴールド、銅貨その物だった。
ガラガラと音を立てて容器に投入されていく大量のゴールド。
セディは俺たちの様子を確認して頷くと、作業場から目を戻す。
「今見てわかったと思うけど、さっきの銅の剣も、この鉄の槍も、みんな元はゴールドで出来てるんだ。さっきの銅の剣は、重さから言って、250Gくらい使ってるんじゃないかな、って思ったんだ」
なるほど……ね。
確かに、わざわざ銅や鉄を掘り出さなくても、ゴールドがあるんならそれを加工すればいい、か。
当然、武器防具以外の、生活に必要なものを作る時にも使ってるんだろう。
前にゴールドの流通量が減ることもあるってセディが言ってたけど、こういうわけだったのか……。
その後、何件かの店をはしごすると、日は大分傾き、街並みは夕暮れで赤く染まっていた。
どの店もすでに店じまいを始めている。
武器屋はどこも品揃えや値段はあまり変わらなかったのだが、それとは打って変わって違う、防具屋の種類の多さには驚いた。
なんと、それぞれの職業ごとに専門店があるのだ。
例えば戦士ならば、重鎧や軽鎧を始め、様々な鎧が。
武闘家ならば、武闘着や稽古着が。
そして魔法使いならば、ローブやマント等ゆったりした服装が多かった。
他にも、僧侶専門店、盗賊専門店があり、俺としてはまるで出来の良いコスプレ専門店を見ているようで、見る分には飽きなかった。
特に、僧侶の女性用の服は妙な色気があるん……コホン。
実は、店を回る前に、防具屋は職業についてからじゃないと見る意味があまりないから……と、後回しにされそうになった。
でも、鎧とか見るのって楽しいじゃないか。
だから、何とか二人を説き伏せて防具屋を見て回ったのだが……なんか、二人とも微妙に怒ってる……?
「もうこんな時間か……。残念だけど、協会に行くのは明日だね。ルイーダの酒場はやってるけど、登録の受付は夕方までなんだ」
「まったく、買いもしないのに何時間見てるんですか、ユートは……。結局、道具屋すらまだ見てないじゃないですか」
「……あ、あはは、悪い悪い、つい夢中になっちゃってな。鎧とかカッコいいからさ、俺もあんなの着てみたいな~ってな」
二人の少し冷たい視線に耐えて明るく言う。
やばい、少し調子に乗りすぎたか……?
「その割には、女性用の服を熱心に見ていたようですけど」
「そそそ、そんなわけあるわけないじゃないか、いやだなぁ、リア君」
俺は完璧な笑顔で誤魔化しきる。
「アナタって人は……救いようがありませんね」
「ハ……ハハハ」
誤魔化しきった……はず。
「……で? 結局ユートはどれが一番好みだったんだい?」
「んー、僧侶の服も色っぽくてよかったけど……やっぱしビキニアーマーかな。リアの着てた…」
……ミシッ!
そこまで言ったところで、顔にリアの足がめり込む。
……しまった、完全に油断してた。
こんな単純な引っ掛けに引っかかってしまうなんて……っ。
警戒してたのに、世間話みたいに振られるとどうしてもポロっと言ってしまう。
まだまだ修行が足りないのか……。
「……忘れてください、ってあの時言いましたよね……?」
「ばい゛、も゛うわずれまじだ……」
油断してたせいで、モロに喰らってしまい、鼻血が出て止まらない。
引っ掛けた本人は、そんな俺の様子を見て少し引いている。
……くっ、セディ、お前のせいで蹴られたってのに、そりゃないんじゃないか……?
「え……っと……、そ、それじゃ、そろそろ宿に戻ろうか。もうすぐ暗くなるしね」
……逃げやがった。
リアはセディの言葉に頷くと、フンッと鼻を鳴らすと、一足先に飛んでいってしまう。
残された俺たちは……否、俺はセディをジト目で睨みつけていた。
セディはしばらくどこ吹く風で俺の視線を受け流していたが、やがて根負けしたように苦笑する。
「あ、あはは、ごめんごめん。まさかこんな簡単に引っかかっちゃうとは思わなくて……」
「…………」
「機嫌直してくれないかな。傷、直してあげるからさ」
そして、俺の顔に手を翳すと『ホイミ』と呟く。
その呪文の言葉と共に鼻血は止まり、顔の痛みが引いていく。
俺は口を開いたまま阿呆のように呆然としてしまう。
「……どうかした? 変な顔して。ほら、これで顔吹いて」
渡されたハンカチで血を拭う。
鼻を押さえても痛まないし、鼻血が出た形跡も違和感もまったく残っていない。
ホント、魔法ってすごいわ……。
「……セディも魔法使えたんだな」
凄腕の戦士で回復可能。
何この完璧超人さん。
「あれ、言ってなかったっけ? ……ほら、これ。あまり回数は使えないけど、薬草代わりくらいにはなるからね、重宝してるよ」
セディは証を見せ、MPの部分を指差す。
あの“称号”の部分に目をやらないようにMPの表示を見ると、確かに『18/21』と書かれている。
「7回も使えりゃ十分じゃねーかっ! ……いいなぁ、俺なんてまだメラもまともに使えないってのに……」
「え、5回しか使えないはずだけど……。あれ、ほんとだ、MPが増えてる?」
セディは証を見つめて首を捻ってる。
なんでそんな不思議そうな顔してるんだ?
「レベルが上がったか、セディ自身が成長したんだろ?」
「うーん……、レベルは変わってないんだけど…」
俯いて『それに、そもそも契約魔法は……』と、ブツブツ考え込むセディ。
何を悩んでいるのか知らないけど、そんな事より。
「セディ、魔法使えるなら俺に使い方教えてくれよ! カッペよりずっと教え方上手そうだしさ」
もっとも、アイツより教え方が下手な奴はそうそういないだろうけど。
しかし、俺が頼み込むと、セディはすまなそうな顔をする。
「教えてあげたいのはやまやまだけど、僕とユートの魔法は系統が違うからね。教えてあげたくても無理なんだ」
……系統?
あぁ、確かにメラは魔法使い系でホイミは僧侶系か。
でも、魔法の使い方って、魔法使いと僧侶でそんなに違うものなのか?
「……そうだ、明日協会に行ったら、その後で魔法屋に連れてってあげるよ。マリアさんになら魔法の使い方教えて貰えるかも」
魔法屋……?
また馴染みのない名前が出てきたな。
まぁ、名前からして魔法の使い方を教えてくれる店なんだろうけど、屋、って言うくらいなんだからお金が必要なんだろうな。
……マリアさんか。
頭の中に、名前の通りに清純な女性が思い浮かぶ。
……くそっ! 金さえあれば大手を振って会いにいけるのに!
「でも、俺ゴールド全然持ってないしな。……って、そういや宿屋も決めないといけなかったな。セディと同じとこは高くて無理だろうし」
リアのヤツも連れ戻さないと。
たぶん何も考えずにセディの宿に行ったんだろうし。
「話聞くだけなら大丈夫だよ、きっと。それと、宿屋のことだけど、リアから聞かなかった?ちょうど僕の隣の部屋が空いてたから、さっき着替えに戻った時に一週間分借りといたよ。
……あぁ、お金の事なら心配しないで。もちろん僕が持つからさ」
「……へ?」
んなこと一言も聞いてない。
アイツ、伝えるの忘れやがったな。
「いや、でも、そこまでしてもらう訳には……」
「遠慮しなくていいって。ユートの事情はわかってるし。それに正直、今のユートの手持ちだと、安い宿でも二日泊まれるか、って所だしね」
「でもな……」
「こういう時は頼ってくれていいと思うよ。僕達友達なんだしさ」
尚も食い下がろうとした俺に、セディは優しく笑う。
……嬉しかった。
こっちに来た日にセディに会えなかったら、それこそ称号の通り本当の意味で『宿無し』だったろう。
いや、それを言ったら、リアやセディ達がいなけりゃ俺はあの暗闇の中で死んでたし。
改めて、リアやセディ、カッペとラマダに感謝する。
……でも、友達だからって、馴れ合いで何でも頼るのは少し違うよな。
「……正直、お金の事ではあまりセディに頼りたくないんだ」
金銭トラブルは友情を壊しやすいからな。
そんなつまらない事でこの友人を無くしたくない。
「え、な、なんで!? ボク達は……その、友達じゃ……」
しかし、セディは何を勘違いしたのか、少し顔を青ざめてると、すごい力で俺の胸元をつかんで揺する。
「お、落ち着けって。苦し……い…って」
「あ、ご、ごめん」
掴んだ手をなんとかタップすると、セディはようやく手を離して咽る俺の背中をさすってくれる。
さすが『ちから』が三桁あるだけはあるな。
少しずれた事を考えているとなんとか息が整い、俺はセディへと向き直った。
「……ふぅ。わりぃ、俺の言い方が悪かったな。友達じゃないとかじゃなくって、友達だからこそ、あまり金銭面では頼りたくないんだって」
「あ、あぁ、そういう事、ね。でも、実際お金ないのは事実だし、僕に頼ってもらうしかないと思うんだけど…?」
セディはホッと安心した表情で、そして心配そうに聞いてくる。
そりゃ、俺だって今の状態では頼らざるを得ないというのはわかってる。
でも、それが当然だ、なんて思ってしまうのは許されないと思う、……いや、そんなのは許したくないんだ。
自分でも少し大げさかなとは思うけど……、でも、さ。
「うん…。……だからセディ。申し訳ないけど、お金を貸してくれないか? 命を救ってもらった借りも含めて、必ず返すから!」
俺は腰を90度に曲げて誠心誠意、頭を下げる。
しばらくキョトンとした雰囲気が伝わってきたが、そのうちにクスクスと抑えきれない笑い声が洩れてくる。
自分でも何を馬鹿な、と思わないでもないけど、でも、けじめをつけることは大事だと思うんだ。
仲の良い人に対しては特に。
と、背中にトンッ、という軽い衝撃と共に、セディとは別のクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「ふふっ、素直じゃないですね、ユートは」
「お前にだけは言われたくない! ……って、お前いつからいた!?」
宿に戻ったんじゃないのかっ!?
見られた!? こんなこっぱずかしい場面を!?
身体を勢いよく戻して振り落とす。
が、予想していたのか、リアはふわりと浮かぶと、何事も無かったかのように肩に着地する。
「『そこまでしてもらうわけには……』のあたりです。ふふふ、結局同じになるなら、最初から素直になればいいじゃないですか」
「うるせー、男には色々あんだよっ! な、セディ!」
「男……ですか」
リアは面白そうに意地悪く笑う。
くそっ、嫌な所見られたな…。
頬が熱くなるのがわかる。
もう宿に戻ったものと考えてて油断してた……。
……なんか、さっきから油断ばかりだな、俺。
セディは俺たちの様子を見て面白そうに笑う。
「あはは、わかったよ、ユート。待ってるから、早く強くなって返してね」
「おぅ! すぐに借りも金も返して、逆にこっちが貸してやるよ!」
「ふふふっ」
その後、あの『黄金のほったて小屋』は1人一泊8Gらしい事を聞いた。
つまり2人7泊あわせて112G。
……こ、これくらいなら何とか返せる……よな?
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
――― 冒険者の証 セディのステータスその① ―――
┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃. セディ .┃┃ ちから :101┃
┠──────────┨┃ .すばやさ :172┃
┃. 亡国の元副騎士団長 .┃┃ たいりょく :102┃
┃ 戦士 ┃┃ かしこさ : 51┃
┃ レベル : 26 .┃┃ うんのよさ : 33┃
┃ HP226/226 ┃┃ こうげき力 :110┃
┃ MP 18/21 .┃┃ しゅび力 : 93┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:護身用のナイフ ┃┃ ホイミ ┃
┃E:旅人の服 ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
┃ ┃┃ ┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
――― 銅の剣 ―――
攻撃力:☆(13)
価値 :☆(270G)
希少度:☆
装備者:勇者 戦士 武闘家 商人 遊び人 賢者
(カッコ内の値は、『剣』タイプの平均値である)
・銅の剣
少し力のある者ならば、誰にでも扱える、駆け出しの冒険者のための武器。
剣の中では、手ごろな値段と手に入り易さは一番で、きわめて一般的な武器と言えるだろう。
これを読んでいる冒険者諸氏の中にも、駆け出し時代にこの武器のお世話になった者も多いことだろう。
使えばすぐにわかるだろうが、この武器は切れ味はあまり良くなく、切ったり突いたりには向いていない。
乱暴な言い方をすればその重量で叩き潰すという、鈍器のような使い方の方が向いていると言える。
威力は、そこまで高いものではないが、街周辺の弱いモンスター相手なら十分に戦える力は秘めている。
駆け出しの冒険者は、まずはこの武器を手に入れることを目標にがんばって欲しい。
・剣のタイプ
銅の剣に限らず、大抵の剣には、大きく分けて3タイプ存在する。
即ち、『大剣』と呼ばれる威力重視の大振りの剣、『小剣』と呼ばれる速度重視の細身の剣、そしてその中間の『剣』タイプ。
通常、剣を購入する場合は、自分の戦士としてのタイプをよく考えて選ぶべきだ。
しかし、銅の剣の場合だけ話は異なる。
小剣タイプはあまりお勧めできないのだ。
鋼鉄の剣ならば軽くて強度の強い小剣を作る事ができるのだが、銅はその性質上、軟らかいために細身にすると曲がり易くなってしまい、突きに耐えられないのだ。
そのため、銅で小剣を作ろうとすると、細身とはいえそれなりの太さが必要となり、どうしても20kgは超えてしまう。
これでは小剣の持ち味である速さが殺されてしまうに等しい。
小剣を扱うタイプの戦士を目指す場合でも、銅の剣を使う場合は、普通の剣で戦う事にした方がいいだろう。
・最後に
初めに、『少し力のある者ならば、誰にでも扱える』と記述したが、逆説的に、レベルが5まで上がっても片手で振り回せないようならば、戦士や武闘家になるのは諦めた方がいいかもしれない。
もちろん、どの職業につくかは各々の自由であるので、銅の剣を持つ力がないからといって、戦士や武闘家になれないわけではない。
しかし、力がなくとも、その代わりに他の能力が秀でている場合も多いのだ。
あまり一つの力に固執して、各々の持ち味を殺してしまわないように、職業は吟味して選ぶべきだろう。
非力な者には非力な者なりの戦い方もあるのだ、ということを心に留めておいて欲しい。
・著者 シンセ・レケシン
・参考文献 「『大剣』、『剣』そして『小剣』の違い」
――― 冒険者の友 天空の章 武器の項 11ページより抜粋