ユートだ。
ちょっと早めの昼食タイムをとってるんだけど……、いや、これいいなぁ。
冒険者達に今大人気、ってことでセディに紹介された、『サンド』っていう名前の……、うーん、なんだろう、あっちでいうタコスに近いか?
小麦粉で作った生地を焼いたものに焼肉とサラダを挟んで、ピリッと辛くて甘口ソースをかけただけの簡単料理なんだけど……、これが本当に美味い。
特にソースがいい味しててさ。
肉と野菜だけでも十分美味しいと思うけど、ソースのおかげで三位一体のハーモニーが………うん、わけわかんないよな。
まぁ、それくらい美味かったってことで。
セディは俺と同じ肉を挟んだ物を、リアはフルーツと野菜を挟んだ物を食べている。
リアのも美味そうだし、次回はあれにするのもいいかもしれない。
結構ボリュームがあって、一つで十分腹一杯になるのに、これでたったの120R。
さっきセディが一人一食500Rもあれば、とか言ってたけど、ずいぶん多めに見積もってたみたいだ。
安いし量も多いし、それに何よりも美味い。
冒険者が好むのもわかる気がする。
俺はサンドに舌鼓を打ち、そんな事を考えながらセディの説明に耳を傾けた。
俺はここで生きていく
~ 第一章 第十六話 ~
―― レヌール城。
そこは、豊かな土地に恵まれた城だった。
城のすぐ東側には川が流れ、さらに海にも近いため漁業が盛んであり、また、西と南には豊かな平野が広がり農業も盛んに行われていた。
北側は切り立った山脈になっていて、その険しさから危険は大きいが、同時に山の幸の宝庫でもあった。
レヌールの城下街は、その豊富な食料を背景に、他の城や街と貿易を積極的に行うことで発展してきた。
この城は中央大陸の最北西に位置しており、ここ以降の北や西の土地には大きな町や城がないため、自然と主街道は南となる。
その街道の広さは西のそれとは比ではなく、古来より他の城や街と行き交う商人達やその護衛の冒険者で賑わっていた。
次に街の内部へと目を向ける。
城下街は、レヌール城を中心に据えて、東西南北に伸びた大通りによって十字に分けられる。
当然の事ながら、大通り沿いは発展しやすい。
東の大通りには武器、防具屋、道具屋等の冒険者関連の店が立ち並ぶ。
西の大通りは他の大通り程賑わっておらず、店の他に民家が多く並んでいたが、一本裏道に入ると酒場や風俗関係の店が多くある歓楽街になっていて、文字通り眠らない通りとなっていた。
そして南の大通りは、主街道の傍という立地もあり、雑貨や行商人達の店で賑わっている、というわけだ。
ちなみに、宿屋は街のいたるところで見ることが出来るが、特に西と南の外門近くに多く見られた。
西には冒険者協会や酒場があり、その客や冒険者達をターゲットにした安めの宿が、南には行商人達や、旅で訪れた人のための、西よりも少しランクの高い宿屋が多い。
「なるほどね。……で、ここがその南の大通り、ってわけか」
俺たちは南の大通りの中間地点に位置する広場の噴水の前で、ベンチに座ってサンドを食べていた。
セディの話にあったように、この広場沿いにもある数件の宿屋は、どれもしっかりとした作りで、西で見かけた宿屋よりも若干高そうな雰囲気が漂う。
「んぐんぐっ……。それにしてもさ、セディ。ずいぶん人多いんだな、この南通り」
今まで歩いてきた道を眺める。
城の入り口から真っ直ぐ街の外門まで伸びた大通り。
それは冒険者協会のあった西通りの倍以上もの幅があり、あちらとは比べ物にならない程たくさんの人達で賑わっていた。
道の両側には様々な店が立ち並び、それだけではおさまらず、道の中央にも出店や屋台が列を成していた。
この出店の列によって大通りがちょうど二本の通りに分けられた形になるわけだが、それにも関わらずそれぞれの通りが馬車でも楽に通れる程の余裕があるといえば、南の大通りがどのくらい大きいか想像つくだろう。
「人間ってこんなにいたんですね……」
リアが人の数の多さにに圧倒されてため息をつくと、セディも大通りを見渡す。
「レヌール城下街はこの辺りでは一番の街だし、この南の大通りは大陸でも有数の市場だからね。でも、いつもはこれよりももっと賑わってるんだよ」
「これよりですか!?」
リアは目を丸くして驚く。
俺もこれ以上の賑わいと聞いて、少し驚いた。
人の数自体は、実は冷静に見ればそれほど多いわけではない。
元の世界で言えば、渋谷等の、特に人の多い街の人ごみと比べたら可愛い物だ。
しかし、こっちに来て以来、人と出会う機会はあまりなく、見る風景は全てがノンビリしたものだったため、この人ごみはインパクトがすごかった。
手の中のサンドを食べ終わり一息つくと、街の喧騒が耳に入ってくる。
「手軽に食べられるサンドはどうだい! 1つ80R、2つで150Rにまけとくよ!」「よっ、そこの彼氏! 可愛い彼女へのプレゼントにこのアクセなんかどうですかっ? 安くしとくよ!」「旦那旦那! ぎょーさん品物おいてまんねん。よかったら見てっておくんなはれ!」「野菜ー、野菜ー、野菜はーいかがっすかー」「かわいー!! ねー、アタシこれ欲しぃ~!」「コラン最後の織物だよっ! これを逃したらもう手に入らないよ!」「フッ。確かにこれは美しい貴女の手首にあってこそ輝くというもの。そこの下男、これを貰おう。いくらだ?」「さかなさかなさかな~♪ さかな~↑をーたべーると~↓♪」「そのブレスレットは300Rで、ネックレスは500R。2つ一緒に買ってくれるなら、1000Rに負けとくよっ」「そこのお姉はん、この魔法の液体な、つけるとお肌がぷりっぷりんになるんや。ベッピンさんに磨きがかかるで! どや、試してみないか?」「安いな。よし、その2つをセットで貰おうか」「絞りたてのジュースはどうだい? 甘くて美味しいよっ!」「まいどありぃっ! (ケッ、貴族のボンボンがっ)」「今日はいい魚が入ってね! そこの兄さん、取れたての魚はどうだい。頬っぺたが落ちるほどうまいよっ!」「………………! ………………!」「………!! ………………!?」
大勢の人の話す声が途切れることなく飛び交う。
様々な色を持った声が複雑に混じりあい、ただ一色の騒音となって辺りを満たす。
街は活気に満ち溢れ、セディの言った『大陸でも有数の市場』という話も、納得のいく光景だった。
……しかし、ほんの僅か。
どこがどうという事はできないのだが、ほんの少しだけピリピリとした緊張感が感じられた。
もちろん、そんな物を感じ取れるほど、鋭い感覚を持っていた覚えもないので、ただの気のせいという可能性の方が高いのだが、もしかしたら、これが『いつもより賑やかでない』ことの現れなのかもしれない。
「さて……っと、次に行く前に、ちょっと宿に行ってきていいかな? この大剣といらない荷物置いてきたくて」
セディもサンドを食べ終わり、立ち上がる。
「ん、りょうか~い。ここで待ってればいいか?」
「うん、僕の泊まってる宿屋、そこに見えてる『黄金のほったて小屋』っていう所だからね。すぐ戻るから、ちょっとだけ待ってて」
俺が同意を示すと、セディは宿屋に向かって歩き出す。
リアもその背を追っていってしまった。
一人になってしまい、ぼけっと周囲の様子を視界に映す。
セディ達の入っていった宿屋は……この広場に面しているいくつかの中では、高くもなく安くもない、中程度といったレベルのものだった。
……そうは言っても、西側で見た宿と比べるとかなり高いんだろうけどな。
まぁ、俺なんかは寝れればどこでもいいんだけどな……。
いや、防犯がしっかりしている所を選んだ方がいいのか?
今はまだ盗まれるような物はなくても、今後どうなるかわからないし。
……そういえば、宿って一泊どのくらいの値段なんだろう。
自分の家があれば宿代もかからないし、一番いいんだろうけど、どうやったら家持てるかわからないからなぁ。
それに、わかったところでしばらくは夢のまた夢だろう。
「それに……まだ帰れないと決まったわけじゃないしな」
口に出して呟く。
言葉に出して自分に確認させておかないと、なし崩し的に、このままここで暮らしていってもいいな、という気分になりそうだったから……。
ここで暮らしたくない、というわけではないのだが、気づかないうちに取れるはずだった選択肢をつぶしていた、というのも面白くない。
家を手に入れてしまうと、元の世界に戻りたいという意志が減ってしまいそうで怖かった。
家を求めるのは、ここで生きていくという意志を固める事になってからでも遅くないだろう。
……目の前を親子連れが通り過ぎていった。
家族……か。
それをぼーっと見つめて一人ごちる。
「……ふぅ。なんで俺はこんなこと考えてるんだ……?」
少しだけ我に返ると、深呼吸をしながらベンチの背もたれに体重を預ける。
……あーもう、やめやめ!
ごちゃごちゃと考えたって仕方ないだろ、俺。
何はともあれ、もうすぐ証が手に入るんだ。
それから、冒険者になって、ある程度の力を手に入れる。
グダグダ悩むのはそれからでも遅くないはずだ。
「……お、あれは」
気分を変えようと立ち上がって首を回すと、視界の端に見覚えのある屋台が目に入った。
……これは神のお告げってやつだな!
そのままベンチでしばらく待ってると、ようやくリアが宿屋から出てきた。
セディの姿は見えず、どうやら一人だけのようだ。
「あれ、セディは?」
「……セディも着替えてからくるそうです」
そう言うリアも、よくみると着替えて ―― Gモシャスを使ったようで、さっきまでとは違い、……なぜかナース服に身を包んでいた。
羽があるし、まさに白衣の天使、ってか?
頭には当然のようにキャップをかぶり、当然ズボンではなくスカート。
濃紺の柔らかなカーディガンにじーさんの拘りが感じられる。
後は注射器さえあれば完璧だな。
いや、リアの身体に普通の大きさの注射器じゃでかすぎるか?
……ちょっと想像してみる。
頭の中で、自分の身体と同じくらいの大きさの注射器に、リアがまたがっている様子が浮かぶ。
なぜか胸元は当然のようにはだけていて、チラチラと下着が覗いている。
肩が露になっていて、なかなか艶かしい。
……いや、うん、これはこれでイイなぁ。
「……なんですか」
バカな事を考えていると、リアが不機嫌そうに聞いてくる。
「いや、その服似合ってるな~、って思ってさ」
「っ! ……ふ、ふんっ、お世辞なんて言っても無駄です!」
「いや、お世辞じゃねーって! 可愛いと思うぞ、すごく。まるで白衣の天使!」
「……す、すごくワザとらしいですっ」
口ではつまらなそうだが、うっすらと頬を染めて俯くリア。
そんなリアを見てると、思わず頬が緩む。
リアはさらに文句を言おうとして視線をあげるが、俺の手元にある物に気づき、目を大きく見開いた。
「そ、そそそそ、それ、どうしたんですかっ!!?」
やっと気づいたか。
俺は心の中でニヤリと笑って、手に持っていた物 ―― 饅頭をリアに見せる。
「ああ、これか? さっきの店がたまたまそこを通りがかってさ。美味そうだったから買ってみたんだ。結構いけるぞ、これ。リアもどうだ?」
手の箱の中には、味見で1個減り、残り9個の饅頭。
リアは饅頭と俺の顔を落ち着きなく交互に見比べる。
「も、物なんかでわたしの機嫌が良くなると思ったら、大間違いですっ!」
しかし、言葉とは裏腹にその目はチラチラと饅頭に注がれており、欲しそうなのは一目瞭然だった。
俺は意識して大げさにため息をつく。
「はぁ~~~~。俺は悲しいよ。純粋な好意なのに、疑われるなんて!」
顔を手で覆い、これでもか、と言わんばかりに落ち込んだ態度を見せる。
「確かにリアに嫌われたままでいるのは辛いけどさ、別にこれで機嫌を直してもらおうなんて思ってないって。
な! だから食べて……み…て……」
喋りながら顔を上げると……、顔をパンパンに膨らませたリアがソッポを向いていた。
手元に目を落とすと、饅頭は8個しかない。
「……おま、手ぇ早すぎ」
「な、なんのことれふは?」
モグモグ、と口を動かしながら白を切るリア。
いや、バレないってもし本気で思ってるならある意味すごいよな。
「ま、まったふ。もぐもぐ。ほ、ほこまへ言ふなは、モグッ、食へてあげへも、ゴクッ、いい、でふ、よ。……ゴグン。…………はふぅ…。
ユ、ユートも、大分反省しているようですしね。し、仕方ありません、そろそろ許してあげます。
で、ですが、その……べ、別に食べ物に釣られたわけじゃないんですからっ、そこだけは勘違いはしないでください!!」
そう言うと、潤んだ瞳で俺を見上げる。
もっと、もっと、と、全身で訴えかけてくる。
……饅頭がなければドキッとするシチュエーションなのに……。
ま、いいけどさ。
「あぁ、大丈夫わかってるって。それに、俺、協会での事、メチャクチャ反省したんだ。……だからさ、許してくれて嬉しいよ。
……さっ、仲直りのしるしだ、どんどん食べてくれ」
リアは顔を輝かせると、俺の膝の上に座って、饅頭を両手一杯に抱えると、美味しそうにかぶりつく。
……顔より大きいのに、さっきはよく口の中に入ったよなぁ。
ファンタジーのすごさに驚いている俺をよそに、リアは一口ごとに『……はふぅ』と、幸せそうにうっとりとため息をついている。
あまりにも美味そうに食べる物だから、俺ももう一つ……と、後ろから手を伸ばすと、勢いよく叩かれ、ものすごい目つきで睨まれた。
わ、わかった、取らねーから睨むなって。
少しの間警戒していたが、すぐにまた幸せそうな表情で食べ始める。
「……それにしても、さっきサンド食ったばっかなのによく入るよな」
「こへはべふばらはんでふよ(これは別腹なんですよ)」
なるほど、妖精には胃が3つくらいあるんだよな、きっと。
俺はリアの様子をククク、と苦笑しながら眺めていた。
でも……、もう1パック買っておけばよかったかな、と、心の奥底でほんのちょっとだけ後悔しながら。
「お待たせ! ごめんね、ずいぶん待たせちゃって」
リアの食べる様子を鑑賞していると、後ろから声を掛けられる。
「お~、おせーぞ、セ……ディ?」
振り返って見ると、セディが私服姿で立っていた。
ゆったりとしたシャツにズボン。
至って面白みのない普通の格好、……なのだが。
「……なんつーか、縮んだ?」
そうとしか言いようがなかった。
身長は当然さっきと同じままだったが、鎧とあの大剣がなくなったせいで、ずいぶん小柄に見えた。
俺よりもガタイがいいかと思ってたんだが……。
「縮んだって……」
セディは苦笑をもらす。
「あの鎧、すごく分厚いからね。その分、防御力はかなり高いんだけど、動きが鈍くなるのが欠点かなぁ」
それにしても限度があるだろう。
鎧を着ているときは俺よりも身体がでかかったんだぞ?
鎧の厚さ、どれだけあったんだ……。
そんな物着ててよくあんなにすばやく動けたよな。
それに、俺よりも細い腕であの大剣を振り回していたなんて信じられないな……。
じっくり見ようと、セディの腕を掴もうとして手を伸ばすと、あったはずの腕がいきなり掻き消え、俺は何もない場所を掴んでいた。
セディはいつの間にか俺の後ろに回っていた。
……なんつー素早さですか。
重そうな鎧やでかい大剣よりも、素早さ重視の装備の方があってるんじゃないか?
必要最低限の身を守る鎧に、レイピアみたいな細身の剣。
……似合いすぎてなんかムカつくな。
「な、なに?」
セディは腕を抱え、俺を警戒するように身構えている。
……その反応はなんか不本意なんだが。
「いや、腕ほっそいな~、って思って。よくそんな腕であの大剣持てるよな」
「あはは、まぁ、それなりにレベルはあるからね。ユートもあれくらいすぐに持てるようになるよ」
……いや、無理だって。
街に来る途中にあの大剣を触らせてもらったけど、持ち上がりすらしなかったし。
振り回すのなんて絶対無理だ。
俺は右腰にぶら下げているひのきの棒を見つめる。
それは見た目以上に頼りなく、小さく見えた。
……遠いなぁ。
意識せず、思わずため息がこぼれる。
ゴーン……、リンゴーン……、ゴーン……。
突然城の方から鐘の音が聞こえてくる。
正午のお知らせ?
「聖堂が開放されたみたいだね」
「お、マジか!? 早速行ってみようぜ!!」
ついについについに!!!
待ち望んだ冒険者の証が俺の手にっ!!
俺は我慢できずに立ち上がる。
「まったく、まるで子供ですね……」
「あはは。でも、聖堂は今から1時間しか開いてないから、早く行った方がいいのは確かかも」
「だろ!? さ、リアもいったん食べるのやめて、さっさと行こうぜ! 残りは持ってやるからさ」
「もうちょっとだけ待ってください。……モグモグ…ゴクン。………はふぅ。
……ご馳走様でした、ユート。とっても美味しかったです」
その言葉にまさかと思って箱を見ると、饅頭はもう一つも残っていなかった。
「おかしい…妙だぞ!? 明らかにリアの体積より食べた量の方が多い!?」
「そんなことあるわけないでしょう? 何言ってるんですか、ユート」
え? いや、だって……あれ?
「バカな事言ってないで、さっさと行きましょう」
……あ~、うん、そうするか。
俺は細かい事は気にせずに、城に向かう事にした。
南大通りを北に戻り、橋を渡ると門に辿り着く。
門は開け放たれており、両脇に立っている兵士に聖堂へ入ることを告げると、特に何の審査もなく通される。
その無防備さに、警備大丈夫か、と少しだけ心配になった。
まぁ、街に入る前に身元確認はしてるから、それで大丈夫と言えばそうなのかもしれないけど……。
聖堂へは真っ直ぐ行けばいいらしい。
俺たちは二人の門番に例を言って、門をくぐった。
城に一歩入ると、そこは今までとはまるで別世界だった。
赤い絨毯に、天井には豪奢なシャンデリア。
壁には高そうな絵画が掛かっており、立派な鎧が飾られている。
燭台や廊下においてある机などにすら、一々意匠が凝らされており、細かい場所にまで神経が行き届いていた。
そんな、映画でしか見たことのないような光景が、そこには広がっていた。
「すごいな……」
「ですね……」
二人そろってきょろきょろと辺りを見渡す。
その様子はおのぼりさん、という形容詞がよく似合っていただろう。
声が門番に届かない位置まで歩いてきたことを確認して、さっきの疑問をコッソリとセディに尋ねてみた。
「あぁ、それは……ほら、部屋とか通路の入り口を良く見てごらん」
言われて視線をやると……、部屋の前にも通路の入り口にも兵士が立っていて、勝手に入れないようになっていた。
「ね?」
「なるほど……」
どうやら簡単に入れるのは、聖堂へと続くこの廊下だけで、他の場所の侵入者対策はしっかりと考えているらしい。
道に沿ってさらに真っ直ぐ進むと、大きな扉が開け放たれていて、その中に地下への階段が顔を覗かせていた。
俺とリアは、セディに続いて階段を恐る恐る降りていく。
そこはそれまでの豪華さとは対照的で、無機質な白い壁に白い階段だった。
燭代すらもなく、飾り気が全くない。
光源がないにも関わらず明るいことを不思議に思い、壁を良く見て見る。
すると、壁自体がボンヤリと光を発していたことに気がついた。
汚れは一切なく、確かに聖堂という名に相応しいのかもしれないな、と漠然と思う。
両手を広げれば届いてしまう程度の細い階段はすぐに終わり、一番下へと辿り着いた。
そして、そこから数歩歩くと急に広い部屋に出る。
通ってきた階段と同じで、調度品の全くない殺風景な部屋だった。
あるのは部屋の中央の台座に鎮座している、柔らかく光輝く小さな像のみ。
その像の前には、安っぽい鎧を着た、恐らく冒険者の男がひざまづいていて、その横に立つ青い法衣を着た女性に話しかけられていた。
「冒険者の証をお求めですか?」
「あ、あぁ」
突然横から話しかけられて、驚きながら頷く。
見ると、兵士がこちらを向いて笑いかけていた。
「ご覧の通り、司祭様は今、あちらの方のお祈りをなさっています。少々お待ちください。もうまもなく終わると思いますから」
「わかりました」
中央にばかり目がいっていたが、よく見ると部屋の両側の壁には兵士が何人か立っていて、警備をしているようだった。
こうしてじっと見つめている間もほとんど身動ぎもせずに立っている。
顔がむき出しになっていなければ、鎧の置物と勘違いしてしまったかもしれない。
それからほんの数十秒後。
冒険者の男は立ち上がり、司祭に軽く頭をさげるとこちらに向かって歩いてくる。
どうやら終わったようだな。
俺たちは兵士に促されて司祭の方へと近づいていく。
「たのもしき神の僕よ。ようこそ聖堂へ。本日はどのようなご用ですか?」
司祭の柔らかい言葉に迎えられる。
「えっと……冒険者の証が欲しいんですけど……」
「わかりました。……そちらの方々も同じでよろしいですか?」
と、リアとセディの方を見て司祭が聞く。
「僕は二人の付き添いなので大丈夫です」
「貴女はどうなさいますか?」
「わ、わたしも…ですか? 妖精でも貰えるんですか!?」
「もちろんです。妖精だろうと人間だろうと、例えモンスターだったとしても、正しき心を持つならばルビス様は力を与えて下さいます。……どうなさいますか?」
「欲しいですっ!!」
リアは躊躇することなく即答する。
「リ、リア?」
一緒に冒険者になってくれるのは正直嬉しかったが、俺の我が侭に巻き込んでしまう事になるのが辛かった。
冒険者は危険と隣り合わせな仕事なわけだし、下手をすれば死ぬことだって……。
「わたしは貴方の相棒なんです」
それで十分でしょう、と、俺の迷いを吹き飛ばすかのように真っ直ぐに俺を見るリア。
その表情には迷いはなく、強い意志が感じられた。
なんだか照れくさくなってリアの頭をナース帽の上からわしゃわしゃしてしまう。
「うきゃっ、な、なにするんですかっ!!」
リアの抗議を無視して司祭に向き直る。
「俺たち二人分でお願いします!」
「わかりました。それではお二人の名前を教えていただいてよろしいですか?」
「俺はユートって言います」
「わたしはリアです」
「ユートさんに、リアさんですね」
司祭は柔らかく微笑むと、手のひらで中央の像を示す。
「それでは、私の祈りと共に、ルビス様の像に手を触れて、祈りを捧げてください」
その像をよく見ると、確かに外で見た像とよく似ていた。
これもルビス像だったんだな。
違っていたのは大きさが1メートルくらいしかない事と、水晶玉を持っていないこと。
そして、外の像とは比べ物にならない程の神々しさを放っている事、だった。
リアも像に気づいて顔が紅潮している。
「す、すごい力を感じます! あ、あの! ……さ、触ってもいいんですか!?」
「はい。さ、お二人とも像に手を触れて祈りなさい。そうすればルビス様がお力をお貸しくださいますよ」
リアが恐る恐る像に手を伸ばす。
俺もそれに習ってそっと手を伸ばす。
「おお、わが主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕……、ユートとリアに、その祝福を授けたまえ!」
司祭の声が辺りに響く。
そして、像に指が触れた瞬間、そこから魔法を唱えようとした時に感じた魔力に良く似た何かが身体を駆け巡り……、次の瞬間、俺の意識は光に包まれた。
像に手を触れた次の瞬間、リアは深い森の中に佇んでいた。
深い森とはいえ、差し込む光で満ち溢れており、暖かな香りを持つ優しい森だった。
しばらくの間、リアはぼぅっと地面の一点をただただ見つめ続ける。
その目には何も写しておらず、まるで硝子玉のように澄んでいた。
……ふと、急に何かに気づいたように顔を上げると、導かれるように光の差し込む方へとふよふよと飛んでいき、柔らかな光に包まれる。
その瞬間、光がはじけた様に広がり、その光が収まった時、リアは険しい崖の上で佇んでいた。
崖の遥か下方には森が広がり、目の前では巨大な滝がその雄大な姿をあらわしていた。
リアは、万が一足を滑らせたら確実に命はないであろう高さの崖にも、全く動じることなく、崖の先へと進んでいく。
当然リアは飛んでいるので、落ちる可能性はないのだが、そうは言っても本能的な恐怖というものはそう抑えられる物ではない。
躊躇なく進むその姿は、意識が存在しないことの証明ともいえた。
―― リア……、リア……。
あたりに柔らかな声が響く。
その声に反応して、リアのそれまで全く揺らぎのなかった意識の中に、波紋が広がる。
…………リア?
……リア。
……そうでした、それがわたしの名前……。
―― 私の声が聞こえてますね…。
すでに確信している事を確認するかのようにその声は問いかける。
リアはその声の心地よさに身をゆだねながら、夢現の感覚で答える。
「……はい、聞こえています」
リアの答えに満足そうに微笑む気配がかえってくる。
―― 私は、全てを司る者。あなたには……………
……ふと気がつくと、わたしは像に触れたままの体勢で固まっていた。
急に意識が戻ったような、不思議な感覚がして、つんのめってしまう。
「えっと……あれ? ……どうしたのでしょうか、一体……?」
像に触ろうと手を伸ばして……、触れた瞬間、何かが身体の中を駆け巡って……。
意識が遠くなって……、そう、さっきまで確かにわたしは……。
「リア、お帰り。どうやら冒険者の証を貰えたみたいだね」
見上げるとセディが微笑んでわたしを見つめていた。
セディの言葉に視線を下ろして初めて、自分が冒険者の証を抱きしめていたことに気がついた。
自分の三分の一以上もある大きさの物を持っていた事に今頃気づくなんて、と、自分の事ながら呆れてしまう。
でも……ユートじゃないですが……、なんだか嬉しいですね。
何が書かれているのかはさっぱりわかりませんが……それでも。
……ふふっ、これがわたしの、わたしだけの証……。
思わず証を抱きしめる手に力が篭る。
……っと、いけないいけない、そんなことよりも。
「……セディ、『お帰り』という事は、わたし、やっぱりどこかに行ってたんですか?」
わたしがそう尋ねると、セディはユートを示す。
「どこかに行ってた……ってわけじゃないかな。ほら、リアもあんな状態だったんだ」
見ると、ユートは像に触れたままの姿勢で微動だにせずに固まっている。
目は閉じていたが、口が開いていたので少し間抜けだった。
「……わたしもあんなマヌケな格好で……」
落ち込むわたしにセディは苦笑する。
「あはは、マヌケって酷いね。……冒険者の証を貰う時は皆ああいう状態になるんだ。精神だけがどこかに行ってるんじゃないか、とか、ルビス様と何か話をしているんじゃないか、って言われてるんだけど……。本当のところはどうなってるのかわかってないんだ」
「なんでわからないんですか?」
わたしは不思議に思って聞いてみる。
沢山の人が経験しているのだし、すぐにわかりそうなものですが。
「みんな意識を失ってる時の事を忘れちゃうからね。リアも思い出してごらん。どこに行ってたかとか、何をしてたか、とか。どう、思い出せる?」
思い出そうとしてみて驚いた。
全く覚えていないのだ。
まるでその部分の記憶だけが切り取られてしまったかのような、不思議な感覚だった。
セディの言う通り、精神だけが別の場所に行っていたのかもしれないし、ルビス様とお話ができていたのかもしれない。
もし万が一後者だった場合、忘れてしまったのが悔やまれる。
こんなチャンスもうないかもしれないのに……、わたしとしたことが。
「まぁ、別に覚えてなくても何の支障もないから、みんなあまり気にしていないみたいだけどね」
……確かにそんなものなのかもしれない。
物忘れをした場合、普通は、もしかしたら思い出せるかも……という手ごたえが僅かとはいえ感じるものだが、今回は全く思い出せる気がしない。
少しは気にはなるが、別にどうしても思い出したいというわけではないのだから、無駄な努力はやめておこう。
それよりも、今は重要な問題がある。
「……これ、どうやって持ち運びましょうか」
今着ている服のポケットに入るわけがない。
当然だ、なにせ横幅はわたしの胴体よりも幅があるのだから。
「困りましたね……」
ずっとこうやって手に持っているわけにもいかない。
わたし自身、自分が武器を持って戦うという姿を想像できないですが、それでも、わたしだってこれから冒険者になるんです。
何か自分に出来ることがあるかもしれません。
いえ、もしなかったとしても、絶対に作ってみせます。
魔法だって、まだ諦めたわけじゃないですし。
それなのに、証を持つため、なんていう馬鹿な理由で両腕を塞ぐわけにはいきません。
何か言い考えはないでしょうか……。
わたしは銅像のように固まったままのユートを見上げる。
ユートのポケットに一緒に入れてもらう。
これは……保留ですね。
悪くない考えですが、一々ユートに聞いてから取り出さなければならないのが面倒です。
自分の好きな時に扱えないのはなんだか嫌ですし……。
他には……う~ん……。
意外といい案って思いつかないものですね……。
紐で自分の身体と証をくくり付ける、というのも考えたのですが、飛ぶ時に邪魔になりそうです。
……やっぱりユートのポケットに入れるしかないですね……、残念ですが。
そうと決まれば、どこのポケットに入れるのが一番いいか考えてみますか。
わたしはユートの左肩に座ると、ユートの服を見渡す。
ここはわたしの場所ですし、ここから近いところがいいですよね。
そうなると……一番近いのは、ズボンの左ポケットですか。
前と後ろにあるみたいですが……後ろの方が取りやすい……でしょう。
あまりいい場所とは言えませんが、ここに入れることにします。
と、そこまで考えて、ティン! ときました。
いいこと考えました!!
ユートはまだ戻って着そうもないですし、今がちゃんすです!
「ね、ね、セディ! ちょっと借りたいものがあるんですが……」
わたしが説明すると、セディはニヤリといい笑顔で笑います。
セディ、アナタもワルですね……クスクスッ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
――― サンド ―――
~ 冒険者達に大人気! ブームの波に乗り遅れるなっ!! ~
アラキーバッハの名物の『サンド』がレヌール城にやってきた!
安い! 美味い! ボリューム満点の三拍子そろったにくい奴!!
南大通りの中央広場で好評発売中!
値段は一律たったの120R! 今すぐご注文を♪
~ メニュー ~
・『焼肉サンド』
たっぷりの焼肉と野菜を、生地で豪快に巻きました!
冒険者の方に一押しです!
ソースは数種類の中からお選びいただけます。
マイルド、中辛、ホット、ミックス、ホワイト、オーロラ等など!
ホットソースの辛さで満足できない方のために、スペシャルホットソースも始めました!
店員にお気軽にお尋ねください♪
・『フルーツサンド』
ギンロを始めとした、各種様々なフルーツと野菜をたっぷりと生地で巻いたアッサリ系のサンド。
お肌にやさしくて、カロリーも控えめなので、女性に大人気!
こちらもソースは数種類からお選びいただけます。
・上で紹介した以外にも、レヌール名物の白身魚を大胆に使った『魚のフライサンド』、ゆで卵を特性ソースで味付けした『タマゴサンド』など、様々な商品を扱っております。
是非一度お試しください♪
――― 『サンド』屋本店前の看板から