……リアです。
………………………………………………グスッ。
「な、なぁ、ホント、俺が悪かったって……。なっ! 機嫌直してくれって……」
「………ふんっ!!」
知りませんっ!!
………本当に怖かったんですからっ!!
俺はここで生きていく
~ 第一章 第十五話 ~
お姫様は大層お冠のご様子で、俺の言葉を全く聞いてくれない。
なんだかんだ言って、いつも俺の肩の上で座ってたのに、今はセディの肩に止まっている。
そのことからも、リアの怒りの強さが窺える……。
……はぁ、まいった……。
頭をガシガシと掻いてみるが、何の解決にもならない。
セディに何とか取り成してもらいたかったけど……、すまなそうな顔でこっちを見るだけで、どうやら援護は期待できそうにない。
さすがのセディも今のリアは扱いかねるようだ。
少し様子見て、落ち着いたらもう一度謝るか……。
いつまでも協会の前でこうしてるわけにもいかないし。
「そ、それじゃ、まずはニコニコゴールドから案内しようか。すぐそこにあるしね」
セディが空気を変えようと、わざと明るい声で話す。
「そ、そうだな! ……んで、どの辺にあるんだ?」
セディに乗っかり、俺も明るくなるように心がける。
すると、セディは俺の言葉に、わざとではない自然な笑みを浮かべた。
「あはは、目の前にあるよ。あの店がそう」
え゛………っ!?
セディの指す指先には、いやに自己主張の激しい店がある。
大通りをはさんで協会の真正面にあるため、目に入るのは当然なのだが……、そういうこと関係なしに、とてつもなく目立つのだ。
大きさは協会にも匹敵するほどで、周囲の店のゆうに数倍はある。
建物は白を基調にしているが、まったく汚れは見当たらず、清潔感がある。
また、扉や窓は日の光を上手く取り込めるよう計算して作られているようで、開放感もある。
まぁ、これだけならかなりいい建物、というだけなのだが……。
俺は視線を上にあげる。
「…………どこの風俗だよ、いったい」
「アハハハハ……」
俺の視線の先には、ウィンクをしたバニーガールのドでかい看板が掲げられていた。
カッペに見せてもらったチラシの、下の方のバニーガールによく似ていたから嫌な予感はしてたんだけど……、どうやら違っていますように、という俺の祈りは届かなかったようだ。
確か、ラマダ、冒険者協会が指定してる店とかって言ってたよな?
……そんなんでいいのか冒険者協会。
「なんか、ものすごく入りくい店だよな」
「まぁ……ね。僕はもう慣れたけど」
諦めた様子でセディは呟く。
もう一度看板を眺めてみると、バニーガールの下の部分に文字が書いてあることに気がついた。
「なぁ、あの文字って……」
「うん、ニコニコゴールド、って書いてあるよ」
やっぱりか。
8文字よりもずっと長いため、日本語とは全く違うようだが、最初の4文字が2回繰り返されているからここが『ニコ』の部分だと考えてもよさそうだ。
「それじゃ、中に入って少しゴールドをルビィに変えておこうか」
「ん、りょうか~い」
「「いらっしゃいませ(ぇ)♪」」
おおおおおおおお!!!??
なんというパラダイス!! ………ゲフンゲフンッ!
扉をくぐると、両側に控えていたバニーガールの二人のお姉さま達に出迎えられる。
俺は驚きのあまり、思わず目が点になってしまったさ。
「な、な、な……っ!」
リアも言葉が出ないようだ。
……そりゃ驚くよな。
「ゴールドからルビィへの両替したいんだけど、頼めるかな」
「はい! 少々お待ちください♪」
呆然とした俺たちをよそに、セディは髪の短いバニーさんに爽やかに対応していた。
さすがに慣れてるな、セディ。
「お客様はぁ、いかがなさいますかぁ?」
いつのまにかもう一人のバニーさんが傍で俺を見上げていた。
少し間延びした話し方の、ほんわかした雰囲気を持つ人だった。
柔らかな茶髪は腰まで届き、キュッとしたくびれを強調している。
そして、視線をその少し上に向けると、二つの素敵な塊が目に入った。
で、でけぇ……。
さすがに目で見ただけでサイズがわかるほどアレじゃないが……でも、90はあるんじゃねーか!?
「? どうかなさいましたぁ?」
心なしか胸を強調するような格好で小首を傾げるバニーガール。
「え!? いやいやいやいや! その仕草反則だ、とか思ってないです、ハイ」
慌てて視線をそらす……と、首筋がゾクッとした。
……この感覚には覚えが……。
冷や汗を垂らしながら振り向くと、リアに、目が合う直前に思い切り目を背けられる。
その後姿から黒いオーラが立ち上ってる気がする。
あ、あはは………………、るーるる~……。
心の中で泣いていると、目の前のバニーガールは俺を見てクスリと笑う。
「お客様もぉ、あちらの方と同じようにぃ、両替でよろしいですかぁ?」
あぁ、と答えようとしたが、思いなおす。
そういえば食事代とかってどのくらいかかるんだろ。
こっちの物価についてはまだよくわかってないし、俺は8Gしか持ってない。
大事に使わないと……。
「どうかした?」
俺が悩んでいると、セディが問いかけてくる。
「いや、両替どうすっかなって思って。食事ってどのくらい両替すれば足りるんだ?」
「一食500Rもあれば十分だと思うよ。……でも」
「でも?」
そして、リアの方をチラリと見ると、顔を寄せて小声で囁いた。
「少し多めに両替しておいて、何かリアにプレゼントでも買ってあげたらどうだい?」
機嫌直してくれるかもよ、とウィンクをするセディ。
「お……おぉ!! その手があったか! セディナイスッ!!」
仲直りの光明が見えて、思わずセディの右手を強く掴んで上下に振る。
「あ、あはは、痛いって、ユート」
「あ、わりぃわりぃ」
俺は謝りながら慌てて離す。
セディは苦笑していたが、まだ痛むのか、俺が無意識に強く掴んでしまった部分を左手でゆっくりさすっている。
「……悪い、そんなに痛かったか?」
「えっ!? い、いや、大丈夫。気にしないで!」
覗き込むとセディは慌てて手を後ろに隠す。
痛みを堪えているのか、少し顔も赤い。
俺に心配させまいとそて……お前ってヤツはどこまでいい奴なんだ。
次からは気をつけようと心に誓う。
「……………っ!!」
後ろからリアがまた凄い形相で睨んでいるのが感じられる。
心が萎えそうになったが……ふふふ、俺にはセディに貰った秘策がある!
そうして怒っていられるのも今のうちだ。
何かうまい物でも買ってやるから首を洗って待ってろっ!!
「あ、あのぉ~、そろそろいいでしょうかぁ?」
少し寂しそうな顔でおずおずと話かけるバニーのお姉さん。
俺にはなぜか、お姉さんの後ろに、寂しそうな目をしたウサギの幻影が見えた。
こ、これはイイッ! ……じゃなくて!
「あ、あぁ、すいません! えっと……それじゃ、俺も両替お願いします」
「はい~。それじゃぁ、ちょっとここでお待ちくださいねぇ」
ニッコリと満面の笑みに表情を変えると、さっきセディに話しかけてたバニーガールと同じ様に、受付の方へと歩いていく。
数分後、まずセディが呼ばれて連れて行かれる。
ちなみに、リアもセディについていってしまった……。
少し疎外感を感じながらその場で待っていると、そう経たないうちに俺も呼ばれてさっきのバニーさんに案内される。
「こちらですぅ。それではごゆっくりぃ~」
ごゆっくりって何か変じゃないか? と、益体もない事を考えながら辺りを見渡す。
そこでは数人の人がカウンター越しに係りの人と1対1で話をしていた。
セディは別のフロアで両替しているのか、その姿を見つけることはできない。
ほどよく緊張した静かな雰囲気も、受付の様子も、元の世界の銀行とよく似ており、そのことが少し嬉しくもあり、……かなり残念でもあった。
バニーさんが受付してくれるのかと思ってたのに、あてがはずれたな……。
まぁ、考えてみれば、博識そうなセディやラマダですら計算方法習ってないみたいだし、両替の担当ができて、なおかつ可愛い女の子なんて、そうそういるもんじゃないだろうから仕方ないのかもしれないけど。
5つある座席のうち、唯一空いていた席の係りのオッサンに椅子を進められるままに座る。
「さて、それでは早速両替の手続きに入りましょうか。……ふむ、お客様は当ニコニコゴールドのご利用は始めてですかな?」
ソワソワと辺りを見渡す俺を見てわかったのだろう。
オッサンはメガネをクィッと一度上げると、俺を見つめる。
「あ、あぁ、わかります? こういう所初めてで、緊張しちゃって……」
……って、なんだこの受け答えは。
悪友に連れられて初めて風俗に来たような純情少年じゃあるまいし。
……ある意味間違いじゃないかもしれないが。
「ははは、別にとって食いやしませんよ。気楽になさってください。それでは最初、とのことなので、簡単にですが、ご説明しますかな。当ニコニコゴールドではご存知のように、ゴールドからルビィへの両替の他にも色々なサービスが御座いますが……、まぁ、今回は両替についての説明だけでよろしいでしょう」
俺が頷くと、オッサンも満足そうに頷く。
「……まず、ゴールドとルビィの両替のレートは、基本1G=500Rですが、流通しているゴールドの量によって変動します。この値段は国や協会と共に毎週流通量を調査し、協議して決めております。現在は……1G=514Rとなっておりますな。そうそう、両替についての注意点が一つ。ご存知の通り、一部の店は冒険者協会や国からの補助金により、ゴールドで安く利用できるため、無用な混乱を避けるように、ルビィからゴールドへの両替は行えません。その点はよろしいですかな?」
ルビィからゴールドへの両替は無理なのか。
確かにゴールドで買い物すれば安くすむ、っていうのは冒険者に対しての補助らしいし、もしこの両替ができてしまうと冒険者以外も利用できるようになるから、考えてみれば当然か。
他はセディからさっき聞いていたことだし、大丈夫だな。
「うん、大丈夫」
「畏まりました。それで、本日は何G交換なされますかな?」
「ん~……」
一食500Rくらいあれば足りるってことは、1Rって1円と同じくらいって考えてもよさそうだな。
…んじゃ、リアへの賄賂と……何かあったときのために少し多めに……、そうだな、3G分にしておくか。
ん~っと、1542R、か?
うん、これくらいあればとりあえず足りるだろう。
「それじゃ、3G分で」
ポケットから銅貨を3枚取り出して、オッサンに渡す。
「はい、確かに。それでは少々お待ちください」
そう言うと、ソロバンを取り出し、パチパチと計算を始める。
そして、計算を終え振り返り、後ろに置いてあった宝箱の中からお金を取り出すと、俺の前に並べる。
「それでは、占めて1512Rですな。ご確認ください」
「へ?」
あれ、計算間違ったか? ……でも、片方は一桁の簡単な計算、間違えるかぁ?
釈然としないが、頭の中でもう一度計算し直してみる。
514×3は…さんし12で1繰り上がって4で、さんご15だから……1542R、だな。
うん、間違ってないはず。
「ど、どうかしましたかな?」
「いや、1542Rじゃないか? 何度計算してもそうなるんだけど」
「なっ!!? …………っ! え、い、いや、そんなはずは……」
オッサンは一瞬驚愕して目を見開くと、もう一度計算をし直す。
「1…5の…4…2…、1542Rっ! も、申し訳ありません!!」
急に大声を上げると、突然土下座をし始めるオッサン。
「え!? い、いや、そこまでしなくても!」
「いえ、計算を間違えてしまうとは、商人の名折れ! 本当に申し訳ありませんでしたぁっっ!! どうかっ! どうか、お許しくださいっ!!」
額を地面にこすり付け、涙声で許しを請う様子はかなり目立っていた。
周りからの視線が痛い。
「わ、わかったから!! ……許す! 許すから、頼むから顔を上げてくれって!」
俺はオッサンの肩に手を置いて無理やり立ち上がらせる。
「本当に……っ、申しわけありません!」
「い、いいって、もう。俺はきちんと貰えるならそれでいいですよ」
「あ、ありがとうございますううう!」
オッサンに両手を包まれる。
……涙で汚れたオッサンの顔はキツいもんがあるなぁ……。
少し引きながらそんな事を考えていると、オッサンは椅子に座りなおすと、手元の引き出しから何かを取り出した。
「本当に申し訳ありませんでした。お詫び……と言ってはなんですが、これを……」
周りを気にするように小声で話すオッサン。
その手には、冒険者の証と同じくらいの大きさの黄色いカードが乗っている。
そこには表の看板に書かれていた言葉 ―― ニコニコゴールドと書かれていた。
「なにこれ?」
「これは、特別なお客様にお渡ししているカードでして。今後両替やその他の計算サービスの際にこのカードを一緒に提出していただければ、5%分ですがサービスさせていただきます」
「おぉ、マジか!?」
もしかしてメチャクチャラッキーなんじゃないか!?
俺はカードをじっくりと眺める。
冒険者の証と違ってただの紙で出来ているようで、正直しょぼいが、かなり嬉しい。
何せ、レートが500Rなのだから、多少変動したとしても、たった1Gで少なくとも20Rは得するのだ。
これからこの世界で暮らしていくにあたって、大きな味方となるだろう。
「もちろん、今回の分もサービスさせて頂いて……えっと、1619R、ですな。1619Rとさせて頂きます。……ですので、どうか、今回の不祥事は何とか内密に……」
「おぅ、もちろん! 協会や王様に言いつけたりなんてしないから安心してくれ! もちろん、ここの重役さんとかにもな。……それにしても、なんか悪いなぁ、ここまでしてもらっちゃって……」
まぁ、セディやリアには話すけどさ、と心の中でつぶやく。
あいつ等は他人に言いふらしたりするような奴じゃないし、話しても構わないだろう。
それに、俺も『協会や王様』には言わないのだから、嘘を言ってるわけじゃないし。
「いえいえ、当然のことですよ。それにしても、凄まじい計算能力をお持ちのようですな。まさかソロバンも使わずに計算してしまうとは……!」
「あはは、どーもどーも。でも、さすがに凄まじいってのは言い過ぎだって」
そこまで驚かれると照れるな。
「いえいえ、とても素晴らしいと思いますよ。……それでは、カードの裏にお名前を頂いてもいいでしょうか?」
そう言うとカードを裏返して羽ペンと共に俺に差し出す。
名前、か。
もしかしなくても看板と同じ文字で……だよな。
「あ~、悪いんだけど、書いてくれないかな。俺、実は文字書けなくってさ」
「なっ! 名前が書けないのに、あの計算能力ですかっ?」
オッサンは驚いて身を乗り出す。
ちょ、顔ちけーって!
「あ、あぁ、恥ずかしい話なんだけど、俺、文字の読み書きできなくってさ。ってか、んなことより、ちょっと離れてくれ」
「そ、そうなのですか。……それでは私が変わりに書かせていただきます。お名前は………ユート、様ですね………。はい、これで大丈夫です。それではどうぞ」
裏返して見ると、伸ばし棒も含めて文字が5つ書かれている。
なるほど、これで『ユート』って読むのか。
これくらいは覚えて、書けるようにしておかないとな。
「ユート様のお名前は控えさせて頂きましたので、もし万が一忘れてしまったり、無くしてしまった場合、言っていただければ再発行しますので、必ずお言いつけくださいね」
「ん、わかりました」
「………はい、それではこれが1619Rとなります。ご確認ください」
紙幣が1枚、大き目の硬貨が1枚、小さい目の硬貨が4種類7枚。
それぞれに、女性の横顔と数字が描かれている。
500R、100R、10R、5R、1R。
どうやら日本のお金と分け方は同じらしい。
大きさも近いし、俺にとってはわかりやすくてありがたいな。
「ん、確かに。サンキューな!」
俺は無くさないように大事にポケットへとしまいこむ。
財布をどっかで調達しないとまずいかもな。
「それでは、本日はご利用ありがとうございました。……君! お送りして」
「はいぃ~! それではぁ、こちらへどうぞぉ~」
いつの間にか最初に会ったバニーのお姉さんが後ろに控えていて、先導される。
その魅力的な後姿を眺めながら俺は着いていく。
……うん、なんていうか、やっぱり生足っていいなぁ………でへへ。
視線が下の方ばかりを向いていたのは、きっと気のせいだ。
「遅かったね、ユート」
すでに両替を終えて玄関で待っていたセディにリアと合流する。
「あぁ、ちょっと色々あってさ。ま、詳しいことは後でな」
さすがにこんなとこでオッサンの失敗を吹聴するのもまずいだろ。
バニーさんの口から彼の上司に伝わったらさすがにかわいそうだ。
……と。
突然ムニュっという幸せな感触が左腕に感じられた。
「「なっ!!?」」
「お、おぉぉっ!!?」
左を見ると、さっきのバニーさんが俺の腕をその豊満な胸の間に挟みこんでいた。
あ……あぁ、やわらけぇ……あったけぇ……天国やぁ……!
「ぜひぜひぃ、また着てくださいねぇ!」
瞳を潤ませて見上げるバニーさんを見た時、俺の注連縄よりもぶっとい理性が切れる音が聞こえた。
「もち……「さっ、そろそろ次に行こうか、ユート」……ちょ、ま、待てって、セディ! な、もうちょっとだけ頼む! ……いたっ!? いてっ、いてーってリア!? ご、ご慈悲を! お、おらのぱらだいすがああああああああああ」
バニーさんの両手を包んで『もちろんまた来ますっ! 貴女のために!!』と言おうとした瞬間、セディには手を、リアには耳を引っ張られ。
俺は泣く泣くニコニコゴールドを後にする羽目となった……。
「またねぇ~」
お姉さんはニッコリ微笑んで、白いハンカチをひらひらと振っている。
手を大きく振ってるせいで……その、揺れるんだ、たゆんたゆんと。
…………うん、カッペやラマダがなんでアレだけ力説してたか、少しわかった気がする。
わたくし、ユート・シジマは冒険者協会の英断を全面的に支持します。
いや~、ホント、冒険者協会、いい仕事したなぁ!
預かり所? ナニソレ、ウマイノ?
……後でまた来ようかなと、二人に引きずられながら考える。
ゲシッ!
(ホンッッッッットに、ユートって最低ですねっ! あんな見え見えの演技にデレデレしちゃって!! 胸だって、どうせ何か詰めてるに決まってますっっっ!!!)
リアは何故かプリプリ怒っている。
今にも頭のてっぺんから湯気が出そうだ。
……リアにはバレないように、内緒でコッソリと行かないとな。
なんか、バレたら冗談抜きで命にかかわりそうな気がする……。
「……へぇ、そんなことがあったんだ」
セディは興味深そうに、俺の渡したカードを眺めながらつぶやく。
城の堀沿いに、南に向かって歩いている。
城は南向きに建っているらしく、斜め前に門と、橋が架かっているのが見えた。
「5%って、ずいぶんケチなんですね…。どうせならもっとサービスしてくれてもいいと思うのですが……」
俺に背を向けているとはいえ、ようやく会話に参加してくれるリア。
も、もしかして、少し怒りが収まってくれたのか……?
俺は淡い期待を抱いて話しかけてみる。
「……5%だって馬鹿にしたもんじゃないぞ。塵も積もれば山となるって言うだろ?」
しかし、リアはワザとらしく髪の手入れをして俺の言葉を聞き流す。
……前言撤回、まだまだお怒りのようです。
そんな俺たちの間に挟まり、セディは居心地悪そうに苦笑する。
「で、でも、便利な物もらえてよかったね。これからここで生活していくんだし、ずいぶん助かるんじゃないかな。冒険者になったばかりの頃は食事代も結構きびしいし」
「だよな! やっぱセディは話がわかるなぁ。……名前を控えられてなければセディにそれあげてもよかったんだけどな。無くしたらすぐに再発行してくれるって言ってたし」
特別な人に渡してるって言ってたから、出回ってる数は多くはないのだろうけど、一人くらい増えてもたぶん気づかれないだろう。
あのオッサンも、自分のミスを隠すために勝手に俺に渡したみたいだしさ。
……まぁ、名前控えられちゃったから、そんな事はできないけど。
冒険者の証を提示してくれ、とか言われたら一発でバレるもんな。
「名前?」
セディが不思議そうに俺に聞く。
「あぁ、後ろの書いてあるだろ? 俺、こっちの字書けないから、係りのオッサンに書いてもらったんだけどな」
「……ほんとだ」
「そういやセディ、話した後でなんなんだが、誰にも話さないでくれよ? もちろん、リアもな。オッサンにも止められててさ」
「……うん」
今更だけど、一応口止めしておく。
まぁ、この二人は、そんなペラペラ人に話すようなタイプじゃないと思ったから話したんだけどな。
一応言い逃れできるような受け答えはしておいたけど、だからって別にあのオッサンのミスを吹聴しようなんて気は全くないし。
予想通りセディは頷いてくれたし、リアも…………あれ、リア?
リアを見ると、ソワソワキョロキョロと落ち着きなくあたりを見渡している。
どうしたんだ、いったい?
不思議に思ってしばらく見ていると、どこからか、美味そうな甘い匂いが漂ってきた。
その瞬間、リアはビクリと一瞬硬直すると、前以上にキョロキョロしだす。
………ははーん、なるほど。
この匂いにつられた、ってわけか。
よく見ると、辺りを見渡す際、小さな可愛らしい鼻がひくひくと動いているし、間違いない。
匂いの元を突き止めたのか、リアの視線が一点で定まる。
その先には小さな屋台があり、店先に小さい饅頭が箱に入れられて積み上げられていた。
10個入りで50ルビィらしい。
リアは店に近寄ると、店員の手元をジッと凝視している。
生地をこね、小さな団子に餡を入れて蒸し器にかける。
その手際のいい作業をぼーっと、眺めていた。
「おーい、リア~」
「んぅ~……?」
俺の声に、心ここにあらずな状態で答えるリア。
怒ってた事も飛んでしまってるらしい。
「饅頭見てるのか?」
「んぅ~……」
会話は成立(?)しているから、一応聞いてはいるようだ。
「…………買ってやろうか?」
「んぅ~……、……っ!! い、いいんですかっ!?」
俺の提案に魂が戻ってきたのか、表情を変えて俺にすがりつくリア。
その様子に少し嬉しくなる。
が、リアはハッと表情を変えると、ソッポを向いてしまう。
「……い、いりませんっ!! わたしを食べ物で懐柔しようなんて、そんな手には乗りません!!」
「い、いや、懐柔しようなんて、んなこと思ってないって!!」
図星をさされてしまい、少し慌てながらも否定する。
「疚しいことがないのなら、なんでそんなに慌ててるんですか?」
「ぐぅっ」
リアはもう話すことは何もない、と言わんばかりに俺に背中を向けると、これ見よがしに耳をふさぐ。
……はぁ、こうなったら何言っても無駄だろうな。
饅頭に興味津々なくせに、無理しやがって……。
風で饅頭の甘い匂いが運ばれてくる度に、身体をビクっと震わせている姿は思わず微笑みを誘う。
……ま、この店は覚えておこう。
後でリアと仲直りする切っ掛けになるかもしれないし。
ここでこうしてても、リアは意地でも首を縦に振るようにはならないだろう。
とりあえず別の場所に行って、また時間を置いてみるべきだな。
そうと決まれば……。
セディを促そうと姿を探すが近くにいなかった。
不思議に思って振り返ると、セディはさっきと同じ位置でつっ立っていた。
「おーいセディ、なにやってんだぁ? さっさと次行こうぜ~!」
俺の声に気づいたのか、『ごめん、今行くよ』という声と共にこちらへ走ってくる。
俺はそれを確認すると、町の南へと歩みを進めた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
――― もしかしたらあり得た未来 ―――
(訳:話の流れ上ボツになってしまったネタ)
―― 気づくと、焚き火の火が大分弱くなっていた。
あ、危ねぇ、火を絶やしちまうとモンスターが襲ってくるからな……。
完全に消える前に気づいてよかった。
ストックしておいた薪を火に突っ込むと、火が生き返る。
これでよし、と。
どうやらあまりの眠気にウトウトしてしまっていたようだ。
また寝てしまわないように、立ち上がって伸びをする。
周りの連中はグッスリ眠っているようで、スヤスヤとした静かな寝息が聞こえてくる。
……と。
すぐ横で寝ていたはずのリアがいないことに気づいた。
さっきまで俺の上着に包まって寝ていたはずだったのに、そこには少し温もりが残っている上着があるだけ。
まさか何かあったのか!?
嫌な予感が頭をよぎるが、そんなはずはない、とすぐに否定する。
もしモンスターが襲ってきていたのならば、ウトウトしていたとはいえ、さすがに気づくだろう。
それじゃいったいどこに……。
「………っ! …………!」
ふと、声が聞こえた気がして耳をすませる。
どこからか小さな声が聞こえてくる。
……あっちか?
どうやら背にしていた木の向こう側から聞こえてくるようだ。
音を立てないように注意して、そっと木の陰からのぞきこむ。
そこではリアが背を向けて立っており、変なポーズで立っていた。
「……確か……こう、でしたよね」
右手をゆっくりと上げて、目の前の木にむける。
「……コ、コホン。……わ、わたしの右手が真っ赤に燃える」
そして少し恥ずかしそうに紡ぎ出す。
「あの木を燃やせと蠢き叫ぶっ! はぁぁぁぁぁああああああっ!! メラッ!!!」
………何も起こらない。
いや、一呼吸の後、ポンッ! という音がして、赤く燃える ―― リアの顔。
「……っっ!! ……っ!!?」
言葉にならない声を上げて、両手を頬に当て、身を悶えて恥ずかしがるリア。
「そ、そう、ちょっと試してみただけなんです、別にわたしだってできるとは思ってませんでしたし、できなくても別に構わないというか、できなくて当然というか、悔しくなんてないですし、恥ずかしくもないです、そ、そうです! ただの検証なんです、あんな変な詠唱で魔法が使えるのか確かめただけの……、……っ……っ!」
われにかえると、照れ隠しなのか、顔を赤くしてものすごい勢いで一人言い訳を始めるリア。
……やばい、これは……なんつーか、くるものがあるな。
俺はしばらくニヤニヤ笑いながらその様子を眺めていた。
―― その後、火の番の交代を告げに来た仲間の声で、覗いていたことがリアにばれ、少々乱暴な手段で眠りについたつかされた事は特筆すべきことでもないだろう。