ユートだ。
あぁ……目がしょぼしょぼする……。
なんで夜明け前の3時間くらいって、起きてると無性に眠くなるんだろうなぁ……。
昼間なら3時間程度、なんてことはないのに。
「………ふぁ……ぁふ」
時折薪を火に足す以外はすることもないし、胸元でお姫様が眠っているので暇つぶしに身体を動かすわけにもいかない。
ぼーっとただただ火を見つめていたら、ようやく城の方角が明るくなってきた。
紫と赤の鮮やかなグラデーションがとても綺麗だった。
元の世界でだって何度も朝焼けを見たことはあったが、こちらは空気が向こうよりも澄んでいるからだろう。
比べ物にならないくらい美しい。
「今日はどんなことがあるかね」
不安はもちろんあるけど、楽しみだ。
さて、ちょっと早いけど、そろそろお姫様に起きていただくとしますか。
他のヤツにこんな所を見られたら、リア、きっと恥ずかしがるだろうしな。
自分の事は棚に上げて、リアの照れる様子を思い浮かべながらほくそ笑む。
「リア、そろそろ起きた方がいいぞー」
「ん……んんっ…」
そっと揺すってやると、寝ぼけた様子で手を振り払われる。
気持ちよく寝ているところを邪魔されて不機嫌そうだ。
とはいえ、振り払われたままにしておくわけにもいかない。
根気良く、そっと揺すり続けると、ようやく目を覚ます。
「……ふぁ、おふぁようございまふ」
欠伸交じりでろれつが回ってないが……うん、こういうのもいいかもしれない。
「ん~っ! ふぅ。ちょっと顔洗ってきますね」
リアは挨拶を終えると、するりと俺の胸元から抜け出し一度伸びをする。
そして、俺からの返事を待たずに、そのまま森の方へと飛んでいってしまった。
「あ、あぁ。……あれ?」
リアのあまりにも普段通りの様子に、気の抜けた返事になってしまった。
胸元で寝ていた事を少しだけからかってやろうと思っていただけに、拍子抜けした気分だった。
そんな気分だったからだろう。
俺は、朝焼けに赤く染まったリアの羽の色が、それだけが理由だったわけではなかったのに気がつかなかった。
俺はここで生きていく
~ 序章 第十二話 ~
「おはよう、ユート」
「おー、セディも起きたか、おはよ~」
俺は後ろから掛けられた声に顔を上げずに答えながら作業を続ける。
ここを……こうして…っと。
「こんな所で何やってるんだい?」
俺がごそごそやっていると、興味を惹かれたのかセディが後ろから覗き込む。
「武器を作ってるらしいです」
リアが俺の頭の上で寝そべりながら、セディに答える。
「武器……って、その木が?」
俺の手元には70cmくらいの手ごろな警棒のような太さの木があった。
そう、『ひのきの棒』ってヤツを作っているわけだ。
そもそもこれが檜の木の枝かどうかなんて俺には判断できないけど、『ただの棒』なんて名前よりは強そうだし、これは『ひのきの棒』なのだ。
俺がそう決めた。
「さっきラマダがくれたんだ」
リアを起こしてから少し後、大分辺りが明るくなってきた頃にラマダは戻ってきた。
『寝ていた場所の近くでいい枝を見つけましてね。なかなか硬くていい質ですし、よかったらユートさんに差し上げますよ』
そう言って差し出された枝にはまだ葉がついていたが、触ってみると確かに他の木に比べてしっかりしていた。
正直、ひのきの棒も格好いいとはお世辞にも言えないけど、まぁ、竹の槍よりはマシだろう。
いつまでも素手でいるわけにもいかないし…。
俺が礼を言って枝を受け取ると、ラマダはすぐに森に戻っていった。
まさか俺にこれ渡すためだけに一度戻ってきたのか…?
アイツもよくわからないヤツだよなぁ。
俺はそれから、作る時の音で二人を起こさないように、火の傍を離れて森の入り口付近でひのきの棒の作っていた、というわけだ。
「へぇ、ラマダ君が……」
俺が説明すると、セディは一瞬だけ変な顔をしていたが、すぐに元の表情に戻る。
「よかったね、ユート」
「おう! こんなんじゃ大した戦力にはならないだろうけど、護身用くらいにはなるだろ」
棒の枝葉をとって、ボコボコしている所を石で削り取る。
こういう作業って無意味に集中しちゃうよな。
少しづつ持ちやすいように加工していく。
ヤスリとニスがあればもっといい物が作れるんだけどなぁ。
少し残念だが、ないものねだりは意味がない。
街についたら、探してみよう。
ヤスリの代わりに、目の粗い岩を棒にこすり付けて表面を整える。
……おし、最後にこれを巻いて…っと。
「うしっ、完成!」
握る部分にはポケットに入ってたハンカチを巻きつけて滑り止めの代わりにした。
それでもハンカチではすぐにほどけてしまいそうだ。
紐をどこかで調達しないとな。
完成したひのきの棒を持ってみると、意外とずっしりしている。
と言っても、振り回せない程でもなく、むしろその重さが頼もしかった。
うん、なかなかいい出来だ。
ふっふっふっ、これでスライム程度なら勝てるっ! ……たぶん。
……勝てる……よな?
「へぇ、うまいもんだね」
「でも、そんなのでモンスターと戦えるのですか?」
二人は俺の作ったひのきの棒を見て、それぞれ感想を漏らす。
「だ、大丈夫だって! それに、これは所詮、お金を貯めていい武器が買えるようになるまでのつなぎだしな」
やっぱり、せめて銅の剣くらいは早いうちに手に入れたいよな。
「おぉっ! 早いな、少年達よっ」
後ろから聞こえた声に身体を強張らせて振り返ると、想像通りカッペが立っていた。
……なんか気まずいな。
昨日あんな事があったばっかりだし。
俺が戸惑っていると、カッペが怒ったような表情をする。
その視線に思わず身体を身構えると、カッペにがなりたてられた。
「少年っ! 挨拶はどうしたっ! 挨拶されたら返すのが人として当然の事だろうっ!!」
「あ、あぁ、わ、悪い、おはよう、カッペ。……って! お前も挨拶してねーだろっ!」
予想とは違う言葉にホッとしつつも突っ込みを入れるが、カッペは全く気にせず笑っている。
「ん? そうだったか? わはははっ、細かいことは気にするなっ! おぅ、セディも羽虫も早いじゃねぇかっ!」
「おはよう、カッペ君」
「だから羽虫と言うなと何度言えば……っ」
セディが怒るリアを宥めるのを横目に見ながら、俺は一度深呼吸をするとカッペに向き合う。
「カッペ、昨日は悪かった!」
「……ん? 昨日って何のことだ?」
俺が頭を勢い良く下げると、上から不思議そうな声が降ってくる。
ま、まさか気づかない振りをして昨日の事をなかった事にしてくれるのか?
……って、そんな粋な事するようなやつじゃないよな、コイツは。
そっと顔をあげると、普段どおりの顔をしたカッペがいる。
「いや、昨日、俺のメラで……」
殺しかけたこと……。
その言葉がなかなか出てこない。
と、カッペの肩が震えているのに気づいた。
死の恐怖を思い出させてしまったのだろうか……、それとも。
俺には予感があった。
「ぷっ……くっ……わはははははっ!」
あぁ、やっぱしそっちね。
コイツがそんな繊細なヤツなわけないよな。
「わははははっ! ……はぁはぁ、くくくっ。せっかく忘れてたのに、思い出させるなよ、少年! ……ごほっ、オ、オラを笑い死にさせる気かっ!」
カッペは腹を押さえながら笑い転げる。
「カッペ君!! ユ、ユート、落ち着いて、ね?」
セディが焦って俺とカッペを見比べる。
「セディ、心配すんなって、別に怒ってないから」
「そうかい?」
まだセディは心配そうにこちらを見ていたが、それも仕方ないだろう。
あんなところを見ちゃなぁ。
しかし、セディにも言ったように、俺には昨日のような怒りの感情はなかった。
まぁ、バカ笑いしてるカッペを見てるとうるさいとは思うけど、それだけだった。
あんなふうに、突然キレるような兆候は全くなかい。
「セディの言うとおり、一日寝たらスッキリしたのかもしれないな」
「そっか……よかった」
心からホッとした表情をしてくれるセディを見てると心が温かくなる。
「昨日……ですか?」
頭の上からの不思議そうな言葉に、俺は言葉につまる。
「あ~、昨日ちょっと、な」
あまり思い出したくないし、適当に言葉を濁しておく。
リアは納得していない様子だったが、我慢してもらおう。
「カッペ、本当に覚えてないのか? 昨日の事」
「だから覚えてるって。少年のメラのことだろ? ……ぷくくっ」
俺が聞くと、苦しそうに笑いながら答えるカッペ。
その様子は他に隠していることもなさそうだ。
どうやらあまりの衝撃に、気絶した前後の事を都合よく忘れていてくれたみたいだ。
「本当に忘れてるみたいだな」
こっそり耳打ちすると、セディも頷く。
ふぅ……ラッキーだったな。
「いや~、大量大量♪ あ、ユートさん、見てくださいよ、この釣果! ………って、カッペさんどうしたんですか、あれ?」
「あぁ、あんなのは放っておいていいですよ」
さっきからずっと笑い続けているカッペを無視して3人で話をしていると、ノンビリした声をあげながら、森から草を掻き分けてラマダが出てきた。
手には鮎のような川魚が1、2、3……20匹くらい握られている。
「す、すごいな」
魚取りに行ってたわけか。
でも、よくこの短時間でこんなに……。
「あっちに湖がありましてね。試しにやってみたら、面白いように釣れましたよ。これだけ釣れるとは私も思いませんでした」
ふふふ、と笑うラマダ。
「何も持っていないようですけど、どうやって釣ったんです?」
リアに言われて初めて気づいたが、確かにラマダは背中の袋以外何も手に持っていない。
「ヒミツ、です」
リアの問いかけに、ラマダがニッコリ笑って人差し指を口元で立てる。
なぜか少し黒いものがラマダの周りに見えた気がした。
目を擦ってみたら普通だったからたぶん気のせいなのだろうけど。
「そ、そうですか……」
リアも何か感じたのか、すぐに引き下がる。
ま、まぁ、いい。
早速火で焼いて食べるとするか。
腹もちょうど減ってきた所だったし、新鮮な魚は本当うまいからな、楽しみだ!
俺は魚をラマダから受け取ると、焚き火の方へと足を向ける。
「なぁ、セディ、塩とかってあるか? ……セディ?」
「あ、あぁ、塩だね。ちょっと待ってて」
返事のないセディに再度問いかけると、セディはその声に慌てたように荷物を取りに焚き火へと向かう。
どうしたんだ、いったい。
「どうしたんですか、ユートさん。早く行きましょう」
セディの慌てる様子を見ていると、寄ってきたラマダが俺を急かす。
「あぁ、そだな」
俺は少し不思議に思いながらも、ラマダと共にセディの後を追った。
「わははははっ!! ………げほっ、ぐふっ。はぁ、はぁ、わはは……はぁっ……って、あら?」
笑いすぎて乱れた呼吸を整えると、オラは回りに誰もいなくなっていることにようやく気づいた。
「お、お前ら、オラを置いていくなっ!! ちょっ、ま、まてってっ! オラの分の魚あるよなっ!? なぁったら!」
オラは急いで4人の後を追った。
「ふぁ~ぁ」
欠伸を堪えて歩く。
「だらけきってますね……」
仕方ないだろ、暇なんだし。
最初は景色を見てその美しさに感動していたけど、そんな物は最初の数分で飽きた。
野営地を後にしてから、道なき道を歩くこと早1時間。
なかなか目的地につかなかった。
「あんなにはっきり見えてるのに、意外と遠いなぁ……」
周りに比較対象になる建物がないからだろうか。
すぐ近くにあるように見えた街は思ったよりも遠かった。
「あと2時間も歩けばレヌール城に着くよ、がんばって」
後ろからセディが応援してくれる。
2時間か……、正直きついな。
さすがにコンクリートで舗装された道ならば、3時間くらい歩いても、疲れはするだろうけど根を上げるほど俺も柔じゃない。
でも、この道は……。
道なき道、そう言葉にすると単純だが、実際はかなり複雑だった。
足元の草は腰の高さまで生えていて、一々踏み分けなければ進めない。
石もゴロゴロ転がっているため、気をつけていないと草を間に挟んでしまい、足を滑らすこともある。
さらに、それだけならまだしも、この深い草むらのどこからモンスターが現れるかわからない。
話によると、こういった草むらでは舗装された道よりもモンスターと出会う確立が高いらしいのだ。
そんないつ襲われるかわからないプレッシャーとも常に戦っていなければならないのだ。精神的な疲れも容易く想像できるだろう。
ただ歩く、という行為がこんなに疲れるものだとは思いもしなかった。
「その割には欠伸なんかして余裕そうですけどね」
「……まぁ、皆なんだかんだ言って頼りになるからな」
野営地からここまででモンスター達と戦った回数は4回。
種類はオオアリクイや一角ウサギといった、塔で出遭った面々とほぼ同じだった。
その全てを、彼らは大した危険もなく一瞬で倒してしまう。
もちろん油断はしないが、安心して歩いていられるのもわかるだろう。
まぁ、そんなわけだから、いつ襲われるかわからないプレッシャーってのはちょっと大げさだったかもしれない。
それはさておき。
そんな辛い道のりの中でも一番キツいのが、筋肉痛。
昨日散々走り回ったせいで、足は痛いし、身体中がだるい。
歩くたびに身体中に痛みが走る、が。
……実は皆がコッソリと俺の歩く速度に合わせてくれるのがわかるから、そうそう弱音を吐くわけにもいかない。
セディやラマダはそういった気遣いが上手そうだから、そういった事をしてくれてもあまり違和感がないが、先頭のカッペが率先して歩くスピードを緩めてくれているのには少し驚いた。
いや、言動がアレだからわかりにくいが、カッペって実は意外とそういうところは優しいのかもしれないな。
俺の倒したオオアリクイの分のお金を自分の物にしないできちんと俺に渡したり、なんだかんだ言ってラマダと二人だけで調査に行ってくれたり。
セディに本気で乗せられていたようにも見えたけど、それはアイツの照れ隠しで、実は俺を気遣っていてくれたんだ、というのは考えすぎだろうか。
先頭を歩くカッペに目を向けると、ラマダと話をしながら相変わらずがはは、と声をあげて笑っている。
その笑い声を聞いていると、力が抜けてくる。
……やっぱ、考えすぎだな。
「もう少し歩けばある程度舗装された道になるから、そこまでの辛抱だよ」
「……うっし、もうちょいがんばるかっ」
セディの声に俺が気合を入れて足に力を入れると、カッペがスッと手をあげた。
どうやらモンスターが現れたようだ。
カッペたちはすぐに戦闘体勢を取る。
俺もそれに習って、見よう見まねで戦闘態勢を取った。
まぁ、コイツの出番はなさそうだけどさ……。
俺はモンスター達を見つめながらひのきの棒を握り締めた。
「やっぱ強いよなぁ」
俺は目の前の光景を見ながらリアに話しかける。
視線の先ではセディが大剣を振り回し、カッペのメラと槍が飛び交う。
ラマダも目立ちはしないが、良く見ると二人が動きやすいように敵を牽制しているのがわかる。
「確かに強いですけど……モンスターが弱いっていうのもあるんじゃないですか?」
「まぁ、確かにな」
俺はこのモンスターに殺されかけたわけだけど、冷静に考えて見れば、このモンスター達はゲームの中でも序盤でしか出てこない、雑魚モンスターだ。
ある程度のレベルがあれば、問題なく倒せる程度のものなのだろう。
「とはいっても、ユートじゃ歯が立たないでしょうけど」
「ほっとけって!」
少し悪戯っぽい表情で言うリアに吐き捨てる。
確かにその通りだとは思うが、何もそんなはっきり言うことないだろう。
俺だってメラが使えるようになったんだし、一匹なら問題なく倒せるっての!
……メラか。
昨日の感覚を思い出す。
普通の自分じゃなかったとはいえ、魔力を扱う感覚は身体が覚えている。
今ならもしかしたら使えるかもしれない。
「? どうしたんですか?」
見ると、いつの間にかモンスター達は全滅していて、カッペとラマダが浄化をしていた。
いきなり実践に使うってのも怖いし、練習しておくか。
俺は昨日の感覚を思い出しながら、精神を集中する。
身体がボンヤリと温かくなり、体中をよくわからない力が巡っているのがわかる。
おぉ、なんかいい感じだな……。
足の先からお腹を通り、頭へと。
意識してその力の流れを確認する。
「な、何をやってるんですかっ」
リアは俺が何をしようとしているか気づいたのだろう。
驚いた表情で俺から離れていく。
なんか上手くいきそうだな……!
俺は手のひらをカッペ達と反対方向に向けると、ワクワクしながら火のイメージ、それも昨日最後に放ったメラをイメージしてその言葉を唱える。
「メラッ!」
ポンッ
呪文と同時に身体はあの時のように光ったが、しかし、見覚えのある煙だけを出して、魔法は終わってしまった。
「あれ、失敗か……?」
カッペ達に見られてなくてよかったな。
キレはしなくても、笑われるのは正直気分良くないし。
「失敗か……じゃ、ないですっ!」
そう叫び声が聞こえると同じに、俺のコメカミに衝撃が走る。
ふらつく頭を抑えて見ると、蹴りを放った格好のままのリアがいた。
「何を考えているんですかっ! 今回は失敗したからよかったものの、また私に当てるつもりですかっ!?」
「また……って? い、いや、なんでもないです」
リアの形相に疑問は押さえ込まれる。
触らぬリアに祟りなし、だしな。
決してリアが怖いからではない、うん。
「だいたいユートはですね! ……っ! ……、………!!」
リアの説教は、しばらく続いた…。
ゴールドの回収が終わると、合図もなしに、皆そろって街に向かって歩き出す。
これで5度目だし、もう一々合図がなくても、皆の行動に迷いはない。
俺も大分慣れてきた、ってことかな。
う~ん、それにしても……。
俺は歩きながら考える。
「なんで失敗したんだろうな」
昨日の感覚を思い出しながらやって、その通りの手ごたえを得られたのだ。
当然メラが発動すると思ったのだが、うまくいかなかった。
何が足りないのだろう……。
「失敗って?」
「あぁ、ちょっとさっきメラを試してみたんだけど、さっぱり使えなかったんだよ。昨日はできたのになぁ」
俺の答えにセディは一度リアの方をちらりと見ると、首を振って答えた。
「僕はあまり魔法に詳しくないからね……。ちょっとわからないな。リアはどうだい?」
お、そっか、確かにリアなら知ってそうだな。
Gモシャス使えるんだから、一番基礎のメラの使い方のコツくらい朝飯前だろう。
「わ、わたし……ですか」
リアはあまり乗り気ではなさそうだ。
でも、俺だって必死なんだ。
まぐれかもしれないけど、実際に一度使えたんだ。
なにか切っ掛けがあれば使えるようになるはず!
「頼むよリア! 俺も何かできるようになりたいんだっ!」
俺が頼み込むと、あまりいい顔をしていなかったが、やがて根負けしたようにため息を一つつくと、どこからか差し棒を取り出す。
「仕方ありませんね……。気は進みませんが教えてあげます」
昨日のスーツなら似合ってただろうけど、その格好でそれはイマイチ……。
俺がリアのワンピースの姿を見ながらそう思っていると、リアの蹴りが飛んできた。
……声に出してないのに。
「それでは、無知なユートにわたしが懇切丁寧に説明してあげますね。ありがたく聞くように!」
そう言って、差し棒を回す。
ノリノリじゃないか、コイツ。
最初に出会った時もそうだったけど、意外と説明したがり屋なのか?
……っとと、変なこと考えてるとまた蹴りが飛んでくるな。
真面目に聞くとするか。
「魔法には、大きく分けて三つの重要な要素があります。一つ目は魔力の量、二つ目は詠唱、そして三つ目は魔法の構成です」
リアは数と共に指を立てていく。
「さっき見ていた限りでは、魔力には問題ありませんでした。呪文を唱えた際にきちんと光っていましたし、失敗とはいえ、煙がでていましたからね。恐らく、ユートは魔法の構成に失敗していたんだと思います」
「構成……?」
俺の顔にハテナが浮かんでいたのがわかったのだろう。
リアは俺の顔を見ながら、さらに詳しく説明をする。
「そうです。構成……イメージとも言いますね。メラを使うためのイメージが足りてなかったんだと思います。きちんとした魔法をイメージすることができれば、後は呪文を唱えるだけで魔法を使うことができるのですから」
「イメージならきちんとしたぞ」
俺はさっき、昨日使ったメラの炎をしっかりと思い浮かべてから唱えたのだ。
イメージが足りなかったわけではない……と思う。
「どんな風にですか?」
「どんな風に……って、昨日のメラの炎を思い返しながら……」
俺が考えながら言うと、リアは納得したように頷く。
「だから、ですよ。ただ思うだけではダメなのです。もっとしっかりと、頭の中に具体的に思い描かないと」
具体的に…って言われてもな。
炎を頭の中に具体的に思い描くって、どうやればいいんだ?
さっきは、写真やビデオの映像ように、火の玉を頭に思い描いた。
自分では結構具体的に考えたつもりだったんだけど……。
そんな考えが顔に浮かんでいたのだろう。
リアは俺の顔を見て頷くと、したり顔で続ける。
「さっきも言ったように、ただ頭の中でぼんやり思い浮かべるだけでは弱いのです。もっと理論的に考えて、より強くイメージしないと」
「理論的?」
ファンタジーとはまるで正反対の言葉がリアから出てきて思わず問い返す。
「そうです。メラは火ですよね? つまり、火の精霊の力を借りているわけです。ですから、まず最初に火の精霊を思い浮かべて、その状態のまま、魔法を使うことが出来るのは彼らの力を借り受けているからだ、と意識するのです。そうして初めて、火の玉をイメージするわけです」
「………」
ってか、それって理論的って言うのか……??
理論とはまるで正反対のファンタジーなリアの話に俺は思考が止まってしまう。
理論的……てのはこう……。
頭の中に、高校や大学で習った内容が思い返される。
いや、今はそんなことはどうでもいいか。
そもそも火の精霊ってなんだ?
火の精霊を思い浮かべろといわれても、見たこともないものを思い浮かべるなんてできるはずがない。
火の精霊、ねぇ……。
よくゲームとかではサラマンダーとかが有名だけど……後はイフリートとかもあったっけ。
フェニックス、鳳凰も火の精霊と言えなくもないし、朱雀だって火の化身だろ?
こういう知識はゲームやってればいくらでも入ってくるけど……、それでもドラクエ世界で火の精霊といわれてもピンと来ない。
あれ、そういえばドラクエにはサラマンダーっていうモンスターがいたような……?
「なぁ、火の精霊ってなんだ? サラマンダーでいいのか?」
「違います。火の精霊は火の精霊ですよ。そこから説明しないとダメですか……」
そう言うと、リアは説明を始める。
なんでも、この世界では火、水、風、雷、光など、様々なものに精霊が宿っていて、そのお陰でこの世界が存在できている、との事だ。
そして、魔法はそれら精霊の力を借りて使うことが出来る……らしい。
他にも精霊は目に見えるものじゃなくて概念的な存在だ、等と色々と説明してくれたが、正直理解できたのはこれだけだった。
「ですから、精霊はサラマンダーのように肉体を持ったものではなく、むしろ精神的なものなのです」
「なんかピンと来ないなぁ……」
ピンと来ないどころか、さっぱり意味がわからない。
精神的な生物? ってなにさ……。
「そこで必要になるのが、詠唱になります」
そういえば魔法に必要なのは3つだって言ってたっけ。
「詠唱で紡ぐ言葉は個人個人で異なりますが、その目的はただ一つ。魔法を構成の補助をする。ただそれだけです」
ふむふむ。
「メラの例で説明すると、例えば、火の精霊を称える言葉を入れたり、火の玉の描写をいれたり、とかになります」
なるほど、自分でしゃべって言葉にする事でイメージを容易にさせる、ってわけか。
でも、いきなりそういわれても、詠唱の内容なんて思い浮かばないよな。
……それに、昨日はそんな事考えて唱えるなんて事、してなかった気がするんだけどな。
確かに俺はどこかおかしかったし、記憶違いという可能性もないわけじゃないが……。
俺がそう言うと、リアが頬を膨らませる。
「わたしは母さまにそう習ったんですから、間違いあるわけがありませんっ!!」
「わ、わかったって」
身を乗り出して怒るリアを押さえてなだめる。
「最初は難しいかもしれないですが、慣れてくると詠唱せずに、イメージをする事ができるようになって、呪文を唱えるだけで魔法が使えるようになります」
ってことは、カッペはその域にいるのか!?
アイツが詠唱している所、見たことないし。
…………なんか納得いかねぇ。
メチャクチャ納得いかねぇ!
何かの間違いじゃないのか!?
……はぁ。
まぁいいや、詠唱だったっけ?
まだ街まではかかりそうだし、色々と考えてみますかね。
オリジナルの詠唱って考えれば、ちょっと格好いいしな!
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
――― ラマダくんの楽しい魚釣り♪ ―――
今日は私が編み出した、手軽で簡単な魚釣りの方法を貴方だけにお話しちゃいましょう。
・準備するもの
しび ―― コホン、魔法の粉 少々
バケツ 魚を入れることができるなら、なんでもいいですよ♪
・方法
最初に一番重要な注意点を。
周りに他に人がいないことをよく確認してくださいね!
もしも見られたら、面倒なこ……いえ、この魚釣りの方法をその人に真似されてしまうかもしれませんからね♪
ヒミツで使うのがこの方法の正しい使い方なのです。
それでは、早速手順の説明に移りますね。
まず、魔法の粉を取りたい魚がいる所で撒きます。
私は今回、きれいな湖に撒いてみました。
そして、撒いてから数分間、魚の美味しさを想像しながらじっと待ちます。
数分後、あ~ら不思議!
なんと、魚が気絶して大量に浮いてきます。
後はそれを取ってバケツに入れるだけ!
ね、簡単でしょう?
貴方もぜひ試してみてくださいねっ♪
……え?
しび……魔法の粉が人体に影響ないのか、ですか?
大丈夫ですよ!
だって魔法の粉ですし♪
――― しびれごな ―――
冒険者の友には現在この名前の項目は存在しない。
項目を新しく書く場合には、紙に項目の名前と内容を書いて、冒険者協会に提出していただきたい。
その際、冒険者協会で配布している注意事項をよく確認した上で、“以上の記述を完全に理解し同意した上で投稿する”と書かれた紙にサインをして欲しい。
貴方が投稿した記事のお陰で、死なずにすむ冒険者が増える可能性がある。
しかし、逆に、間違った知識を与える事で、死なずにすんだ冒険者が命を落とす可能性もあるのだ。
たかが知識と侮ることなかれ。
投稿して頂ける冒険者諸氏や執筆者は、その事を努々忘れずに、知識の共有の場として本書をうまく活用していただきたい。
私の記した知識が諸君の道を照らさんことを願い、ここに記す。
――― 編集者 コバク・リューノ