俺はここで生きていく
~ 序章 第一話 ~
世界は滅亡の危機に瀕していた。
魔王が復活してから十数年。
各地のモンスターの活動は活発となり、世界各地の街や村、城を襲い始めた。
多くは自警団や軍隊を持っていたためモンスターをこれまで撃退することができていたが、地方の村には自衛手段を持たない場所もあり、そういった村々にはモンスターに滅ぼされた村もあった。
大きな町や城も長年にわたるモンスターの襲撃に疲弊し、人にとって安住の地となる場はもはやこの世界のどこを見ても存在しなかった。
もちろん、人々はただただ襲われていただけではない。
魔王が復活してすぐに、かの冒険者の聖地と呼ばれた街では、一番の猛者と謳われた勇者を始め多くの若者が魔王討伐の旅に出た。
また、とある勇敢な王の国は自国の軍隊を魔王の城へと向かわせ魔王討伐に乗り出した。他の街や村でも腕に覚えのあるもの達はこぞって武器を取り旅だった。
彼らの姿は雄雄しく勇壮であり、魔王の復活という知らせによる暗い空気を吹き飛ばすには十分な力をもっていた。
彼らの旅立つ勇姿を見送る人々の顔には力強い希望が浮かんでいた。
しかし、現実は非情だった。
軍隊による討伐が失敗し、勇者達の多くが志半ばに散っていったという報告が各地に流れていくにつれ、人々の顔に不安が溢れ始る。
そして一番に期待されていた猛者が火山に向かって火口に落ちて死んだらしい、という噂が流れると人々の顔を絶望が覆うようになった。
この報告が国にもたらされたのが今から7年前。
その報告がされてから魔王討伐の旅に出る若者は減り、今から2年前、かの猛者の息子が仲間たちと共に旅に出てからは一人として旅に出るものはいなくなった。
彼は、街一番の勇者の息子ということで、次こそは、と他の勇者たち以上に周囲の者たちから期待を受けていた。
最初の1年は彼らの活躍は瞬く間に街々に伝わり人々に希望を与えていたが、ついに半年前に足取りを追えなくなってしまった。
期待が大きかっただけに絶望も大きく、人々の顔からは生気が失せ、諦めの空気が国々を覆った。
すべての人々が生きることに疲れ、諦めてしまうかと思われたとき。
たった数人。
恐らく世界中でただ数人だけ未だに諦めていない者がいた。
その者は、才はなく魔法は一般人にも劣る程度にしか使えないが、魔法の研究者としては一流で今まで数々の魔法を生み出し改良してきた、賢者と名高いグレゴリ。
彼は一年前から助手達と研究室を作った塔にこもり、とある魔法の研究をしていた。
「あと…あと、少しなんじゃ!あと何か一つ切っ掛けがあればこの魔法は完成するというのに!」
一人の老人が様々な器具や書物に囲まれた部屋の中央で苦悩を顔に浮かべて言葉を搾り出すようにはき捨てた。
「すでに理論はできておる。魔方陣には魔力をこめ、詠唱も終わっておる。なのに…。なのに、なぜ魔法が発動しないのじゃ!!?」
「やはり無理だったのでしょうか、異世界からの勇者様の召喚など…」
助手の一人が、こちらも顔に苦悩の皺を浮かべ追従する。
「いや、そんなことはない!神界、魔界を始めとする別の世界の確認はできている!確かに今までに異世界と接触したという記録はないが、賢者様はそれも含めた魔方陣の構築をなされている。99%以上完成しているのだ、それはお前もわかっているだろう!」
もう一人の助手が興奮して叫ぶ。
「わかっている!!俺だってわかっているさ!だが、現に魔法は発動しない!もうこれしか、俺たちにはこれしか希望が残っていないというのに!モンスター達はさらに活発になってきているし、軍隊や冒険者たちは疲弊しきっている!俺たちにはもう時間がない。こんなところで足踏みしている場合じゃないというのに!」
そう吐き捨てる顔には悔し涙が滲んでいる。
「二人とも落ち着くのじゃ!」
興奮する二人の助手を見て落ち着いたのか、グレゴリが二人を宥める。
「ワシも気づかんうちに煮詰まってしまっておったようじゃな。ほれ、二人ともこれでも飲んで落ち着くのじゃ」
そう言って手ずからお茶を入れて振舞う。二人が謝辞を述べて飲むのを見て自分も口をつける。
ちらかった研究室に一時ホッとした空気が流れる。
「……ふぅ。しかしどうしたものかのぅ。どこが間違っておるのか、何が悪いのかがわからねば手の施しようがないぞぃ」
グレゴリは密かに自慢に思っている立派なあごひげを撫でながら二人の助手に目をやる。
「とにかくもう一度最初から確認してみてはどうでしょうか。何か見落としがあるやもしれません」
「私もそれしかないと思います」
「ふむ…それしかないかの。二人とも、大変じゃがここががんばりどころじゃ。よろしくたのむぞ」
「はい!」「よろこんで!」
3人決意を新たに気合を入れたちょうどそのとき。
グレゴリは塔に張ってあった結界内によく見知った気配を感じた。
「ほほっ。あやつが帰ってきたようじゃな」
必要な魔法薬を買いに街に出ていた最後の一人の助手が帰ってきたようだ。
「どれ、出迎えてやるとするかの」
3人で出迎えると、いつもは一番冷静な助手がすごい形相で荒い息をついていた。
「どうしたんじゃ、そんなにあわてて。もしやモンスターに結界をやぶられたかの!?」
そんなことがあればすぐに自分にはわかるはずだが、何事にも例外は存在する。
気を引き締め臨戦態勢を取りつつ辺りに気を配り始める3人。
「………ったんです」
うつむき荒い息をつきながら何とか搾り出す助手。
「なんじゃ?」
聞き取れなかった言葉をよく聞こうと助手を覗き込む。
息が大分整ったのか、顔を上げ、そのグレゴリの肩をつかみキラキラした瞳で叫ぶ。
「やったんですよ!!やったんです!勇者様が…勇者様が魔王を倒したんですよっ!!!」
その助手のあまりの勢いに若干押されてしまい、腰を引いてしまったが、その言葉の意味が浸透するにつれ驚愕が感情を支配する。
「「「な、なにいいいいいいいいいっ!!!???」」」
「……そして、勇者様は魔王を無事倒し、世界は再び平和になったのです、めでたしめでたし、まる」
目の前のちっこい生き物はどこから取り出したのかは知らないが角帽(大学の卒業式にかぶることがあるアレだ)をかぶり、人差し指を立てつつ講釈している。
「いや…、アレ?ん?えっと??」
さっぱりわけがわからない。途中までは…というか、最後のほうまで俺がその最後の希望の勇者っていう流れだったよな?
え?それがなんでいきなり勇者が魔王倒しちゃってんの?
しかもめでたしめでたし?
んじゃ何で俺ここにいるんだ??
俺の名前は四十万(しじま)悠人。
自室で寝ていた…はずだよな?
そして、目が覚めたら変な部屋にいた。
現状を簡単に説明するとこんな感じだ。
うん、正直混乱している。
風呂に入って一日の疲れを落として、暖かい布団の中で眠る、そんなありふれた幸福から、気づいたら硬い石の床で寝かされていて、周りにはよくわからない物がゴロゴロ転がってたんだぞ?
なんかあちこち壊れてるし…廃墟という風ではないんだけど。
壁にかかってる燭台からの火の揺らめきが不気味さを演出している。
一瞬、誘拐されたか?とも考えたが、別に俺を誘拐してもメリットないしなぁ。
何か人と違ったすごい部分なんて何もない普通の一般人だし。
あぁ、苗字が珍しいというのはあったか。
話がずれたな、どうもわけがわからなすぎて現実逃避したがっているらしい。
で、一人混乱しつつ落ち着きなく周りを見渡していたら、いきなり声がしたわけだ。
「わたしが説明しましょう」
声の方を振り向くと、ちっこい生き物がフワフワ浮いている。
角帽かぶったスーツ姿の女の人?
髪は目も覚めるような綺麗な青く長い髪でキリッとした美人だが…、身長30センチくらいだから、美人というよりも小動物的な可愛いさという形容が合う。
そして極めつけは透き通った羽が2対4枚。
あぁ、妖精…だよな。
「ここはアナタがいた世界とは恐らく別の世界です」
まさにファンタジーの世界だな…。
一応確認しておく。
「なぁ、あんた、妖精…だったりする?」
違ってたら俺って馬鹿みたいだよなぁ、と思いながらも好奇心を抑えきれずに声が少し上ずってしまった。
「それ以外の何かに見えたりするのですか?もしそうなら医者にかかることをお勧めしますが」
「…うっしゃああああああああああああああああ!」
あぁ、叫んじまったさ!
しかもガッツポーズ取りつつな!
だってファンタジーだぜ!?
俺は人並み以上にゲームや漫画といったものが好きだった。
架空の物語を読むのが好きだった。
そういうものが、現実にはありえないとわかってはいるさ。
わかっているからこそ、そういうファンタジーの世界が好きだった…んだけど。
今自分が経験しているのは思いっきりそのファンタジーの世界だ。
これが嬉しくないわけないだろ!?
「イーーーーーーーーーャッホーーーーゥ!」
ドガシッ
「…いてぇ」
「いい加減に正気に戻るのです」
この妖精…いや、このチビ、顔蹴りやがった。
くそっ、腰が入ったいい蹴りだな。
「これから何もわかっていな可愛そうなアナタに、可愛いわたしが懇切丁寧に現状を説明してあげるというのです。静かに聴いていてください」
…こいつ、さっきから思ってたけど微妙に性格悪いんじゃないか。
チビはこちらの様子にはまったく構わず話し始めた。
「世界は滅亡の危機に瀕していました」
―― そして話は冒頭へと戻る。
「………結局、なんで俺はここにいるんだよ?」
ついつい聞き入ってしまった。
2時間くらいたってようやく一息ついたチビに俺は疑問をぶつける。
途中までは、手に負えない魔王を倒すために異世界から勇者を召喚することになって、俺がその勇者!っていう燃えるシチュエーションだったのに、最後で肩透かしを食らってしまった気分だ。
「ふぅ、理解力が足りない人ですね。それにまだまだ話は途中なのですよ」
「ちょっとまて、お前今めでたしめでたし、まるって締めたじゃないかよ!」
チビは突っ込みをしれっと流して、聞き分けのない生徒に噛み砕いて説明するように話し始める。
「気のせいです、黙って聞いてください。…コホン。それでは続きを話ます。そうして世界は再び平和になりました。グレゴリのジジィ…失礼。賢者グレゴリもその事実に大層喜びました。しかし考えたわけです。今回の魔王には自身の研究は無駄に終わってしまったが、いつまた魔王が復活しないとも、新たな魔王が現れないとも限らない、と」
ふむふむ。
ってことはまた魔王が復活した、とかそういうことなのか!?
俺の勇者伝説が始まるわけだなっ!?
「先を焦る男はモテないですよ。そう考えたジジ…失礼、賢者グレゴリは、この魔法は未だ未完成ながらもほぼ完成していたために、次の有事にはきっと役に立つだろうと、魔王が復活したら解けるように、悪用を防ぐ封印を塔の研究所に施したのです。それがこの部屋になります」
言われ周りを見回す。
確かに研究所と言われればそんな感じもする。
棚にはたくさんの書物、床には魔方陣。
よくわからないフラスコっぽい何かが木でできた机の上に所狭しと並べられている。
本が床に何冊か落ちていたり、魔法陣が消えている部分があったり、フラスコは全体の3分の1くらいの物が割れていたりと、あちこち壊れてはいるが、壊れる前は結構立派な施設だったんじゃないだろうか。
「そして、その封印をなされたのが…恐らく、今から数百年前です」
……はい?
「その間ずっと平和だったのですね、きっと。現に今も別に魔王が復活した、ということは封印の状態を見る限りなさそうですし」
…なんかいや~な予感がするな。
こういう予感って、あまり外れたことがないんだよな。
「…なぁ、魔王とやらが復活したんじゃないんなら、何で封印が解けたんだ?しかも未完成の魔法とか言ってなかったか?」
何で俺はここに召喚されたんだ?
「解けてませんよ」
チョットマテ。
何言いやがりましたか、このチビ。
「…悪い、聞き間違えたようだ、もう一度お願い」
「まったく、理解力だけじゃなくて耳も悪いんですか、アナタは。…いえ、なんでもありません、だからそんなに睨まないでくださいよ。私はか弱いんですから」
俺が睨みつけると飄々とそんなことをのたまいやがる。
「あ″~~~っ、もういいから!話が全っ然すすまねぇ!さっさと続き話せって!」
「もう、せっかちは…わかりましたよ。封印は解けてません。どうやら、地震か何かで天井が少し崩れて魔方陣にぶつかったみたいで、そのショックで誤作動したようですね」
………WHY?
なんだって、誤作動?
そのグレゴリってオッサンは最後の一手が全然見つからなかったってのにテレビを斜めからたたけば映りがよくなるって言う程度の刺激で作動したってのか?
封印されてるのになんで作動するんだ!?
んじゃ俺は間違って連れてこられたのか??
ああもう!聞きたいことが多すぎるっ!
だが、何はともあれ、これだけは確認しておかなければならないだろう。
嫌な予感が抑えられないが、俺は足元の壊れた魔法陣っぽいものを見つめながら恐る恐るチビに問いかける。
「異世界にこれたのは純粋に嬉しいんだが……俺は帰れるのか?」
「無理ですね」
「即答っ!??」
嗚呼……父上様、母上様、そして生意気だが可愛い妹よ。
俺はよくわからない偶然でよくわからない世界へと拉致されてしまったようです。
しかも、これからこの世界で生きていかなければならないようです、まる。
これからどうなってしまうんだろう。