キィィィィィィィィィィィンッッ
ペィロの放った凶刃がタバサを貫こうとしたその瞬間、金属と金属がぶつかる音が周囲へ大きく響いた。
期待していたものとは異なる感触にペィロは顔を顰める。
「何…ですか、一体?」
「キュルルルー!」
間に入ってペィロの攻撃を止めた何者かが、そう鳴き声(?)を上げた。
それを見たタバサは思わず目を見開く。
「はぐりん…ちゃん?」
「キュルル!」
その正体は、はぐれメタルのはぐりんであった。
液状化している肉体の一部を硬化させ、タバサの喉下へ向けられたペィロの刃をその身で止めている。
はぐれメタルの硬いボディとまともにぶつかったせいか短剣の刃にはヒビが入っていた。
「よくも邪魔をしてくれましたね…この、はぐれメタル如きが」
ペィロは珍しく苛立ったような声を出した。
余裕ぶった態度は消え、冷めたような視線をはぐりんへ向けている。
先程までこの場を支配していたのは間違いなく自分であった。
それがこういった想定外の形で水を差され、流石に彼の気分を害したようであった。
一方、はぐりんは相変わらず何を考えているのか分からない表情である。
ただ1つ分かるのは、はぐりんがどうやらタバサを助けようとしていることであった。
「あのはぐりんが…」
ミニモンもそのことに驚いているようだ。
メタルスライム系の魔物は基本的にマイペースで、こうして自らの意思で誰かを守ろうということはそうあることではない。
当然、はぐりんも例外ではない。
普段の城内での行動を見れば、一目瞭然である。
そんな彼でさえ、このピンチに駆けつけて来るのだ。
タバサが魔物たちに愛されている証拠である。
「キュルル!」
はぐりんはまたも鳴き声(?)を上げるとタバサを庇うように前へ立ち、ペィロと対峙する。
そんなはぐりんを見て、ペィロは聞こえるように舌打ちした。
「これはこれは…何ともはや」
メタルスライム系の魔物のボディは特殊で呪文や物理攻撃を殆ど受け付けない。
防御面では完全無欠と言っていい性能を誇るのだ。
それに加え、すぐに逃げる性質を持つ彼らは冒険者や外敵に倒され難いとされている。
しかし、目の前のはぐりんは逃げることは無く明確に戦う意思を見せていた。
味方としては頼もしいことこの上なく、敵としては非常に厄介な存在である。
「僕たちだって!!」
はぐりんに負けじと、ミニモン、ブラウン、クックルの3匹も並ぶ。
当然、タバサも戦う意思を失っていない。
そんな彼女の肩にフッと軽やかで温かい感触が乗った。
「タバサ…私もあなたたちと共に戦います」
そう優しく声を掛けたのはフローラであった。
夫であるアベルとは違い、もう何年も戦闘は行っておらず、月日が経つにつれて戦う力も殆ど失われてしまった。
未だ若く伸び盛りな娘とは異なり、今や僅かに魔力を持つのみである。
それでも愛する娘や夫の城を守る為に彼女は立った。
「お母さん…」
単純な戦力ではなく、母親が側で見守ってくれるということ。
それがタバサにとっては何よりの力になるのだ。
この場の形成は逆転しつつあった。
「…そこのはぐれメタルだけならともかく、他の者たちも相手にするとなると少し面倒ですねぇ」
ペィロは冷静にそう分析する。
タバサたちを圧倒する実力があってもそう判断せざるを得ない程にメタルスライム系の魔物というのは実は脅威的な存在なのである。
「城の外にはあの子たちもいますし、ここで私が無理をする必要もありませんねぇ…」
少し沈黙した後、ペィロはそうあっさり言いのけてから武器を仕舞った。
戦いはこれから…という空気だっただけに、その場にいた全員が驚きを隠せないでいる。
「に、逃げるのか!?」
ミニモンが言うと、ペィロはチッチッと指を振る。
「逃げるのではありませんよ。お暇させて頂くだけです」
「同じことだろ!?」
「…いいんですか?私が本気になったら、死人が出ますよぉ?」
ペィロはニタリと笑いながら言った。
「ここで私を大人しく逃がした方が得策だと思いますがねぇ…少なくともあなたたちにとっては」
「くっ!!」
ミニモンは悔しそうに歯噛みする。
ここまで言いようにされていて、その借りを何も返せぬまま敵をみすみす見逃してしまうなど、屈辱以外の何者でもない。
だが、だからと言ってこのまま戦ってペィロに勝てる見込みもない。
いくらはぐりんが加勢に来たといっても無傷では済まないだろうし、ペィロの言う通り死人が出る可能性も高いだろう。
それはこの場にいる全員が自覚していた。
「いい判断です。命拾いしましたよ、あなたたち」
ペィロは沈黙する一同を見回し、ニンマリと実に満足そうな表情で言った。
「まあ、もうじき私の可愛い魔物たちがここへ攻め込んでくるので、拾った命も僅かな時間にしかなりませんでしょうがねぇ。ヒッヒッヒッ!!」
「やはり外の連中は貴様の差し金だったのか!」
オジロンが声を張り上げる。
ペィロはその顔が見たかったとばかりに口角を持ち上げた。
「ええ、どれもこれも私が育てた一級品…。特に、バトルシェイカーは私の最高傑作と言っていいでしょう」
「バトルシェイカーだと…?」
「精々楽しむのですね。死ぬまでの束の間を!」
そう言ってペィロは城の窓へ向けて走りだすと、そのまま外へ飛び出していった。
王の間は地上からかなり高い位置にある。
そこから飛び降りれば、例え魔物だとしてもただでは済まない。
慌てて後を追ったタバサたちであったが、窓の外にペィロの姿は見えなかった。
「消え…た?」
或いは、キメラの翼かルーラといった移動手段を用いたのであろう。
いずれにしてもペィロを追い掛けることは出来なくなったし、追い掛けるメリットも少ない。
ペィロのことは一先ず置いておいて、ここは外の魔物たちを何とかする方が先決と言える。
「…外の兵士たちは大丈夫だろうか?」
オジロンは外で戦っている勇敢な戦士たちの身を案じる。
「頼んだぞ…皆」
「ハァ、ハァ…」
ピピンたちは完全に疲弊しきっていた。
アベルの魔物たちをも圧倒する巨大な敵の存在、そして周囲を囲む敵の魔物たち。
敵の軍勢も先程より多少は数も減っているのだが、それ以上にこちらの消耗は激しい。
兵士たちにも死傷者が多数出ており、正に死屍累々の死闘である。
「……………………」
巨大な敵は無言でピピンたちを見下ろしながら、両の手に持ったハンマー状の武器を構えている。
不気味に光る目でじっと見つめ、まるで観察しているかのようであった。
ハンマーを上下にリズミカルに揺らす。
すぐに攻撃に出ないのは、何時でもお前たちを殺せる…という余裕のアピールなのだろうか。
「くそ!来るなら来やがれ!」
兵士の1人が苛立って声を荒げる。
生殺しの状態に業を煮やしたのだろう。
だが、巨大な敵は無反応である。
代わりに周囲の魔物たちが襲い掛かってくる。
「急に動かなくなりましたな」
得意の呪文で襲って来た魔物たちを返り討ちにしながらマーリンは言った。
「あのまま攻め続けていれば我々を殲滅することも容易かったでしょうに」
あまり同意したくはない発言であるが、実際のところそうなのだから仕方がない。
ピピンたちも思わず苦笑いする。
「でも、チャンスには違いありません!今の内に…」
「今の内に…どうするんです?」
「ええと…」
「ゴレムスよりも力が強く、その上で私の呪文さえ弾く頑強さ。何か策がおありで?」
「…正直、ありません」
マーリンの辛辣な指摘に返す言葉もないピピン。
マーリンも決してただ不安を煽りたい訳ではなく、冷静に現実を見て言っているのである。
現状、あの巨大な敵に対して手立てが全く無いのは事実である。
「でも、一念岩をも通すとも言いますし、何より攻めなければ倒すことは出来ません!」
「うむ!私もそう思う!」
兵長ザトゥもピピンに同調する。
この2人の思考回路はとても似通っているようだ。
「…やれやれ。頭のいい判断とは言えませんが、現状それ以外に選択肢は無いようですね。では、私は露払いをば!」
マーリンはベギラゴンを唱え、周りの雑魚を一掃する。
しかし、それでもまだ敵はわんさかといた。
マーリンが空けた道をピピンとザトゥの2人が駆け抜けていく。
そして巨大な敵の目の前まで来た所で事態は急変する。
「……………………!!」
巨大な敵は突然その巨体を稼動させた。
大地が震え始める。
「くっ!怯むな、ピピン!!」
「はい!!」
2人はそのまま巨大な敵へ向けて持っている剣を振るった。
だが、刃がその身に触れるか触れないかの所で止まってしまう。
「なっ!?」
どうやら先程マーリンの呪文を防いだバリアーのようだ。
これは物理攻撃にも有効らしい。
「!!!!!!!!!!」
巨大な敵は無表情のまま力を込める。
すると周囲にオーラのようなものが迸り始めた。
先程、ゴレムスを力で押し返した時と同じ様子である。
「ま、まずい!!」
全身が石で出来ている頑強なゴレムスとは違い、ピピンもザトゥも生身の人間である。
それが先程のような一撃を受ければ、全身が砕け散ってしまうであろう。
ピピンとザトゥは急いでその場から後退しようとするが、それよりも敵の動きの方が早かった。
巨体に似合わない素早さである。
「くっ!」
マーリンは相手の気を少しでも逸らさせるためにギラの呪文を放った。
しかし、巨大な敵の目前で一瞬でバリアに阻まれ消え去ってしまう。
少しでも詠唱時間の短い呪文をということであったが、ギラ程度では気を逸らさせるまでにはいかなかったようだ。
無情に振り下ろされる巨大なハンマー。
ピピンたちは死を覚悟した。
その時であった。
ドォォォォォォォォォォォン!!
一閃。
稲妻の閃光が巨大な敵のバリアを貫いた。
曇り気味だったとはいえ、雷など起こる気配もない空からの落し物。
まるで勇者だけが使える呪文、ライデインなどに代表されるデイン系の呪文のようだ。
「ガ…ガガ……!」
巨大な敵はマシン系の魔物だったからか電撃は効果があったようで、機械音を発生させながらその動きを止めてしまう。
「た、助かったぁ…?」
ピピンは間の抜けたような声を出しながらもこの隙にザトゥと共に後退した。
一方、この現象を見てマーリンは少し怪訝な顔をし始める。
「この稲妻、まさか…」
「その、まさかじゃよ」
マーリンの呟きに何処からともなく老人の声が答えた。
思わずマーリンは声のした方を振り返る。
「よう。元気にしとったか、死に損ない」
「やはりお前か、ネレウス!!」
マーリンの視線の先には、貝殻の帽子を被ったローブ姿の老人が両手を上げながら宙に浮かんでいた。
海の賢人、ネーレウスのネレウスである。
マーリンは信じられないといった表情で口をパクパクとさせている。
それを見て、ネレウスはニヤニヤしながら口を開いた。
「ん?どうしたんじゃ?嬉し過ぎて声も出んか?」
「そんなわけがあるかい!」
「ホッホッホ、照れんでもいいだろうに。絶体絶命のピンチに颯爽と現れた救世主…本当は涙がちょちょぎれるくらい嬉しいんじゃろ?ん?」
「老いぼれが何を世迷言を…」
「なんじゃあ?せっかく助けに来てやったのにその言い草は?大体、お前も老いぼれじゃろうが!」
「…というか、お前は確か魔界にいたのではないのか?」
「ホッホッホ、ワシにはルーラがあることをお忘れかな?何時でも何処でもひとっ飛びじゃよ」
「ああ…確かそんなマニアックな呪文持っていましたな」
「おいおい、アベル様やタバサ様も使える呪文をそんな風に言うでないわ」
「お前が使うと古の呪文も随分と安っぽくなりますな」
「なんじゃとぉ~!?」
こんな時なのに、老人魔物は睨み合いを始める。
どうも彼らはあまり反りが合わない様子であった。
周囲の魔物たちはそんなことお構い無しに彼らへと襲い掛かって来る。
「ベギラマ!」
「バギマ!」
マーリンとネレウスはそいつらに目線もくれずに呪文を放った。
襲い掛かってきた連中は真空の刃に刻まれ、閃光に焼かれる。
「フン、死に損ないではあっても呪文はまだ衰えてはいないか」
「そっちも老いぼれの割りには少しはやりますな」
互いにそう言い合うと、マーリンとネレウスは背中を合わせた。
「…しかし、どうして今このタイミングで来れたのですか?まさか偶然なんて言いませんよね?」
「…アベル様が教えてくれたんじゃよ」
ネレウスのその言葉にマーリンは驚愕した。
「アベル様が…!?一体、どうやって!?」
「ワシにもよう分からんが、同行している者の特殊な伝言法を使ったとのことじゃ」
「…そのアベル様は本物なんですか?」
「ワシが…いや、ワシらがアベル様を本物か偽者か見分けられないと思うか?」
「…愚問でしたな。これは失礼」
「兎にも角にも、ヌシらがピンチらしいということ。そして魔界にも危機が迫っているということだけ伝えて、それっきりじゃ」
「そうでしたか。奇怪ではありますが、アベル様の無事が確認出来て一先ず安心しましたよ」
マリンは心の底から安堵する。
アベルが消息を立ってからは表向きは平静に努めていたが、内心は主人のことが心配で堪らなかったのだ。
まだネレウスの言葉だけでアベルたちが実際にどうなっているのか不明ではあるものの、最悪のケースだけは免れた。
少なくともそのことを信じたいとリアリストな彼も願う。
「…さあて、ワシが来たからには、こいつらなどちょちょいのちょーいじゃ!」
「お前程度の援軍が来たところでそうそう形勢が変わるわけ無いと思いますがね。あの巨大な奴も致命的なダメージは負っていないようですし」
マーリンはネレウスの言葉へ冷ややかにそう返した。
「相も変わらず口の減らない悲観的なジジイめ…。まあ、安心せい。助っ人に来てやったのはワシだけじゃないぞい!」
「と、言いますと…?」
「ほうれ、アレを見ろ」
ネレウスが指差した方向。
その先を見ると、先程まではいなかった魔物たちが敵を蹴散らしているのが見える。
「おお…、あれは…!!」
「魔界から指折りの奴を連れて来たぞい!」
「ピー、ピー!」
そう機械音を発生させながら、1体のキラーマシンが魔物たちを次々と打ち倒している。
彼の名はロビン。
サイズは小さいが、巨大な敵と似た…いや、それよりもメタリックな外見が特徴的である。
名前の通りマシン系の魔物で、敵のどんな攻撃も跳ね除け、ビクともしない。
「ピー、ピー、シャキーン!敵ヲ、殲滅シマス!」
攻守に完璧なロビンの進撃を止められる魔物はこの中にいない。
正に今、敵だけを殺戮するマシーンと化している。
「グォォォォ!!」
地鳴りのような声を上げ、口から激しい炎や輝く息を放っているのはグレイトドラゴンのシーザー。
一騎当千とは言ったもので、たった1体で多くの敵を退けている。
ドラゴン系の魔物の中でも最上位に位置する彼の攻撃は生半可な魔物には耐えることは出来ないだろう。
「ウオオオオオオオ!」
そして、更に怒声が辺りに響き渡る。
ゴレムスより遥かに大きい体躯の緑色で一つ目の巨人、ギガンテスのギーガである。
説明不要、その見た目だけで彼の強さが伺えてしまう。
ギーガは、一通り雑魚を片付けた後、巨大な敵と対峙していた。
体格的には五分と五分である。
「……………………」
「ウオオオオオオオオオオ!!」
彼らの参戦により、戦況は大きくひっくり返った。
それだけ彼らが強力な魔物であるということの証拠である。
マーリンもウムウムと頷く。
「ほほう。これはこれは…」
「どうじゃ?」
「お前にしては上出来だと思いますよ」
「素直に有難うくらい言ったらどうなんじゃ、ったく…」
そうは言いながらもネレウスはマーリンの顔が勝利への興奮で紅潮しているのを見逃さなかった。
そして、それはこの場で戦っている者全てへと波のように伝わっていく。
「これなら…これなら行けますよーーーー!!」
「行くぞーーーーーーーー!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
下がっていた兵士たちの士気が大きく回復していく。
ネレウスたちの救援は正に逆転の大きな大きな1手であった。
ピピンが皆を代表して叫ぶ。
「さあ!皆さん!!行きますよーーーーーー!!」