進め! へっぽこ勇者(?)様! 天聖武神杯・予選編FINAL ~勇者とは、勇気ある者。そして、己が弱さに打ち勝つ者~・ ―――――ユウキです。 遠のく意識の中、俺を助けてくれたマリアさんが、まるで、女神のように見えました…………「―――――ハッ!」 次の瞬間、素早く、俺を抱きかかえたまま【怒りの魔人】の足の下から跳び出す。 ―――――グッシャァン! さっきまで俺たちがいた場所が、【怒りの魔人】に踏み潰される。 それを尻目に、マリアさんは、俺を抱きかかえたままダッシュして【怒りの魔人】の脚の下をすり抜け、そのまま一気に回廊を駆ける!「【ベホマ】ッ………!」 走りながら、俺に回復呪文をかけてくれるマリアさん。 意識がはっきりし、体中の痛みが引いてくる。「もう……………大丈夫………ですっ!」 自身の回復をマリアさんに告げると、彼女は立ち止まって、俺を下ろし、【怒りの魔人】に向き直る。 ズシン、ズシンと地響きを立て、【怒りの魔人】が此方を追ってくる…………!「ありがとう、ユウキくん……………私を信じてくれて…………その信頼に………私も答えて見せるわっ!」 その瞬間、マリアさんの魔力が、膨れ上がった。 ――――――――ゴウゥッ!!! ぶわりと、彼女を中心として“風”が吹き荒れる。 ただの大気の流れでは無い。 まるで生命エネルギーの塊のような、圧倒的な存在感と質量を持つ魔力の風。そして、彼女の体を覆う魔力の光は、その両掌へと収束する!「【バギクロス】ッ!!!!!!!!!!!! 両手を左右へ振りぬき一閃。 巨大な真空の竜巻が二本、巻き起こる! ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!! 巻き起こる真空の巨大な双竜巻は、大気を乱し、その爆音すらも耳に届かせることなく、【怒りの魔人】へと肉薄する! ――――――――オオオオオオオオオオォォォォォォン!!!!【怒りの魔人】が、吼える。 二つの真空の竜巻を握りつぶさんばかりに挑みかかるも、荒れ狂う二本の竜巻は、意思を持った竜のように蠢き、うねり、押し負けることなく、【怒りの魔人】を押し返し、もがき狂うその魔人を回廊の壁へと縫い付ける! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオォォォォォォッ!!!! 大気が、回廊が、唸る、揺れる。 まるで地震や台風のように、二つの巨大な力のぶつかり合いは、局地的な擬似災害クラス!!!!!!! ―――――だが、このままではダメだ。 見たところ、二つの力は拮抗している。…………即ち互角………………互角で勝利はありえない! だが、彼女には次の手がある! 「【グランド―――――――――】」 その“技”の名を唱えながら、彼女は両手に閃光の様な魔力を、気を、収束させる。 まるで、彼女の生命力そのものが、両手へと収束していくような、不思議な感覚。 両手を十字に組み、神に祈るかのように直立し、俯く。 そして――――――「【――――――――クロス】ーーーーッ!!!!!!!!!!」 祈りを込めて、両腕を十字に振りぬくように切る!!!!! ―――――ゴゥゥゥゥゥヴヴウヴヴヴウヴゥゥゥゥゥンッ!!!!! 召喚される、巨大な光を帯びた十文字の真空刃。 回廊いっぱいに広がった、巨大な刃は、大気を切り裂き、空をうねらせ、一気に【怒りの魔人】へと迫る! ―――――僧侶、神官系職業最強の特技【グランドクロス】! やっぱり使えたんだ、マリアさん…………… 【グランドクロス】はバギ系。 【怒りの魔人】の弱点もバギ系。「よっしゃ! 今度こそ……………勝ちだ!」 俺が叫ぶと同時に、【グランドクロス】は【怒りの魔人】へと着弾した。どっごおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ! ―――――空間に反響し、響く、轟音、爆音、大爆発。 粉塵がもうもうと立ち上り、【怒りの魔人】の姿が砂煙の向こうに立ち消える。 ―――――ガラン、カラン……………。 俺たちの足下にまで、赤い破片が飛び散ってくる。 ――――これは、確実に仕留めただろう、ヤツは粉々になったに違いない。「ハァ………、ハァ………」 反面、マリアさんの消耗が激しい。 額に冷や汗を浮かべ、美しいさらりとした銀髪の先が、くすんだ白髪へと変わっている。 まさか、自分自身の生命力まで【グランドクロス】に上乗せしたんじゃ!? ―――――次の瞬間、マリアさんの体が、ふらりとよろめく。「マリアさんっ!」 思わず、倒れる彼女を抱きとめていた。「……………きゃっ!?」 驚いたのか、カワイイ声を出すマリアさん。「…………いくらなんでも、無茶しすぎですよ! 」 抱きとめた彼女を覗き込むように諭す。「…………何言ってるの、いっちょ前にカッコつけちゃって……………」 弱々しく微笑みながら、俺の腕の中でポツリ、呟くマリアさん。 多分、もう限界だ、顔から生気が感じられない。 普段の頼もしい彼女とは比べ物にならない。 まるで、今にも消えてしまいそうな、陽炎のような弱々しさ。「…………冒険者ならこれくらい無茶なんて―――――――危ない!」 ―――――――瞬間、マリアさんがもの凄い力で俺を突き飛ばす! ―――――バキィ!「―――――げほっ!?」 思い切り、背中から壁に叩きつけられた。 横隔膜が痙攣し、呼吸が止まりかける。 ―――――――ドゴッシャアアアアアアンッ!!! 俺の目の前で、さっきまで二人がいた場所で、マリアさんが“押しつぶされた”のは、ほぼ同時だった。 飛んで来た、【怒りの魔人】の肩から千切れた腕によって。「ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!! ムダ! ムダ! ムダムダムダムダムダァッ!!!!」 ―――――思考が停止して、呆然とする俺の耳に、耳障りな、壊れたスピーカーが発するような、甲高い奇声が届く。 呆然と、顔を上げる。「シナネェーーーーーッ!!!! ソンナテイドジャシネネーンダヨォオオオ!!!!!」 粉塵が晴れ、其処に現れたのは、身体の殆ど、八割方が抉り取られ、顔意外ほとんど原形をとどめていない。 残った顔も、岩が剥がれ落ち、先ほど、二体の魔物を吸い込んだ“口”を開いていた。 奇声は其処から発せられている。 両の腕は、無い。 恐らくは、口で咥えて放り投げたのだろうか……?去れと、両の脚で床を踏みしめ、【怒りの魔人】はそこに立っていた。完全に赤岩が剥がれ落ちた胸には、先の、『邪の波動』が詰まったガラス球が覗いている。全身に燃え上がるように勢いを増した『邪の波動』を、チューブやパイプを通し、まるで心臓のように脈打って、送り出し続けている。「………………―――――っ!?」 それを見た瞬間、俺の脳裏に何かが、走った。「サア、ミロヨォ! コレガ、オレノチカラダァ! コンナヨワイカラダジャ、チカラガタリネェッ! モットダァ!モットツヨイカラダオオオオオオオオ!!!!!」 ――――――グジュリ…………! その時、嫌な音がした。 何かが、体を突き破って“生える”ような、そんな音。 ――――――そう、生えていた。 【怒りの魔人】の腕があった場所に、三本ずつ、石色、レンガ色、金色の腕が。 左右あわせて六本、まるでアシュラ像のように六椀が生え揃う。 ――――ボゴリ………! 次いで、両肩。 右に金色の、左にレンガ色の、ゴーレムの頭が肩に生える。「チカラチカラチカラチカラァアアアアアアアアアア!!!!! コレデゼッタイマケネエエエエエ!!!! メモ、ウデモ、チカラモ……………ゼンブサンバイサンバイサンバイダァァァァァ!!!!!!」 狂ったように、奇声を上げ続ける【怒りの魔人】。 そして、砕けたその体が、ゆっくりと、周囲の身体の破片を取り込んで、再生を始めていた。「……………………ウソだろ?」 ―――――邪配合された魔物のオーバーロード。 邪配合された魔物は、大ダメージを受ければ、塵となって消滅してしまう。死体さえ残っていれば蘇生のチャンスはあるが、邪配合された魔物には其れが無い。だから、消滅を防ぐため、致命傷を受けた際、今まで取り込んだ魔物の特性を一気に表面化させ、強制的に肉体を強化し、存命、生存を図る。 ただ、生きるために、生き残るために、目の前の敵を滅ぼし、破壊衝動に従い、狂う。 本家本元、漫画版DQM+でも、シルバーデビルの【バズス】が【エビルシドー】へと変貌を遂げたように。 【怒りの魔人】はその姿を“変異体”と化した。 ―――――――だが、裏を返せば、其れは、ヤツが、【怒りの魔人・変異体】が、“消滅”寸前まで追い詰められているという事!「チャンスは……………まだある!」 停止しかけた思考を、無理やり引き戻す。 ………………まだだ。 今の状況は……………99%絶望だ。ほぼ、間違いなく、たぶん、きっと、確実に、俺は…………………死ぬ。 ―――――だが、可能性は0じゃない!「1%でも可能性があるなら、俺は…………諦めない!!!!」 自身に活を入れるよう叫ぶ。 そして、マリアさんの方を見る。 「………………………う、うぅ……」 ――――よかった………直撃は、してない! 流石マリアさん。とっさに体を捻って避けたようだ。 だが、ただでさえ消耗が激しい上に、両足を挟まれて、マリアさんは完全に身動きが取れ無い。 「助けるのは後だ……………今は、ヤツを倒す!」 今助けに行けば、その隙に二人まとめてやられてしまう。 一刻も早くヤツを倒して、それからの方が確実だ! ―――――まだ、完全に再生しきっていない今がチャンス。 そして、先ほど俺の脳裏に走った、“ひらめき”。 可能性は僅かだが、やるしかない!!!! だが、それには、一つ、クリアしなければならない条件がある………………。「聞こえるか…………【光の刀】」 ―――――ガッ! 背負った、【光の刀】の柄に、手を掛ける。「俺の指示通りに、お前の力を使わせてもらう……………今度は頼まない! これは、“命令”だ!」 ―――――バジジジジジジジジジィーーーーッ!「ぐああああっ!?」 腕を通して、雷撃が走る。 まるで、『数回力を貸しただけで、調子にのるな』と、頬をひっぱたかれたようにも感じる。 だが、俺は雷撃にその身を焼かれながら、その手を離さない。「俺は…………いつまでもお前に頼ってられねぇんだよ……………お前の力を………俺自身の意思で! 今、使いこなさなきゃ、絶対に勝ち目は無いんだよ! お前に何かを任せれば、それは“甘え”になる! 今の状況…………甘えも妥協も油断すらも………絶対に、許されないんだっ! だから………だからぁっ! お前を生み出したのは…………お前の持ち主は……………」 そこで、俺は一旦言葉を切る。 そして、ゆっくりと息を吸い込み――――――「―――――お前の主はこの俺だっ! そしてお前は俺のモノだろうがぁっ!!!!! 黙って俺に従えっ!!!! 【光の刀】ぁーーーーーーっ!!!!!!」 雷撃に身を焼かれる中、声を絞り出して、叫んだ。 ―――――ポウ……。 光の刀の刀身に刻まれた“太陽”、“月”、“星”の三つの紋章のうち、唯一光が点っていた“星”に続いて、“月”の紋章に光が点った。――――――次の瞬間、雷撃が止み………【―――――――Yes,My master………】 そんな声が、ふと、聞こえた気がした。 ――――――シュラン……………!静かに、俺の手に導きに従い、鞘から滑り出る【光の刀】。 ―――――ずっしりとした、今まで感じたことの無い“重さ”を感じる。 本当の意味で、俺は、【光の刀】を、今手にした。「いくぞ……………」【怒りの魔人・変異体】は、いまだ再生を続けている。ゆっくりと砕けた破片が、その体へと戻り行く。 完全に修復を終えるまで、恐らく後、僅か……………!【光の刀】一振りのみを構え、【はがねのつるぎ】は腰へ収める。 両手で、正眼に構え、意識を、深く、集中させる――――――― ―――――――ヒュォオン! 鋭く、まっすぐ、光の刀を振った。 ――――――ヴン……! 次の瞬間、俺の姿がぶれて別れ、幻が俺の姿を映し、分身が現れる。 ―――――【マヌーサ】。 【光の剣】を道具として使えば、【マヌーサ】の効果が現れる。 白き霧が、幻が、俺の姿を映し出し、俺の分身を作り出す。 ……………その数、本体を含め、7体。「「「「「「「うおおおおおおおっ!!!!!」」」」」」」 七人の“俺”が、同時に駆ける。「フザケンナアアアアアァァァーーーーーッ!!!!!!! ゴミハ、ナンビキフエテモゴミナンダヨオオオオオオーーーーーーッ!!!!!!!」 狂ったように、壊れかけ、治りかけの体を仰け反らせて、6つの腕を振り上げる【怒りの魔人・変異体】!!!!「コイツクラッテ、シンジマエェェェェェェーーーーーーッ!!!!!」 ギシリ、と、音がするほど力強く。 【怒りの魔人・変異体】は6つの拳を握り締める!「爆・裂・拳―――――六連!」 ――――ドガガガガガガがガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァァァァァァァッ!!!!!!! それは、まるで嵐の日の集中豪雨の如く。 巨大な岩の塊たる拳が、ただひたすらに降り注ぐ。 四連攻撃を可能とする特技、【ばくれつけん】。 それが、腕一本に付き、一発。 ただでさえ、一撃一撃が“必殺”。 それを、絶え間なく、問答無用とばかりに24連撃…………… それは、呼んで字の如く、“必”ず“殺”す………………“必殺技”!!! 肉片すらも、残らぬであろう、その“必殺”を――――――「残念でした…………………全部ハズレだっ!」「――――――っ!?」 俺は、回避し切り、叫ぶ――――――――【怒りの魔人・変異体】の“体内”から! 「バ、バカナ!? ナゼ、ソンナトコロニイヤガル、キサマアアアアアアアッ!!!!???」 ―――――種を明かせばそう難しいことじゃない。 俺は、分身だけを走らせる同時に、砕け散った【怒りの魔人】の、ひときわ大きい破片の裏側に、ゴキブリのように張り付いたのだ。 そのまま再生してゆけば、破片は必ず【怒りの魔人・変異体】の体に戻る。 しかも、再生してくる自分の破片をわざわざ狙うやつは、まず居ない!!!! ―――――ミシミシィ………「うぐっ!?」 だが、元から異物を入れる隙間など、【怒りの魔人】の体内には無い。 当然再生してゆけば、それにしたがって、俺の体は押しつぶされてゆく。 全身をゆっくりと、鈍い圧通が襲ってくる。 ――――――――ドグン、ドグン………! そして、俺の目の前には、心臓のように不気味に脈打つ『邪の波動』が詰まったガラスの球!「これで……………終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」 喉の奥から搾り出すように、叫び、唯一動く右手で、光の刀をガラス玉に思いっきり叩きつける!!! ―――――ガギィン!!! ざっくりと、ガラス球に、【光の刀】が、根元まで突き刺さる。 ガラス球の中に入り込んだ刀身に、汚泥の泥のように、絡みつく。「今だ………………殺れええええええええ!!!!!!!!」 そして、俺の命令と同時に、【光の刀】は雷撃を解き放つ!!!! ――――――バリバリバリバリバリバリバジジジジジジジジジィィィィィィィィ!!!!!!! 少しずつ、少しずつ、雷撃によって、汚泥の泥のような『邪の波動』が焼き尽くされ、蒸発して行く。 だが……………「――――――――――――――っ!!!!!」 再生してゆく【怒りの魔人・変異体】の体に圧迫されつつある状況だ、光の刀から手を離す隙間など、有りはしない。 当然、俺の体も雷撃に灼かれ行く!「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」 しかし、【怒りの魔人・変異体】もそれは同じ。『邪の波動』は、邪配合された魔物にとって、“命”、“魂”、“生命力”と言い換えても過言ではないモノ。 全身のパイプを通して、雷撃に身を焼かれ、内からは“邪の波動”を灼かれて行く。 ―――――――用は、ガマンくらべだ。 俺が、圧し潰されるか、焼かれるかして、死ぬのが先か。 【光の刀】が『邪の波動』を焼き尽くすのが先か。 ―――――――――文字通り、命を賭けての…………………勝負!!!!・「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」 「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」 ―――――――アレから、何分たった………? 一分………? 十分………? それとも、数秒…………? 分からない、感覚がなくなってきた…………眼が霞む……………。 ガラス球いっぱいだった『邪の波動』は、ソフトボールくらいの大きさに縮小している。 ―――――――――――――バリバリバリ…………パリィ………… 俺の体を気遣ってか、雷撃の威力が、僅かに弱まる。 「―――――――ふっ……………ざけんなぁ! 電撃を弱めるんじゃ無え、【光の刀】っ!!!!! 俺に構うな…………! 俺がどうなろうが…………いや、死んでも、雷撃を弱めるんじゃねええええええええええええーーーーーーーっ!!!!!!!!」 ――――――バリバリバリバリ―――――ゴウゴウゴォォォォォォォォォォッ!!!!!!! 俺の言葉に答えてか、弱まりかけた雷撃が、より一層、渦を巻き、唸り、竜の咆哮の如く勢いを増す! ―――――――そして、霞む俺の眼に、刀身の先に僅かに絡みついた、最後の『邪の波動』が、焼き尽くされ、消滅するのが…………………見えた。・・・「はあっ……………はあっ……………」 焼かれた体を引きずって、塵と化した【怒りの魔人・変異体】に背を向け、刀と剣を杖に、必死にマリアさんの下へ、戻る。 ヤツが暴れまわったせいで、回廊の一部が崩れて、戻る道が完全にふさがれちまった。 不幸中の幸いは、遠くにうっすらと、出口と思しき扉が見えるところだけ。「ふぅ……………ぐっ…………はあっあ!!!」 ―――――ズズッ………ズズズ……… マリアさんを押しつぶしていた【怒りの魔人】の腕は消滅している。 後は、僅かに残る瓦礫を、体ごと押して、押しのける。「マリアさん…………マリアさんっ………!」 揺さぶって、呼びかける。 抱き起こす余力は、俺にはもう、無い。「……………う、うう……ん…………」 ゆっくりと、憔悴しきった顔で、彼女がゆっくりと瞳を開く。「よかった……………マリアさん、無事で…………はは、は……」 力なく、微笑む。 少しずつ、目の前がぼやけてくる。「どうしたの…………ユウキくん………………酷い顔じゃない…………」 ――――それはそうだろう。 今の俺は、雷撃で焦げて、酷いことになってるはずだ。「アイツは…………?」「俺が、倒しました…………」「そう……………やるじゃない、ユウキくん……………」「人間、死ぬ気でやれば、なんでも出来るもんですね……………」 互いに、瀕死の状況の中、他愛の無い言葉を、交し続ける。 この刹那の平穏を、短い逢瀬を、楽しむように。「そう…………じゃ、ご褒美上げなきゃね…………」 そう言って、彼女は装甲籠手を外し、ボロボロの俺の頬に、手を伸ばす。 白く、やわらかく、暖かい手が、焼け焦げた醜い俺の頬に触れる。「…………………【ベホマ】」 ―――――瞬間、俺の体を、白く、やわらかく優しい光が包み、全てのキズが、見る間に癒える。「………………えっ!?」 ―――――パタ……。 同時に、マリアさんの手が、地に落ちる。「これが………………最後の…………魔力よ……………もう…………ほんと……う、に………なんにも………無い………わ…………」 彼女の瞼が、ゆっくりと閉じていく。「マリアさん! ………………そんな………どうして!? そんな魔力があるなら…………自分に使ってください! 何で…………何で俺なんかに!!!!」彼女の上半身を抱き上げて、揺らしながら、問いかける。 「無理よ………回復、呪文、じゃ…………治せな、いもの……限界、を…………超え、て…………魔力を、使い、すぎ、たの…………少し、だけ、“命”まで、削っちゃったから……………」 瞳を閉じて、途切れ途切れに、言葉を紡ぐ、マリアさん。「大丈夫……………死ぬわけじゃないわ…………少し、眠るだけだから……………目覚める保障は…………無い………け、ど――――――――」 そして、カクリと体から力が抜けて、彼女は、眠りについた。 どちらかといえば、昏睡に近い………………呼吸は安定しているけど、安心は出来ない!「くそっ! はやいとこゴールに!!!!」 ―――――――もう、眼に見える場所に有るんだ、マリアさんを背負って一気に!!!!! 俺が、そう決意した、次の瞬間。――――――残り【05:59:59】……………【魔法の球】解放。 ――――――ボゴン! ボゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴン!!!! ゴールの扉まで、直線距離にして2~300メートル。 其処に、大量の、見覚えのある巨大な“球”が現れる。 そして、それが開き、見たことも無いような魔物、見覚えのある魔物。 そのほとんどが、隠しダンジョン、ラストダンジョン出現クラスの高レベルモンスター達が次々とあふれ出る!!!! ぎっちりと隙間無く、回廊に溢れかえる魔物の群れ。 その数は、100や200では効かないだろう。 いずれも、正気を失い、唸り声を上げ、暴れだす寸前だ。 少しでも動けば、一斉に襲い掛かってくるだろう。―――――俺もマリアさんもこのままじゃ助からない―――――何とか……………何とかしなければ―――――どうすればいいんだ!?―――――コンドコソ、ムリダロ?―――――ニゲロヨ、アノオンナ、ミステテゼンリョクデ、ハシレ。―――――ソウスレバ、タスカル。―――――オマエヒトリナラ、ナントカナル。―――――ニゲアシニハ、ジシンガアルダロ?―――――フタリジャ、タスカラナイ。――――――ヒトリナラ、タスカル。――――――モウ、ワカッテルンダロウ?――――――タスカルノハ、“一人”ダケダ。――――――『ウデワ』ガ、ジャマ? 『斬り落とせ』バ、イイ――――――ニゲロヨ。――――――ニゲチマエヨ。―――――サア、イツモミタイニ……………。―――――ああ、そうだな。でも……………彼女は、あの状況でも、俺を気遣ってくれたんだぜ?最後の魔力で、命まで削って、治療までしてくれた。 それに、幾度と無く、俺は彼女に命を救われてるんだ。 そう、俺の命は……………この命は、彼女のものだ。 ならば、彼女に返そう。 一人しか助からないのなら…………… 助かるべきは、彼女だ……………犠牲になるのは、俺一人だけでいい。 ――――――ガリィッ! ガリリリリリリィッ!!!! 地面に、剣で線を刻む。 境界線のように、線の内には、俺、その背後に昏睡するマリアさん。 線の外には、数多の魔物の群れ。 そして、俺は一歩、境界線から外に出る。 右手に剣を、左手に刀を。心に勇気を、瞳に炎を宿す。「さあ……………こいよ………………」 魔物の群れに、対峙する。 一歩も引かず、睨み点ける。「この線から先には…………………一匹たりとも通さねぇっ!!!!!!」 グオオオオオオオオオオオ―――――――――――――――――――ッ!!!!!!!!!!!! 俺が叫ぶのと、魔物の群れが津波のように押し寄せてくるのは、同時だった。 俺はもう、逃げない。 ―――――この時、俺は初めて、“自分の意思”で『逃げる』という選択肢を、捨てた。・・・・・・・・・・ ――――――第三次予選、残り時間【00:08:13】 『キャッスルタワー・ヘル、最上階・月詠の間』数多の扉を讃える、上が見えぬほど高く、広い、中央に天を衝くかのように供えられた祭壇を戴く、この部屋、『月詠の間』。 タキシード姿の一人の男が、懐中時計を手に、数多の扉を見つめていた。 その胸には、【第三次予選・審判長】と書かれたプレートバッジが輝いていた。 最早、一つたりとも、開く気配が見られない。 ―――――――少々早いが、頃合か。 そう判断し、時計を懐に、そして、右手を掲げ、ゴールしている48人の選手たちのほうへ向き直り――――――「皆様、少々早いですが、只今を持って第三次予選を―――――――」 ――――――ギ………ギギィ………… 審判長の声は、甲高い、扉の軋む音によって、かき消される。 全員が、その音の出所に注目した。 ある扉が、ゆっくりと、中から押されるように、開きかけていた。 ―――――それだけでは無い。まるで、ずぶ濡れの人間が、歩くような音が聞こえた。――――――ビシャッ………!そう、濡れている。濡れているのだ。――――――ビシャッ………!「ぜぇー……………ぜぇー…………」 ――――ギシギシギシィ……………やがて、数分を掛け、数歩を歩んで、軋む扉が開かれ、その足跡の主の姿があらわになる。「―――――――っ!?」「―――――――なっ!?」「ひっ!?」「ウソ……………?」「あ…………あ…………」 思わず、数人の選手が、息を呑んだ。 その足音の主……………一人の青年の全身は、屋内であるにもかかわらず、まるで水に落ちたかのようにぐっしょりと濡れ切っている。。 ――――――己自身が流した血で。―――――ビシャッ………!――――――ビシャッ………! 一歩、進むごとに、雨の日に外を歩くときと同じ、音がする。 体から流した血は、脚を伝って流れ落ち、一歩進むたび、小さな血溜りを足跡として残す。 ―――――ひゅ~……… ―――――ひゅ~……… 血塗れた喉が、僅かに泡立ち、呼吸するたびに裂けた喉の傷から空気が漏れる。 「……………ぜぇ、……………ぜぇ…」 気道にへばりついた、凝固しかたる血が、呼吸のたびに気味の悪い音を鳴らす。「かっ!? ――――かふっ! げほっ! げぼぉっ!」 ――――――ビチャッ! 咳きこんで、口中に込みあがってきた嘔吐物を床に吐き捨てる。 其れは、どす黒い血液。……………ピンク色の肉片が僅かに混じっていた。やがて、完全に扉を潜りぬけ、灯りに照らされた月詠の間へと、その青年は脚を踏み入れるその体は、血塗れて、その体に赤くない箇所など存在しない。肌も同じく。“傷ついていない箇所が存在しない”ほどの数多の傷が全身に在る。その傷からは、今だ眼に見えて、血が流れ続けている。皮の鎧は引き裂かれ、砕かれ、貫かれ、跡形も無く。最早、肩腰に僅かな金具を残すだけ。皮の帽子は失われている。腹には、数本の剣や槍が刺さったまま、肩や足にも数本の矢が刺さったまま。左目は、抉られたような傷でふさがれ、右の耳も獣の爪でそぎ落とされたかのように、あるべき箇所には四爪の爪痕が残るだけ、 左腕は、まるで節くれだった枝のように、潰され、あらぬ方向に幾重にも捻じ曲げられ、ほとんどぶら下がっている状態で、その手は、絶対手放さぬとでも言うように、刀身が根元からへし折られた【はがねのつるぎ】を掴んで、握った上から縛り付けている。 腰に、鞘に収められた刀を一振り、後ろの腰に【聖なるナイフ】を納め。 脚を引きずる格好で、その背には昏睡する無傷の聖女を背負う。 痛々しくも、どこか、神々しさを感じさせた。 命がけで竜へと挑み乙女を守る、おとぎ話の騎士のような、神々しさを。――――――ビシャッ………!――――――ビシャッ………! 開け放たれたままの、背後の扉。 そのスキマから、大量の魔物の屍が覗いていた。 いずれも、数時間前に解き放たれた高位の魔物たちばかり。 「…………………………う…………あ”あ”…………」 どこにそんな余力が残っていたのか、ゆっくりと、優しく、背負った聖女を床へと下ろし、寝かせる。 しかし、ゆっくり動くという動作は、想像以上に体に負担を掛けるもの。 代償として、身体の各部から血が噴出し、足元の血溜まりが、さらに大きく広がった。「………………………………あ……う”ぅ……」青年が、空に差し出すのは二つの腕輪。外れた腕輪……………それは、ゴールした選手である証。それを、審判長は受け取り、確認する。「………………………ジョーカーペア! ユウキ=ソウマ選手! 『マリア』選手! ゴール! 三次予通過です!!!!」 そして、そう、声高々に、宣言した。・ ―――――――――ああ、分からない。 どこだ、ココは? 付いたのか? 腕輪が…………外れた? え? ゴー……………ル? じゃあ……………いいんだよな? 倒れても………………いいんだよな? もう………彼女は…………俺が居なくても……………安全なんだよな……………?・ ――――――ビシャンッ!!!! そして、プツリと、操り人形の糸が切れたかのように、青年は、己の血溜まりの中に、倒れこんだ。「―――――以上で、天聖武神杯の予選を終了します! ………………衛生兵っ! 集中治療室の準備を! 高位の神官を呼べーーーーーっ!!!!!!」 ―――――――最後に、審判長の声が、月詠の間に響いていた。・・・――――――【天聖武神杯、予選結果発表】⇒予選参加者2768名【第一次予選・結果】通過者866名。敗退者1902名。(内、死者125名)⇒終了後棄権、342名。………第二次予選参加者、計524人【第二次予選・結果】通過者104名。敗退者420名。(内、死者3名、行方不明者23名)⇒終了後棄権、無し。………第三次予選参加者、104名【第三次予選・結果】通過者50名。敗退者52名。(内死者4名) ⇒終了後棄権、無し。………本戦出場者50名。(ユウキ=ソウマ、『マリア』、デュオン、バシュラ、シャリア、含む)――――――――――以上。・・・・・――――――その晩は、赤く、不気味に輝く、煌々とした満月の晩だった。何処か………恐らくは塔の頂であろう、広く、平らな、赤い満月を背負う、その場所に、一脚の、ガラスの机と椅子があった。 赤い月の光を吸収し、不気味に仄かに、赤く煌めいている。 その机の上に、黒と透明の、輝くクリスタルで作られた、チェスの駒と盤が並んでいる。 その机の側に、静かに佇む女が一人。 質素ながらも高価な美しい漆黒のドレスを纏い、その貌は月明りの逆光となって、隠れ、視えない。長い黒髪をなびかせて、頭には、小さくも豪華絢爛な装飾の施され、王家の紋章がレリーフにされている、ティアラ。 ―――――それは、プライムローズ王国“女王”の証。 ――――――そして、女は、“女王”は、仰け反り、髪を振り乱して、笑う、哂う、嘲笑う。「――――――――――キャハハハハハハハッ! ……………時は満ち、駒はそろったたわ! 円卓十二騎士、三人の元円卓十二騎士! そして、強さという幻想、辿り着けない“最強”という理想に魅せられた数多の冒険者達!」 無造作に、“女王”は盤から数騎のチェスの駒を掴み取り、掌で小気味よく弄ぶ。「………………さあ、踊りなさい。その命尽きるまで……………“天聖武神杯”という幻想の舞台で! 道化と化して、このわたくしを楽しませなさい! ………………この掌で、弄ばれ、踊らされていることに、命尽きるまで気付かぬままにね………………」 ――――パァン!!!何の予備動作もなしに、駒を盤に叩きつける。数多の駒が砕け、飛び散る。 しかし、盤に一騎だけ、微動だにせず残る駒がある―――――――「最後に笑うのは、このわたくし! この“女王”ただ一人!」 ――――――それは、黒(ノワール)の女王(クイーン)。「キャーッハッハッハッハ! キャハハ、キャハハ、キャハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」 赤い月を背景に、いつまでも、甲高いその哂い声が、塔から地上へと響き、降り注いでいた。 【続く】・・・【あとがき】 作者です! ついに予選編完結……………ながかったなぁ…………(遠い眼) いろいろと謎を引っ張りつつ、ついに天聖武神杯・本戦が始動します! 数多の謎は!? 伏線は!? そして主人公の生死は!? 待たれよ次回!!!! 感想待ってます!!!! 必ず返信しますんで、ヨロシクお願いします!!!