風が気持ちいい、陽は高く昇り、高原に立っているような爽やかな風を感じられる。
この世界に来て一番良かったと思ったのはこの自然の素晴らしさかもしれない。
そう思いながら視線を馬車の中に戻す。
外と違ってこっちの空気はひどいもんだな…。
馬車の中の空気はどんよりしており、誰一人視線を合わさない。
金髪ロンゲは苛立たしそうに外を見ているし、トーマス君…あのパーティの良心的存在の青年は申し訳なさそうに目を伏せている。サイさん…こいつはもう、さん付けじゃなくていいだろう、サイはこちらと目が合うと慌てて目を逸らした。赤毛の魔法使いの子は何を考えてるか分からない、そもそもまともにしゃべったの見たの一度くらいじゃなかったか。
可哀想なのは残りの雇い主の商人さんと、隅っこで同じく気まずそうにしている武闘家の女の人だろう。この人達からしてみると意味不明の争いにいきなり巻き込まれたのだ。
発端は俺…になるのかな。
集合場所にある馬車に近づくと
「おいおい、最後の一人ってこいつか?冗談だろ??」
と、予想通り金髪ロンゲが皮肉をこぼしてくる。
それを僧侶の青年がまぁまぁとなだめ、そのやりとりを気の強そうなお姉さんが眉をしかめて見ている。この人があのパーティと俺以外の残り一人なんだろう。身軽そうな動き安そうな服装だが武器は持っていない、多分武闘家だろう。健康的に伸びたフトモモが眩しい、あの金髪ロンゲと一緒だと分かってげんなりしていた気分が少し和らいだ。
「ようシュウイチ、元気だったか」
サイさんが声をかけてくる。
まだ自分の中でこの人はホ○疑惑があるので少し引いてしまう。
「またお会いしましたね、僕はトーマスと言います。よろしくお願いします。」
短髪の青年がそう名乗った。
「どうもシュウイチです、まさかあなた達と一緒とは思いませんでした…こちらこそよろしくお願いします」
そう言っていると馬車から恰幅のいいおじさんが降りてきた。この人が今回の依頼主だろう。見た目がなんというか、某フライドチキンチェーンのマスコットのカー○ルおじさんに似ている。
「それでは皆さん準備はいいかな?なければ早速出発したいので馬車に乗ってくれ」
そういって馬車の前に戻る。
それを聞き皆が馬車に乗り込み始めた。
「おっとっと…」
サイさんが馬車に乗り込もうとすると担いでいた袋の中身がいくつかこぼれ落ちた。よくわからない器具やらに混じって見覚えのある袋が落ちている。
どう見ても俺の失くした巾着袋だ。
その瞬間色々な考えが脳裏に浮かぶ。
俺の視線に気付いたのだろう、サイさんの顔一瞬歪んだ。
「……サイさん」
彼に呼びかけた俺の声は思ったより低かった。
サイさんはすぐに顔に平静を取り戻し俺の問いかけに答えてくる。
「どうしたシュウイチ」
声が震えそうになる、軽く深呼吸して言う
「それ、俺の巾着袋ですよね。どうしてあなたが持っているんですか?」
「ん、偶然だな。お前もこれと同じのを使ってるのか」
と真顔で答えてくる。
その瞬間頭に血が上る、あの巾着袋はじいさんお手製だ。世間に出回る物じゃない。
思い当たる節もある、妙に馴れ馴れしく接触してくると思ったが、アレは最後に金を抜き取るのを不自然にしない為か。
「とぼけないで下さい、その巾着袋どこで手に入れました?どこでか言えますか??」
サイが苛立たしそうに答える
「拾ったんだよ、しつけーなお前は!こんな汚ねぇ巾着袋なんざどうでもいいだろうが!!」
後はもう泥沼だ…。
サイに掴みかかり、取り押さえようとしてくるロンゲを片手で跳ね除け、武闘家の女に取り押さえられるまで俺はサイを殴り続けた。
商人さんは取引の日までの余裕が無く、今更他の冒険者を集めてる暇はない、とのことなので、この最悪の組み合わせのまま出発する運びとなった。
俺、こんなに喧嘩っ早い人間じゃなかったのになぁ…そう思いながら自分の手を眺める。
さっきまで手の皮が剥けて出血していたがトーマス君が治してくれた。サイのボコボコだった顔も彼が治したのだろう、たいしたもんだ。
しばらくはこの空気のままになりそうだ。空を見上げてこっそりため息をつく。
「ほんとにうまくいかないなぁ」
陽は高く昇り、心地良い風が吹く。
目的地まではまだ、遠い。