ただただ目の前の掲示板を眺めている。見落としが無いようにきっちりと、隅々まで。
「よう、調子はどうだ?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
まぁ、どうでもいい。それどころではない。
「おい、シュウイチ…おいってば」
やかましい、今それどころじゃないんだ。
「なんだありゃ?」
ゾルムが呆れた口調で私に話しかける。
「さーねぇ、今朝ふらっと現れてからずっとあの調子だよ」
視線の先に、つい最近冒険者になったばかりの青年が掲示板をジロジロ眺めながら立っている。どこか気の抜けた子だと思っていたが今日何か鬼気迫るものを背中に感じる。
急に冒険者としての自覚に目覚めたのかしら?
首をかしげていると青年が急にこっちを振り向き早足で向かってくる…少し目が怖い。
「ルイーダさんっ!!」
「え、えぇ。何かしら」
青年…シュウイチの剣幕にたじろぐ。ゾルムも目を丸くしてシュウイチを見ている。
「仕事をください」
「え?」
「ですから仕事です」
真剣な顔でこちらをじっと見てくる。そんなに切羽詰ってるのだろうか。
「でもパーティ募集も依頼もあの掲示板に貼ってあるので今は全部よ?」
確か覚えてる限りシュウイチが参加できそうなものはあの中に無かった筈。
「そこをなんとか曲げてお願いします!」
と頭を下げてくる…本気で困ってるようだ、こちらも困った。
「おいおい、どうしたんだよ。もう金がないのか?」
見かねたのかゾルムが助け舟を出してくれた。
「ぉ……した…ですよ」
頭を下げたままシュウイチが小さな声で何かつぶやいている。
「ん、何だって?」
「ですから」
「 有 り 金 全 部 落 と し た ん で す よ 」
「わっはっは、お前そこまで抜けてたのかぁ」
ゾルムが大笑いする。ムスっと黙ったままうつむく。
うるさい黙れ、ハゲ。
ゲームのドラクエじゃこんな背筋の凍るイベントなんてなかったんだ。
この世界俺に優しくないよ。
もういっそ冒険者の線から外れてルイーダの酒場でしばらく働くのはどうだろう。幸い接客業なら経験がある。華々しきウェイター・シュウイチの伝説がここから始まるのだ。
と、一人色々と考え込んでるとゾルムさんが肩を叩いた。
「ボーっとしてる暇ないぞ、宿代も稼がにゃならんだろう」
「だからその仕事がないんっすよ…」
ふてくされながら答える。
「その新しく揃えた装備は飾りか?魔物相手して稼ぎゃいいんだよ、俺も着いていってやる」
…お?
「お前の強さなら南門でたとこが手ごろだろう、いくぞ」
なんていい人なんだ、ハゲとか思ってごめんなさい。
小走りにゾルムさんに着いていく。
「頑張りなさいよ」
ルイーダさんがひらひらと手を振っていた。
カナンの街は結構大きい。街の出入り口も東西南北4箇所ある。
ゾルムさんが言うには一番弱い敵がでるのがこの南門を出たところ。前回二人揃って死に掛けたのは東門を出た先だったらしい。
「さーて、適当にぶらつきながら行くか」
そう行ってゾルムさんが歩き出す。ふと周りを見渡してると目に留まるものがあった。
「ゾルムさんゾルムさん」
「ん、どうした敵か?」
ゾルムさんが振り返る。
「いえ、そうではなくて…あっち行ってみません?」
俺の指差した先には森が広がっていた。
薄暗い森の中、
「こっちはあまり魔物でないぜ、滅多に人も来ないし」
ゾルムさんがぼやきながら着いてくるがあまり気にせず周囲を見渡す。
こういう場所なら多分…あった!
「ん、どした?」
木の根元に生えてる草を採る、間違いない、満月草だ。
「満月草ですよ、サクソンの村の近くにもこんな森があるんですけど、薬草の宝庫だったんですよ。で、もしかしたら・・・と思って」
そういいながら辺りを見渡す、そこらかしこに薬草がある。
人が滅多に来ないって聞くけどこれは素晴らしい…!
薬草採りとしての血が騒ぐ。
ゾルムさんはたいした特技だ、とかいいながら着いてくる。
いつしか夢中になって薬草を探していた。
ふと空を見上げるともうだいぶ陽が傾いている。
「いっぱい採れましたね、帰りましょうか」
満足感いっぱいで微笑みながらゾルムさんに言ったのだが、なぜか彼は呆れた顔をしていた。
「おい、これ魔物退治じゃなくて草刈じゃねぇか」
「失礼な、薬草採取と言ってください」
確かに夢中になってやりすぎたかもしれない。今日も結局魔物と戦ってないし・・・どんどん冒険という言葉から遠ざかっている自分を感じる。
「南門を出た先のモンスターってどのくらいの相手です?」
今後の参考の為に聞いておく。
「今更聞くなよ…バブルスライム、人面蝶、大アリクイ辺りってとこか」
サクソン村よりやや上ってとこか、装備も新調したし、今の俺ならいけるだろう。多分、きっと。
街についたところでゾルムさんと別れた。
俺は何しに着いて行ったんだ、とかぶつぶつ言っていた。今度お詫びに一杯奢るとしよう。
自分で使いそうな分を残して薬草類を売り、しばらくの間の宿代を作ることもできた。
今日はわき道に逸れてしまったが、明日こそ魔物と戦いに行こう!
こうして今日という日も終わりを告げた。