街道から逸れて進み辿り着いた山の麓。
幾重にも重なった岩で隠され、ぱっと見では気付かない位置にぽっかりと洞窟が開いていた。
息を潜めて俺たちはゆっくりと進む。洞窟の中から男の声が反響して響いてきた。
『そろそろお頭達が帰ってくる頃だな』
『あぁ、それにしてもボロいもんだよな、今ここにあるお宝だけで俺たちは半年は暮らせるだろ』
『これで女に手が出せればなぁ、お頭もどいつか女を一人くれてもいいのによお』
…どうやら二人程見張りとしてアジトに残されていたようだ。
『…なぁ、一人くらい味見しねえか?』
『馬鹿言え、お前と同じ様なこと言っててお頭に殺られた馬鹿が居たのを忘れたのかよ。それにもうすぐ帰ってくんだろ』
ジリジリと進む、男達の声が段々近くなってきた。そろそろ居るはずだ。
「今回ので一旦引き上げるって話だし、もう少しの辛抱だ――ん?」
「どうした?」
「なんか人の気配がしねぇか?」
辺りが静まり返り、金属質な音が響き渡る。男達が武器を手に取ったようだ。
これ以上は息を潜めても無駄だろう、どうせこの人数だ。隠れて進むのにも限度がある。
「おらぁあああ」
ゾルムさんが踊りでて男の一人に斬りかかった。それに続いて他の皆も雪崩れ込む。
「くそ、なんだこいつら――」
動揺を見せている山賊へ向かってアレスが鋭い突きを繰り出す!
アレスの突きが脇腹を掠め、山賊が体勢を崩したところをゾルムさんの剣が胴を薙いだ。
もう一人の山賊の方を見ると、戦士達の攻撃に手一杯だった山賊の背後にサイが忍び寄り、首を掻き切ったようだ。
やはりこの人数差で攻められるとひとたまりもないのだろう、一瞬でカタはついた。
「おっしゃあ! これで全員片付いたな!!」
サイが歓声を上げてみせた。
「奥の扉の中から人の気配がしますね、捕らえられている人達だとは思いますが、一応警戒は解かないで下さい」
ルイの言葉に武器を構えたまま皆が扉を取り囲むように立つ。
扉には錠前が付いていたが、サイが何やら道具を取り出しいじっている内にカランと音を立てて錠前は外れた。
「いくぜ」
サイがそのままドアノブを回し、扉を蹴り開く。
部屋の中に居たのは、縛られ、猿轡を噛まされた三人の女性が奥で固まってこちらを見ている。三人共、目の色に怯えが見て取れた。
「心配いらない、俺達はあんたらを助けにきた冒険者だ。――待ってな、今縄を解いてやる」
アレスとサイが縄を切り、女性達を解放している。
どうやら危険はなさそうだ。
「それじゃ商人を呼んでくるよ」
一応皆に声をかけ、洞窟の外へ歩く。首を刎ねられた山賊の死体が視界に入った。
――こいつらの死体は消えない。魔物ではないから。
沈みそうになる思考を打ち切るように首を振り、外へと駆け出した。
洞窟を出て少し距離を置いたところで商人は馬車に乗って待機していた。
他にも俺達の乗ってきた馬車ともう一つの冒険者達の馬車があり、それぞれに村で雇った人達が御者として乗っている。
「片付きましたよ、捕らえられていた女性達も無事です」
「それは良かった。では馬車を洞窟の前まで移動させよう、君も乗りたまえ」
馬車がゆっくりと進み出す、いつも自分達が使ってる馬車に慣れているせいか、少し落ち着かない。
「終わってみれば思わぬ収入になったものだ。何がどう転ぶか分からんものだな」
商人が笑う気配した。
「山賊は冒険者すら狩るって聞いてたから警戒してたけど、思ったよりも被害を出さずに済みましたね」
「ん? そうか、まだ君達には言ってなかったな。奴らは山賊を生業にしてる人間達じゃないよ、ただの冒険者だ」
なんだって??
「どういうことですか?」
「死体を確認させてもらったが、その中に知ってる顔が何人か居てね、ありゃガーブルで冒険者やってた連中だな。腕がさほど立つって訳でもなし、素行は悪いってんで干されてた連中さ。恐らく他の奴らも面識はないが冒険者だろう」
商人の表情は見えないが、口調から面白がっているのは伝わってくる。
「食うに困って山賊か? ってところで話しは終わりそうだが、あんな連中にここまで段取りを組むほどの知能はないだろう。頭領の男には逃げられてしまったらしいが、そいつが全て段取ったんだろうな。その辺のゴロツキって訳じゃなさそうだ…実に興味が沸くね」
そんな楽しげな口調で語る商人の話を聞いている内に、馬車が洞窟の前に着いた。
――あの仮面の男は一体何者だったのだろうか。
全ての荷物が運び出され、捕らえられていた女性達も外に出てきている。
村娘といった感じの子が二人、後一人は僧侶だろう。シスターの様な服装をしているし、何より十字架を胸にぶら下げている。
「あの…、わざわざ私達を助ける為に危険を承知で助けにきてくれたとか…本当にありがとうございますっ」
シスターが代表するかの様に前へ出て勢い良く頭を下げる。
「いいってことよ!」
別パーティの戦士が鼻の下を伸ばしながら答えた。
…お前らは物に釣られただけだろう。
「――さて、とりあえずここで山分けしてしまおうか。村に運んでから分配してると余計な横槍が入りかねないしな」
商人の言葉に慌てて止めに入る。
「ちょっと待った! この荷物の中にこの人達の物もあるんじゃないのか?」
捕らえられてた人達の荷物まで山分けする訳にはいくまい。
「あ、大丈夫です。私達の荷物ならもう返してもらってますよぉ」
村娘二人が、ねー、と顔を見合わせている。
「私も商人さんに馬車に乗せてもらってただけだから、荷物はこれだけです」
シスターも手にぶら下げている袋を掲げて微笑んで見せた。
「それなら…いいの、かな?」
「いいんだよ! 命をかけて戦ったんだ、このぐらいもらっても神様も何も言わねぇって、なぁ!」
話を振られたシスターは少し困った顔をして微笑んでいる。
商人が待ちくたびれた、といった感で口を挟んだ。
「もういいかな? では分配の振り分けだが――」
時間をかけて荷物の中身を改め協議した結果、俺達は三万ゴールドをもらうことになった。
荷物の中には俺達では捌きにくい品も多々あったし、大所帯で元々馬車のスペースにさほど余裕もない。それならば、と商人がゴールドにその場で換金して渡してくれた。勿論商人も少し安めに換金しただろうが、これだけもらえれば十分だろう。
もう一つのパーティの連中も小躍りせんばかりに喜んでいる。
「さて、これから君達はどうするのかな?」
「俺達はそのままガーブルに向かって進ませてもらう、やらなければならないこともあるしな」
商人の問いにアレスが答える。
「ふむ、そのやらなければならないことを聞いてみても良いかな?」
「実在するかも分からん古い鏡を探している。アンタも何か聞いたことはないか?」
「古い鏡か。お探しの品かは知らんが、ガーブルの兵士の入隊の際に『鏡の儀式』というのを行うと聞いたことがあるな」
「鏡の儀式?」
「新しく城に勤めることになった兵士を鏡の前で跪かせ、王への忠誠を誓わせる。二心を持つものは鏡によってその心を浮き彫りにされる…まぁ、儀礼的なものだな。特に意味はないだろう」
どうでも良さげな口調の商人の語り、だがそれを聞いて俺達は顔を見合わせた。
「これはいきなり当りかな?」
「ガーブル城ですし、いかにも、ですね」
ルイもほぼ間違いないと思ってるようだ。
「なんだ、もしかしてその鏡のことだったのかい? しかし、折角お目当ての物が見つかって喜んでいるところに水を差すようで悪いんだが、その鏡がガーブルにあると分かったところで君達はどうするんだい?」
確かに、ガーブルにあるのは確かなようだが、かといってどうすれば良いのだろう。まさか由緒ある儀式に使っている鏡を下さいといって貰いに行ったところで、はいどうぞ、とはいかないだろう。
「そんな儀式に使ってるぐらいだし、ガーブルの人達も鏡の効果を分かってるってことなのかな?」
「そうかもしれないし、儀式だけが伝わってる可能性もある」
マリィとエルの会話を聞き、それも有りうる思った。鏡によって魔物を見抜く、ではなくただ儀式として伝えられ、続けているのかもしれない。
「どちらにせよ、ガーブルに向かうんだろう? なら我々の馬車も道中はご一緒させてもらおうかな。お互いに人数は多い方が何かと心強いだろうと思うがね」
「別に構わねえんじゃないか?」
「そうですね、こちらとしてもありがたい申し出でしょう」
ゾルムさんとトーマス君が賛成の意を示した。皆も同感のようだ、誰も反対する様子はない。
「決まりだな、よろしく頼む。……そういえばアンタの名前を聞いていなかったな」
アレスが手を差し出しながら訪ねる。
「おっとそうだったかな。自分はアーヴィス・ボル・スティン。アーヴィスと呼んでくれ」
もう一つの冒険者のパーティは元々出稼ぎに行く予定だったのだが予定外の収入があった為、前の村に引き返してしばらく休んでいくらしい。
村娘達は次の目的地のタボの村に帰りたいそうで、シスターはガーブルに用があるらしく、捕らえられていた女性三人組は商人の馬車に同乗することになった。
粗方出発の準備が整い、皆が馬車に乗り込みだす。
ルイと並んで馬車に向かって歩いているときに商人とすれ違う。と、その瞬間、
「…随分とふざけたお名前ですね」
ポツリとルイが呟いた。
「そうかね? 君もなかなかどうして上手く化けているじゃないか」
笑いを含んだ口調でアーヴィスが寄越した答えに、ルイの顔に緊張が走った。
そんなルイの様子を気に留めもせず、アーヴィスは自分の馬車へと歩いていく。
「……どういうことなんだルイ?」
「――アーヴィス・ボル・スティン、大昔に一部の地方で使われていた古代語の一種で、直訳すると…」
「直訳すると?」
「『大嘘つき』、です」
大嘘つき。
なるほど、確かにふざけた名前だ。
「ルイのことも気付いてる様だったな。何者なんだあいつは…」
「アレは…人では無いかもしれません」
「もしかして魔物か!?」
だとしたら今すぐにでも手を打たないといけない。
「どうでしょう、私と同じ様な異種族かもしれません。私は変装していますが、身体そのものを一時的に変化させてしまう手段もあると聞きますし…。どちらにせよ胡散臭い存在なことに変わりはありません、警戒した方がいいでしょう」
「皆に言った方が良いのかな…」
ルイはゆっくりと首を振ってみせた。
「出来ればそれは止めておいて下さい。あの男が私の正体のことを仄めかしたのは、言外に自分のことを言いふらせばお前のことも黙ってはいないぞって言いたかったからだと思います」
「結局、心配事が一つ増えたってことか…」
「そうですねぇ…」
ルイと顔を見合わせ溜息をつき、馬車へと乗り込んだ。